7.悠と遙
色々と忙しすぎて更新できませんでした…
元々はミスター、ミスに選ばれた人が今日1日その格好のままという決まりだったらしい。
でも、例年『いい思い出だから』と選ばれてなくても着替えずそのままの人が多かったみたいで、今では出演者全員男装女装したまま過ごすというのが当たり前のようになっている。それに加えて、クラスや部活の出し物で男装女装していたり、コスプレしていたりする人もいるので校舎内は様々な格好をした人で溢れている。
こういう事できる機会そんなにないだろうし、みんな楽しそうだから見ているだけで面白い。
委員会の仕事は大体片付いたので、楽しそうな人達を観察しながら教室へ向かうため廊下を歩いていると、ズキッと頭が痛んで思わず立ち止まった。
そういえば、昼に頭痛止めの薬飲むの忘れてた。取りに行かなきゃ。
そう思い歩き出した途端、いい加減慣れてしまいそうなあの感覚が私を襲った。
私の荷物がある教室までは持ちそうにない。ちょっと先に使ってない教室があったはず。
私は酷くなる頭痛と体の熱さに耐えながら、やっとの思いで空き教室にたどり着いた。
「はぁ…」
と壁に寄りかかりながら、出た声は低く掠れた男のものだ。
今までよりも男になる時間短くなってないか?やっとの思いでたどり着いたと思ってたけど、実際の時間は1分も経っていない。
座り込んで頭を抱える。
頭がズギズキする。心が焦燥感でいっぱいになって、考えがまとまらない。
廊下にいた人達にバレてないかな?人が来ちゃったらどうしよう。この姿でこのままここにいるのはまずいし何とかしないと…どうしよう、とりあえずは…
「そうだ、蒼生に電話…」
ぼーっとする頭でスマホを取り出し電話を掛けようとしたとき、ガラッと扉を開ける音が教室に響いた。
「橋元さん?」
入ってきたのは悠くんだった。
なんで…もしかして後つけられていた?
ゆっくりと教室内に入ってきた悠くんが隅でうずくまっている私を見た。
一瞬、悠くんがはっと目を見開く。
「あ、あの…この教室に女の子入ってきませんでしたか?」
少し怪訝そうな顔をして私に尋ねる。そうか、今私女装状態じゃん。
「えっと、教室間違えたみたいですぐ出ていったけど…」
「そうですか、追いかけたはずなんだけどな」
そらされていた視線が再び合う。
「あれ…その髪飾り」
「え…?」
そう言われてはっとする。髪に手を伸ばすと、かろうじて引っ掛かっていたお揃いのピン留めがあっけなく取れた。
…そういえば女装のことは置いといて、着ている服はクラスTシャツだし、左腕にはスタッフの腕章をつけている。身につけているもの全てが私が橋元彩智だと証明しているようなものだ。
「お、俺もう行かなきゃ。じゃ!」
「あっちょっと!」
引き止めようとする悠くんを振り切り、勢いよく廊下に飛び出した。様々な格好をした人達で溢れているため、悪目立ちはしていない…と思う。
私はそのまま人気の少ない理科室に逃げ込んだ。
『もしもし彩智?もう仕事終わってる時間でしょ?どこにいるの?あとなんか松原があんたのこと探してるみたいだけど』
蒼生に電話を掛けるとワンコールで出てくれた。色々と整理がつかないけど、とりあえずは蒼生と話がしたい。
「蒼生、ごめん。助けて」
『…すぐ行く。どこにいるの?』
蒼生が来るまでの間に、さっきの出来事を振り返る。
静止を振り切り逃走する女装男。…絶対不審者だ。悠くん先生に報告するかな…。いやそれよりも、私=女装男と気づかれる方が困る。
クラスTシャツや腕章に気付いていない事を祈ろう。
「いた。ほら、服持ってきたから着替えて」
座り込んで膝に埋めていた顔を上げると、私の着替えを持った蒼生がいた。
「…大丈夫?体調悪い?何かあったの?」
「ごめん。なんか、ちょっと色々あって混乱してる」
「色々?」
「悠くんに見られた。」
「悠くん?どういうこと?変わるところ見られたっていう事?」
