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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第二章 或る旅人達の協奏曲
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ウィカの旅⑨

「いい事もあれば、つまらない事で躓くこともある。なぁ?ウィカちゃんよ」


 そう言ってあたしを見たお兄さんの目の中には、暗い影があった。

 よく見たことがある。

 裏道を歩けば、いたる所にある目。


「・・・まだ外は嵐だな。

 このまま殺し合いも乙なもんだが、もうちょっとお喋りしようぜ?

 そうだな・・・お嬢ちゃんには訊きたいことが二つある。・・・なんで、俺らが人買いだって、箱馬車に商品が載ってるって判った?」


 この場に及んで、そんな事を言いだしたお兄さん。

 お兄さんの後ろにいる二人は暗剣を抜いて止血している。下手に騒がないところを見ると、荒事や怪我には慣れているのだろう。或いは咄嗟に投げたから刺さりが甘かったのかもしれない。

 お兄さん自身は、無手で突っ立っているけど、隙が無い。無手に不安を持っていないのは、もともと武器を必要としない戦士なのか、暗器なのか、魔術士なのか。


(対して、こっちはあたしとナビー・・・・二人だけか・・)


 御者のおじさんも護身用の短剣を構えているけど、その手の震えじゃ、あまり期待は出来ないかなぁ。


 時間を稼がれている・・のかはわからないけど、下手にこの場を戦場にすると乗合馬車の乗客さん達が・・・まあ、被害にあっちゃうよね。

 ・・どうしよう。

 裏社会の人間は、人質とるのも躊躇がないからなぁ・・・。


「・・・だって、馬車の中から人の気配がするし」


「・・・・ふむ。それで?」


「それで?」

 何が?


「・・・そ、それだけで、奴らが人買いだって言ったのか?」

 なんか、凄い情け無さそうな顔をするナビー。


「奴隷狩りって言って反応したのはナビーじゃない」

「・・・た、確かに」

 しょんぼりナビー。ナビーしょんぼり。


「おいおい・・・ひょっとして、こっちが勝手に勘違いして、釣りだされちまったって話か?」

 あぁー・・とお兄さんが頭を振る。

「・・なあ、病人が馬車の中で寝てるとかだったらどうすんだよ?」


「え?暖炉に火が付いている休憩所があるのに馬車に寝かせとくの?」

それどんないじめ?


「・・・あ、ああ、そういやそうか。・・他になんか理由はないのか?」


「・・・理由・・? ねぇ、なんでお兄さん達が人買いだってことが問題になってるの?」


「・・・なんでって」

「・・・なんでって」

ナビーとお兄さんが同時に言って、顔を見合わせて、やめた。

なに?仲がいいの?


「あ」

 あたしの後ろに居るお姉ちゃんが声をあげた。

 正直この状況で後ろを振り返るわけにはいかないので、「どうしたの?」って聞いてみた。


「あのね、ウィカちゃん。神聖王国では、俗にいう『人買い』は違法ではないけれど、このアルザント王国では『奴隷狩り』って言って、違法なの。つまり、しちゃいけない悪い事なの」


「えっ!?ここの王国って『人買い』居ないの!?」


「・・厳密にいえば、身売りや犯罪の一つとしては存在しているんだけど、社会的には法律で罪に問われるわ」


「・・・それは良い、ホウリツだねぇ」


 あたしは感心した。

 エイニスに居た時、売り買いされていく大人や子供たちをよく見た。ウチのショウカンだって、人買いから流れてきた人が多くいた。そういう人たちはみんな、悲しむ力も無くしたようでボーっしてるか、思い出した様に泣き喚く人が多かった。

