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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第二章 或る旅人達の協奏曲
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ウィカの旅⑩

「 お前ら、一人残らず行方不明にしてやるよ・・・っ!! 」


(・・・ぬ。速い)


 あたしが動く前に、5メール程の間合いを一息に詰められた。


 蛇が鎌首をもたげるように、下から掬い上げるようにあたしの首元を狙ってきた黒い短剣を、師匠の形見のダガーで横から弾く。

 ダガーを持つ手首を返してカウンターで男の喉を狙ったけど、それと同時に男の左拳がお腹を打ち抜きに来たので、右ひじを抜き手に添えて内から外へと逸らさないといけなかったので、喉狙いは失敗した。


(・・・動きが何か蛇みたい。左の抜き手の予備動作が判らなかった。んー・・短剣を弾いた時になんとなくは判った。腕力は相手の方が強い。・・・何合も打ち合うと押し負けちゃうな)


【巡る力】を扱えるとはいえ、あたしはか弱い女の子。

 ガンガン短剣を打ち付けられると手が痺れて来てしまうし、まともに攻撃を受けるとダメージにはならないまでも体重差で押される。師匠に何度も吹っ飛ばされた記憶が蘇る。むぐう。


 一旦間合いを取ろうとしたけど、男は速さと手数であたしと切り結んできた。時折、ぬるりとした左の拳打や足技を混ぜてくる。あたしはダガーで男の短剣を捌きつつ、打撃を躱したり逸らしたり。

 広い屋内とはいえ戦うとなれば結構狭い。隅に追い詰められない様に気を配る。


「ハッ!!ちびっこい所為かやりにくいなっ!」

 何故か男は楽しそうに叫んだ。


『いいか、ウィカ。戦いの最中は一切の事に気を取られるな。標的が何か言っても耳を貸すな。絶対に集中を切らすな。

 ・・お前は散漫すぎるから、とりあえず形から入れ、いいな?』

 いっつも師匠がため息交じりに言っていた。


「・・・・」

 だから何も言わない。ムシムシ。


 攻防の合間にあたしの側面に回り込もうとしてる二人のおじさん達に向けて牽制の暗剣を投げると、おじさんたちは舌打ちしながら一歩退いた。

 

(ある程度のダメージを負っても早めに終わらせた方が良いかな?)


 敵は三人だけど、残りの二人は目の前の男より大分実力が下がるようで、あたしたちの戦いの中には入って来れないようだ。男も手数は多いが注意すべきは短剣のみ。多分毒付き。


(・・・でも多少の拳打なら致命傷にはならないよね?)と判断したあたしは、タイミングを計って剣戟を上手く後ろに流し、男の懐に潜る。


(・・・む!?)


・・・視界の端に映る男の左手に、さっきまで持っていなかった別の黒い短剣が握られているのが見えた。


(・・・ッ!いつのまにっ!?)


 慌てて間合いを取る。一瞬前まであたしの居た空間を、男の左手の短剣が切り裂いた。


(あ・・アブナイアブナイ)


 あたしの服の肩口が切り裂かれている。傷は無い。布一枚差。

 一旦間を離し、態勢を立て直す。そしたら「ざーんねん」と・・・男にすっごい残念そうな顔をされた。ムカツク。


(・・・・むぅ。隠すのが上手いな・・)


 腹立ち気味に、内心で毒づく。

 初撃も男が攻撃してくる瞬間まで男の【巡る力】の活性がわからなかった。暗器の使い方も異様に手慣れている。

 男の所作も昨日まで不審な点は無かった。昨日は普通に歩いてたのに、急に音の無い歩きに変わる感じ。まるで、


「・・・お兄さん、暗殺者なの?」


 荒事に生きる者にあるはずの“匂い”や“存在感”が意図的に薄い・・・・どこか師匠みたいな戦い方だ。


「・・・良く分かったな。ご名答。お前も“片腕盗り”の弟子なんだってな?」

 目の前の男は、片眉をあげながら少し驚いた風に言った。


「・・・・も?」


 なんで師匠の事知ってるんだろうかとあたしが思っていると、ニタァと男が笑った。


「ああ、俺も、お前と同じ“片腕盗り”ハンスの弟子・・・だったのさ」

「・・・うそぉ」

「ホントさ」

「師匠からそんな話、聞いたことないけど?」

「そりゃ、まあな・・。あのジジイにしてみりゃ、俺は“不肖の弟子”・・ってやつなんだろうからなぁ?」


 男は少し構えを崩すと、両手に持った黒の短剣をクルクルと弄びながら話し始めた。隙がある・・・でも十中八九、誘いだなぁ。


「ホラ、あのジジイ、義理だ戦士だ・・ってウルサかったろ?組織に飼われてる暗殺者が何言ってんだってハナシだよなぁ?

