部屋を綺麗にしなさい 4
インターホンの音が、空しくドアの前に響き渡る。
これで鳴らすのは三回目だ。
それなのに中から人の声どころか、物音一つ聞こえない。
恵はドアの前で首を捻った。
(夕べ遅くまでやっていたとか?)
きよみの部屋がどこまで汚かったのか恵は知るよしもないが、確実に部屋掃除は完了していないだろう。アパートの前のゴミ置き場があまりに綺麗過ぎる。それとも部屋が汚いというのは単なる謙遜で、実は結構片付いていたりするのだろうか。
いずれにせよ、もう約束の朝八時。約束は約束だ。
せめて頑張った痕跡があればペナルティは勘弁してやるか、という温情を心に浮かべながら、昨日勝手に複製させてもらったきよみの部屋の鍵を、ドアノブに差した。
(ん……? おいおい、開いてんのかよ。不用心すぎる)
鍵を回したはずのドアが逆に閉まるという現象。
既にここから彼女のだらしなさを感じて、恵は大きくため息を吐いた。
だがそれは序章に過ぎない。
扉を開けて真っ先に目に飛び込んできた物に、恵は思いっきり顔を顰めた。
パンプスやらサンダルやらスニーカーやら。玄関先に脱ぎ散らかされた靴類が、全く整頓されることもなく、それどころか相方がバラバラになっていたり、靴の上に靴が乗っている。挙げ句の果てには、どうせ数回しか使ってないであろう数本のビニール傘までもが散在していた。
しかもそこから中扉までの間には、ただ積み重ねられただけの通販の段ボールと、物置と化しているキッチンが見えた。床も、暗い色のフローリングで誤魔化されているが、髪の毛がかなり落ちている。
ここが手つかずの状態なのは、一目瞭然だ。
果たして中がどんな有様なのか。
玄関先があまりにひどすぎるだけに中扉を開けるのは少々恐ろしい気もするが、恵は構わず扉を押し開けた。
(お。玄関先に比べるとマシだが……)
薄く開いた隙間から見えた光景は予想よりもひどくはなかったが、扉を全開にする頃には部屋の片付け度合いは問題ではなくなった。
リビングの床で口を開けて爆睡する家主。
非常に気持ちよさそうな寝顔で身を捩りながら、着ているワンピースから覗く足をぽりぽり掻いている。化粧を落とさぬまま寝たのか、目元のアイメイクが滲んで目の周りが黒くなっている。彼女が寝ている真上のベッドには、脱ぎっぱなしの洋服。
それら全てから漂う、明らかなアルコール臭。
「なるほど。スカイダイビングが手ぬるいことは、よぉく分かったぜ、きよみ」
恵は腹の底から笑い声を上げながら、パキリパキリと拳を鳴らした。
自分の身に危機が迫っているというのに、きよみはむにゃむにゃ寝返りを打つだけだった。