 そういうホウリツがエイニスにもあったなら、あの人達も幸せに暮らせるのかもしれない。


「アルザントは良い国なんだね」

 さすがアトルの住んでる国だね。


「神聖王国にも、そんなホウリツがあったら、皆幸せになるのになぁ」

「・・・・そう。そうね」

 あれ、なんでお姉ちゃんは沈んだ声なんだろう。


「・・・なるほどね。だから知った時点で言い出さなかった訳か」

 お兄さんが何かを納得したみたい。

 何をかは知らないけど。


「カルチャーギャップって奴か。流石にこの年で他国の法までは知らんわな。アトルじゃあるまいし」

 ナビーまでウンウン肯いている。

 確かにアトルは物知りだよねっ。

 前、エイニスでネーコとネネンコの違いを・・


「・・んじゃ、最後の質問だ。お嬢ちゃんは、最初っから俺があの男を殺した犯人だと思ってたよな?なんでだ?現場でもみたのか?」


 あたしの思い出がお兄さんの質問で遮られてしまった。

 もうちょっとクーキよんでほしい。

 でもまあ、これは簡単だから答えてあげる。



「・・・だって、お兄さんから、人殺しの匂いがするんだもん」





ポカンとするお兄さん。


「あ、ああ、そうかそうか。なるほど。・・・なんでかな、今までの一連のやり取りで、一番納得できたわ」


 大変ご機嫌が良さそうに笑うお兄さん・・・って、


 あれ?


「・・・この国では人買いが悪い事っていう事は・・お兄さん悪者って事じゃない!?」


「・・・今気づいたのかよ」

お兄さんが呆れたように言った。


 確かにエイニスの人買い連中もイヤなヤツが多かったけど、それはそれで仕事は仕事という感じだった。あたしも周りの人たちも、特に誰かが怒り出すわけでもないので普通の事だと思ってた。

 でも、この国では人買いはが悪い事って言うなら・・


「・・・ダメじゃないっ!悪い事なんだよ!?いーけないんだーけないんだー」

 お兄さんをビシッと指さす。

 あ、指さしちゃった。


「・・・・今、そこを言うのか・・・」

 悪いお兄さんが、すっごい切ない真顔で呟いた。

 後ろの二人のおじさんは・・・目を逸らした。


「・・・うん。そうだ。そうだよな、ウィカ」ナビー。

「ウィカちゃんは間違ってないわ」お姉ちゃん。

「お嬢ちゃんは今一つ学んだんだな」帽子のおじさん。

「・・まさに真理じゃのう」老夫婦の夫。

「ええ、ええ、あなた。人買いなんてやっちゃいけないんですよ」老夫婦の妻。

「お嬢ちゃん、良い事言ったわっ!」姉妹のお姉さん。

「・・・人買いも悪いけど、今は殺人事件の方が問題じゃ・・?」姉妹の妹さん。

「乗客に手ぇだすたぁふてえ野郎だっ!」御者のおじさん。


ワイワイガヤガヤ。

乗客の皆が口々に言い出した。


みんなに誉められたよ。フンスッ。

アトルは「俺は褒められて伸びる子」って言ってた。

あたしも褒められて伸びる子に違いない!アトルと一緒!やっほう!



「あのー・・盛り上がってるとこ悪いんだけど、状況解ってる?思い出して?」



 悪いお兄さんがお願いしてきたので、ウンウン肯いたり、立ち上がって拍手してたりした乗客の皆が、先ほどまでいた場所に戻って、同じポーズをとって、表情まで同じに戻した。


( ・・・皆、器用だね)


