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満月の夜、鏡の前で  作者: 瑠珠
9/12

9.新しい友人


『詩貴くんのアドレスで合ってる?この前文化祭で会った松原遙です!』


松原からメールが届いたのは文化祭から2週間くらい経った頃だった。

松原にアドレスを教えていたことをすっかり忘れていた私は理解が追いつかず、ベッドの上で寝転がりながら数分間スマホを眺めていた。


しばらくしてようやく松原が詩貴あてにメールを送ってきたということを理解する。何故私は松原に本物のアドレスを教えてしまったんだと後悔すると同時に、本当に連絡してきた…と何故か感動すらしてきた。

松原ってあの軽いノリとは裏腹に意外とマメなんだよね。成績も良い方だし。宿題は忘れること多いけど。



『こんばんはー。詩貴です。アドレス合ってるよ。』

今日は何だか勉強する気になれないし、暇だったので詩貴として松原に返信する。


『おっ返信ありがと!

なんか初めて会った時から気が合いそうだなって思ってて、もし嫌じゃなかったらこれからも仲良くしてくれると嬉しいー』


松原からはすぐに返信がきた。

松原はなんでこんなに詩貴のこと気に入ってるんだろう…それとも男子はこの距離感が普通?

 


『俺もー。家遠いしあんま遊べないと思うけどよろしく』

ここで変に拒否してもおかしいので、詩貴に成りきって肯定的な返信をする。自分に成りきるって変な表現だけど。



『よろしく!この前撮った写真送る!』


松原から文化祭の時に撮った写真が送られてきた。満面の笑みの松原と、クールに微笑む蒼生、若干笑顔が引き攣っている詩貴こと私、その他クラスメイト数名が写っている。

男の時の私を写真で初めて見たけど、違和感が半端ない。顔自体は本人なんだから似ているのは当たり前なんだけど、纏っている雰囲気が違うような気がして自分の顔をアップにしてまじまじと見つめる。

確かに私、イケメンだな…

客観的に見て、みんなが容姿を誉めてきた理由が分かった気がする。

なんだか恥ずかしくなってきて写真を閉じ、松原からのメールの続きを読み進める。



『ね、来週の日曜空いてる?文化祭の時に言ってた映画観に行かない?』


とても行きたい…!周りの友達はホラー苦手だから一緒に行ってくれなさそうだし、今まで一人では映画館に行ったことがなかったから諦めようかなって思ってたけど…

でも当日に私が男になっているとは限らないし…どうしようかな…



『観たい!でもその日午前と夜に用事あってさ、もし行けなくなっちゃったら彩智と行ってくれない?この映画観たがってたんだよね』


これ完璧じゃない?男になってたら詩貴として行けばいいし、なってなかったら私として行けばいいし!

それに午前中と夜に用事あるって言えば映画観た後すぐ解散できるし。


『えっさーちゃんと!?デートみたいになるけどいいの?!』

そっかデートか…松原のことが全く意中になかったので気づかなかったけどこれってデートってことになるのかな。

でも私は映画がどうしても観たい。学校から離れた映画館なら誰にも見られないと思いたい…!


松原とデートするデメリットと、映画が観れるメリットを天秤にかけ、私は映画を観ることを選んだ。










松原と映画を観に行く前日の土曜日、私は蒼生の家にいた。

幼馴染の中で蒼生の家が一番近いってこともあるけど、結構2人だけで買い物に行ったり、家で勉強したりすることも多い。


今日は蒼生の部屋で勉強を教えてもらっていた。


「疲れたーもう無理。ちょっと休憩しよ」

勉強を始めて2時間。私の集中力が見事に切れた。

「そうね。あ、そういえばお母さんがパウンドケーキ作るって言ってた。出来てるかもしれないからちょっと見てくる。」

「ほんと!ありがとう!」

蒼生が部屋のドアを開け、1階に降りていく。確かに良い匂いするかも。

蒼生のお母さん、本当に料理上手なんだよね。優しくて上品な感じだし、蒼生が女の子らしい子に育つ理由がよく分かる。



蒼生が戻ってくる間、伸びをしながら綺麗に片付けられた蒼生の部屋を見渡す。壁の一角にはブレスレットやイヤリングなどのアクセサリーが掛かっている。中には水晶の数珠のようなものもあった。お母さんからもらったのかな?どれも蒼生に似合いそうなものばかりだ。

ふと、机の上に写真が飾られていることに気づいた。近寄って見てみると、幼稚園の卒園式の時の写真だった。まだ幼い私たちが卒園証書を持ちながら無邪気に笑っている。

こんな前の写真も大事に飾ってくれてるんだ…



そういえば、蒼生とはなんで仲良くなったんだっけ?

