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満月の夜、鏡の前で  作者: 瑠珠
8/12

8.29.5日

文化祭終了後の振替休日。色んな意味で疲れきっていたが、私の部屋では最近の恒例である作戦会議を開いていた。


「え、じゃあ悠くんに女装姿見られたってこと?」

「そんな言い方しないでよ。なんか変態みたいじゃん。」

ポテチを食べながら私のベッドの上に寝転がっている春に言う。

「いやでも実際変態だろ。」

「明日学校で話題になってるかもよ。」

現実主義の兄ちゃんと蒼生が指摘する。何で普通にスカート履いてただけで変態になっちゃうの…男がスカート履いちゃだめなの普通におかしいと思うんだけど。というか、ミスコンで女装した兄ちゃんには変態って言われたくない。


「他には何か困ったことあった?」と優しい花音が聞いてくれる。

「うーん、あとは頭痛が酷かったのと松原に連れ回されたことくらいしか。」

「でもさ、あんな大人数の前でも変わっちゃうってやばくない?もう一度鏡のとこ行って見ようよ。」

「確かに。それに、これ以上続きそうだったらお母さんにも相談しようかな…信じてくれるかわからないけど。」

「実際に変わるところ見てもらうのがわかりやすいかもね。」


こんな変な状態になってからそろそろ1ヶ月が経つ。いまだに夢なんじゃないかなって思うこともあるし、お母さんに相談っていってもなかなかイメージが出来ない。頭おかしいと思われて病院連れていかれたらどうしよう…


「29.5日!知ってる?」

春の大きな声で現実に引き戻される。この嬉しそうな顔は何かを知って誰かに教えたいと思っているに違いない。

「何それ」

「満月の周期!29.5日なんだって。この前行ったのが10月でしょ〜。そしたら次の満月は今週の土曜日!」

「そうなんだ!じゃあ行ってみようよ。」

「俺も行ってみようかな。ちょっと興味あるんだよね。」

兄ちゃんが行くと言い出すなんて意外だ。こういうオカルトみたいな話は好きじゃないと思ってたのに。

「勉強は大丈夫なの?模試あるって言ってたじゃん。」

「いや大丈夫じゃないけど、妹の一大事なんだから手助けしたいなって。」

「兄ちゃん…!」

思わず兄ちゃんに抱きついた。この前と違って男じゃなかったから、すぐに引き剥がされなくて安心した。



「あ、そういえばさーちゃんにプレゼント。」

花音は横に置いていた紙袋を差し出した。受け取ると、中には黒地に白いロゴの入ったパーカーが入っていた。

「ありがとう。あれ、でもこれ…」

「そう。メンズのなんだけど、男子のさーちゃんに似合うかなーって思って。男物って1着しか持ってなかったでしょ?」

花音は本当に優しいな…でも男物の服でいっぱいになる前に何とかしたいと思ってるよ?


「せっかくだし着てみれば?」

と蒼生が提案する。

「今着たってぶかぶかだし意味ないよ。」

と言いつつも、花音のきらきらした目線に気づき、着てみることにした。


「いいじゃん!今着てもオーバーサイズって感じで可愛いよ!多分男のさーちゃんでも似合うと思う!」

「じゃあ今度男になったときに…」

話している途中で体が熱くなる感覚に襲われた。一瞬目を閉じて、開いてみたら目線が随分高い。

慣れたせいか、痛みはほとんど感じなかった。

さっきまでブカブカで袖が余っていたパーカーはいつの間にかぴったりになっていた。


「…はあ。サイズピッタリだった、花音ありがと。」

「う、うん…よかった。」

花音は目を見開いて信じられないものを見たかのような顔をしていた。人が目の前で別人になったんだから当たり前か。


「あんた男になるの慣れすぎじゃない?」

蒼生は呆れたような顔で言う。

「正面から見た変身シーン結構衝撃映像だったよ。アハ体験みたいだった。」

「人をクイズと一緒にすんな。」

人をアハ体験呼ばわりした春の頭をわしゃわしゃと掻き回す。今の私よりは少し長い春の髪がボサボサになった。


「それにしてもタイミング良すぎじゃない?何かきっかけが…」

そう言った蒼生に顔を向けると、ばっちりと目線が合った。しかし、すぐに目を逸らされてしまう。



まただ。

電車に乗った時も、文化祭の時に迎えに来てくれた時もそうだった。少し顔を赤らめて目を逸らす。



何か既視感がある。

まるで、松原を見つめている時の花音の視線みたいだ。

もしかしてー。





「あのさ…もしかして、蒼生って男の私が好きなの?」


「は、はあ?!何言ってんのあんた!!」

蒼生は真っ赤になりながら否定する。あれ?これは怒ってる?