 あたしもついつい悪いお兄さんを指さしたポーズから、短剣を構えたポーズに戻した。なんかちょっと恥ずかしくなっちゃった。


「・・・えっと、じゃあ、とりあえずどうしたらいいの?」

 ナビーに訊いてみる。


「・・・一般人なら、憲兵に通報するんだが・・」

 ナビーが何気なく窓の外を見た。

 でもあたしは悪いお兄さん視線を逸らさない。


「ナビー?危険な人が前に居るのによそ見しちゃだめじゃない」

「えっ、あ、そうか、すまんすまん」

 慌てて槍を構え直すナビー。


「・・・通報は、不可能そうだ」

「だよね」

「あとは・・・1、俺らで捕まえる。2、一旦放置。3、とりあえず逃げる」

「2って何?」

「現状では動きようがないから、嵐がやむまでいったん置いといて、止んだら次の町・・つまりリンドベリアまで行って通報する案だな」


「それ、出来るの?」


 こういう膠着状態は長く続けられない。

 ナビーも困った顔をしていると、老夫婦のおじいさんの方が話しかけてきた。


「嵐はそろそろ止むはずじゃ」

「なんでだ?」

「竜の嵐はもう3日目になる、竜は3日以上同じ地に留まることは滅多にない」

「・・・確かにそうだな。昨日よりかは風は殆ど無くなってるし、雨の降りも大分弱くなってる。竜が過ぎ去る兆候だ。今なら馬車を出せないことも無いぞ」

御者のおじさんもそう言って肯いた。


「地元民の知恵ってやつか・・」

 納得するナビー。


「・・・でも、逃げられるの?」

 目の前の悪いお兄さんが、逃がしてくれるかな?


「・・・そこで、ウィカ、一つ話しておかないといけないことがある」


「なに?」


「実は俺、あんまり強くない!(キリッ)」

 ナビーがキリッとした顔で言った。


「・・・・うん、なんとなく、分かる」

 なんでそんな自慢げなの?


「先生の戦いのシーンの描写は迫力があると定評があるんですけどね」

 お姉ちゃんが何処とはなしに嬉しそうに言ったけど・・それはこの際関係ないんじゃないかなぁ。そんなお姉ちゃんは、なぜか本を構えている。


(これは、もう、仕方ないかな?)


「えっと・・・お姉ちゃんも、みんなも、部屋の隅に固まって、荷物を盾に守りの体制になってくれるかな?」


 休憩所の中で散らばって休んでいた皆を部屋の隅に誘導した。みんな「なんで?」って顔してたけど、とりあえずは静かに従ってくれた。

女の人を奥に、御者のおじさんと帽子のおじさんと老夫婦のおじいさんが手荷物を掲げ防衛態勢をとる。


 ナビーには、部屋の隅に申し訳程度に置かれていて誰も使ってない木の机を皆の前に盾にするように置くよう指示する。


「ナビーはそのままそこで守っててね」


 そうナビーに言うと「え、まじで?」って驚いてたけど、「なんだかナビー、怪我しちゃいそうだから」って言ったら、しょんぼりナビーになってた。


「ウィカちゃん・・」 

 お姉ちゃんもなにか言いたそうにあたしを見てたけど、「今は前に出ないでね」って言って後ろに下がってもらう。


 そんな様子を悪いお兄さん達は、何も言わず興味深そうに見ていた。


「・・・で、そういう事、するってことは?」


 とりあえず用意が整ったところで、悪いお兄さんが口を開いた。


「お兄さん、みんなを逃がす気ないよね?」


 壁際で防衛態勢をとってる皆から、息を呑む感覚が伝わってくる。


「へぇ・・解るのか」

 感心したように言う、悪いお兄さん。


「普通に考えたら、悪いことしてるお兄さん達の顔を見てるあたしたちを見逃すかな?

 このまま逃がしちゃったら、自分たちの首が閉まるよね?そういうの、ナデンの人らは逃がさなかったよ?」


「・・ああ、お前、確かナデンに飼われてんだったな」


「師匠の弟子にはなったけど。あの人らの仲間になった覚えはないよ」

 心外だね。


「ふん。そこは情報と違うのか?・・・“耳”も落ちたもんだ・・」

 言葉の最後の方をボソッと呟く悪いお兄さん。


「・・・で、お兄さんは一体、誰?教会の人間なの?只の人買いの人、じゃないよね?」

 この国の人買いにあたしの事が知られてるなんて、ちょっとおかしすぎる。


「は?教会?・・・・あ、ああ、確かお前、追われてるんだっけ?

