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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第二章 或る旅人達の協奏曲
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ウィカの旅④

昼食を摂るため、中央通りに面した食堂に入った。


さっきタロンでベルルさんが買っていたラバン(はんばーがー)は関所を出た途端にベルルさんが「熱いうちに食べないと」と言ってあっという間に食べてしまった。

あたしも1個貰ったので、お返しに宿屋のおじさんに貰ったサンドイッチを一緒に食べた。

ナビーが言うにはベルルさんは“ヤセノオオグイ”なんだそうだ。お腹減ってたんだね。


さっきラバンを1個貰って食べたけど、あたしもお腹ペコペコ。育ち盛りだしね。

ナビーは注文した料理を食べながらラインレッド領でのアトルの話をしてくれた。

今アトルは<紅の旗傭兵団>という所で暮らしているんだそうだ。

キンキュウジのヨビヘイなんだって。


(アトル、傭兵団の下働きでもしてるのかな?)


ナビーもそこで傭兵をしていたんだって。実際にアトルといたのは四半季ほどだけど、一緒に働いたことは無いんだって。


「アトル、危ないことしてない?」

コドモだから戦ったりしてないよね?

「危ない・・・ってか、危なくなったの見たことないなぁ・・」


そっか、良かった。

前、エイニスで一緒に遊んでる時、意地悪な男の子達に絡まれた時とか、アトルぴゅーって逃げてたもんね。あたしとディーを抱えてるのに信じられないくらい逃げ足早かったし。怪我なんかする前に逃げちゃうもんね。


「それは・・アトルなら・・そうせざるえないのか・・?」

ナビーは苦笑いしながらそう言った。


・・ハッ!

確かテキゼントウボウはセンシのハジ!

これじゃアトルのフメイヨになっちゃう!

メイヨカイフクをしないとっ!

「でもでもねっ、意地悪してきた悪い大人を、こうっ!ぽいって投げちゃったんだよ!?その後こう・・樽の中に放り込んでねゴロゴロってして、川に落としてね、バイバイって。

・・・アトル、強いんだよ?」

身振り手振りで説明する。


ダリア姉さんが「男のミエは厄介だけど、イイ女なら立ててやらないと」って言ってたしね。「・・・金にならないから」とも言ってたけど。


「・・そうだね。よく知ってるよく知ってる」

さらに苦いモノを噛みつぶしたような顔でナビーが肯いた。


「ウィカはアトルに会いにラインレッドに行くのかい?」

食後に出てきた何やら黒い汁を飲みながら、ナビーが訊いてきた。

ベルルさんはまだ、それはもう一心不乱に大量の料理を食べている。


「うん」

「その・・ウィカが一人で旅する訳っての、聴いても?」

「・・・あの・・ごめん」

言っていいのか悪いのか分からない。というか、下手に言ってはいけないことのような気がする。

師匠も言ってた「知るってぇことは関わっちまうってぇことだ。善意も悪意も否応なしも関係ねぇし、誰も斟酌しちゃくれねぇ」とかなんとか。


なんとなく、あたしもそう思う。


「いや、いいんだ。無理に聞きたいわけじゃないんだ。アトルには話すんだろ?」

「・・・うん」

「ならいいんだ」

「いいの?」

他人の厚意は受けるけど理由は話せない。

あたしならそんな人間を信用できるだろうか?


「・・・アトルってさ、すごい子供なんだけど子供に見えないんだよなぁ。いろいろトラブルが寄ってくる感じがするんだけど、でもあいつに任せとけば大丈夫ってなんでか思っちまう」


「うんうん」

なんとなく分かる。

理由はわかんないけど。


「・・・オレもさ、傭兵団にいるとき、傭兵続けるか小説家になるか悩んでたんだよね。本当は昔っから小説家になりたかったんだ、でもいろいろな状況に流されて傭兵やってたんだよね」


「でも今はショウセツカなんでしょ?」


「ああ、アトルが傭兵団に来てすぐの頃だったな。

俺が諦められず未練がましく書いてた小説をアトルに読まれてね。

気が付きゃ俺の原稿に赤が・・あー赤ってのは『訂正』・・、誤字だの表現の間違いだのを指摘を赤インクで書くんだが、そりゃもう真っ赤にされちまってたのさ。

んで最後に書いてあんのさ。

『題材の目の付け所は良く、表現も情感が良く表現で来ていていますが、個を描くための肉付けが足りません。行動に至るための合理性を持たせましょう。あと誤字脱字用法間違いが多いです。精進しましょう』ってさ。


