ウィカの旅⑪
「・・ウィカ」
目の前で悪人たちがやり取りを始めたら、小さな声でナビーが話しかけてきた。
「なに?」
男達から視線を切らず、小声で返す。
「・・雨が止んでる。今なら馬車でここから脱出できるかもしれない」
あたしはチラリとだけ窓の外を見た。
乗合馬車の乗客のみんなが集まっている一画の壁には、通風用の、窓枠の上に蝶番が付けられたタイプの外開きの木窓が付けられてる。帽子のおじさんがその窓から外を確認していた。
ナビーの言いたいことは解った。
「・・・みんな、その窓から出れそう?」
窓は結構幅が狭くて、あたしなら余裕で出られそうだけど・・・帽子のおじさんはギリギリっぽいなぁ。
「・・・まあ、行けるだろう。先に御者を出して馬車の準備をさせる。後は年寄り女の順に出していく。悪いが俺とウィカは・・」
「解ってる。足止め係だね」
「悪いな」
「気にしない気にしない」
この状況では逃げるが勝ちだよね。下手に制圧しようとすると必ず犠牲者が出てしまう。
「御者が馬車を用意するのに少し時間が掛かるから、この屋内から奴らを出さないようにする、頼んだぞ」
「おっけー」
あたしとナビーはこそこそとかつ手早く話し合うと行動に移った。
「・・御者のおっさん、今そこの窓から出て馬を馬車の繋ぐのにどれだけ掛かる?」
ナビーがこそこそと話しかけた。
「・・・最低限の用意でも20分はかかるぞ」
ナビーに聞かれて、おおよその事情を察したのだろう、御者のおじさんは少し考えるように言った。
「儂も手伝おう。なに心配ない。御者の経験者じゃ」
ナビーの話を聞いて、手伝いを申し出た老夫婦のおじいさんが胸を張る。
「そうか、なら頼む。あんたと爺さんはあの窓から出て馬車を用意してくれ。その次はばあさんでそっちの姉妹、ベルルの順だ。・・おっさんは悪いが最後だな」
「問題ない」
帽子のおじさんが当然だとばかりに肯いた。
おばあさんと姉妹の人たちも話の内容が判ったのか、うんうん肯いて身の回りの用意をした。もともと大したものを持ち込んできていないので荷物は少ない。
「先生とウィカちゃんは・・・」
お姉ちゃんが心配そうに言う。
「脱出の準備が出来るまであいつらの足止めをする。ウィカには悪いがこれは必須だ。・・・いいかよく聞いてくれよ。俺らが奴らを引き付けてる間に、帽子のおっさんは外に出たら外門を開け放ってくれ。直ぐに出れるようにするためにな。
ベルルとあんたら姉妹は手分けして、奴らの箱馬車の手綱を切って置いてくれないか。ウィカの言う通り荷台に攫われてきた人間がいるなら助けてやりたいが・・・間に合わない様ならいい。荷台の扉を開け放して逃がすだけでも攪乱になる。
逃げる準備が出来次第、俺らの事は構わず行ってくれていい。・・あ、奴らの馬を厩から出して外門あたりに放しておいてくれ。俺とウィカはそれで逃げるから」
ナビーが皆に早口で計画を話した。
(こんな短時間でいっぱい考えてるなぁナビー。あたしはそこまで考えてなかったよ。段取り上手だね)
ナビーの話を聞いたみんなは「合点だっ」とばかりに首肯するけど、お姉ちゃんが心配そうにあたしを見たので(大丈夫だよ)って伝えるために肯いた。伝わったかな?
