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満月の夜、鏡の前で  作者: 瑠珠
5/12

5.いつもと違う


「うーん、ちょっとは進展したって言えるのか…?」

「それで、服はどうする?」

「大丈夫です」

「前の会議から男になってないってこと?」

「うん」

「嘘つけ。昨日風呂場で絶叫したのどこのどいつだよ」

「えっ!なになに聞きたーい!」


時々男になってしまうという謎の症状に悩まされるようになってから初めての週末。

私達5人はまた私の部屋に集まっていた。

残念なことに謎の症状はまだ続いており、昨日の夜も男になった。




昨日の20時30分。夕食をとった後お風呂に入ろうと脱衣所で服を脱いでいると、慣れてしまった全身が熱くなる感覚に襲われた。

この時、私は全ての衣服を脱いでいて後はお風呂場に入るだけだったんだけど、あの症状が起こり呻き声を上げながら床に突っ伏した。


みるみるうちに体が女性らしさを失っていく。服を着ていないので変化が目に見えて分かって、いつも以上にダメージを受けた。

だって胸がどんどん風船がしぼんでいくみたいになくなってくんだよ?現実逃避したくなるわ。


変化が終わり立ち上がる。とりあえず、服は脱いであるしこのままお風呂に入っちゃおう。と、思いなんとなく下を向く…


「うわぁぁぁー!」

男の声で、可愛げのないリアクションで叫んでしまった。……だって、アレが…ね…

今まではタイミングが良かったのか尿意を感じたことがなかったし、アレと対面したことはなかった。…やっぱ男の体って慣れないな。正直言って気持ち悪い。


「えっ何?誰?どこから?」

悲鳴を聞いたお母さんが混乱している声が聞こえた。

このまま場所を特定されるのは非常にまずい。


「俺が叫んだ!ゴキブリ出たみたいでさ、ちょっと来てくんない?」

お母さんが動きはじめる前にリビングにいた兄ちゃんが叫んだ。

「ゴキブリ?祥、そんなことであんなに叫ぶ?」

「いや、急に出てきたから」

「どこ?」

お母さんは叫び声は兄ちゃんのものだと疑っていないようだ。兄ちゃんと声が似ていて良かった。兄ちゃんありがとう…!


部屋に早く戻るためにお風呂は素早く済ませた。体も見たくなかったし…湯船は案の定窮屈に感じた。


部屋に戻り、兄ちゃんのジャージに着替え終わると同時に部屋のドアが開いた。


「お前なぁ、あんな音量で叫ぶんじゃねぇよ」

「ほんとごめん。ありがと」

「ほんとだよ。俺が今日いなかったら絶対バレてたからな」








「という訳です」

「なんかデジャヴ感じるんですけど」

「まあ服は買いに行くってのは決定で」

誤魔化せるわけもなく、服を買いに行くことが決定してしまった。貯金あまりないんだけどなぁ…


「どうする?これから買いに行く?」

と蒼生が尋ねる。

「あ、俺今日の午後は無理だ。予備校」

兄ちゃんは3年生で今年受験だから日々忙しそうだ。本当はこんなことに巻き込んでいる場合じゃない。

「えぇー祥くんいなきゃ男物の服なんて分かんないよー。ってか女子4人で男物の服見てるってなんか怪しいじゃん」

「確かに…」

春の発言に皆が否定できずに頷く。

「あんま女子と変わんないと思うけどな。んーと、あっ明日ならいけるかも」

「ほんと!じゃあ明日行こ!みんなは平気?」

「大丈夫」

「私もー」


ということで、明日日曜日に少し遠出して大きめのショッピングモールに5人で行くことになった。

目的はあるにしろ、みんなとお出かけできるのが今から少し楽しみだ。









目の前を蒼生と春と花音が並んで歩いている。3人は楽しそうに話しながら歩いていて、私はそれを後ろから見ていた。


すると、蒼生が後ろを振り返り口を開く。


「私達ちょっと行ってくるからここで待ってて」

「えっ、どうして?私も行く」

私を置いて何処かへ行こうとする蒼生の手を掴んだ。


「何で?だってーーは--でしょう?」

「…は?」

蒼生が言った言葉が上手く聞き取れなかった。何て言った?


