俺に従いなさい 1
バッバッバッバという爆音と共に、強い風が左右から吹きつけてくる。
ひどい騒音だ。あまりに大きすぎて鼓膜が割れそうだ。
ついでに自分は扇風機を回したまま寝てしまったのかと、朦朧とする頭できよみは自分に呆れかえる。
だが、それにしてはおかしい。
聞こえてくる『騒音』は、かなり傍で響いている。単に飛行機が低いところを飛んでいる、だけでは説明できない音の大きさで、しかもそれは過ぎ去るわけでもなくずっと同じ音量だ。
吹きつけてくる風にも違和感しかなかった。それは凍えるほどに冷たいのだ。おまけに、その風はきよみの頬を左右から激しく殴りつけている。お陰できよみの顔がムンクの叫びみたいになっているのだが、これは扇風機の威力ではまず不可能だろう。
ますますわけが分からなくなった。
きよみはあまりの冷たさに身震いし布団をたぐり寄せようと手を伸ばす。
が、空気を掴んだだけだった。
そのとき、きよみは更なる違和感を覚えた。
よくよく考えてみれば、自分は座っているようだった。
どうやら腰に何かが巻き付いている。その何かはきよみが身動きした瞬間に、キュッときよみの腰を引き締める。
そこから、きよみは温かいものを感じた。しかもそれは、背中に続いているようだった。
きよみは目を閉じたまま焦った。
(これ、どういう状況!?)
しかし、答えてくれる者は誰もいない。
きよみはそろりと目を開ける。
そして――恐れおののいた。
「ひっひぃいいぃっ!!」
なんと、きよみの足元には、まばらに浮かぶ真っ白な雲と青い世界が広がっていた。馴染み深い緑は、気が遠くなるほどに小さい。
どうやら自分は空を飛んでいるらしい――などと悠長なことを考えていられる状況じゃなかった。何故かきよみが乗っている機体には、扉が付いていなかったのだ。
あまりの状況に目眩を覚えて頭をふらつかせるが、後頭部に硬いものが当たる。
耳元にふっと息を吹きつけられ、きよみは再び悲鳴を上げた。
「こんな状況になるまで寝続けるとは、かなり図太い神経だよな」
「えっちょっえっ!? どっどどういうじょっじょう……っ!?」
口が震えているせいで、上手く言葉を紡げない。
聞こえてきた声は男のものだと言うことは分かったが、それが誰なのかを考えるほどの余裕がきよみにはなかった。とにかく、何故今自分が小型飛行機に乗って空を飛んでいるのか説明が欲しい。
男は震えたきよみの身体を落ち着かせるかのように彼女の腰に巻き付けた腕に力を入れると、耳元で甘く囁いた。
「覚悟はいい?」
「かっ覚悟!?」
「うん――落ちるためのな」
「それってどういう――!?」
男の言うことを理解できず、混乱する頭で更なる質問を重ねるが、男はそれには答えず立ち上がった。何故か分からないが、きよみも一緒に立たされる。
ようやくそこで、きよみは男の言葉を理解した。
「おっ落ちるって本気で落ちるの!?」
「この状況で冗談だと思う?」
「ひっひぃぃぃっ! やだっお願いだからやめて下さい!! 人殺しぃ!! マジで死ぬからやばいって!!」
「安心しろ、死にはしないから」
「いっいや! いやああっ」
きよみは力の限り叫ぶが、男は後ろからきよみの身体を押して扉に近づく。咄嗟に近くの持ち手に掴みかかるが、男は後一歩で空というところまできよみの身体を押した。
目が眩むほどの高さに、きよみは本気で命の危機を感じた。
「お願いっやめて! お願いだからっ!!」
「それは無理。だってこれは――お仕置きだから」
「おっおしおっ――ぎゃああああああっ」
耳元で囁かれた言葉の意味を問い質す間もなく、きよみの身体は宙に放り出された。