 いやいや、俺らはそっちの仕事とは別口なんだが、お前の手配書は来てるぜ。

 ・・・しかし、お前見どころあるぜ。教会の追手をぶっちぎってこんなとこまで来てるなんてな。しかもガキのクセに人に紛れて偽装までしてるなんて手慣れてやがる」


 やっぱり掛かってたのか、追手。

 お兄さんの言ってることは良く分からないけど。


「・・・ウィカ、あいつは・・」

 ナビーが槍を構えたまま、訊いてきた。


「・・あたしを追ってきてる連中と繋がりのある組織の人ってとこかな?たぶん」

 あまりお姉ちゃんやナビーに言いたくは無かったんだけど・・。


(こうなった以上、楽しかった旅も、ここでおしまい、かなぁ・・・)


「ご名答。手帳のおっさん」

 何が楽しいのか、お兄さんが拍手しながら言った。


「アンタも、そのお嬢ちゃんに乗せられたクチなんだろうけど、忠告だ、そのお嬢ちゃんから離れた方がいいぜ?


 なんせ、そのお嬢ちゃんは教会の宝物を盗んで逃げてる盗人だからな。

 下手するとおっさんらもそのお嬢ちゃんの仲間としてお尋ね者になっちまうぜ?


 しっかし上手くやってるよな。


 ちゃっかり大人に混じって身を隠すなんて、誰もお嬢ちゃんが逃亡者なんて疑いもしてねぇしよ。

 なんだ、あわよくば追手を擦り付ける囮にするつもりだったのか?」


 お姉ちゃんやナビー、他のみんなの息を呑む声が聞こえる。


「・・・そんなこと、するわけないでしょ」


 盗んで逃げてることは事実なので、そこはなんとも言えない。

 慌てて弁解しても嘘っぽい。

 後ろからみんなの視線が集まってる気がする。

 他に何か言わないといけないと思うのに、何も思い浮かばない。


 『虚言を弄して敵を乱す』


 ・・・解ってるんだけど、なんか泣きそうだよぅ、師匠。


「・・・・ウィカちゃん・・」


 ・・・・お姉ちゃんの声。


(・・・お姉ちゃんやナビーに、嫌われちゃうのは、辛いなぁ)


 優しくしてくれて、なんでも教えてくれて、一緒にご飯を食べて、手を繋いでくれて、一緒に寝て、頭を撫でてくれたお姉ちゃん。母さんみたいなお姉ちゃん。


 うー・・・。


「・・ウィカちゃん。大丈夫。私は私の目で見たウィカちゃんを信じてる。あんな人のいう事は信じるに値しない」


え。

少しの疑いも無い、真っ直ぐな、声が。

お姉ちゃんの。



「おいおい。親切で知らせてやったのに、まだそんなこと言ってんのかよ」

 バカにしたように笑う、バカ男。


「なぁウィカ」

 思いがけないお姉ちゃんの言葉に困惑したあたしにナビーが言った。

「アトルのとこに行くんだよな?」


「・・え?あ、うん」

 な、なに?急に。


「俺らに言えない事、全部抱えて、アトルに会うんだよな?」


「・・・うん」


「なら、それでいい。俺にはそれだけで信じるに値する証拠だ」


 ・・・ナビー。


 ナビーがバカ男に向けて、槍を構えた。


「俺らを始末するつもりだって言ってるお前なんか信用する訳ねぇだろ、バーカ」

 


ナビーに槍を向けられたバカ男は。


本当に。


本当の心が滲み出たような。


憎々し気な顔をして、


「・・・・・・・チッ。面白くねぇ。じゃあ、もう、いいや」


バカ男の【巡る力】が撓む。

いつのまにかその手の中に、黒い刃の短剣が握られている。


「 お前ら、一人残らず行方不明にしてやるよ・・・っ!! 」


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