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七月のトロイメライ  作者: 結木さんと
人知れぬ部活と友人達について
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人知れぬ部活と友人達について 2




 異変のはじまりは今年の四月初旬。

 とくに問題もなく二年に進級し、教科書とクラスの顔ぶれ以外はとくに代わり映えのしない最初の授業を終えて、いつものごとく辺境の部室で宿題を消化していた時のことだ。


 昭和の物悲しい気配が漂う古ぼけた特別棟は、敷地がやたらと広い葛山東高校の隅にひっそりと佇んでいる。

 煤けてひび割れたモルタル造りの壁と、開閉に結構な腕力を要する錆びついた窓枠、いくら補修してもまた別の場所から雨が漏るトタン屋根。一階には格技場があるものの、一年次の柔道の授業以外で開かれることはない。武道系の部活は随分と昔に入部希望者がいなくなって自然消滅したままだという。

 元柔道部顧問の男性体育教師(52)が「今の若い連中は軟弱になった」と嘆いていたのだけど、そういう発言を改めない限り部が復活することはないと思う。

 二階部分には部屋が三つあって、一つは物置きに、残り一つは怪奇文学愛好会というニッチな部が使用している。ごくたまに奇妙な唸り声が聞こえてくるのが玉に瑕だが、それを除けば基本的に物静かでおとなしい隣人だった。


 特別棟のような僻地までわざわざ足を運ぶ生徒はまずいない。

 去年は一度たりとも関係者以外の姿を見なかった。

 一年生の時にクラス担任だった顧問の日比野先生から、


「お願いっ! 入部するだけでいいから! 何もしなくていいから! ……あ、でも活動報告くらいは書いてもらわないと困るかも…………いやいや、とりあえず入部だけ! ……だめ? もう学年主任に言っちゃったの、文研の顧問になりますって。生徒にお願いされちゃいましたって。社会科の教師として、郷土の歴史に興味を持った生徒を放っておけないって。――だから女バスの顧問にはなれませんって! 私バスケなんて体育以外でやったことないし、もう茶道部と演劇部の顧問かけ持ちしてるし、あんな忙しい運動部の顧問になったらお休みがなくなっちゃう! ね? ね? お願いお願いっ!」


 と強引に(ほぼ泣き落としで)勧誘されて以来、この最果ての部室はぼくの読書スペース兼自習室のような場所になっていた。

 たまに日比野先生が作業監督と称してサボりにきたりするけれど、かといってとくに気を遣うような相手でもなし。葛山郷土文化研究会の放課後は、この上なく無為で、平穏そのものだった。

 正直にいえば、学校の中に自分だけの秘密基地があるみたいで、すこし気に入っていた。


 その日、数Bの問題集と睨み合っていると、部室の扉が軋みながら開いた。

 ぼくが室内にいる時にはあまりないことである。

 また日比野先生がサボりにきたのかと思って顔を向け、そのまま硬直した。

 薄暗い廊下を背負って立っていたのは、ガラの悪い男子生徒だった。

 直接話したことはないけれど、彼の名前は知っていた。

 浅上桐次郎。

 正直、あまりいい噂を聞かない同級生だ。

 中学時代に先輩を病院送りにしただの、教師を恫喝して休職に追い込んだだの。

 まあその手の噂に尾ひれがつくことは充分に理解しているので、頭から信じるほど迂闊ではないつもりなのだけど、それでも鋭い目つきで睨まれると委縮してしまうのはどうしようもない。

 目を合わせたまま固まるぼくに浅上君は、


「おう、もう来てたのかイチ公。今日は早いな」


 と挨拶した。

 長年の友人めいた気さくさで、なんならニッと爽やかな笑みまで浮かべて。

 たちまち脳内で盛大に警戒音が鳴り響いた。


 ――異常事態だ。


 よくわからないが、これは対処を間違えるとえらいめに遭う危急の状況だ、と。

 かろうじて落ち着いていられたのは常日頃の危機管理の賜だろう。

 そっと視線だけで周囲の様子を窺う。当然ながら部室の中にはぼくしかいない。いたらそれこそ恐怖だ。となると人違いの可能性は消える。イチコウという呼び名に覚えはないが、一応、ぼくの名前には「一」の字が入っている。読みはカズミチなのだけど。


