プロローグ
「♪〜♪〜…今日は何を聞こうかな〜♪」
私、佐波琴音の日課は、学校から帰った後、動画サイトにて好きなビジュアル系バンド『WAVELET』のPVを見ることである。
パソコンが立ち上がるのを今か今かと、私はマウスを手に待ちわびていた。
『WAVELET』はボーカルの響、ギターの十華、ベースの彼方、ドラムの隆二で構成された4人グループである。
昨年メジャーデビューを果たし、人気もみるみる上がっていった。
もちろん、琴音はメジャーデビューをする前からファンであった。
しかし響に対してはファンではなく、恋愛対象として見ていた。
こんな人が彼氏だったら…もう他に何もいらないよ…。
と、幸せに満ち、潤んだ目で画面に見入っていた。
ある日、いつも同じ画面を見ている琴音のことが気になったのだろう、母親が声をかけた。
「いつも、何を見ているの?」
その問いに琴音は満面の笑みで答えた。
「『WAVELET』っていうビジュアル系のバンドのPV。かっこいいんだよ〜♪特にボーカルの響がね〜…。」
と、響について語ろうと母親の顔を見たが、母親の目は興味津々の目ではなく、何かを疑うような目であった。
「お母さん?」
「あ、あぁ…ごめんね。ちょっと、パソコン貸してくれる?」
「うん…。」
琴音は不思議そうな顔をして、母親を見やる。
そんな変な顔するほど変なバンドじゃないのになぁ…。
「…ごめんね。はい、使っていいよ。」
用事が済んだのか、母親はイスから立ち上がった。
「何を調べてたの?」
「ちょっと色々…それより、かっこいいバンドね。」
「…うん。」
母親の、どうもすっきりしない態度に琴音は首をかしげた。
でも今は、何も聞かないでおこうと、静かに思った。
その夜、母親は電話帳を片手に、どこかに電話をかけていた。
「…はい、『WAVELET』の響について…お願いします。」
えぇ!?
琴音の自室は居間と向かい合わせになっているため、電話などの声もすべて聞こえた。
思わず声を上げて驚きそうになったが、必死にこらえた。
しかし断られたのか、今度は母親の食い下がった声が聞こえてくる。
「お願いします!私…あの子の母親かもしれないんです!」
嘘でしょう…!?
琴音は今聞こえたすべてを否定したかった。
何で…もし、そのことが本当だったら…私は、響と兄妹かもしれないっていうの…?
自分が育ってきたなかで、今まで母親が妊娠したことは一度もなかった。
ということは、母親の言うことが本当ならば、響は琴音の兄になるというわけだ。
嘘であってほしい…お願いだから…。
明かりの灯ってない、暗い部屋の中で、琴音は静かに祈った。
その1ヵ月後に事実は告げられた。
探偵からもらったのであろう、報告書を手に、母親は口火を切った。
「…いい?琴音。今から話すことは全部本当のことよ。」
テーブルにつき、かしこまった姿勢で母親は話し始めた。
「琴音がいつも見ていた『WAVELET』のボーカルの響は私の一人目の子供。つまり…琴音のお兄ちゃんよ。」
「え…。」
「響に会ってDNA検査もしたわ。やっぱり、一致していた…私の子供だった…。」
段々、目に涙を浮かべてきた母親に、琴音は怒りを覚えた。
「どうして…何で響が私のお兄ちゃんなの!?ずっとそんなこと言ってなかったじゃない…私は、一度も会ったことないよ!?」
「響が生まれたとき、私はまだ高校生だった…当然、育てられなくて…産院の前に捨てたの…。」
信じられない…。
「無責任すぎるよ…大体、高校生だったくせに子供なんか作って…それで響にまで会って…ひどいと思わないの!?」
「私だって本当は自分で育てたかった…でも、無理だったの…。親にも言えなかったし自分だってまだ子供だったから…。」
ついに涙を落とした母親の頬を琴音は張ってしまった。
「そんな人、私の母親なんかじゃない!!!」
と、乱暴に自室のドアを閉め、部屋の中で泣き始めた。
こんな…こんなこと…信じられないよ…。
机に置いてあった『WAVELET』のCDを手に取った。
響の綺麗な笑顔がそこに写っていた。
この人が…私のお兄ちゃんなんて…。