 それでさ、昔、仕事でちょっと無関係なガキ殺しちまったからって、まぁムキになって怒って来てな。あの後、ジジイ追いかけまわされて危うく殺されるトコだったんだぜ?ひでぇだろ?」


「それは、お兄さんが悪いんじゃないの?」

 生き残った者勝ちの裏社会とはいえ、やっていいことと悪い事はあるよ。


「はぁ・・妹弟子にまで言われちまった。・・んでまあ、あんまりウザいもんだからナデンの所抜けて、今のトコ来たクチなんだよ、オレ。

 でもな、せっかく抜けたってのに、あのジジイに目ぇ付けられてるからエイニスに居られなくなってさ、こんな外国で人攫いの護衛って・・・オレってついてないよなー?全部あのジジイの所為なんだよ」


 男はさも、困ったもんだみたいな風に言うけど、自業自得だよね。


「だからな、お前とオレ、実は兄妹弟子って奴なんだよ。

 いやー、お前の手配書見た時、こっちに逃げてこないかなって思ってたら、何の因果かホントに来たじゃねぇか。あの、お前と一緒に居たネェちゃんがお前の名前呼んだとき、笑いをこらえるのに必死だったよ。

 でもまあ丁度好都合だよな。こんな形でも戦えることになってさ。ここでお前殺して、あのジジイに突き付けりゃ、面白いホエヅラしてくれんじゃねぇか?」


 なにやら師匠に、ただならぬ対抗心を持っているらしい。そんなに追いかけまわされたことが怖かったのかな?

でも、

「くっだらない」

 ちょっと呆れる。


「・・・あ?」

 男は機嫌を害した風だけど、一応言っておいた方が良いのかな。


「・・・師匠、もう死んじゃったよ?」


「・・・・へ?」

 目を真ん丸にして驚く男。

 しばらく口をパクパクさせた後、言った。

「・・・マ・・マジで?うっそぉーっ!?あのジジイ、いつかオレが殺って名をあげるつもりだったのにっー!」


 うーん、あたしと互角じゃ、まだ無理っぽいね。


「・・・・はぁ・・あのジジイなんで死んだんだ?」

 どことなしに、しょんぼりして訊ねて来たので、正直に答えた。


「あたしを逃がすために」 


「・・・耄碌したとはいえあのジジイが殺されるなんてちょっと信じられんねぇな。誰にだ?」


「・・・・多分、聖騎士」


「・・・ッチ。なら、ありえるか・・・」


 悔しそうに舌打ちする男。


 師匠はあたしを逃がすために、いつの間にかあたしを追ってきていた聖騎士らしい男と戦って死んだ。その時の師匠と男の会話から、聖騎士だと思ったんだけど・・・、どうも二人は元々因縁のある顔見知りらしかったのがちょっと気がかりだ。


「・・じゃあ、まあしゃあねぇ。お前をあのジジイの手向けに・・」


 その考え方は意味がわからない。ゆらりと男の身体が揺れた。合わせてあたしも油断なく身構えたけど・・・男の仲間が割って入った。


「・・・おい、ウィコッド。その娘は生け捕りにしろって書いてあったろうが」


 ウィコッド、それがこの男の名前か。

 でも、なんで生け捕り?


 「・・・え?ん?あ、ああ、そういえばそうだったな。盗られたもの取り返せば別にこのガキ要らないんじゃないのか?」


 男は軽薄な態度をとってはいるが油断は無く、あたしからは少しも目を離さず後ろの仲間に聞き返した。


「それは知らねぇけど、手配書には『身辺触れるべからず』って書いてあったぞ」

「はぁー・・・。生かさず殺さず連れて来いってか」

「お前、本当に手配書、読んでないんだな・・。確保だけだ。確保出来たら受け取りに来るらしい」

「・・・じ」

「『事故なら・・』とか言うんじゃねぇぞ。毎度毎度、事故事故言って殺しやがって、上から本気で睨まれてるらしいぞ、お前」


「・・・・まじでか」

 仲間の指摘に肩を落とす男。


 (どうでもいいけど、この男、相当な悪人だね)


 師匠の弟子だって言うのもホントかどうかは知らないけれど、本当だったとしても師匠に怒られるのも無理ない。師匠もなんでこんな男を弟子にしたんだか。


 師匠の恥は弟子の恥。


(あたしがこの男を、狩らないといけない・・・のかな?)

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