 しかし、だとしたらこの状況はなんだ。

 浅上君は何故、初対面のぼくに親しげな声をかけた。

 最初に浮かんだのはドッキリだった。というより、それ以外に思いつかない。

 世の中には意図不明な悪ふざけで快楽を得る人種が一定数存在する。

 彼らが重要視するのは群れの空気と自分の立ち位置のみで、外側にいる者の都合はいっさい考慮しない。よくハメをはずしてSNSなどで炎上している連中がそれだ。

 とくに親しい友人もおらず、地元に繋がりもない新参者は、彼らにとって玩具にして遊ぶには丁度いい標的だろう。

 しかし、気になることが一つ。


「どうした変な顔して、便所か?」

「あ、いや……違うけど」

「ほーん。なんかUFOはじめて見た犬みたいな顔してんぞ、おまえ」


 逆にUFOを頻繁に目撃した経験のある犬がどれほどいるのか、何度も見ていたとして犬にどうやって確認をとるのか、彼は犬と話せるのか、そういえばヤンキーって何故か雨の日に捨てられた犬猫に話しかけるイメージあるけど元ネタはなんだろう? などと埒もない考えがいくつも浮かんだが、今はそれどころではない。

 浅上君はさっさとぼくの隣に腰かけてスマホのアプリを起動する。

 その行動は自然だった。

 まるで毎日そうしてきたみたいに。

 そうすることが彼の日常であるかのように。


 ……悪戯だとして、こんな演技ができるものだろうか?


 今の一連の動作をスムーズに行うためには、事前にこの部室の内部を把握しておく必要がある。はじめて訪れた場所で「椅子があるからまず座ろう」とはならないのが人間だ。

 知らない場所に踏み入った時、人の視線は必ず移ろう。


 クラス替え直後の生徒を観察すればよくわかる。本人が意識しなくても、自然と目線は見慣れない空間をさまよっている。教室のつくりなんてどこも変わらないはずなのだが、窓から見える景色や空気の匂いが変わっただけで、そこは非日常の領域になる。

 席順が決まり、新しいクラスメイトの顔をなんとなく憶え、自分のテリトリーをぼんやりと設定したあたりから、だんだんと普遍的な日常へと移行していくのだ。


 けれど部室に入る前から、浅上君の視線は動かなかった。

 雑多なジャンルの本が詰まった壁際のラックにも、何年か前の生徒が文化祭で作って置いていったらしい不細工な犬の着ぐるみにも、ほとんど使われた形跡のない壁のスケジュールボードにも。

 彼はただぼくとソファーだけを視界に入れて、他にはいっさいの関心を示さなかった。


 それは部室に通い慣れた人間の反応だ。

 ほとんど誰も訪れない僻地に建つ特別棟の、生徒の大半が名前すら知らない葛山郷土文化研究会の風景を見飽きるほど通い続けた部員が取るべき、無意識下の行動だった。


 そんなことがありえるのか?

 仮に浅上君が天才的な役者だとして、ぼくを騙す目的はなんだ?

 疑問と困惑に埋め尽くされた頭で、再び軋んだ扉の音を聞く。

 ぎこちなく顔を向けて――――ぼくはあらゆる思考を手放した。


「あら、珍しいわね。二人が私より早いなんて」


 そこには、部室どころか授業で特別棟に来たことすらないはずの、伊瀬美沙緒さんが立っていた。



     ◇



 会議は思ったよりもすんなり進行した。

 歴代の部員が何もしてこなかったおかげでネタが被る心配はない。『葛山における戦前から現代までの食文化の変遷』や『主要産業だった養蚕業はなぜ衰退したのか』など、それぞれが調べるテーマはすぐに決定した。