なんだとっ!?って思ったね。最初はさ・・ 」


「アトルは、字が・・本が読めるの?」


「そりゃ読めるさ!文法間違いだってガンガン指摘しやがったよ!聞けばレイヴィア語どころか、北方古典語、ユーベルニア語、ダキア語も読み書きできるって言うじゃないか。感心するより呆れたよ」


アトルって頭いいんだ・・。

ど・・どうしよう・・あたしも読み書き出来るようになった方がいいかな?


「それから、書き溜めてた原稿全部アトルに持って行って感想言わせたね。レイヴィア語も教えてもらった。厳しかったなーあの講義は・・。

・・・で、アトルにケツを引っぱたかれるように王都に出て物書きになったわけさ」


「あ・・あたしも本が書けるようになった方がいいかな?」

アトル喜ぶ?


「いやいやいや、なんでさ。これは俺の話だよ。ウィカはウィカのやりたいことをやって、なりたいものになったらいいよ」


「・・・なりたいもの」


へへ。

えへへへ。

やっぱりアトルの・・・およめさん、かなぁ。

ムフー。



アウベで昼食を終えたあたしたちが再度乗合馬車の停留所に行くと、聖王国では見たことないような大きな馬車が停まっていた。

荷馬車どころじゃない。小屋みたいな建物に大きな車輪が4つ付いていて、それを4頭の大きな馬が牽いている。


「ふぁ~・・おっきいね・・これに乗るの?」


これは・・・馬車というより“走る家”ではないのだろうか?

馬まで・・・

(これは大きすぎない?)

近く寄ってみると良く分かる。

エイニスでよく見た馬の2倍はあるだろうか。


「おっきな馬だねぇ」


「あれは魔獣の馬なんだって。確かレビナ種・・だったかしら」


「魔獣!?・・・危険じゃないの?」


「魔獣の中には人に懐く魔獣もいるのよ。見かけは大きいけど温厚な気性らしわね。乗合馬車の馬は生まれた時から飼い慣らされているって聞いたことあるわ」


「へぇー」

こんな大きな馬車引くなら、これくらい大きな馬がいるんだね。


「そうね、これは一等車だから特別大きい車ですしね。ウチの先生、安宿は気にならない人なんだけど、乗合馬車だけは人が混む2等3等車はイヤだって言ってねー。旅費の大半は馬車代なのよねー。もうちょっと節約してもいいと思うんだけど・・・」

ベルルさんが困った顔でナビーを見た。


「おいおい、しょうがないだろう?・・・あんな馬車に乗りたいか?」

ナビーが一等車と呼ばれる馬車の後ろを指さした。

そこにはなんとも・・・古いというか侘しいというか・・ただの箱に車輪が付いただけの馬車が停められていた。

箱の中は人と荷物でギュウギュウで、窓や側面の扉から色んなものが飛び出している。箱の上にまで人が座っていた。


「・・・確かに、あまり乗りたくはないですね」

ベルルさんがちょっと引き攣った顔で笑った。


「だろ?移動中ぐらいゆっくりしたいじゃないか」

ナビーが肩を竦めると、一等車の御者のおじさんと話していたおじさんが話しかけてきた。


「一等車の乗客の人かい?そろそろ出るよ」と言って手を差し出してきた。

「ああ、えー切符切符・・あったあった」

上着のポケットをごそごそしていたナビーが3枚の紙をそのおじさんに渡した。


「・・・はい、3人分。リンドベリアまでね」

おじさんがきっぷにポンポンと何かを押し付けた。

リンドべリアっていうのは、この領地で一番大きい町なんだって。


「あれがきっぷ?」

ベルルさんに訊いてみる。


「そうよ。アレを買わないと乗合馬車には乗れないの」


「なんで、いちいちきっぷを買うの?乗るときにお金を渡せばいいんじゃないの?」


「そうねぇ・・切符はね、ちゃんとお金を払って乗ってますよっていう証明なの」


「?」


「ほら、乗合馬車って乗る場所と降りる場所が人によってバラバラでしょ?だから“ここからここまで乗るお金を払っています”って証拠がないと、長距離乗っているのに、短い距離しか乗ってないよって嘘つく人がいるのね。そういう時に揉めないための紙ってとこかな」


「あ、あぁ、そっか乗る距離によって払うお金が違うんだね」


なんとなく最初にお金を払ったら、そのままアトルの住むところまで行ってくれるような気がしてたよ。


「フフ。ウィカちゃんは本当にアトル君が好きなのねー」

「うん!」

もちろん!


