ウィカの旅③
『なんかこいつ怪しいぞ。捕まえろ』
・・とか言われるんじゃないだろうかという、内心の危惧とは別に、何の問題も無く関所を通ることができた。
門を通る時、衛士のお兄さんが「気を付けてな」と言ってくれた。
タロンの関所の門を通ると、そのまた向こうに似たような外壁と門があった。距離も30メールも離れていない。アウベの関所だ。
ナビーがさっきタロンの関所で渡した紙はなぜか半分に破られて、またナビーに返された。
今度は返された半分をアウベの関所の人に渡した。
どういうことなのか良く分からないけど、なんとかアルザントに・・アトルのいる国に入れたんだ。そう思うとなんだか気が楽になってきた。
(母さんと一緒に来たかったな・・)
そう考えると、悲しい気持ちになるけど・・・
今はアトルのトコに行くことだけ考えよう!
そしてディーを待つんだ。いや迎えにいくんだ。
「さ、ついた。関所なんか意外に簡単だったろう?ここがアウベの町だ」
ナビーが背伸びしながら言った。
町並みはタロンとそんなに変わらないので、外国に来たって感じはあんまりしないなぁ。
でも、町の反対側の外門までがタロンよりずっと遠い。それだけ町の範囲が大きいという事。
師匠は神聖王国とアルザント王国では国力に雲泥の差があるって言ってたけどこの事だろうか。
「2週間ぶりのアルザントですね~」
「景色はそんなに変わらんけどなっ!はっはっはっ」
ナビーとお姉さんが二人で笑っている。
・・・うん。
言わなきゃ。
「な、ナビー・・あの、あのね・・」
二人の視線が突き刺さる。
う、なんかうまく言葉が出てこない。
「うん?どうしたお嬢ちゃん?あ、もしかして、ここにアトルがいるって嘘の事か?」
「え?」
「あんなに、しどろもどろじゃベルルにだって解るよ。多分あの衛兵の兄ちゃんも解ってたんじゃねえかな?」
「え?え?」
ば・・バレてたのっ!?
「はっはっはっ、嘘が苦手なのは悪い事じゃないさ。中々生きにくい世の中ではあるけどね」
ナビーがさも面白そうに笑った。
ベルルさんは「?」って顔をしている。話してないのかな。
「・・じゃ、じゃあ、どうしてこっちに連れて来てくれたの?」
「そりゃ、アトルの知り合いだしね。困ってるアトルの【恋人】を放っておいたなんてアトルに知れたら、“逆さづりベロンベロンの刑”にされてしまうよ。しかしアトルもまだ子供なのにやるなぁ・・」
こ、
こい
び と
コ イ ビ ト ?
「・・コイビト?」
「うん? 違うのかい?」
「・・ううん。その通り。あたしアトルのコイビト。セイカイッ!ヤッタッ!」
あわてて万歳をする。
「・・ウィカちゃん、なんでカタコトなの?」
ベルルさんが不思議そうに聴いて来たけど・・
「えへ。えへへ」
そう、そうだよね。
2年前はまだお友達だったけど、今会ったら、なんていうか、やっぱりそういう関係になっちゃうよね。
結婚はまだ早いし怖いけど、ゆくゆくは・・・。
アトル、ちゃんとカッコよくなってるかなぁ。
頬が熱い。
考えてたら恥ずかしくなってきちゃった。
ついつい頬に手を当ててクネクネしてしまう。
「・・・あ、うん。聞いてないね。・・先生、その逆さなんとかってなんなんですか?」
しまった、浸りすぎて返答を忘れちゃった。
「・・・昔、アトルが楽しみに取っておいた菓子をわざと喰ってしまったウリト・・男達がいてね、怒ったアトルが報復に行った刑罰なんだ」
なんか困ったように遠い目をしながらナビーが答えた。
「刑罰・・なんですか? どんな?」
「・・・全裸に剥いたウリ・・男達を面白・・うん、ちょと残念な恰好で木に逆さ吊りにして、塩水をぶっかけて近所で飼ってるアルシャの群れ(山羊のような生き物)をけしかけてたよ」
「・・・それってどういう刑罰なんですか?」
ベルルさんもいまいち想像できないらしい。
あたしも出来ない。
なんでアルシャ?
「やつらは舐めるんだ。塩気をね。全身くまなく。それはもう・・ああ・・これ以上は言えない・・・」
「・・・あ、なんかそういう拷問聞いた事あるような・・」
「・・・」
?
拷問?
・・・もし自分がそんなことされたら・・・(ゾォオッ!)
やだっ!
アトルのバカッ!スケベッ!
「アトル・・・そんな酷いことするようになっちゃったの・・?」
昔からお菓子好きだったけど・・あたしとディーにはよくお菓子分けてくれたのに・・。アトル、優しかったのに・・・。うぅ・・。
あたしの顔が曇ったのが解ったのだろうナビーが慌てて、
「あ、アレ、あれはそいつ・・ウリトン達が悪いからねっ!?正当な報復みたいな!?問題なかったんだよ!?」
「・・・その人が悪い事したの?」
そもそもウリトンって誰?