 堅苦しいテーマではあるがその程度なら調査も難しくなさそうだ。もし図書館で充分な資料が揃わなくても、実家が神社の伊瀬さんが伝手を用意してくれるという。

 学年きっての才媛は、議長としても優秀だった。

 知らない間に部長になっていたぼくよりよほど向いているように思える。


「問題は生徒向けの広報紙ね」

「地元の歴史って地味だしねー。みんな興味なさそう」


 茅崎さんが身も蓋もない発言をする。


「その広報紙ってのは壁に貼り出すのか? そんなもんわざわざ読むやついるか?」

「今回は作ることに意味があるから、別に反響がなくても問題ないとは思うのだけど」

「でもせっかく作るんなら見てもらいたくない? ほら、あたし達の記念すべき初活動だし」

「そうですよ。どうせならみんなに楽しんでもらえるような記事を書きましょう!」


 奥森さんが燃えていた。

 不毛な文研での暮らしに目標ができたからかもしれない。


「でも若者の興味を惹きそうなテーマか……難しいな」

「いや、あんた同年代だから。それで難しいとか意味わかんないから」

「ちょいちょいジジくせぇよなこいつ」

「遠原君を見ると自治会のお年寄り達を思い出すのよね」


 軽い気持ちでもらした発言に浴びせられる集中砲火。

 彼女達は本当にぼくを仲間だと思ってくれているのだろうか? なんだか不安になる。


「見栄えする写真撮れるトコ紹介するのは? 花畑とか、レトロな建物とか」

「あるか? この田舎町にそんなもん」

「探せばどっかあるでしょ。あたし知らないけど」

「学生に向けたアピールとしてはいいと思うけど、記事にするのは難しいかもしれないわね」

「えー、なんで?」

「見栄えがいい場所というのは、基本的に誰かが管理しているのよ。そういう所に赤の他人が押しかけるのを嫌う住人も確かにいるの。記事やブログを読んだ誰かが問題を起こしたら、この部が責任を負わされる可能性もないとは言いきれないでしょう?」


 理路整然とした語り口で伊瀬さんが説明する。

 歴史ある神社の娘らしい理由だった。高校からこっちに引っ越してきたぼくでは、古い住民の事情なんて知りようもない。

 慎重すぎるきらいもあるが並べられたのはどれも正論だ。

 注意深いのはいいことである。ぼくは諸手をあげて賛同できる。素晴らしい。

 反対された茅崎さんもそれには納得したようだった。


「じゃあSNS系でウケ狙いはだめか。んー、他になんかあるかな」

「あの、お祭りについて書いてみるのはどうでしょうか」


 熟考していた奥森さんから提案があがった。

 シャーペンを片手に伊瀬さんが小首を傾げる。


「星灯祭のこと? すでに以前の部員がやらかしたテーマだけど」

「今回は内容をしっかり調べれば大丈夫だと思います。たとえば、神楽焚きでお願いが叶った生徒さんに取材して、ジンクスを教えてもらうだとか。その際に巌吉神社の成り立ちや正しい参拝の作法もいっしょに載せておけば、地域の歴史に興味を持ってもらうついでに、お参りの際のマナーの向上にも繋がるのではないかと……」


 しん、と室内が静まりかえる。

 窓の外で響く吹奏楽部のとぎれがちな演奏がどこか遠く聞こえた。

 奥森さんが不安そうに伏し目で周囲を見回す。


 おもむろに伊瀬さんがペンを置いて立ち上がる。

 唐突な動きに奥森さんがビクッと震えた。

 怯える年下の幼なじみに向けて、議長は何も言わず拍手しはじめた。

 つられるようにしてぼくも席から立つ。浅上と茅崎さんも真面目な顔つきで後に続く。

 部室に降り注ぐ無言のスタンディングオベーション。


 わざわざ言葉にしなくても、ぼくらの気持ちはきっとひとつに繋がっていた。

 ――素晴らしい。完璧だ。

 それ以上のアイデアは、逆立ちしたって出せる気がしない。

 奥森さんを讃えよ。

 わが部の救世主の光臨を祝福せぬ者など、この場に存在するはずもなかった。


「あ、あの! 恥ずかしいのでっ、やめてください!」


 奥森さんが顔を真っ赤にして怒った。



     ◇



 人がいなくなると特別棟は火が消えたようになる。

 窓から差し込む陽射しはもう強くない。随分と日が長くなったけれど、ここから暗くなるのもあっという間だ。街灯も夜間営業の店舗も少ない葛山町は夜の訪れも早いように感じる。