「え、違った?だって、電車の時とかもそうだし、私の顔見るとすぐに目を逸らすじゃん。」

「彩智が無駄に顔を近づけてくるからよ!!」

「そうだよさーちゃん、今はイケメンなんだってこともっと自覚して!」


顔を真っ赤にして怒っている蒼生の横で春も加勢する。

…どうやら私の勘違いだったみたいだ。異性だと距離感も考えなきゃいけないし、例え中身は同性だったとしても今後は気をつけよう。

いつもは怒ると怖い蒼生だが、今日は何だか可愛く見えた。









「お前そのままでいいの?」

作戦会議が終わり、蒼生たちを玄関で見送った後兄ちゃんに後ろから声を掛けられた。

「え…?」

「全然焦っているように見えないし。普通だったら一刻も早くどうにかするために動くだろ。」

「そう、だけど…どうすればいいか分かんないし…」

お互いに沈黙の時間が続く。



「…言い方が悪かった。非現実的なことだし解決策がすぐに見つかるとは思わない。わざと気にしてないふりしてんのかなって感じて、ちょっと心配になったんだ。…あんまり無理すんなよ。」

「…うん。」

すれ違い様に兄ちゃんに肩を叩かれる。いつもみたいに頭を撫でてはくれなかった。



焦ってないわけじゃない。男の体に慣れてしまう前にどうにかしたいと思ってる。

でもどうすればいい?

さっき花音が言ってたみたいにお母さんに変化するのを見てもらうのが一番かな…ちょっと恥ずかしいけど。

でもその後は?病院に行ったとしても病気ではないからあんま意味なさそうだし…変な研究所に連れていかれるかも…



部屋に戻り、ベッドにダイブする。ぼーっとしていると、さっきの蒼生の顔を思い出した。なんだか避けられている気がして寂しい気持ちになったことも思い出す。…私が男だから気まずいんだよね?

「はぁ、早く元に戻らないかな…」

兄ちゃんとよく似た男の子の声で呟く。

「ははっ似合わねー」

今の声には似合わないナヨナヨとしたトーンに思わず笑ってしまった。










振替休日後の学校。文化祭の余韻があるのか、教室の中はいつもよりも騒がしく感じた。


「彩智〜、文化祭の時体調悪かったんだって?大丈夫だった?」

リュックから荷物を取り出していると、同じクラスの子が声を掛けてくれた。

そっか。私、午後は早退したことになってるんだった。

「うん、ちょっと頭痛が酷くて。でももう大丈夫。心配してくれてありがとね。」

「そう?良かった〜無理しないでね。」

「うん、ありがとう。」



今日は文化祭後の片付けで普通授業はほとんどない。

ぼーっとしながら片付けをしていると、悠くんが近くにやって来た。

「橋元さん、体調は大丈夫?」

「悠くん…うん、大丈夫。実行委員なのに居なくなってごめんね。」

悠くんに女装姿を見られたことを思い出して、ドキッとする。

「そんな気にしないで。何時ごろ早退したの?」

「えーと…お昼前くらいかな?」

「そっか。どおりで橋元さんが見つからなかった訳だ。」

「え?悠くん私を探してたってこと?」

「うん。でも…今は大丈夫。気にしないで。」

「…?わかった。」


悠くんは私に何の用があったんだろう…そういえば松原も私のこと探してたみたいだし。

ビクビクしていたが、女装男の話については話題にならなくてよかった。一瞬だったからよく分からなかったんだと思いたい。

学校内でも噂になっている様子はないし安心した。でもそのかわり、私の従兄弟の「シキくん」が話題になっている。もちろん詩貴本人ではなく、私のこと。イケメンだとか、背が高くて大人っぽいとか、クラスの中ではアイドルのようになっている。松原が私の事を連れ回したりしなければこんな話題にならなかったのに…!