「そういう訳じゃないけど、この姿見られたし、お…じゃなくて私のことめちゃくちゃ怪しんでた。」
「そう…でも今は学校の外に出ることが一番。その事は後で考えよう。着替えたら一般公開の時間までに外に出ないと。」
座ったまま動かない私に蒼生は指示を出した。指示通りに着替えはじめると蒼生の視線が気になった。
「ごめん、ちょっとあっち向いてて」
「いいけど、何で?いつも気にしないでしょ?」
「だって今俺男だし…」
「俺…?」
「あ、いや私!これから外に出るんだから怪しまれないようにしないと!」
「まあいいけど。早く着替えて」
パニックになってるからか、頭痛のせいか、頭がふわふわして考えがまとまらない。
着替えを終え、今まで着ていた服をかばんに詰めて意を決して廊下へと出た。
「この前と同じように話しかけられたら詩貴だって答えて」
「わ、わかった」
廊下で人とすれ違う度に視線を感じて、その度に怪しまれていかな、バレてないかなって不安になり挙動不審になってしまう。
ただでさえ身長高くて目立つのに…これ以上目立たないようにと心を落ち着かせて歩いていると、正面から声を掛けられた。
「あれ?シキくんじゃん!遊び来てたの?」
くるっと何事も無かったかのように後ろを向きたい。何てタイミングが悪いんだろう。ここまで来るとなにか仕組まれているような気すらしてくる。
松原はニコニコしながらこちらに近づいてきた。その手にはおばけ屋敷の宣伝用の看板を持っている。
「いやーいつ見てもシキくんイケメンだわ。あっせっかくだし一緒に写真撮ろーぜ」
松原はスマホを取り出しカメラを起動させる。
無駄に大きい松原の声のせいで廊下の人達はこちらに注目している。
これ以上目立ちたくないので、渋らずに一緒に写真を撮った。彩智の従兄弟ってことになってるし、この姿で一緒に写真撮っても平気だよね…?
「ちょうどこっちに遊び来ててね…じゃあ俺もう帰るから」
松原と横にいた蒼生とおとなしく写真を撮り終わり、帰ろうとするがこれがまた上手くいかない。
「やっぱりあれ松原じゃん!」
「おーい松原!宣伝サボって何してるの…ってこの人誰?!」
「さーちゃんの従兄弟のシキくん!」
「彩智こんなにかっこいい従兄弟いたんだー。シキってどうやって書くんですか?」
「えっと、詩に貴族の貴で詩貴だけど…」
「へーなんか名前もかっこいいね」
廊下で目立っていたからか同じクラスの女子達が集まってきた。ぐるっと囲まれてまるで報道陣にインタビューされている人みたいだ。
「ねえねえ、詩貴くん!俺らのクラスおばけ屋敷やってるんだけど寄ってかない?」
「そうそう!結構本格的で人気なんだよ!」
「あ、いやもう帰んなきゃなんだけど……あ、そうだ松原くん、さっき彩智の事探してたみたいだって聞いたんだけど何か用事あった?」
何で私のことを探してたのか気になるし、話を逸らすためにも質問してみた。
「あー…いや、大丈夫。後で自分で言うから」
「そう?ならいいけど…」
「それよりさーちゃんは?詩貴くん来てるのにいないし。呼んでみよっか?」
それは私のスマホが鳴るのでヤバい。
「彩智は…」
「体調悪くて早退したって。朝から我慢してたみたいよ。」
蒼生が淀みなく答える。
「はっ?!さーちゃん最近そんなんばっかだな。帰ったらLINEしてやろー。」
やめて!とはこの姿では言えずに笑って誤魔化す。松原からは何の中身もないメッセージが結構来るんだけどいつも返信に困る。
「ってかそれよりお化け屋敷だって!行こーぜ!」
その話は終わったと思ったのに…!私は松原に背中を押されて自分のクラスへと進んでいく。
「あの、俺本当にもう行かなきゃなんだけど…」
「大丈夫だって!10分かかんないくらいだし」
蒼生に助けを求めようとしたが、蒼生の姿が見当たらない。人混みで離れちゃったのかも…
