ゲームの世界へ
空白改行を使うと見やすいそうなので、取り入れてみたいと思います。
最初に感じたのは草の感覚だった。そういっても不快な感じじゃない。柔らかくて、包まれるようで心地が良い。目を開くと、空にはいくつもの星が輝いており、夜なのに暗いという印象が不思議と無い。その理由は体を起こしてみて理解した。空中を蛍のような虫が飛んでいて、辺りを優しげな光で照らしていたのだ。遠くからは波の音も微かに聞こえてくるような気がするが、南国にあるような木がいくつも重なっており、海を確認することは出来なかった。ここは南国の島の中なのかな。まるで気分は異国に来た観光者。あながち間違いではないよね。
幻想的な風景にしばらく癒されていると、急に空が光った。なんだろう。目を凝らして見ていると、そこから人が落ちてきて地面に叩きつけられた。痛そうだなあ、とか思いながら観察を続けてみると、その人は横になったまましばらく動かなかったが、不意に目を覚ますとキョロキョロと辺りを不思議そうに見回し始めた。俺もあんな雑な現れ方をしたのだろうか。その人の上には青い文字で名前が書かれている。あれが彼のゲーム内の名前なのだろう。
既に奥の方には数名のプレイヤーがいて、空中に向かって指を広げるようなジェスチャーをしているのが見えた。何をしているのだろう。疑問に思った俺も同じような動作をしてみる。すると、目の前にメニューコマンドが映し出される。へえ、未来的だな。なんて思いながら色々いじってみる。メニューコマンドにあるものは、道具袋、魔法、スキル、ステータスの確認、装備変更、パーティ、フレンド、設定、お問い合わせの9項目。あ、現実世界の時刻もここから確認出来るみたい。一番気にしているログアウトの方法は…あった。設定から出来るようだ。ログアウトが出来ずにデスゲームに巻き込まれるなんてことは無いみたい。ほっと息をつく。
ついでに自分のステータスでも確認しておきましょうかね。レベルは当然1か。他にもHPとか攻撃力、防御力などの各数値が見られるようだ。顎に手をやる。へえ、数字が色々並んでいるね。この数値が高いのか低いのかは分からない。でもプレイヤーごとに個人差なんて無いはずだ。あったら不公平ってことで運営に抗議してやる。そんな中でも、異質だったのが魔力の数値が0ということ。戦士は魔法が一切使えないということなのかな。魔法は使えず剣一筋っていうのも案外悪くない。
続いて装備の確認をしてみる。今着ているものは村人の服というものらしい。恐らく初期装備なのだろう。ホームレスのような恰好で、守備力なんてあってないようなもの。現実世界でこれを着て物乞いでもすれば、お金も楽に集まったかもしれない。
一方、武器は現在なにも装備していない状態みたいだ。もし戦闘するような場面になったら素手でしか戦えないのだろうか。いや、いくら始めたばかりとはいえそんなはずはない。何か所持しているはずだ。道具袋を確認してみよう。道具袋には薬草が2つ。毒消しが1つ入っていた。武器は…奥の方にあるようだ。職業が戦士なのだから剣の1つや2つ持っている、そう思うのが普通なのだが…。
しかし、出てきたのは棍棒一本。俺は頭を抱える。全くダメだな。運営は戦士というものを分かっていないようだ。
「ってことは、剣は店で買わないといけない訳だな」
メニューと同時に表示される所持金を確認してみる。30G。はあ、現実の俺と同じでクソ貧乏。
他のプレイヤー達が歩いて行っている方向に俺も付いて行くことにした。地面が大地を蹴る感覚から周りの足音まで現実そのものだった。ただ、疲労感は現実のものほどは感じない。恐らく痛みなども現実のものほど感じないようになっているのだろう。ゲーム内でも苦痛が現実並ならたまったものじゃないしな。そんなことを考えながら夜の森を抜けると村の明かりが見えてきた。他のプレイヤーの会話から聞こえてきたのだが、あの村は《クレーア村》というらしい。
村は海に面していて、水面に大きな月を鏡のように映しだしていた。小さな村に点々と建つ木造の家からは温かな光が漏れている。まさに和やかな田舎の村という印象。あくまで景観だけに限ればだけど。
そんな田舎村の雰囲気をぶち壊すような、何処から沸いたか分からないほどのプレイヤー達。サービス開始から5日経っているとは言え、初めて訪れることになるこの村には、大勢のプレイヤーが集まり賑わっていた。一見、不釣り合いに見えるこの光景だが、みんなRPGのゲームに出てくるような格好をして、ワイワイと楽しんで冒険をしているのを見ていると、自分もそんな世界の一員になれたような気がしてテンションが上がってくる。
しばらく歩いてみて気付いたのだけれど、ここにいる種族はみんな人間で、他の種族たちの姿は見られなかった。
