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部屋を綺麗にしなさい P

 ゆらゆらゆらゆら。


 身体が前後左右に揺れている気がする。

 少し気持ちの悪い揺れ方だ。


(っていうか夕べそこまで飲んだっけ?)


 きよみの記憶では、夕べは良識の範囲で収めたつもりだ。

 少なくとも翌日に目が回るほど、なんてことはありえないはずだ。


 というか色々とおかしいのは、腕がやたらと痛いし足元がひどく頼りない。

 いや、これは頼りない以前に足がぶらぶらしている。

 まるで、宙に浮いているみたいに――……。


(は!! こ……これはまさか……)


 はっきりと分かってしまった違和感の正体に、きよみの頭が一気に覚醒した。

 悪寒が瞬時に背中を駆け抜ける。


 確実に今、自分は吊されている。

 ちぎれそうで尚かつ真上に上げているせいでぷるぷるする腕の痛みは、それ以外に考えられない。

 果たしてどこに吊されている? 一体どれほど高いところから吊られているのか。

 確認するのが恐ろしく怖い。

 何せ最初というか昨日はいきなりスカイダイビングだったのだ。何にもないところにただ吊されているわけではないだろう――それだけでも十分恐ろしいが。


(だけど確認しないことには……!!)


 というか、寝たままだと確実にこのままだろう。

 きよみは恐る恐る目を開けた――。


「あ……あれ? 屋……内……?」


 視界に飛び込んできたのは、真っ白な壁に真っ白な床。

 首を上げれば天井も真っ白で、きよみを吊してある紐まで真っ白だ。

 お陰で遠近感や距離感が鈍り、自分がどれほどの高さにいるのか全く分からない。


 きょろきょろと首を動かしていると、くるりと身体の向きが反転する。

 すると壁の一面が窓になっていることに気が付いた。

 その向こう側で、瀬田が机に頬杖をついて笑みを浮かべている。


「おはよう、きよみちゃん。目覚めはどうだ?」


 真っ白な空間に、瀬田の声が反響する。

 この部屋のどこにあるのか分からないが、スピーカーから出て来たような音質だ。

 よくよく見れば、瀬田の頭にはヘッドセットが装着されている。


「あ……あの、ここは一体どこ、なのでしょうか……?」


 きよみは恐る恐る尋ねた。

 特にきよみにマイクらしい物が付けられているわけではなさそうなので普通の音量で話して通じるのか謎だったが、窓の向こう側で瀬田の表情が変わったところを見ると、何らかの方法で通じているようだ。

 瀬田はとてもいい笑顔を浮かべてヘッドセットのマイクに向かって口を動かした。


「ここはきよみお仕置き部屋だよ」

「え……? お仕置き部屋? え、え、一体どういう――」

「それよりもきよみちゃん。一体何故、今君は吊されているのでしょう?」


 真っ白の空間に、とびきり艶めかしい低い声が反響する。

 その声音とわざとらしいちゃん(・・・)付けがとても恐ろしすぎて、きよみはぶるりと身体を震わせた。

 怖くて窓の方に目を向けられない。


「え、えっへへ……な、何ででしょうね? 時間までに掃除を終わらせられなかったから、ですかね? えへへへへへ……」

「ふむ、そうだな。確かに君は、今日の朝八時までに部屋掃除を終わらすという最初のミッションをこなせなかった。しかし、ただ時間に間に合わなかっただけでペナルティを与えるほど、俺は心狭くはないつもりだよ?」

「……初っぱなから空から落とすような人がよく言う……」


 きよみはついぽろっと思ったことを小声で漏らしてしまった。

 するとスピーカーから不気味な低い笑い声が聞こえてくる。


「ほお? なるほど?」

「え……ってわああああ!!」


 瞬間、きよみの身体ががくっと下がった。腕を吊していた紐がいきなり下に降りたのだ。

 床がどれほど遠くにあるのか全く分からないが、内蔵が宙に浮くような感覚に、一気に胸がバクバク鳴り出す。


 しかし恐怖はそれだけではなかった。


 どこからか控えめな機械音が鳴りだしたかと思うと、突然足元の真っ白な床が真ん中から左右に開く。

 その先に見えたものに、きよみは大きくばたつかせた。


(ちょっちょっ……!! これはヤバイって!!)


