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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第二章 或る旅人達の協奏曲
82/87

ウィカの旅⑥

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」


ゴウゴウバシャバシャとうるさい嵐の中、その人は水たまりに顔を付けうつ伏せに倒れていた。

もう生きてはいないだろうことは、誰の目にも明らかだと思う。

だって、背中にナイフが刺さってんだもん。






「あんたらの中に犯人がいるとしか考えられないじゃないかっ!」

顎髭のおじさんが叫んでいる。


「なにを言うか!我らは乗合馬車に乗り合わせただけにすぎん!あの男を殺す理由が何処にある!?」

帽子のおじさんが言い返す。


「そんなこと俺らが知るわけないだろう!俺らこそここに居合わせただけで全く無関係なんだ!殺人犯と同じ建物に居なきゃならんなんて冗談じゃない!」


更に別のおじさんが・・・

(おじさんばっかりだなぁ・・)


そんなおじさん達の口喧嘩を見ながら、あたしは暖炉に掛けていた薬缶からお湯をカップに注いだ。ベルルお姉ちゃんから貰った粉末茶から良い匂いがたつ。


(あぁー・・・あったまるー・・・)


美味しいお茶を飲み、ほっと一息つくあたしとは別に、今、休憩所の中はとても空気が悪い。箱馬車のおじさんと乗合馬車のおじさんが言い争いをしているのが原因で。


言い争いの発端はなんだっただろうか?

確か「一体誰が・・?」「誰がって・・・そりゃ、あんたたちの中の人間だろう?」・・・そんな感じだったと思う。


おじさん達もあのくらいで取り乱して、ほんとに大人なのかな。



さて、なぜこんなことになったのかと言うと・・

あたしたちが退避所に来て次の日の事。

乗合馬車に乗っていた乗客の一人が、背中にナイフを刺された状態で発見されたからだ。

嵐は今日もビュンビュンしてて、危ないから出発は出来ないんだって。嵐め!

外はまだ雲がくもくもしてて暗いから、いまいち時間が解らないけど朝方だとは思う。

殺されたおじさんの事はあたしも覚えている。この6日、毎日見ていた顔だし。あまり喋ったことは無いけど。


殺されたおじさんの年の頃は、40半ば位かな?お高い一等車に乗るくらいなんだから、結構身なりのいい人だった。それ以上は知らない。他の乗客ともあまり喋っていなかったように思う。


乗合馬車の乗客によって遺体が発見され、現場を見るため雨の中を外に出ていた人たちも、今は建物の中に入って暖を取っている。

雨の中で殺されていたおじさんの遺体は、御者のおじさんが厩のほうに移動させると言って運ぼうとしたけど、上手く運べなかったのでナビーが手伝って運んでいた。


「ウィカちゃんは大丈夫?」

暖炉の前に座って一緒にお茶を飲んでいる姉ちゃんが心配そうに聞いてきた。


「え?なにが?」


「・・・さっき、怖いものを見たでしょう?」


あたしの髪を優しく撫でてくれた。


「・・ん、ああ、あのおじさんの。うん、大丈夫だよ」


「・・・ウィカちゃんは随分落ち着いてるのね?」


「・・・見慣れてるから・・かな?」


「え?」

お姉ちゃんが驚いた顔をした。


「エイニスのね、あたしが住んでたところからちょっと裏道なんかに入ったりすると、よく転がってたよ」


エイニスは、町のキレイな部分と汚い部分は明確に別れている。表通りと教会周辺と官家街区はゴミ一つ落ちていないキレイな町だけど、ちょっと裏に入ると、実にいろいろなものが溢れて転がっていた。ゴミ、残飯、汚物、動けない大人子供、イヌネコの獣の死骸、何日かに一体はヒトの死骸も転がっていた。


「・・・・そう」

おねえちゃんが身を寄せて、ぎゅってしてくれる。あったかい。お母さんみたい。


「それにあたし、戦士だからね。大丈夫!」


「え、ウィカちゃん、戦士なの?」


「うん。師匠に戦い方を教えてもらったよ」


「お師匠さま?」


「師匠はねぇ・・厳しい爺ちゃんだったよ。

何回も叱られたし叩かれたし、課題が出来るまでご飯くれなかったし。でもね、出来たら、頭をガシガシってしてくれるの。しわくちゃの大きな手で。【巡る力】も使える様になったんだよ」


もう死んじゃったけど。


何かの話の折りに師匠は『復讐なんて下らねぇが、しねぇと進めねぇヤツもいる。俺が誰かに殺されたとしても、オメェが恨みに思う事はねぇ。仕返しもしなくていい。俺もそれだけ誰かを殺してきたんだからな』


師匠はそう言ってたけど、師匠を刺したあの男の顔は忘れない。

一応、一対一の決闘の末だったし、師匠の顔を立ててフクシューはしないけど・・教会の人間ならどうせ向こうから追ってくるんじゃないだろうか。それなら仇討ちじゃなくて返り討ちだもんね。問題ないよね。多分。


「・・まあ。それは凄いわねー」


あたしがちょっと沈んだ気持ちになっていると、お姉ちゃんが誉めてくれた。師匠も言ってたよ。子供のうちに【巡る力】を扱えるようになる人間は、すっごく少ないって。あたしすごい。フンス。


「うん。お姉ちゃんも、ナビーに教えてもらってるんだよね?」


ナビーは字を書けるから、字をを教えてもらってるのかな?