蒼生は私の手を振りほどき、春と花音の元へと歩いていく。


思わず、振りほどかれた手を再び前へと伸ばしてハッとする。


伸ばした手はゴツゴツとした大きな男の手だった。

「なんで…?」

そう呟いた声もいつのまにか低く掠れたものになっていた。手を頭から喉へと滑らすように動かすと、短くなった髪、しっかりとした存在感のある喉仏に触れた。

違う、私は男じゃない。小さい頃から4人1組でずっと一緒じゃないの?なんで置いていくの?




「「待って!!」」






自分の声で目が覚めた。すごく悲しい夢を見た。幼馴染達が私から離れていく夢。そんな酷い夢を見たせいか頭がズキズキと痛い。


しばらくベッドの上でボーッとしていると、「彩智ー?起きてるかー?」という声と共に部屋の扉が開き兄ちゃんが入ってきた。


「…これなら試着出来るし都合いいじゃん。買うまでは少し窮屈かもしれないけど俺の服で我慢しろよ」

この言葉で今の状況を察し、自分の手のひらを見つめる。

そこには夢で見たのと同じ男の手があり、夢を思い出して嫌な気分になった。








「えっと、祥くんと…さーちゃんで合ってる?」

待ち合わせ場所である駅前の広場で兄ちゃんと並んで待っていると後ろから声を掛けられた。


「あっ花音。おはよ」

後ろを振り向き、目線を下に向けると可愛らしいチェックのワンピースに身を包んだ花音がいた。

なんで疑問系なんだろうと思い、じっと花音を見つめていると花音がいつもより小さいことに気づく。そっか、今私男だった。


「なんか可愛い」

「えっさーちゃん何っ?」

上目遣いで見つめてくる花音がなんだか小動物みたいで可愛いくて、頭を子どもにするように撫でてしまった。


「ちょっと!そこ何イチャついてんの?」

「そーだそーだ!」

騒がしい声のする方を向くと、仁王立ちする蒼生とその隣に楽しそうな春がいた。


「べ、別にイチャついてた訳じゃ」

「花音ばかりずるいー私も撫でて」

「なんでそうなんの?!」

「てゆうか今日は男なのね。」

「服は祥くんのやつ?なんか絶妙なダサさだねー」

「うるさいっ!これしか着れなかったんだって」


ギャーギャーと騒ぐ私達を黙って見ていた兄ちゃんが呆れたように口を開いた。

「もー朝からほんと騒がしいな。ほら、揃ったんなら電車乗るぞ」





初めて男になって人混みの中に入ったけど、普段見慣れている場所のはずなのに別世界のように感じた。

特に電車の中。手すりが目の前にあったり、見渡すとみんなの頭が見下ろせたりと新鮮だった。



目的地である駅名がアナウンスで伝えられたとき、

「あっ」

電車が激しく揺れてバランスを崩し、端の方に立っていた蒼生に覆いかぶさるように両手を壁についてしまった。

「ご、ごめん…」

「別に…」

蒼生は心なしか赤い顔をしていた。


「だ、大丈夫?」

「…なんか、彩智だって分かってるのに…調子狂う」

「……」

電車が止まり、扉が開く。蒼生は逃げるように電車から降りた。









ショッピングモールに到着し、なんとなく歩いていると既視感を抱いた。



目の前を蒼生と春と花音が歩いている。3人は楽しそうに話しながら歩いていて、私はそれを後ろから見ていた。


夢と同じような光景を前に冷や汗が出て頭が真っ白になる。

あれは正夢だったの…?じゃあこの次は…



すると、春が後ろを振り返り口を開く。


「さーちゃん!さーちゃんってばー!」


…あれ?夢とは違う春の声でハッとした。

「どうしたの?すっごい暗い顔してたけど…具合悪い?」

心配そうに春が私の顔を覗き込んでくる。

「いや、何でもない。大丈夫」


いつの間にか前を歩いていた蒼生と花音もそばにいた。

「そっか、なら良かった」


「ねえ、思ったんだけど人たくさんいるし男の子に『さーちゃん』ってちょっとまずくないかな…?」

少し間を空けて花音が少し小声で言った。

確かに、男子のあだ名がさーちゃんは流石にないかな…?