 大きく波打つ水面。

 天井からの光を反射させているせいで少しばかり眩しいそこには、水面で大きく口を開ける灰色の生き物の姿が――。


「さっ……さっさささっささっささ……っサメぇぇええええ!?」


 きよみは自分を吊っている紐をたぐり寄せ、上へ上へ上がろうとする。

 しかし大した筋力もないきよみには、水面から大きく距離を取ることも出来ない。

 必死に足を折り曲げようとするが、これまた体勢的に難しくて思うようにいかない。


 きよみが必死に藻掻いているのを見ながら、瀬田がクスクス笑いながら更に話し掛けてきた。


「で、君は何故今こんな目に遭っているのか、心当たりがあるんじゃないかな?」

「うう……スミマセン。夕べ、飲みに行きました……」


 下が気になりすぎて、きよみはもはや取り繕う余裕も無くなっていた。


「そうだよねぇ。きよみの身体からアルコールの匂いがぷんぷんしてたしね。それで、夕べは一体何時から何時まで飲んでいたのかな?」

「え……えっと……夜の六時過ぎから十一時までです」

「ほお? 部屋片付けもせずにねぇ?」

「ひっひいいいい!!」


 きよみの身体が更に下に下がった。

 水槽が下に現れたお陰で掴めるようになった距離感は、きよみの頭に警鐘を鳴らしまくる。

 まだきよみの足は水面から高いところにあるが、更に下ろされてサメがジャンプでもしたら、一瞬にしてきよみの足はもがれてしまう。


「それで、何か言うことは?」

「えっやっ約束を守れなくてすっすっすすすすすみませんでしたあ!!」

「それじゃあダメだな」

「きゃああああ!!」


 きよみの身体は更に下げられた。

 水には付かないが、これはサメの射程範囲に入っているのではないか?

 そう思うと身体は震える一方で、必死に上に上ろうとしても思うように動かない。


(だけど何か言わないと、本気で殺される……!!)


「えっえっと! ちゃんときょっ今日中に掃除を終わらせます!!」

「ふむ。それから?」

「ちゃっちゃんと課題をこなせるまではお酒は飲みませんんん!!」


 きよみはほとんど涙声で叫んだ。

 後々ちゃんと自分がこれを叶えられるかも怪しいのだが、とにかくこの場を切り抜けるので必死だ。


 すると、すっときよみの身体が上に上がっていく。

 目を丸くして窓の方を見れば、瀬田の満足そうな瞳と目が合った。


「まぁいいだろう。許してやる」

「ほっ本当に?」

「あぁ――ただし、もう一つこう言え。『もし破ったら、喜んでサメの餌になります』」


 きよみは一瞬胸を撫で下ろしかけて、固まった。


「ええ!? やだ! それは嫌です! 無理無理! 死んじゃう!!」

「ほーぅ? まだ自分には口答えする権利があると思っているんだなぁ、きよみ」

「ひっひぁああああ!!」


 瀬田の口調が変わったとか、そういうことを考える間もなくきよみの身体が左右に揺さぶられる。

 水面から遠ざかっているものの、これで紐が切れたりでもしたら一溜まりもない。


(ほっ本当に死んじゃ……う……!!)


「ほら、早く言え」

「わっわたくし鈴村きよみは! 瀬田さまとの約束を破ったら、よっ喜んでサメの餌になりますぅうう!!」


 もうなりふり構わずきよみは叫んだ。

 色々瀬田に何かを握られた気がするが、もはや逆らえる気がしなかった。


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