幼馴染4人とは幼稚園からずっと一緒だけど、最初から4人一緒ではなかった気がする。蒼生とはいつから仲良くなったんだっけ?


そんなことを考えていると、蒼生がパウンドケーキを持って部屋に戻ってきた。

「出来立てだって。早く食べよう。」

「わぁおいしそ〜。いただきます。」

今日はかぼちゃのパウンドケーキのようだ。添えられた生クリームと一緒に食べるととっても美味しい。


「そういえば明日花音と一緒に服とか買いに出かけるんだけど、彩智も行く?」

蒼生と花音はおしゃれが好きで、よく買い物に出掛けているのを見かける。一緒に着いて行くと私に似合いそうなものを見つけてくれるからありがたいんだよね。


「ごめん明日は松原と映画観に行くんだ。」

「え?松原と?」

蒼生は松原のこと何とも思っていないし、蒼生だからいいだろうと思って話したんだけど、予想とは違うリアクションをされた。

蒼生はちょっと怖い顔をしている。


「まあ、実際には詩貴が誘われたんだけど。」

私は今までの経緯と私の考えた完璧な計画を伝えた。

「なんか、楽観的というか…それが彩智らしいんだけど。映画観てる途中に変わっちゃったらどうするの?」

「映画館暗いしすぐにトイレに駆け込めば大丈夫じゃない?着替えも持ってくし。」

今の私は映画が観たいという思いに駆られて、何か起きた時のことは実はそんなに細かく考えていなかった。


「まあ、映画だけなら…色々と気をつけてよね。」

「はーい」

お母さんのような蒼生の言葉に対し、小さい子どものような返事を返した。









夢を見た。

幼稚園の頃の春、花音、蒼生が出てきて、何故か私は男の子という夢。

蒼生の部屋で卒園式の写真を見たのが影響しているのかもしれない。


夢の中でも私たち4人は仲良しで、でもどうしても男の子と女の子では別れなくちゃいけない場面もあって、夢の中で"なんで僕だけ"と悲しい気持ちになった。






目が覚めてゆっくりと体を起こす。目覚まし時計を見ると、午前9時30分。松原との待ち合わせは14時だったからまだまだ余裕だ。

ぼーっとしながらも以前男の子になる夢を見た時の事を思い出す。

恐る恐る右手を視線の先に出すと、いつもよりも大きな男の子の手が映った。


「はぁ〜」

寝起きでさらに一段と低い声でため息を吐く。

松原と彩智としてデートしなくても良くなったのはいいけど、やっぱり男の子になるのは気が滅入る。自分をどんどん削られているような錯覚を覚える。



少し窮屈に感じるパジャマで一階に降りた。

今は家に私1人しかいないからこんな状態でも気にせず動き回れる。

橋元家は両親ともにバリバリ仕事をしていて、今日もお母さんは朝から休日出勤だ。お父さんは半年前から単身赴任中。ちなみに兄ちゃんは最近予備校に朝早くから通っている。


いつも男の状態ではコソコソと動いていたから、堂々と家の中を動いてみて新鮮な気持ちになった。

「いてっ」

ドアを開けてリビングに入ろうとしたら右肩を思いっきり壁にぶつけてしまった。

普段と体の大きさが違うからあちこちをぶつけてしまう。痣にならないといいけど…


出かけるまでの間は普段とやることは変わらず、ダラダラと撮り溜めていたバラエティ番組を観て、お母さんが用意してくれた昼食を食べ、最近少しだけ買い足した男物の衣類を身につけて家を出た。








ちょうど良い電車がなくて、待ち合わせの20分前に到着した。駅前のちょっとした広場は待ち合わせをしている人たちで溢れている。でも学校からわざわざ離れた場所を選んだし、知り合いには会わないよね…?