そしてなされるがままにクラスの前に着いてしまった。ほんとそれどころじゃないのに何してんだ私。でも毎回そんなにすぐに元に戻らないし大丈夫かな…?こういうガンガンくるノリいつも断れないんだよなぁ。
「松原お客さん捕まえてきたのか!誰?友達?」
受付のとこにいた男子がこちらを見ながら尋ねてきた。
「そう!さーちゃんの従兄弟の詩貴くん!」
いつから私はあんたの友達になったんだ。それに今の私をいろんな人に紹介しないでほしい。
「はい、じゃあ一名様ご案内!」
結局蒼生とは会えず、私はお化け屋敷の中に送り込まれた。
「ここはずっと前から誰も住んでいないわ。いい噂は聞かないし近づかない方が身のためよ。」
クラスメイトたちが目の前で同じクラスの彩智だとは知らずに演技をはじめた。展開を知っているし怖くもなんともないので半分上の空で演技を見ていた。そういえば今って女の人役誰なんだろう?物語通りに通路を進んでいき、やっとゴール手前まで来た。
「…許さない。呪ってやる!」
とお決まりの台詞を言いながら後ろから現れたのはまさかの春だった。
「えっさーちゃ、むぐっ!?」
「名前言うな!バレるだろ!」
春だと気づいた時に嫌な予感はしたが、案の定「さーちゃん」と言いかけたので咄嗟に春の口を押さえ、小声で注意した。
「ご、ごめんまさかいると思わなくてびっくりした…大丈夫なの?てかなんでここにいるの?」
「松原に捕まって連れてこられた。彩智は早退したってことになってるからよろしく」
「わ、わかった」
ぽかんとしている春を背に私はお化け屋敷から外へと出た。
「詩貴くんおかえり!どうだった?怖かった?」
「ああ、うん、まあまあかなぁ…」
しどろもどろに出口で待ち構えていた松原に返事をする。
「えっ詩貴くん意外とホラー大丈夫な感じ?」
「まあ、好きなほうかな…?」
「そーなの?!じゃあさ、一緒に映画見に行かない?今ちょうどやってるやつ!俺もホラー好きなんだよね」
その映画めちゃくちゃ気になってたやつ!一緒に見てくれそうな人いないから一人で行こうと思っていた。松原がホラー好きだなんて意外だ。…というかやっぱり勢いがすごい。コミュ力おばけかよ。どう答えたらいいか困惑していると、
「あっ詩貴!やっと見つけた」
女装姿の兄ちゃんと蒼生が近づいてきた。
「蒼生!兄ちゃん!」
2人の姿を見るだけで安心する。いつもこの2人にはピンチを助けてもらっている気がする。
「兄ちゃん?」
松原は女装している兄ちゃんを見て不思議そうな顔をしている。
「あれ?1回会ったことあるだろ?彩智の兄です。詩貴にも兄ちゃんって呼ばれてんの」
兄ちゃんは小首を傾げて言った。その格好でその仕草は結構破壊力がある。
「あっ、え!?さーちゃんのお兄さん?!めっちゃ美人じゃん」
松原は少し顔を赤らめる。おい、男でも顔が可愛ければいいのか。私のことは散々からかってくる癖に。
「それより詩貴、もう時間だろ?叔母さん達待ってると思う」
「あ、うん、そうだった」
兄ちゃんの作り話に合わせて答えた。
「そっかもう帰るんだったっけ。ごめん引き止めて。あ、最後に詩貴くんのLINE教えて!映画後で見に行こうよ!」
なんでそうなる。さっきの話本気だったのか…アカウント1つしか持ってないし、今私のスマホを出す訳にもいかない。
「ごめん、俺LINEやってないんだ」
「へー珍しいな。じゃあメアド教えて!今日撮った写真も送るし」
「あ、うん…」
私は松原のスマホに友達との連絡ではほとんど使っていないメールアドレスを登録した。
この時適当にアドレス入力しておけば良かったのに、私は何を思ったのか馬鹿真面目に本物を登録してしまって、後日後悔することになる…とは今の私は知らない。
「ありがと!なんか詩貴くんって初めて会った時から初めてって感じがしなくて一緒にいると安心するんだよな」
そりゃ初めてじゃないですからね。とは言えず愛想笑いで返した。