朝靄の街
夢を見ました。
朝靄のかかる、石畳の街道でした。レンガ造りの古風な家々が、朝靄に溶け込む陽の光に照らし出されています。
音が聞こえ、街道の隅を見やると外にグランドピアノが置いてある店がありました。青年がそれを弾いているのがぼんやりと見えました。早朝だからなのか街には私とその青年しかいなかいようで、その軽やかな旋律は朝靄の染み込む静かな街に反響していきました。
私は何だか楽しい気分になりました。音楽に合わせて地面を蹴ると、水中にいるような浮力が私を押し上げ、ゆっくりと地面へ降ろしてくれます。靴の先が地面に当たると、コツンと子気味好い音が靄に鳴り響きました。
ますます楽しくなって、空中でくるりと回ってみせると、私の黄金色の長い髪が翻り、真っ白なのワンピースがパンケーキのようにふわりと膨らみました。
そのどこか懐かしいような、楽しげな感覚を反芻するように、私は何度も何度もくるくると跳び回りました。
くるり、コツーン。くるり、コツーン。
夢中で踊るように回っていると、青年もこちらに気がついたらしく、ピアノの弾く速度を合わせてくれれます。
時間はゆっくりと、ただゆっくりと流れました。
弾いていた曲が終わると、街に静けさが戻ってきました。青年は立ち上がると私に微笑みかけます。
「また、ここでお会い出来ますか?」
私はすぐさま「喜んで」と言いたかったのですが、躊躇い、俯きました。
「いえ、ですが、私は……」
私の喉からは醜い男性の声が出ました。
私は男です。どれほど外見を変えようとしたところで、変えれないものはあります。彼は私の声を聞いて幻滅したでしょうか。私は俯けた顔を上げれませんでした。
その後、彼は何かを私に言いました。悲しそうにも、微笑んでいるようにも見える不思議な表情でした。
朝日が差し込む私の部屋に、鳥のさえずりが聞こえてきます。直前まで彼の言葉を覚えていたはずなのに、何も変わらぬ虚無感に塗り潰され、彼の顔すら彼方靄の奥に消えゆきました。時計は午前6時27分の示しており、私は窓辺から朝靄が晴れていくのをぼんやりと眺めました。