あ、でもお姉ちゃん字を読めるんだよね?

字の書き方?


「え?え、ええ、そうね。先生から色んなものを盗まないと半人前からは抜け出せないわよねぇ・・・」

お姉ちゃんは、ちょっと困ったふうにため息をついた。


「あ、それ師匠も言ってた。『教わるな盗め』って。でも師匠はなんでも丁寧に教えてくれたよ?」


「・・良いお師匠さんだったのね」

お姉ちゃんが笑った。



「しっかし、やっぱ小説は小説ってことか・・・」

お姉ちゃんの横で、さっきから手帳になにやら字を書いていたナビーが声を出した。


「ナビー、さっきから何書いてるの?」

「んー、いや、取材メモをな。物書きの性ってやつだな」


「?」

サガ?

そういえば、さっきからナビーは色んな人の所に行って話を聞いていたようだった。その話を一々紙に書いているのだろうか?なんか紙もったいなくない?


「先生、不謹慎ですよ!」

お姉ちゃんがナビーを嗜める。


「そうはいってもな・・。ホラ、小説なんかじゃ、こんな状況で殺人事件が起こったりなんかしたら、犯人探し始めたりなんかするだろ?でもな、実際事件が起こって見ても犯人探しなんか誰もしない」


「憲兵でもないのにそんなこと誰もしませんよ。この場にいる人間の身元さえ分っているなら、魔術で捜査できるんですから」


お姉ちゃんは呆れているようだ。


「・・・うーん。こう、論理的な推理で犯人探しをしようとしても、どうしても魔術がネックになるんだよなぁ。大体の事は出来ちまう」

ナビーが唸りながら仰向けに寝転んだ。


「先生のおっしゃる思考ゲーム的アイデアは面白いと思いますけど・・」


「?」

なんの話?


「つまり、魔術と言うツールを使わずに、事件の状況と証拠と推理だけで、犯人を捜すという事さ。殺害手段は魔術じゃなく凶器による刺殺だから、推理すればこの中にいる犯人が割り出せる。・・かもしれない」


「だからそれを不謹慎と言ってるんです」

「いやいや、考えても見ろベルル。この中に殺人犯がいるのなら、俺達にも危険があるんだぜ?」

「それは・・そうですけど」

お姉ちゃんの表情が曇る。


「犯人の目的が解らない以上、次が起こらないとも限らない。

犯人の目的が殺された男に対する恨みやなんかなら、これ以上俺達に危険は無いかもしれない。

・・でもな、これが単純な強盗の場合や、この中に盗賊団が混じっていた場合なんか、俺らにも危険があるんだ」


「盗賊団?なんで盗賊団が馬車に乗ってるの?」

盗賊団って、街道に隠れて道行く人を襲うイメージがあるけど。


「乗合馬車に仲間を一人のせ、事前に乗客や警備の状況などを確認させた後、襲う盗賊団もいるんだ。実際、王都近辺の街道で起こった事件でもある。その時の盗賊団は今も逃亡中だな」


「なんで盗賊がそんな面倒な事するの?」

わーっと来て、わーっと盗って行くのが盗賊じゃないの?


「そうだなぁ・・・盗賊の全部が全部、数が多くて強い訳じゃない。10数人で荷馬車を襲ったはいいが、その荷馬車に帯同していたたった一人の戦士に全員討ち取られたという話も結構ある」


うーん。

確かに、あたしだって10数人の盗賊団に負ける気はしないなぁ。そう考えると、盗賊も危険がいっぱいなんだね。


「それに、街道強盗も数を熟せば噂が広まって、その街道を誰も通らなくなる。すぐに騎士団も追ってくるしな。

同じ場所で何回も出来る訳じゃないから、一回の仕事での見返りは大きい方が良い。つまりそういう情報を仲間を忍び込ませて、馬車に何が載ってるか、強い奴がいないかを判断させて、強そうなやつがいたり見返りが薄いと判断したなら見送って、リスクを減らしつつ次の獲物を狙うんだ」

そう言って、ナビーはお姉ちゃんが淹れたお茶を飲んだ。



「・・・ナビー・・・もしかして盗賊なの?」

詳しすぎない?


「ぶっ!!」

ナビーがお茶を吹き出した。

「俺は盗賊を潰す方なのっ!取材したのっ!」


ナビーは慌てて弁解している。・・・ホントかなぁ。

推理系、断念。

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