崩壊の今朝
できることならこんな最期が望ましい。
けたたましい音によって鼓膜が震え、浅い眠りについていた脳が波打ち叩き起こされる。
「――――――-ッツあぁ!」
勢いよく飛び起きた瞬間、近くでガシャンとガラス瓶が割れたような音がした。急に覚醒した脳に再度刺激的な音波が再生され少々フリーズ。
響く――!
乱れた布団を押しのけ、眠け眼でベッドの端を覗き込むと聞いた音の通りガラス瓶が割れていた。
「はあ……てか、寒っ!」
はだけた布団を引き寄せ身震い。窓の方を見やると優しく差し込む陽光と風に揺れるカーテン。
不用心なことに窓を閉め切らずに寝てしまったようだ。6月末とはいえ夜はまだ冷える。
身体を温めようとさらに身体に布団を巻き付けると異臭がした。
原因は探るまでもなく、ベッドの上にはビール缶や缶チューハイの残骸が散乱していた。アルコールの匂いもそうだが布団に掛かったシミが芸術的模様を形作っている。
「最悪だな………ッツ」
起き抜けの寝所の惨状に絶望しているところにひどい頭痛が襲う。
どうやら二日酔いのようだ。これだけ飲めばそりゃこうなるとはいえ、昨日どうして布団の上なんぞで酒盛りする気になったのかいかんせん思い出せない。
「う~ンん? 昨日一体何してたってけか……」
記憶がなくなるほど飲んでしまうとは社会人として情けない。今日が休みじゃなかったら上司から懇々とありがたいご高説を頂戴しているところだろう。
いや? 今日休みだったかな。
飛び散ったガラス片を避けながらギシギシ軋む廊下を抜けリビングへと足を運ぶ。さほど広くもない
リビングには木目テーブル上にアルコール缶がトランプタワー宜しく並べられており二日酔いも相まってグラっときた。
昨夜の自分は相当ご機嫌だったに違いない。嬉々として缶を積み上げる様子を想像してげんなりした。
缶タワーを避け、テレビのリモコンを手に取り点ける。
『――はようございます。本日の天気は晴れ後曇りとなるでしょう。それでは次のニュー』
今朝もアナウンサーの作り笑顔に癒されながらのニュースチェック。社会情勢を逐一仕入れなければ社会人は務まらんよ、うん。
『―――以上でした。それではつ――ュースになりま―――藤さぁ~ん』
ニュースを読み上げていたアナウンサーの顔が突然歪み、声も切れ切れになる。画面も急に映りが悪くなってしまった。
「おいおい、マジかよ。しっかりしてくれよホントに」
バシバシとテレビを少し叩いてみるものの改善の様子はない。買ってから10年近く経っているのでもうじき買い替え時かも知れない。
ニュースはあきらめて、テレビを消し玄関まで赴きポストを漁る。
ここはアナログに新聞といこうじゃないか。得てして情報とは自分から取りに行かなければならないのだ。真偽も定かではないウェブ上の情報に踊らされてはいけない。
目で見たことこそが真実なのだ!
「……なんもねぇ」
現代のネット社会に反旗を翻さんとするのも束の間、ポストの中身はすっからかんだった。
悲しいことに己の目で見たことこそ真なりだ。朝刊はどうやらお休みのようだ。
とりあえず社会情勢の動向は政治家たちに任せ、腹ごしらえにする。
なにせ良い休日とは朝食から始まるものだと、以前どっかの雑誌にさもあなたは損しているとばかりに誇大広告されていた。
とぼとぼリビングまで戻り冷蔵庫の中身を確認する。
「えービール、缶チューハイに、っとこれは塩辛か」
その奥に食べかけのゲソの唐揚げまでを確認してからソッと扉を閉めた。テレビもひどいが冷蔵庫も全然冷えていない。
自分には良い休日を送る資格がないことは十分わかったので、仕方なく棚から食パンを二枚とりトースターに放り込む。素敵な朝食は次の機会に改めるとして部屋の掃除が急務である。
簡単に食べられるパンで今朝は済まそう。
じりじりと焼き上がるのを待つ間、スマホで時間を潰す。
「ん~? っかしいな……」
今はハマっているゲームを起動しようとするがずっと待機画面で読み込みマークがグルグル回転中。
起動を待っている間にトースターが完了のチャイムを鳴らす。
“キィーン!„
「はいはい、ありがとうございますっと」
やけどしないようトングで皿に取り、リビングへと運ぶ。缶のごみを足で押しのけスペースを作ってからやっと腰を落ち着ける。
今日はかなりヘビーな一日だ。食べたら部屋中の缶の山を片そう。
スマホをもう一度確認するも読み込み画面のまま進んでいない。イライラしつつ食パンを口に運ぶと、
「めっちゃくちゃモサモサする……」
袋から取り出したままみたいだ。うちの家電は軒並み買い替え時のようだな。
一日のスケジュールに電気屋に行くことを付け加えつつ、もさもさ食パンを貪る。
スマホは相変わらず読み込み画面をグールグル。オラこんなスマホ嫌だ~。
つまらないことを考えているとびゅうッと強い風と共に視界が真っ暗になる。
「うわっ! んっだよこれは~」
顔を覆うものを掴み取ると古い新聞紙だった。
『今回の原因不明の により 死者数が 全国的にも影響が出ており――――』
かすれた文章からは必要な情報は得られそうにはない。
なんでこんなものが……? というかどこから。
飛んできたであろう方角を見るとリビングの窓が割れている。
「――――!?」
近寄ってみると見間違いではなく窓枠に微かに残った鋭利で歪なガラス。窓枠の下には破片も散らばっている。
そのまま吹き抜けまで足を運ぶと寝ぼけていた頭が覚醒する光景が広がっていた。
「なんだよこれ……」
見える範囲の住宅街は倒壊しているもの、かろうじて家の形を保っているもの、電柱や電波塔は倒れ、道路にはいろんな方向を向いて止まっている車たち。
呆然としていると遠くの方で建物が崩れるのが見え、耳障りな終わっていく音がこちらまで届いてくる。
「あ、ぁああ――――」
眼前の光景を前に、思わず倒れそうになるのを窓枠に掴まる――も、ガラスで手を切ってしまう。慌てて離すも手からはドクドクと鮮血が滲み出す。
どんどん頭がクリアになっていく。
スマホを確認するとゲームは今も起動されていない。これから起動することもないだろう。電波を受信いない。
思い出せなかった昨日の記憶。いや思い出したくなかった現実。
鮮血を手に握りしめ、胸に抱いて呟く。
「そうだった――」
世界は、とうに終わっていた―――。
了
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