まだ松原はいないだろうと思いながらもキョロキョロと辺りを見渡していると、ふと壁際にいる人が目に止まった。

モノトーンで統一されたとても落ち着いた服装で、壁に寄りかかりながらスマホをいじっている。素敵だな…と思いながらその人の顔をよく見ると、まさかの松原だった。

私服こんなに落ち着いた感じなの!?普段の松原とは別人のように見えて少しドキドキする。

それに待ち合わせギリギリに来ると思っていたからびっくりした。  


「あの、松原くん?だよね?」

何故か疑問系になってしまったが、にこやかに松原に話しかける。

「お、詩貴くん!」

私を見るとぱっと笑顔になり近づいてきた。あ、いつもの松原だ。


「さーちゃんはいないの?」

そわそわとした様子で私に尋ねる。

「は?なんで?」

思わず素で答えてしまった。


「いや、予定ないなら一緒に観れればいいのにって思っただけで別に。」

松原は拗ねたように目線を外した。


「いや、俺と松原と彩智で出掛けるっておかしくない?」

何故か私にも来て欲しそうだった様子の松原に言う。どう考えてもその3人で映画観に行っても気まずいだけじゃん。いや同一人物だから3人で行ける訳ないんだけど。



「…どうした?」

松原からの返答がないので声をかける。

松原は何故かキラキラとした目で私を見ていた。


「さっき松原って言った!?なんか友達みたいで嬉しいな〜。いっその事下の名前で呼んでもいいよ!あ、でも遙は女っぽいからハルとかどう?」

「いや、遠慮しとく…」

彩智の時と同じ感覚で話してしまってうっかり呼び捨てにしてしまった。

松原は何故かそれが嬉しかったようでテンションが高い。


「じゃ、さっきみたいに呼び捨てで松原って呼んで!なんか詩貴くん前と雰囲気違うよね。さっきの感じが素?」

「え?さっきって?」

「なんかぶっきらぼうな感じ?前会った時は王子様みたいなキラキラした雰囲気だったけど、今の方が普通の男子高校生って感じでいいね!」

「そ、そうかな…」

松原的には誉めているようだが、私は王子様でも男子高校生でもないので全然嬉しくない。


「ね、俺も呼び捨てで詩貴って呼んでいい?」

「うん、いいけど。」

「よっしゃ!じゃあ行こーぜ詩貴!」

松原は私と肩を組み上機嫌だ。今の私は松原よりも背が高いけど、そんなに大差ないので横を向くと近距離に松原の顔が見えた。

ぱっちりとした二重を縁取っているまつ毛をぼーっと見つめる。…意外とまつ毛長いんだな。黙っていればイケメンなのに。


「詩貴?どうした?」

ぼーっと見つめすぎたのかもしれない。松原が視線に気づいたようで、こちらを向いた松原とばっちりと目線が合った。

「な、なんでもない!」

いつもと違う格好、いつもと違う視点のせいか、松原が違う男の人のように感じて恥ずかしくなる。肩組みをなるべく自然にはずし、松原と距離をとった。





「すいません、これの14時半からのやつ予約してあるんですけど」

松原は映画館の受付でそう声をかけた。えっいつの間に予約してたの…?

「確認いたします。…はい、では学生証の提示をお願いします。」

「あっ…」

そうだ。映画館って学生証必要じゃん。すっかり忘れていた。でも今の私の姿で出せる身分証明書はない。

「詩貴どうした?」

「ごめん、学生証忘れた。」

「そうしましたら、一般料金でお願いいたします。」

「はい…」






「映画観るって言ったら学生証必要でしょ!詩貴って意外とおっちょこちょい?」

「ごめん、違う鞄に入ってたっぽい。」

無事にチケットを購入後、私の失態を松原がからかう。

「詩貴面白いな〜。そういうとこさーちゃんに似てるわ。」

学生証を忘れただけなのに、松原はツボに入ったらしくニヤニヤしながらこちらを見ている。なんか楽しそうだから別にいいけど。…いや、でも少しだけムカつく。



楽しそうな松原を見ていると、急に嫌な感覚に襲われた。

ああ嫌だ。外出先では今までなかったのに。でも映画も観るし、済ませなければ。


「…ちょっとトイレ行ってくる。」

「ん?おーいってらっしゃい。俺はさっき行ったから待ってるわ。」



どちらに入るか間違えないように何度も見直してから男性用のトイレに入る。

真っ直ぐと進んでいき、迷いなく個室に入った。まだ立ちションなんて出来る勇気も度胸も全くない。この映画館は無駄にトイレが大きいから助かった。


用を済ませ、洗面台の前に立つ。手を洗い正面を向くと、黒いパーカーを着た長身の少年と目が合う。もう見るのは何度目かになるせいか、その少年が自分自身だという認識が少しだけ強まっていた。

2人並んでいたら仲の良い友人同士に見えるんだろうな。片方の少年の中身が女子だなんて思うはずがない。


…別に他の人にどう思われてもいいじゃん。何でそんなこと考えたんだろう。

何故だか少しだけ心の中にモヤモヤが残ったまま松原の待つロビーへ向かった。




ロビーの片隅にいた松原はポップコーンとドリンクを2つずつ持っていた。

「おかえりー。ポップコーン塩とキャラメルどっちがいい?」

「えっ俺の分も買ってくれたの?」

平然を装っている松原は高級レストランで知らないうちにお会計を済ましている男性みたいだ。

松原ってこんなに気が遣える人なんだっけ。私の中でイメージがどんどん変わっていく。


「うん、来てくれて嬉しかったし。そのお礼!」

「ありがとう。」

男物の服への出費のせいでお小遣いピンチの私にはとてもありがたい。私は素直に松原からのお礼を受け取った。

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