逢瀬
キリのいいところまで更新したので、今後は週一ペースで更新します。更新日は来週の土曜19時辺りを考えています。
「アレク。お前はいつも来るのが遅い」
カイル王子は彼に向かって話しかける。気安く親しい相手を非難するような口調だ。
アレクは詫びたり弁明する気は無いようで、めんどくさそうに目を細めた。
「こんな春の精がいるなら、もっと早くに来たさ」
水色の目が一瞬こちらへ向けられる。
それだけで心臓が思い出したように熱い血を全身に送り出した。ぎゅっとドレスの裾を握る手に力を込める。
「兄上。兄上のお相手と俺も踊りたい。よろしいか?」
アレクはカイル王子を兄と呼んだ。
ということは、彼が第三王子。
なぜ彼が自分のことを話さなかったのか。すとんと胸に落ちた。
聞きたいことは次から次に浮かぶ。でも全部どうでもいいことだった。目の前に彼がいる。
「お前がそう言うのは珍しい。どんな淑女にも見向きもしなかったのに」
まさか自分たちが知り合いだとは思わないだろう。カイル王子は意外そうにアレクを見つめた。
詮索する視線をかわすように彼はラシェルに目を向ける。冷たい色をしているのに、その目 に熱を感じる。
「こんなに美しい人には、出会ったことがない」
わずかに掠れた声に、胸が高鳴る。ずっと聞きたかった声。何度も夢に見た瞳の色。
今すぐに名前を呼びたいのに胸が詰まって言葉が出せなかった。
アレクの真剣な様子に苦笑したカイル王子が、エスコートしていたラシェルの手を彼の方へ差し出す。
「仕方ない。お前が踊るのは滅多にないからな」
アレクの手は火がついたように熱かった。同じように、自分の手も熱を帯びている。
そっと包み込まれた指先。インクが染み付いて、実験の火傷の跡が残っている、ページをめくって擦り切れた指先。神経質なアレクの手。
再び音楽が始まる。ひたと見据えられた目からそらせない。スカートの裾を絡げながら、つま先でステップする。
見つめ合ったまま、アレクもラシェルの動きを真似た。静かな情熱を伝えるつま先に、胸の奥から喜びが湧き上がる。
会いたかった。口にしてしまうには、人目がありすぎる。
カイル王子を支持する兄に二人の関係を知られれば、何らかの形で干渉するだろう。
話ができない代わりに、せめて少しでも気持ちが伝わるようにと、思いを込めて踊った。
ただの追いかけっこだと思っていた足型が意味を持ってラシェルの身体を動かす。
触れたい。触れられない。
そばにいたい。いられない。
もどかしい距離が近付き、手のひらが触れ合う。
触れ合った手を掲げて回り、また離れていく。
惜しみながら手を離そうとしたところで、急に引き寄せられる。あ、と声を上げかけて、身体が浮き上がるのを感じた。くるりとその場で回転する。
よろけそうになっているのに気付き、ついくすりと笑ってしまった。フェルラにいた頃のことを思い出す。抱え上げられたと思ったら、すぐに地面に足がついた。元の足型に戻る。
曲の終わりまで踊ると、周囲から拍手が起こった。
すっかり息が上がっている。アレクの手がラシェルの手を取った。
顔を上げると、真剣な薄氷色の瞳と視線がぶつかる。
元からあまり微笑まない人だけれど、目は雄弁なほど気持ちを伝えてきた。
一緒に暮らしていた頃は少しもそんな素振りを見せなかったくせに。恨みがましく思ったのは一瞬で、冷たい色をした瞳の奥にある熱に当てられたように心臓が熱く脈打っている。
うまく呼吸が整わないまま、お辞儀をした。