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部屋を綺麗にしなさい 2

 瀬田にも言ったとおり、きよみは人に自慢できるところがほとんど無い。ずぼらが行き過ぎてしまって、本当に呆れるほどにダメ人間だと自分でも思う。


 そんなきよみにとって、チェロは胸を張って自慢できる唯一の趣味ないし特技だった。中学から始めて十三年、演奏力も技術力もそれなりに自信があるし、何より情熱もある。だからせめてチェロだけでも完璧にしたいと思えるのだ。面倒くさがりのきよみでも、こればかりはずっと続けていられた。


 だけど今日はいつもと同じというわけにはいかない。


 練習を始めて早くも三時間。時計の短針が、じわじわ短針が4に向かっていく。


(うー……でもあと少し練習したいし……)


 何より今終えてしまっては、チェロを弾きたくてうずうずする身体を鎮めることは出来ないだろう。きよみはフロントから掛かってきた電話にあと三十分延長の旨を伝えると、きよみはチェロを構え直し、弦に弓を滑らせた。



 結局きよみがカラオケボックスを出たのは、夕方五時。なんとか我慢して二回の延長までに止めたはいいものの、当初の予定から一時間遅れている。


(ま、今からマッハで頑張れば何とかなるなる……)


 今朝から比べるとかなりのんびりした気持ちで、きよみは自宅へと戻った。

 すると、嫌々片付けを再開していたところで、ベッドに投げ出したスマホがチカチカと光った。見ると同じオケに所属する河村からLINEが送られてきていた。


『今暇だったら夕飯食べに行かない? 奢るよ』


 きよみは弾けるようにして再度時計を確認した。

 午後六時。出掛けると言ってもせいぜい二、三時間くらいだろう。


(それにリミットは朝8時までだし。余裕でしょ、余裕余裕)


 しかも「奢り」と来ている。これで行かないなんて選択肢はあり得ないだろう。

 きよみは何の躊躇もなく、河村の誘いに乗ることにした。






「あ、きよみちゃん来た。こっちこっち」


 待ち合わせの駅に向かうと、河村が分かるように手を振った。反対側の手には彼の演奏道具であるオーボエが握られていて、その様子から彼も昼間オーボエを練習していたのが伺える。


「でさ、この近くに前から気になってた店があってさ、きよみちゃん、確か苦手な食べ物無かったよね? そこでもいい?」

「はい! 大丈夫です!」


 きよみは頭の上で敬礼した。


 河村こと河村(かわむら)遼也(りょうや)は、都内の大手電機メーカーに勤める三十二歳。オケで筆頭のオーボエ吹きの彼は、見た目は飾り気無く真面目そうだけれど、非常に人当たりが良く誠実だ。そのため団員から厚く支持され、オケでは団長も務めている。

 きよみとは団内でも仲の良い方で、オケ関係なくよく二人で食事に出掛ける間柄だ。その都度ご飯を奢ってくれるという、もしかすると背中に翼でも生えているのではないかと言うほどの優しい天使お兄さん的な存在だ。


 彼に奢ってもらうためならば、きよみはどこへだって付いていくつもりでいる――などと考えていたのがまた間違いだった。


 河村が向かった先は、駅から路地の裏にある隠れ家的なダイニングバー――そう、バーなのである。


(う……こ、これは……飲まないという選択肢はありかしら……)


 頭によぎるのは、瀬田との約束。

 まだ十二時間以上あるとは言え、ここでアルコールを入れてしまうのは流石にまずいのは、いくらきよみでも分かる。


「今日土曜だしね、きよみちゃん飲むでしょ?」


 向かいでメニュー表を広げて河村は尋ねてくる。

 開かれたページは当然アルコールのメニューだ。


「ちなみにここのオススメは季節の果物の絞りたてカクテルだって」

「こちらからお選びいただけます」


 にっこり微笑む河村と、その後ろで笑顔でごり押しする店員さん。

 彼の手に持っているバスケットいっぱいのもぎたてフルーツが、きよみの非常にもろい葛藤を大きくぐらつかせる。


(ダメダメ! ここで飲んじゃうと、確実に家に帰って私は寝ちゃうし、そもそも昨日の今日でお酒は流石にヤバイ!)

(でもほら、まだ六時だよ? 一杯くらい飲んだところでどうってこともないよ? それに後でヘパリーゼと眠気吹き飛ばしドリンク飲めば、なんとかなるし)


 脳内で囁く天使と悪魔。

 どちらが勝つかなんて、もはや明白だ。


(ヘパリーゼ! ヘパリーゼと眠気吹き飛ばしドリンクがきっと何とかしてくれる!!)

「じゃあ、いちじくカクテルで!」


 これでペナルティフラグが一気に濃くなったのは、言うまでもない。


次回9月21日18時更新予定

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