「そうその通り!アトルとウリト・・(ああもうウリトンでいいや)ウリトン達は・・・なんていうか反りが合わなくてね、まあウリトン達が一方的に突っかかってたんだけど。
それでアトルへの嫌がらせの為に、アトルが注文しておいた菓子を食べちゃったんだ。全部ね。
知らなかったとはいえ、アトルが聖誕祭に孤児院の子供たちに配る予定だった菓子だったんだよ」
「それは・・その人たちが悪いよ!」
それならアトルが怒るのも無理ないね!
「そう、あいつらが悪い。でもまあ、相応以上の罰は受けたと 思う よ」
何か思い出したのか、ぶるるっとナビーが身を震わせた。
「そのアトル君っていう子、なんていうかちょっと怖い子なんですね」
ベルルさんがそんなことを言った。
ぬ。
「そ、そんなことないよっ!?アトルはあたしにもとっても優しくしてくれてね!?それでね・・」
慌てて説明するあたし。
一生懸命説明したけど、ナビーもベルルさんも「うんうん、そうだね」と生暖かい目で肯くだけだった。
ほんとに解ってくれたかなぁ。
「あ、まだちゃんと言ってなかった。嘘ついててごめんね、ナビー」
◆
「ここで馬車に乗るの?」
ナビーとベルルさんに連れられて来た関所とは反対の外門の脇には、いっぱいの馬車が停まっている一画があった。
その一画の街路側に窓が並んだ店みたいな建物があって、お客に小さな紙を売っている。ナビーもそこに並んで店員と何か話してる。馬車に乗るには、きっぷとかいうものを買わないといけないんだって。
「えっと・・乗る・・・馬?」
建物の上にある大きな看板に書いてある文字が読めない。あんなにでかでかと書いてあるのに・・。
「あれはね、乗合馬車って書いてあるのよ。場所によっては駅馬車とも言うわね」
ベルルさんが教えてくれた。
「あの馬車がアトルのとこまで乗せていってくれるの?」
「ラインレッド領まで直接行くわけじゃないけどね。何回も乗り換えて、船に乗って何の問題も無く行けて30日とちょっとってところかな?」
30日かぁ・・・長い。
「ベルルさんとナビーは王都に帰るの?」
「ええ。ウィカちゃんもとりあえずは一緒に王都まで行きましょう?ラインレッドならどのみち通り道だしね」
「うん」
ナビーが言うには、このアウベから内海に港があるナントカと言う町まで乗合馬車が運行しているんだそうだ。
乗合馬車って言うのは、お客を乗せて街道を行ったり来たりしている馬車の事らしい。
ナビーに『聖王国ではそういうのは無かった』と言ったら、『聖王国は修行として徒歩を奨励してるし、馬は貴重だから人を運ぶための用途だけには使われないみたいだよ』と言ってた。馬って貴重なんだ・・。
ということは、アルザントにはいっぱいるんだね。
その乗合馬車で港町まで行った後、船に乗って王都へ行って、王都でまた“ていきせん”に乗って“あいるぜん領”にあるナントカという港まで行って、南に歩けばラインレッド領なんだそうだ。
王都とこの領都には“ひこうてい”とかいう空を飛ぶ乗り物があるらしいんだけど、お金がいっぱいいるので乗れないんだって。便利なんだったら皆が乗れるように安くしたらいいのにね。
ちょっと興味はあるけど・・・でも、空を飛ぶなんてちょっと怖いかな。
うん。お船でいいや。
お船なら、あたしとアトルとディーの三人で、エイニスの貯水湖で船を漕いだことがある。一応経験者なので王都までだって漕げるはず。
「頑張って漕ぐよ」とベルルさんに言ったら。
「?」って顔をされた。
あれ?なんか変な事言った?
「あぁー、ちょっと間が悪かったな」
ナビーが帰ってきた。ちゃんときっぷは買えたんだろうか。
「きっぷ売り切れなの?」
「ああいや違うよ。切符は買えたけど、アカルベ行きの最終便は出たばっかりなんだとさ。今日出る次の便は昼過ぎ、それもリンドベリア行きしかない」
「それは本当に間が悪かったですね」
ベルルさんが苦笑した。
「どういうこと?」
ベルルさんが言うには、乗合馬車は午前中に出発するのがほとんどで、次の町や街道待避所に着くのに夕方を越えるような時間には出発しないんだそうだ。
「最終的にオッシナっていう港に行くんだけど、そこに行くのには二つのルートがあってね。
距離的にはどちらも同じくらいなんだけど、アカルベ行きの街道は停留が少なくて結構スイスイ進むんだけど、リンドべリ行きは領都だから交通量が多くてちょっと時間が掛かることが多いかな」
ベルルさんが教えてくれた。
「時間が掛かるって・・・どのくらい?」
あんまり掛かるとやだなぁ・・。
「そうね・・・、多分1日か2日位ほどかな?まだ冬まで時期があるから領都の検問もそう混んでないだろうし」
「次のアカルベ行きは明日の早朝だ。ここで泊まることになったらほとんど時間は変わらないよ」
そっか。
「うん。わかった」
「じゃ、時間までどっかでメシでも食おうか?」
そうナビーが言ったとたん、ベルルさんのお腹がぐぅと鳴った。