「・・・ストレートなウィカちゃんかわいい・・」

何故かベルルさんに頭を撫でられた。



「・・・しかし、なんか雨が降りそうな天気だな」

「・・ああ、こういう雲の日は結構な確率で降るよ。もう嵐の季節に入ってるからね」

ナビーとおじさんが世間話している。

出発まではまだもう少し時間があるそうだ。


「嵐?北アルザントでは今が時期なのかい?」

「お客さん南の人か。そうだよ、まだ時期に入り始めだけど、何年かに一回はどでかいのが来るからこの辺じゃ毎年毎年大わらわさ」


嵐かぁ・・。

エイニスでも何回か来た事あるなぁ。

風がビュウビュウして怖かった。


「・・へぇ、なるべく早くに王都に帰った方が良さそうだ」

「道中、降ると思うけど一等車ならそんなに気にするほどじゃないさ」

そうだよね、家みたいな馬車だもんね。


「あっちの奴らは大丈夫かい?屋根の上までいるけど」

ナビーが後ろの箱馬車を見た。


「ああ、あっちはバラドン行きの馬車だよ」


「バラドン?リンドべリア行きのじゃないのか?」


「はは。ここから東にある2つの村への定期便だよ。雨が降りそうだから早めに出ることにしたのさ」


「じゃあ、リンドべリア行きって・・この一等車だけなのか?」


「ああ。このあたりの人間は嵐の気配に敏感だからね、まだ大丈夫そうな朝のうちにみんな行ったよ。もともと一等車は利用者少ないから2日1便しか出てないしね。乗客もあんた達含めて8人だけだよ」


「それで元、採れんの?」

ナビーが意地悪っぽく訊くと、

「たとえお客が一人でも出す。それが乗合馬車の信用ってもんさ」

おじさんが肩を竦めて言った。



馬車の中は本当にちょっとした小屋みたいに広かった。


(ショウカンのあたしの部屋より広い気がする・・・)


長方形の部屋の真ん中を通路に、前向きの二人席が左右に4つづつある。

すでに5人の乗客が前の方の席に座っていたので、あたしはベルルさんと一緒に空いている一番後ろの窓側に座った。


「えっと・・全部で12人座れるってことだよね?」

「うーん・・16人かな?」

ベルルさんにダメ出しされた。

アトルに習った通りにカケザンしたのにー。アトルウソツキー。


ベルルさんが「荷物は座席の下に入れてね」と言ったので、椅子を調べてみると座るところがフタみたいに開いた!すごい!便利だね考えてるね!

椅子もなんかフカフカするし、さすが一等車だね。


しばらくすると、さっき切符になにかしていたおじさんが乗り口から顔を出して「それじゃ出発しまーす」と言ってドアを閉めた。

ガタッゴトッと馬車が動き出した。

あの切符を買ったらこんな豪華な馬車に乗れるんだね。

きっと・・

きっと・・たかい・・・


忘れてた。


「・・・きっぷのお金」


そう!

きっぷのお金、ナビー立て替えてもらってたんだった。

前の座席でそうそうに鼾をかいているナビーを起こす。

鼾うるさいし丁度いいや。


「ナビー、きっぷのお金払うの忘れてたよ。いくらだった?」

「・・・フガッ・・あぁ?あー・・なんていうか、うん、いいよいいよ俺のおごり」

「そんなわけにはいかないよ。いくら?」

お金のことはきちっと。母さんの言いつけ。


「えーいやぁ・・銀貨・・・3枚だけど・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・3等車でも・・良かったかなぁ・・・」(涙じわじわっ)