 薄暗い部室にはぼくだけが残っていた。

 書き終えた日報を閉じてパイプ椅子にもたれる。

 不穏な音をたてて錆びたフレームが軋んだ。


「……なんとか今週も無事に終わったな」


 肺にわだかまる重い空気を吐き出すようにつぶやく。

 酷い倦怠感が全身を包み込んでいた。手足が鉛になったんじゃないかと錯覚するほど怠い。


 四人は会議が終わると早々に帰宅した。伊瀬さんは家の用事、奥森さんは習い事、浅上はガソリンスタンドのバイトがそれぞれあるそうだ。茅崎さんは流れに乗ってさらっと帰った。

 別に用事があるなら部活よりそちらを優先してほしいのだが、彼女達はよほどのことがない限り毎日部室に顔を出している。


 一人で目的もなくぼんやり過ごしていた頃がすでに懐かしい。

 最初に浅上を君づけで呼んだ時「お前、おちょくってんのか?」とキレられたのも、まるで遠い昔の出来事のようだ。

 近頃ようやく、仲良くなった経緯が不明のヤンキーを呼び捨てることに慣れてきた。


「いつまで続くんだろう、これ……」


 天井に向けて吐き出した声は、われながらか細く頼りなかった。

 この不自然な状況はいつになれば終わるのか。……そもそも終わりがあるのか。

 伊瀬さんや奥森さんが現れた時点で悪戯という線は消えている。二人はその手の行為を嫌うタイプの人間だろう。

 第一、悪戯にしては三ヶ月という期間は長すぎる。

 となると、


「願いを叶える神様、か」


 さっきの会議を思い出す。

 この葛山には、そういう言い伝えがある。

 七月半ばに行われる星灯祭の夜に願いを書いた札を燃やすと、その中から一つだけ神様が選んで叶えてくれるといわれている。

 はじめて聞いた時は「七夕みたいなものか」と考えた。

 ここでは笹に吊るす代わりに燃やすようだが。


 時期が何故か七月七日ではなく新盆の時期だったけれど、地方によっては風習も変わるのだろうと気にしなかった。

 あまり興味がなかったというのもある。

 友達がいない人間にとって地域の祭など最も関わりのないイベントだ。

 少なくともぼくは、仲間内で盛り上がる人々が闊歩する賑やかな空間に単身で飛び込みたいとは思わない。

 行く前から気まずくなるのが目に見えている。自傷行為もいいところだ。


 しかし、地元の学校としては祭を盛り上げたいらしい。ちょうど去年の今頃、HRで配られた札に願いを書かされた。

 もちろん信じていたわけじゃない。

 高校生になってサンタクロースを信じている人間がいないように。

 幼い頃に憧れたヒーローには大人になってもなれないことを知っているように。

 ぼくも子供騙しの迷信を話半分に聞き流していた。

 だから札には当たり障りのない願いを書いた。


『何かいいことがありますように』


 漠然とした、それでいて誰の興味も惹かなさそうな、文面として痛くもない、いかにもぼくらしい無難な答え。

 これといって欲しいものもなければ、期待だってしていなかった。

 けれど神様はどうやらその願いを叶えてくれなかったらしい。

 あるいは、友達のいないぼくにとってこの現状が「いいこと」だとでも思ったのか。

 今だって本気で信じてはいない。集団催眠状態だのスタンフォード監獄実験の検証だのとでも言われたほうが、まだかろうじて納得はできる。


 それでも現実はぼくの常識の外側にある。

 伊瀬さん達が語る去年の思い出を、ぼくは知らない。

 それはぼくが記憶する一年前の文研の様子と大きく異なっている。

 日比野先生がサボりに来た時を除けば、この部室には会話なんてなかった。

 陰気で友達もいない男が、意味も目的もなく黙々と高校生活を浪費していただけだった。


「……帰ろう」


 鞄と日報を持って立ち上がる。

 いずれにせよ、この異常な日々が続くのなら、ぼくもまた演技を続けるしかない。

 誰が画策したのだとしても、客観的に見れば現状の関係はぼくにしかメリットがない。


 廃部寸前の部活に唐突に人員が増えた。しかもその全員がもれなく美形で、なんの取り柄もない男子生徒が脈絡もなく学校の綺麗どころに囲まれている。