「・・・さぁ、作戦開始だ」
◇
なにやらこそこそ言い争っている3人の男を尻目に、ナビーの合図で皆が動き出した。
御者のおじさんが木窓をすばやく開けると、飛び出るように外へまろび出た。その次はおじいさんが。
「おおっ、やべっ!お前らがグダグダ言うから、逃げられてるじゃねぇかよっ!?」
皆の脱出に気付いた男が仲間の二人に文句を言っている間に、おばあさんも外に出た。
「・・ッチ!テメェら・・」
そこまで言った所で男は気づいたようだ。
あたしはナビーの合図と同時にじりじりと扉正面に移動していたので、あたしを倒さないと扉からは出れない。
あたしは右手にダガーを構え、左手には投擲用の暗剣を用意しておく。窓の方はナビーが槍を構えて守っている。
「ナビーはそっちの二人を押さえといてねっ!」
「おうっ!」
そんなことをわざわざ口に出して言う理由は勿論ある。部屋の反対側にあるもう一つの窓に注意を向けさせないため。あたしの声かけで誘導された二人のおじさんは、自分たちの相手はナビーだと思ったのか、ナビー向かって短剣を構えた。
「・・・くそっ・・めんどくせえなぁ」
仲間にウィコッドと呼ばれていた男は、本当に面倒くさそうに頭をガシガシと掻いた。
とりあえず時間稼ぎでもしとこうかな。
「・・・目的はあたしじゃないの?別に、乗合馬車の人たち位、見逃してもらってもいいと思うんだけど?」
「お前の事は、ついでだ。あいつら逃がすとこれからこっちで商売しにくくなっちまうだろうが」
だよねー。
「まあ悪い事はできないもんだよね。ねぇねぇ、なんで人買いのあんた達があたしを捕まえようとしてるの?」
「さあな」
「教会と仲良しなの?」
「さあな」
話に乗ってこない。あたしとナビーがそのまま足止め役になったことに気付いた男は、冷静にこちらを見据えながら、じりじりとあたしの方に迫って来てる。
左手の暗剣を迫って来た男に向かって投げる。
男はひょいっと躱すけど、もちろんあたしの狙いは目の前の男ではない。男が躱した暗剣はそのままナビーに襲い掛かろうとしている男の一人の太腿に刺さった。
「・・・アツッ!」
男の仲間のおじさんが、太腿に刺さった暗剣に気を取られた隙に、ナビーが槍でもう一人に牽制の突きで態勢を崩し、石突で暗剣が刺さったおじさんに一撃を加えようとしたけど・・・間一髪、かがんで躱されてしまった。
再度膠着状態。
「・・・なんとも・・・ガキっぽくねぇ気の使い方しやがって」
「気の利く女、目指してるの」
投擲の隙には引っかからなかったかぁ。もともとあたしの暗剣はそれほど重さが無いので、思いっきり投げても深く刺さらない。ただただ牽制用のモノ。
ナビーもおじさん二人も、そこそこ実戦経験はあるようだけど技量的には傭兵をしていただけナビーが上っぽい。
おじさん二人も斬った張ったは慣れているようなのでナビーに攻め切れはしないけど、時間稼ぎに膠着状態を続けられれば上々なので特に問題は無い。そのまま頑張って。
「器用、だなっ!」
ウィコッドと呼ばれていた男が斬り込んで来た。男の短剣を滑らせるように捌きながら、チラリと窓の方を確認すると、帽子のおじさんが先に外に出ていたお姉ちゃんに窓の外へ引っ張り出されるところだった。
(・・・ここからが勝負だね)
外に出たみんなを追いかけるためには、正面扉と部屋内にある二つの窓から出るしかないけど、目の前の男はあたしがマークしてその隙は与えない。
ナビーの方が心配だけど、あのおじさんには事前に手傷を負わせてあるのでそうそうは後れを取らないだろう。
(・・・普通に倒せればそれに越したことはないけど・・やっぱちょっと無理そうかな)
男が二本の短剣で虚実を混ぜて短剣を振るってくる。
体術にも淀みが無い。
ナビーのフォローの為に左手は空けておきたかったけど、捌く手数が間に合わなくなって、あたしも腰の後ろに佩いていた短剣を左手に持って、迎え撃つことにした。