思わず松原を睨んでいると、視線に気付いたのか松原がやって来た。

「さーちゃん悠くんと一緒に何してんの」

「何って別に片付けしてるだけだけど。」

「ふーん」

「なにふーんって。てゆうか、前から思ってたんだけど何でさーちゃんって呼ぶの!女子からしかそのあだ名で呼ばれてないのにきもいんですけど」

「はぁ?きもいって何だよ!」

「あの、僕あっちの方手伝ってくるね。」

悠くんは喧嘩をし始めた私と松原の間に挟まれたくなかったのか、違う場所へとうつった。



「さーちゃんさ、悠くんのこと好きなの?」

「はぁ?!何言ってんの。てゆうかまた呼び方!」

松原が急に変な事を言うから怒った口調になってしまった。

「だって最近よく一緒にいるじゃん」

「それは委員会が一緒で文化祭が近かったからだと思うけど…」

「っ!そっか!まあ、さーちゃんじゃ悠くんに相手にされないと思うけどな!」 

急に元気になった松原はまた失礼な事を言う。

「別に好きって言ってないでしょ!別に私が悠くんと一緒にいたとしても松原には関係ないじゃん。」

「いや、俺より先にさーちゃんに彼氏できたらむかつく」

なんなのこいつ!!


知らないうちに大声でやりとりをしていたのか、クラスの人たちの何人かはこちらを見ていた。花音もこちらを見ている。そういえば花音は松原が好きなんだっけ。

本当にこんな奴のどこがいいんだか。








今日の満月は先月とは違い、雲の合間から見え隠れしていて中々姿が見えない。


兄ちゃんと一緒に家を抜け出して、学校まで歩いて向かう。なんだか2人で歩くなんて久しぶりで少しわくわくした。

風が思っていたよりも強く、針のように肌を突き刺す。夜空を見上げると、いつもよりも早く雲が流れている。


「全然満月見えないね。」

「だなー。風強いからすぐ雲が退けると思ったのにだめだな。」

早く着いたので校門前で兄ちゃんと空を見上げていると、他のみんなも到着した。


「あっさーちゃん花音からもらったパーカー着てる!」

春が私の服装を見て言った。

「暗いのによくわかったね。そう、またあの時みたいに男になったら嫌だと思って。」

それに寒いからスカート履きたくなかったし。

実は今日に限らず最近はオーバーサイズの服を着ることが多くなった。ワンピースは好きなんだけど、もしまた男になったらと考えると中々着る勇気が出ない。




この前と同じ窓から旧校舎に侵入して、目的地である階段の踊り場へと向かった。

曇っていて満月が隠れているせいか、先月よりも校舎の中は暗く感じた。

カンッと何かが床に落ちる音が聞こえた気がして後ろを振り返る。

「何か聞こえなかった?」

私の後ろにいた花音に聞いてみる。

「いや、私は気づかなかったよ?」

「この前より暗いし、ビビってるだけじゃないのー?」

前を歩いていた春がおちょくるように言った。

「そうかな…」

「風強いからそのせいでしょ。」

蒼生がきっぱり言う。確かに風強いしな…と納得した。



先月来た時には不思議な雰囲気を放っていた階段の踊り場も、今はただ薄暗くて心霊スポットのような不気味さがある。

「本当にここか…?」

初めて来た兄ちゃんが呟く。そう思っても仕方ないと思う。

「この前来た時はもっとこう…いい感じだったんだよ!」

春がなんとか力説しているが、兄ちゃんはいまいち納得しないようだ。

「とりあえず、あと少しで2時22分だしまたお願い事してみる?」


兄ちゃんがいるからこの前よりもぎゅうぎゅうになって鏡の前に立つ。

私は心の中で"今の状況が改善されますように"とお願いした。



帰り道、私は雲の隙間から見え隠れする満月を見つめ、やっと煩わしい状況から抜け出せるかも…と淡い期待を抱いていた。





しかし、お願いをしてから数週間後。

私の願いがどこにも届いていないことが発覚するのでした。


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