「確かにそうかもな。それと『私』もまずいと思う。」

後ろにいた兄ちゃんも同意した。

「よし、じゃあさーちゃんのこと買い物の間はさっくんって呼ぶわ」

「何そのセンス」

「じゃあ私も彩智くんって呼ぶね」

「彩智の一人称は『俺』か『僕』。元々そんな女らしくはないけど、話し方も気をつけてね。オカマに見られたいなら別だけど」

「うっ、善処します…」

色んな意味で蒼生の言葉が心に刺さった。

それと春、春のワードチョイスも今の私の格好を馬鹿にできないくらいダサいからな。








「これとかいいんじゃないかな?」

「いいね!似合いそう!」

「ちょっと彩智!こっち来て!」


店に入るなり当事者の私を差し置いて幼馴染達がテンションMAXで服選びをはじめた。

私は貯金なくなるし、今朝の夢のせいで疲弊しているしで全然乗り気ではない。


なんだか女性の買い物に荷物持ちで付き合っている男の人の気持ちが分かったような気がする。



みんながいる試着室の方へ歩いていくと、試着室の鏡に私の姿が写った。

上は灰色のパーカー。下は黒いジャージのような素材の長ズボン。どちらもサイズは合っていない。靴は履き古されたクロックス。そして元に戻った時用の私の着替えが入っているパンパンのリュックを背負っている。

…改めて見るとやっぱりダサいかも。いや、わかってたけど。



「はいっじゃあこれ着てきて!」

春に元気よく渡されたのは白いスウェット生地のトップスとカーキ色の薄手のMA-1、そしてジーンズというフルセット。ちょっと全部着るの面倒くさいなぁ…


「はやくっ」

「…わかったよ」

きらきらとした目で見つめてくる春に負けて店員さんに声を掛け、試着室へと入った。






「すごい!さっくんめっちゃ似合ってるよ!」

「お客様背も高いのでとてもよく着こなせてますよ」

「うん!かっこいいよ彩智くん!」

「いいんじゃない?」


試着室のカーテンを開けると、幼馴染と兄ちゃん、それにさっきの店員さんもいて周りをぐるっと囲まれた。


「そ、そうかな…?」

確かにさっきの格好よりは全然良く見える。服って大切なんだな。



その後もそれぞれが何種類もの服を持ってきて、その度にファションショーをしたが、結局最初の服が一番良いということで最初に着た服をそっくりそのまま購入した。合計18500円也。レジに持っていった時目眩がした。





「ねえねえお腹空かない?」

春の言葉を聞き、ふとスマホの時計を確認する。

「あー、確かに。もう11時半なんだ」

1つのお店に長く居すぎたみたいで、もうお昼前になっていた。


「ご飯食べよー何がいい?」

「ねえそれより彩智、せっかく買ったのに着替えなくていいの?」

「え?」

頭の中が食べ物だらけだったのが蒼生の一言で切り替わる。

「あー、そういえば…」



手元の紙袋と幼馴染+兄を交互に見つめる。なんでこの人たちこんなにオシャレなの…蒼生と花音はともかく、春なんてオシャレに興味なんかなさそうなのに。

鏡に写っていた自分の姿を思い出して、少しいたたまれない気持ちになった。

「わかった。着替えてくる」


「ちゃんと男のほう入れよー」

後ろから大声にならない程度に兄ちゃんが声を掛けてきた。ですよね…ショッピングモールで着替えられる場所なんてあそこしかないですよね…


男子トイレに到着し、意を決して中に入る。今の状態では別に入って問題ないのに中で男性の方とすれ違ったりすると、なんだか悪いことをしている気分になった。





「おまたせしました」

「あっ帰ってきた!やっぱ似合うねー」

「下クロックスだけどな」

「あんま見ないで」

「ご飯食べた後は靴も探さないとね」

「それで、ご飯はどうする?」


みんなとは通路に置いてあるソファーで合流した。確かに靴も探さないとだけど、腹ごしらえが先だ。お腹空いた。



「さっくんもお金ないみたいだし、フードコートとかでいいんじゃない?」

「いいね!」

「気を遣ってもらってごめん」

「全然!じゃあ行こ!」


春は先頭切って歩いていく。余計な一言を言うことも多いけど、やっぱり春ってふざけてるように見えて周りをよく見てるんだなーと改めて思った。



その後、昼食を食べ終え午後は靴選び、その他必要な物の買い出しをした。何だが今日は何もかもがいつもと違う風に見えてとても疲れた。

知り合いにも会うことなく、このまま無事に帰れるだろうと駅方面に歩き出そうとした時…




「あれ?相田と谷口と芦田と…誰?」


なんでいつもこいつはタイミングが悪いのかなぁ!

数メートル先で私と兄ちゃんを訝しげに見つめる松原を前に、うんざりとした顔にならないよう必死で平静を装った。






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