うぅ・・

あたしの全財産は銀貨9枚と大銅貨3枚と銅貨2枚。

それもほとんどディーがくれたお金。3枚出したらあと6枚・・。

ちゃんとアトルのとこまで行けるかなぁ・・。


「・・先生?」

ベルルさんがとても冷たい声を出してナビーを睨んでいた。


「・・・はい。見栄はってスイマセン。ウィカ、その馬車代というか、旅費はそのベルルに任せててな。ベルル?」

「・・・ホントに先生は・・もうちょっと上手く言えないんですか?」

「・・作家は口では語らんのだよ」

「・・何言ってんだか。ウィカちゃん、馬車代は私が払ったから気にしなくていいのよ?」


「でも・・」

母さんの言いつけは破っちゃいけないけど、このお金を使うと“らいんれっど”まで行けないかもしれない。

ベルルさんはいい人だけど・・甘えた方が良いのだろうか、ちゃんと返したほうがいいのだろうか。


・・・うぅ。


「・・じゃあね、ウィカちゃんがアトル君と再会出来たら、二人で返しに来てくれると嬉しいな。私もアトル君に会ってみたいもの。それまではアトル君に会うためだと思って借りておいて、ね?」

ベルルさんはあたしの頭を撫でながらそう言ってくれた。


「そうそう、アトルの彼女じゃ俺の身内も同然だしな!」

ナビーもそう言ってくれた。


「・・・うん」

ありがとう。ベルルさん。ナビーもね。





ゴトゴトゴトゴト


(すごく瞼が重たい・・)


ゴトゴトゴトゴト


規則的な音と振動が、これほど眠たくなるもの とは・・・


ZZZZZ・・


ガタンッ

「ひゃっ!」

おぉ・・びっくりしたー。


「大丈夫、ウィカちゃん?」

眠気がとんでった。

「う、うん。ちょっとビックリしただけ。大丈夫」

「ふふ。あらら、ホラ、口の端・・」

横の座席に座っているベルルさんが綺麗なハンカチであたしの口を拭いてくれた。

窓によっかかって寝コケて、よだれが垂れてたみたい。

は・・・恥ずかしい・・。

「うむむ、ありがと、ベルルさん」

「どういたしましてあ、水分補給しとこうね」

ベルルさんがにっこり笑って、水筒から水を注いでくれた。

ちょっと温いけど、おいしい。



ガタゴトガタゴト



(・・・雲が濃い)

馬車の窓から外を見ると、今にも雨が降り出しそうな空模様だった。





窓から見える空には厚く雲がかかっていて、昼前なのに夕方のように暗い。

じきに嵐が来る。

この時期はいつもこうだ。

本当にろくなもんじゃない。


「ウィコッド!ウィコッド!聴いてんのか!」


うるせえな。

んな叫ばなくても聞こえてるよ。


「・・・あぁ、なんだようるせえなぁ!」


町の裏路地にある、いかにも・・な宿屋兼酒場の二階の一角が俺らの根城だ。

窓際の椅子に腰かけ、ぼうっと空を見てるのが俺の日課。


「本部から伝令が来たっつてんだろ!」


仕事仲間の髭のおっさんが何やら騒いでる。

あんまりうるさいと・・・殺っちまおうか。


「・・・なんて?」


「子供を探して捕まえろってさ。ウィカって名前の7・8歳くらいメスガキらしい。・・・なんでも仕事で重要なブツを盗んで、こっち方面に逃げた可能性があるってさ」


オイオイ。

7・8歳のガキに出し抜かれたってのかよ。


「はぁ!?なんだよ、ガキ一人取り逃がしてんのかよ・・何やってんだあのネェちゃんは・・」


偉そうに名代名乗ってるクセに、んなことも出来てねぇのかよ。

俺が内心で、遠くにいるいけ好かない女に悪態をついていると、おっさんがもう一言付け加えた。


「・・・そのガキ、魔法使い、なんだとさ」


魔法使い。


「・・・へぇ」


「どうもそのガキ、あの“片腕盗り”の弟子で、異端審問官を三人ぶっ殺して逃走してるらしい。・・・結構なタマだぜこりゃ」


そりゃ・・・すげぇな。


(こっちに来ねぇかなぁ・・・そのガキ)


そうすりゃ、楽しめるのに、な。

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