3.優等生
3.優等生
春の家に泊まった後、無事に家まで帰ってきてその後も何事もなくいつも通りの休日を過ごした。
この前の出来事は嘘だったんじゃないかと思って油断していた夜ー
自分の部屋で明日の学校の準備をしていたら全身が一気に熱くなった。
あのときと同じ感覚。この前で終わりじゃなかったのか?
5分ほど痛みに耐え、立ち上がってみるとやっぱり目線が高い。部屋の隅に置いてある鏡を見ると、丈が合っていないジャージを着たイケメンが写っていた。
「…さすがにこれは見てられないわ」
着心地的にも気持ち悪いし、何より鏡に写った姿が不恰好すぎて一刻も早く着替えたい衝動に駆られた。
兄ちゃんの服借りよう。まだ帰ってきてなかったはずだし…
兄ちゃんの部屋のクローゼットをあさってちょうど良い服を探してるんだけど、今の私には小さいものばかりでなかなか見つからない。そういえば兄ちゃんって小柄なほうだしゆったりした服を着ているイメージがないし、ダサいけどお父さんの服借りるか…
立ち上がりドアの方へ向かおうとしたとき、ドアが開かれ兄ちゃんが入ってきた。
「…お前誰だ」
不審者を見るような警戒心をもった目で私を見てくる。そりゃそうか、妹が180㎝弱の男になってたら分かるはずない。
「…あの、信じてもらえるかわからないけど、彩智です…」
「は?彩智?お前が?」
「うん、話すと長くなるんだけど男になったり元に戻ったりするようになっちゃって」
「…たしかに変人が不法侵入して妹の服に着替えるっていう可能性よりは考えられるか…?いや、でもやっぱり普通に考えたらおかしいよな…」
兄ちゃんはぶつぶつと独り言を言って今の状況をどうにか飲み込もうとしている。変なことに巻き込んでしまって申し訳ない…
「ちょっと顔よく見せろ」
兄ちゃんがずいっと顔を覗き込むために近づいてきた。
兄ちゃんは私の顔を見上げていた。170センチくらいはあるはずの兄ちゃんがとても小さく感じた。
「たしかに面影はちょっとあるのか…?」
ご近所さんからはイケメンと称される顔がどアップに見えて顔が熱くなる。
「ちょっ、近いんですけど」
思わず兄ちゃんの顔を押しのけ目線をそらす。
「母さんの名前は?」
「えっ…景子」
「父さんは?」
「直人」
「北海道のばあちゃんとじいちゃんは?」
次々と兄ちゃんが質問をしてくるのでそれに黙々と答えていく。
「…不本意だけど暫定的にお前が彩智だって認める。仕草とかは彩智だし」
怒涛の親族名前当てクイズが終わった後、まだ納得していないような顔で兄ちゃんが言った。
「え、兄ちゃん」
そんなあっさり信じてくれるんだねって言いかけたとき、また全身が熱くなった。思わず兄ちゃんのベッドに倒れ込む。
「おい、大丈夫か?!」
兄ちゃんが心配して声をかけてくれた。
「だい、じょぶ…」
発した声はもういつも聞き覚えのあるものに戻っていた。
「え、彩智!?」
兄ちゃんは顔を上げた私を見て目を見開いて驚いていた。さっき私だって認めるって言ったじゃん。
「だから言ったでしょ」
「いや、やっぱ100%信じてたわけじゃなかったからびっくりした…」
*
「そんな感じです。」
「いやそんな感じですじゃないでしょ!」
「さーちゃんっていつも冷静っていうか、大胆すぎるっていうか…」
「きっとさーちゃん肝っ玉母ちゃんになるね!」
朝登校して集まっていた親友たちに事情を説明した。なんとあの遅刻大魔神の春も既に教室にいた。やっぱり心配してくれてるのかな…?
「でも、それってこの前のやつは1回きりってわけじゃなかったってことだよね?だとするとこれから何度も起こる可能性があるってこと…?」
花音が少し青ざめた顔でつぶやく。
「たしかに…でもみんながいるし大丈夫だよ。教室とか人がいるところでなったらやばいけど…」
「彩智、本当に協力するから一緒に解決策見つけよう。」
「私も!」
「私も協力するよ!」
本当に私って良い友達を持ったなって改めて実感した。不安はめちゃくちゃあるけどなんだか大丈夫な気がしてきた。
「なんの話してんの?」
教室に入ってきた松原が声を掛けてきた。ああ、もう!こいつはなんでいつも空気読めないのかな!?せっかく良い友達を持ったなって感動してたのに!
