帰還
なんでもっと早くにパーティを組むことをしなかったのだろう。リーシャさんと一緒にハネブタを探しながらそんなことを考えていた。
純粋にモンスターを楽に倒せるというのもあるけれど、仲間と協力してモンスターを倒すこの一体感が気持ちいい。それに、移動時の会話もすっかり楽しみの1つになっていた。いやあ、仲間って素晴らしいね。
そうそう、リーシャさんから、ハネブタの使ってくる魔法の避け方も教えてもらったよ。ハネブタの周囲4mの場所に爆発を発生させるらしく、それよりも内側か外側に逃げると当たらないのだとか。どうして先に教えてくれなかったのさーって抗議をしたら。
「ごめんね。でも自分で攻略法を見つけるのも一つの楽しみだと思うんだ」
そう答えてくれた。結局、俺は答えを聞いてしまった訳だけれどリーシャさんは「こんな感じの敵が沢山いるから次から頑張れ!」って励ましてくれる。そして俺のレベルが上がったときには、
「やっと上がったね、おめでとう!」
こんな風に拍手しながら祝福してくれるのだから、本当に良い人だと思う。
ここは仮想世界で、現実で知り合いって訳でもないのに、ゲームの中でこんなに温かい気持ちになれるとは思ってもいなかった。
そんな彼女が【漆黒の暗殺者】という肩書きなのが全然合っていなくて笑えてくる。
そのことも聞いてみると、色んな人のプレイスタイルから個性を付けたかったというのが運営の意図らしく、リーシャさんは、背後からモンスターを不意打ちばかりしているからそんな肩書きが付いてしまったという。
「スカイ君さ、ストーリーって進めてる?」
ハネブタに短刀を突き刺しながらリーシャさんが聞いてくる。とてもシュールな光景だ。
最初はロングソードを買うためにひたすらモンスターを倒していたので、ストーリーの存在なんてすっかり忘れていた。
「いや、まだです。俺、ここにきてからモンスターしか倒していないですよ」
「それならクレーア村の高台にある村長の家に行ってみるといいよ。ストーリーを少し進めると“ワープリング”っていう移動が楽になるアイテムを貰えるからさ。これが便利なんだー」
へえ、これはいいことを聞いたぞ。レベル上げが終わったら早速村長の家に押しかけてみることにしよう。
斬撃から衝撃波を放ち、風の刃を遠くのハネブタに当てて倒す。新しく覚えたスキル[かまいたち]を試してみたけど、いい感じ。新しく覚えたスキルを使ってみるのはやっぱり新鮮で楽しいよね。
それに、こうして戦闘中にも雑談出来るようになったのは慣れて余裕が出てきた証拠なんだろう。
どれくらいの時間、狩り続けていたのか。俺の心はすっかりブタの殺戮者で、絶滅するんじゃないかって思うくらいハネブタを倒したような気がする
。
ステータスを確認してみると、俺のレベルは6に上がっていた。これだけ倒してたったのそれだけ?と普通のゲームなら思うだろう。それほどDOMはレベルが上がりづらい。そして、これがVRMMOというものなのだ。そう自分に言い聞かせないとやってられないぜ。ちくしょう。
周りにいるハネブタを一通り倒し終わって、次のハネブタを探しに行こうとしたとき、
「ごめん、フレンドに助けを呼ばれちゃってそっちに行かなきゃいけないみたい」
申し訳なさそうにリーシャさんがそう口を開いた。
そういえば、フレンドなんて機能があったなと思い出す。フレンドに助けを呼ばれるほど、リーシャさんは頼りになる人なのだろう。俺も実際にパーティを組んでみてそう思うのだから。
「そっか、長い時間ありがとう。リーシャさん」
「こちらこそありがとうスカイ君。楽しかったよ」
ワープリングでクレーア村まで送るから、そう言って笑顔で俺の手を握ってきた。リーシャさんが行き先を告げると、指輪が光った。あれがワープリングなんだ。目の前が光に包まれる。ああ、なんかこの感覚も久しぶりだな。そう思って次に目を開くと、沢山の人が行き交うクレーア村の出入り口だった。
もう一度お礼を言おうと、リーシャさんに話しかけようとした。しかし、隣に居ると思っていたリーシャさんは既に消えていた。辺りを見回しても見当たらない。
「そんなに急いでいたのか…」
俺もフレンドになりたかったな、と肩を落としてため息をつく。すると、腰のベルト部分に小袋が挟まってあるのに気が付いた。
中を開けると白い羽根がいくつも入っている。これはハネブタの羽根だ…。リーシャさん盗賊だからきっと、ハネブタから盗んだアイテムを俺に寄こしたのだろう。この羽根は何に使うのかは分からないけれど、感謝しなければならないよね。連絡手段でもあればいつか恩返しでもしたかった。そう思いながら遠くの景色を見ると、水平線の上の空が少しだけ明るくなっているのに気が付く。
「もしかして…この世界の時間帯って現実世界とリンクしているのか?」
メニューコマンドを呼び出して時間を確認してみる。
『4:20』
おいおい、マジか。明日…っていうか、今日これから学校だよ。
この世界から離れるのを惜しみながら、俺はログアウトボタンを押す。
読んでいただきありがとうございました。
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