部屋を綺麗にしなさい 1
まず瀬田がきよみに言い渡した命令は、部屋を綺麗に掃除すること。
明朝八時に確認しに来るから、それまでに終わらせることが、きよみに与えられた最初の課題だった。
そんなこんなできよみは公園からまっすぐ家に帰された。
帰宅すると時刻は午前十時。
朝一から相当なことが起きていたので気分的にはすっかり夕方であるが、まだまだ日は天に向かって昇っている最中だ。おまけに今日は土曜日で、絶好ののんびり日和だというのにどうしてこうなったのかが分からない。
きよみは深くため息を吐きながら、自分の部屋を見渡した。
ベッドに散在したいくつもの洋服やタオル、クローゼット前には普段使うつもりのバッグが複数重ねられていて、そのせいで既に形が崩れているものも中にはある。同時に、それらのバッグが邪魔でクローゼットにアクセスできず、むしろクローゼットの扉は終始開いたままで、中の乱雑な収納状況を四六時中晒している状態だ。
部屋に掛かっている物干し竿には先週洗ったままのタオルや下着が干されたまま。部屋の真ん中に置かれたローテーブルにはパソコンの周りに化粧品や電気代の明細などが乱雑に置かれている。脇には飲みっぱなしのペットボトルが転がり、そう言えばそれのせいで先日きよみ自身が転んだこともあった。
通販の段ボールは処理するのが面倒臭くて、つぶしもせずに部屋の端にほったらかし。長く使っていないキッチンは埃を被っていているが、埃といえばテレビも棚も部屋中を覆い尽くしていて、既にきよみの中ではデフォルトになりつつある。
(これを、今日中にか……)
心底うんざりした。
確かに散らかしたのは自分自身だし、片付けようと思ってもなかなか面倒で今に至っているのだが、まったく気が乗らない。
朝早かったことも相まって、睡魔がじわじわときよみに襲いかかる。
(だけどやらないとバンジーだっけ……?)
いや、ペナルティが何になるかは瀬田は言わなかった。もしかすると本当に太平洋に沈められるかも知れない。
その光景を想像して、きよみは身体を大きく震わせた。
(やらないと……)
本気であの男はきよみを殺しに掛かる。
死なないためにも、ちゃんと言うとおりにしなければ。
手始めにきよみはベッドに散らばっている衣類を手に取り、一枚一枚畳んでは重ねていく。一体どれほどその状態にあったのか、皺になっているものがいくつかあるが、それは着るときにアイロンがけでもすればいいだろう。とにかく今は片付けだ。
そうして三十分もしないうちにベッドの上のものは整理され、あとは衣装ケースにしまうと言うところだった。しかし衣装ケースは未だアクセスできないクローゼットの中で、しかも上に既に他の服が乗っかっているため、蓋を開けられない状況になっている。
(……後にしよう)
クローゼット前のバッグの山は、後で床が空いたときに整理したい。
そういうわけで、きよみは次にテーブルと床を片付けることにした。床に転がるペットボトルをゴミ袋にまとめ、電気代の明細などを束ねていく。
まったくやる気がないため一つ一つの動作はかなり遅いが、こんなだらしないきよみでも、やるときはやる女である。そもそも元々片付けようと思っていたので、そのきっかけをくれたことには瀬田に感謝するべきかもしれない。
そうして床とテーブルを片付けること三十分、ひとまずテーブルは使えるスペースがだいぶ増え、床も広々となった。
きよみはそこで改めて時計を見た。
十二時五十分。掃除を始めて三時間足らずでベッドの上と床が片付いた。きよみの部屋の散らかっているゾーンの代表二つがこんなにあっさり解決したのだ。他のところもせいぜいトータルで三、四時間あれば余裕で片付くだろう。
(要するに四時くらいまでは大丈夫)
せっかくの休日の昼間だ。この時間は楽器を弾く者にとっては、とっても貴重。
しかも昨日の練習では指揮者の先生から耳寄りな練習方法も教えてもらった。早速試さないわけにはいかないだろう。
きよみは玄関先に立て掛けてあるチェロを担ぐと、いつもきよみが練習場所として使っている家の近くのカラオケボックスへと向かった。
こうした思考パターンもまた、きよみのダメなところだった。
次話は9月16日更新です