「ま、松原くん!」
松原を見て花音がまた真っ赤な顔になっている。もしかして、花音って松原が好きなの?え、こんなやつを?まさか。
「ホームルームはじめるぞー」
チャイムと同時に担任が入ってきて、生徒たちが一斉に自分の席についた。私の席に集まっていた親友たちもそれぞれの席に戻っていった。なんだかいつも松原に話を遮られてる気がする。
*
「橋元さん今ちょっといい?」
授業の始まりと終わりの間の休み時間に声を掛けられた。
「うん」
「委員会のことなんだけど…」
私は文化祭実行委員会に入っている。文化祭は2週間後ということもあり、今は準備調整の真っ只中である。でも同じく文化祭実行委員会の悠くんの素晴らしい働きっぷりにより私は楽をさせてもらっている。
「悠」と書いて「はるか」と読む。このクラスには、はるかという名前の男子が2人いる。松原とは違い、悠くんは「はるかくん」と呼ばれている。名字は神田だったっけ?物腰が穏やかで、成績は学年トップでイケメンで、同じはるかでも雲泥の差である。
「本当にいつも仕事やってくれてありがとね」
「全然平気だよ。なんか今日調子良くないみたいだけど大丈夫?」
「うん、ちょっと色々あって…」
気遣いもできるなんて本当にパーフェクト。
「文化祭まであと少しだし無理しないでね」
「うん、ありがとう」
今日は放課後委員会がなかったので4人で帰ることができた。
「まずは聞き込み調査だと思うんだけどどう思う?」
帰り道を歩きながらこれからのことを話し合う。
「たしかに。でも実際にやってみたっていう人いないっていう話だよね?」
「でもおかしくない?あれだけ噂があるのにやる人が1人もいないって。私だったら絶対に言いふらすけどなー」
春が心底不思議そうに言った。
「私もー。何でだろうね」
「マジで今起こっていること信じられなすぎて、実際に体験した人がいれば相談したいくらいなんだけど…」
ほんとに結構精神的にしんどかったりする。17年間女として育ってきたわけだし、今までの自分と違いすぎて気持ちまでおかしくなるような感覚になる。
性転換後の私がイケメンだったのとみんながいるっていうのがせめてもの救い。おじさんとかになってたら精神的に死んでた。多分。
「明日からちょっとずつ聞き込みして見よう!」
「それがいいね」
「まずはクラスの人から聞いていこう。あとは長年いる先生とかもどう?」
「それいいかも!」
「探偵みたいだね、私たち」
花音が少しだけ楽しそうに言った。
*
聞き込み開始1日目。聞き込みはオカルト好きで知られている春と私が中心にやっている。
現実主義の蒼生や雰囲気ふわふわな花音がいきなりオカルトチックな話なんてしだしたらびっくりするだろう。
1日目は何の収穫も得られず終了した。
「なかなか情報得られないねー」
「噂はみんな知ってるのにね」
放課後教室に残って作戦会議。これは少し捜査が難航しそうな予感がする。
「あれ、橋元さん?今日委員会だよ、忘れてない?」
声のした方を振り返ると、困ったような笑い顔の悠くんが教室の扉からひょっこりと顔を出していた。
「えっ!?そうだっけ忘れてた」
鏡の噂のことで頭がいっぱいですっかり忘れてた…
「1年1組の教室だって。一緒に行こう」
「ごめん、ちょっと行ってくる!」
幼馴染3人を残して悠くんの後を追った。
「悠くんが言ってくれなかったら絶対すっぽかしてた、ありがとう」
ほんとにナイスプレー悠くん!
「図書館行って、委員会向かおうとしたら教室のほうから話し声が聞こえたから誰だろーって思って見てみたら橋元さんだったから驚いたよ。何の話してたの?」
「鏡の噂についてだよ。なんか知らないけどオカルト好きの春が興味持っちゃってさ」
色々と省略したら春に諸々となすりつけた言い方になってしまった。ごめん春。
「…鏡?」
「そう、悠くん何か知ってる?」
「うーん、知らないなー」
やっぱり知ってる人いないなー。このまま私は不定期に来る謎の現象と一生付き合わなければいけないのかな…
目的地の1年1組が視界に映ったとき、少し慣れてしまった嫌な感覚が私を襲った。
「うっ…」
「橋元さん?大丈夫?!」
私の呻き声を聞いて悠くんが立ち止まる。でもこのままじゃまずい。
「ご、ごめん、ちょっとお腹痛くなっちゃって…トイレに…」
「本当に大丈夫?トイレまで付き添おうか?」
「大丈夫!悠くんは委員会行って!」
少し投げやりな言い方になっちゃって申し訳ない。支えるように肩に置かれている悠くんの手を払いのけ、なるべく早くトイレへと向かう。悠くんの優しさが今は逆効果だ。
心配そうにこちらを見つめる悠くんを背に私は女子トイレに入った。
中には誰もいない。念のため私は個室に入り、痛みに耐えた。
相変わらず体が広がっていく感覚は気持ち悪いし痛いし、2度と味わいたくない。
痛みが治まり、個室から出て洗面台の鏡を見ると案の定男の顔が映っていた。またかよ…何回性転換すれば気がすむんだろう。
とりあえずみんなの元に行こうと扉を開けようとしてふと気づく。
やばい私今制服だ…女装状態じゃん。いくらイケメンだとしてもブレザーにスカート姿は通報案件である。
『緊急事態。1階西側トイレに集合』
私は個室へと逆戻りし、グループチャットでSOSを求めた。