「種族ごとに出発点が異なるっていうことか?」
また、村に着いたからなのかメニューコマンドにはマップという項目が追加されていた。マップを開くとこの村の全体図、そして施設などが記されていた。いやあ便利。マップを頼りによろず屋へと向かう。もちろん目的は剣を買うため。
店主の頭の上には白い文字で名前が書かれてある。プレイヤーの名前が青だったことから、これはNPCの証ということなのだろう。
『へい、らっしゃい!何が必要なんだい?』
気前の良さそうな店主が声を掛けてくる。
「剣が欲しい。いくらするんだ?」
『ロングソードなら80ヴィルだよ!』
そう言って店に飾ってある剣を指さした。うん。やはり剣はかっこいい。男の子の憧れだよなぁ。
しかし、ここでも金不足か。50ヴィル稼いでこないといけないな。まあ、初期の所持金で買えないことは予想していたけどね。最初に棍棒しか持たせなかった運営へのせめてもの抵抗として、NPCに返事なんてしないまま俺は店を出る。ひやかしてやったぜ。
モンスターを倒すため、クレーア村のもう一つの出口へと向かう。ここが狩場の出発点となる場所か。沢山の人が出入りする場所の為か、他の場所よりもプレイヤー達が集まっている。
「一緒にいきませんかー!?」
「パーティを組みませんか?」
「俺と組みたい人集まれー!」
そんな声が飛び交っていて騒がしい。この村のNPC達は文句のひとつくらい言ってもいいと思う。人が集まる場所ではパーティの募集もしやすいらしく、自然と呼び込み場所となっていた。
本当は他の人と一緒に狩るのがいいのだろうけど、俺はまだレベル1だし、一緒に行っても迷惑になるだけだろう。しばらくは村の周辺で一人で狩ることにしよう。
村を出ると、毛皮で包まれた丸っこい動きの鈍そうなモンスターが見えた。俺も倒すぞ、とノリノリで突撃しようとしたが、どうやら他のプレイヤーが戦っているモンスターとは戦えないようだ。誰とも戦っていないモンスターを探さなければいけない。
村でさえあんなにプレイヤーがいたのだから、その周辺にもプレイヤーが沢山いる訳で、なかなかモンスターと戦うことが出来ない。取り合いが起こっている状況。
右往左往していると、突然目の前にモンスターが降って来た。ラッキー。武器を取り出しながら他の人に取られないように急いで駆け寄る。
よし、先制攻撃だ!俺は棍棒を握りしめ、相手の頭に力いっぱい叩きつけようとした。すると、自分の意志で攻撃を当てたというよりは、途中からは自動で体が動き、モンスターに攻撃が当たった。
「攻撃の判定は、相手に当たる直前に行われている?」
試しにもう一発、今度は軽く振ってみる。先ほどと同じような衝撃を与える。なるほどね。大事なのは攻撃を与えるまでのモーションだ。
現実の人によって筋力とか、武術経験から攻撃ダメージに差が出るのは不公平だと開発者は考えたのだろう。だからモーションだけで攻撃を判定し、ダメージを与えているのかもしれない。
そんなことを考えていると、今度はモンスターの反撃がくる。思ったよりも速い!ダメだ、避けられない。敵の体当たりの衝撃を全身で受ける。
「くうううぅ…」
雑魚モンスターとはいえ、レベル1の俺にはなかなか効くな…。早いところ倒してしまうのがいいだろう。モーションで攻撃が決まるなら、と色々と試して早く倒せる方法を模索する。突き、横殴り、振りかざし。モンスターの反応を見てみると、どうやら微妙にダメージが違うように見える。棍棒でダメージを効果的に与えるには振りかざしが一番良さそうだ。
敵の頭に向かい、棍棒を振るう。一瞬怯んだように見えた。その隙にすかさずもう一発加えようと、振り上げたのだが…。欲張りすぎたか?モンスターは態勢を整え、攻撃の構えを取った。俺に向かって突進してくる。だが、敵も疲労しているのか動きが鈍い。
「お前の弱り切った攻撃なんて当たんねーよ!」
チャンスとばかりに、反撃の一撃を与える。これで倒れてくれ…!祈りが届いたのか、モンスターの動きが止まった。そしてバタリと倒れたかと思うと、モンスターは光となって消えていった。
「よっしゃあああ!初勝利!」
ガッツポーズをしていると、目の前にリザルト画面が出てきた。
【3の経験値 4ヴィルを獲得】
おいおい、嘘だろ…。額から汗が垂れてくる。全身汗まみれになっているのに気付いた。
これだけ苦労してたったの4ヴィル…?
ははは…、まったく割に合わないぜ。
ゲームを購入してからも苦労は絶えないな。
乱れた息を整えながら、俺は妙な達成感を感じていた。
「面白くなってきたぜ」
そう言って口元を吊り上げた。
読んでいただきありがとうございます。
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