 まるで量産型のありふれたラブコメみたいな状況だ。

 男の浅上までいるのが謎だが、人によっては妬む者もいるだろう。容姿に優れた者はそれだけで性別を問わず人間関係にアドバンテージを持つ。


 外から見た時、誰がこの関係を願ったかと考えれば、疑いは間違いなくぼくに向けられる。

 危機は異常事態そのものではなく、認識が正常に戻った時に発生するのだ。

 暴走した世論の前に事実が抗力を持たないこともよく知っている。

 それだけは全力で回避しなければならない。


 なおかつ浅上達の機嫌を損ねるのも悪手である。彼らが正気に返った時には同様の疑いを持つだろう。せめて、それまでこちらの印象を損ねるのだけは避けておきたい――――

 旧式のシリンダー錠を回して息を吐く。


 ……理不尽だ。


 どれだけ用心を重ねたって、こんな危機は想定のしようがない。

 回避の手段もまったく思い浮かばなかった。

 泥沼へと傾く坂道を下るだけの日々は、ぼくの脆弱な精神を刻一刻と削っていく。


 ふと顔を向けると、磨り硝子の窓が深緋色に染まっていた。

 胸の底が粟立つような、不吉な色彩だった。



     ◇



 靴を履き替えて校舎の玄関口を潜ると、意外な人の姿を見た。

 周囲に生徒の姿はない。帰宅部や文系クラブはとっくに学校を出た時間だった。明日は土曜ということもあって、どこかへ遊びに出かけたのかもしれない。この町のどこで同級生達が遊んでいるのかはわからないけれど。

 オレンジから濃紫にかかるグラデーションを背にして彼女は立っていた。

 俯いて陰になった顔は見えづらい。けれどその洒脱に着崩した制服とモデルめいたスタイルは見間違えようもなかった。

 先に帰ったはずの茅崎さんがスマホから顔をあげる。

 呆けたぼくと視線が絡むと、彼女はほんのわずかに口角を上げた。


「遅かったね。なんかしてたの?」


 連日の観察と演技に疲れてボーッとしてました――――などと言えるはずがない。

 内心で慌てて言い訳を探すぼくに先んじて、茅崎さんが口を開く。


「遠原さ、明後日はヒマ?」


 ぼくのような人種には、基本的に休日の予定などない。

 休日まで練習するほど熱心な部活でもなければアルバイトもしていない。一応の趣味らしいなにかが模型飛行機の作製と読書である。暇だった。この上なく。

 だからといって即答するのは危険だ。

 この手の質問には、先に用件を聞いてから対応したほうがいい。


 わかっていた。

 理解していたのだが、ぼくには休日の予定の有無を尋ねられた経験がなかった。


 ついでに長い一週間を乗り越えたことで多少なりと気が抜けていたし、これまでなかった事態に混乱してもいた。

 関係良好な文研メンバーだが、主な交流は部室だったのだ。それ以外の場所でも会えば挨拶くらいはするものの、クラスが違うこともあってか積極的に会話する機会はなかった。

 なのに、今日は何故か茅崎さんが待っていた。

 だから焦って「え…………あ、うん……暇だけど……」と答えていた。


 答えてしまった。


「じゃあさ、いっしょに出かけない?」

「………………はい?」


 内容を理解できず固まるぼくに、茅崎さんは言った。

 夕暮れと夜の境目で、彼女はとびきり綺麗な笑みを浮かべていた。



「明後日、あたしとデートしようよ、遠原」












     6月 21日 金曜   曇のち晴



   星灯祭について調べることになった。

   奥森さんの提案だ。

   不思議な話が好きな彼女らしい。

   文研として初めての活動だ。みんなも張り切っていた。

   それと日曜日に茅崎さんと出掛けることになった。

   あの人から誘ってくるのは珍しい。

   休日にゆっくりできないのはつらいが仕方ない。

   明後日は早起きしなくては。


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