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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第二章 或る旅人達の協奏曲
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ウィカの旅②

「えっと・・おじさん、アトルを・・知ってるの?」

「ああ、知ってるとも」


アトルを知っていると言うおじさんは、軽革鎧の上に外套を羽織り、鞘のついた長槍を持っているという、如何にも“冒険者”という恰好をしていた、歳は不精髭の所為でよく分からないが30半ばくらい・・・かなぁ?


「・・・おじさん。アトルの友達?」

「いや、友達というか・・同僚、だった。一緒にいたのは少しの間だったけど世話になってたよ」


同僚?

子供が?


「同僚って、おじさん、アトルっていくつか知ってるの?」

「え?・・さ、さぁ聞いた事あったかなぁ・・」惚けた様に首を傾げた。


(・・・怪しい)

なんか、唐突過ぎて信用できない。

こんなところにそんな都合よくアトルの知り合いがいるなんて。

・・・人買いかなんかだろうか。

あたしを騙して売る気じゃないだろうな。


「・・おじさんくらいの歳だよ?」

「えっそんなまさかっ!?まだ10歳も出てなかったよ!?」


む。


「ん?・・・お嬢ちゃん、なかなか賢いな」

おじさんがニヤリと笑った。

カマを掛けられたことに気付いたようだ。


「あんた、この子の知り合いなのか?」

今まで成り行きを見ていた衛士のお兄さんが冒険者のおじさんに声をかけた。


「知り合いの知り合い、だな。この子がどうかしたのかい?」

「どうも通行証を落したらしいんだ。後見人・・そのアトルって人がアウベに迎えに来てるらしいんだが・・・子供なのか?」

衛士のお兄さんが、怪訝な顔をしてあたしに聞きなおしてきた。

後見人が子供であることが不審に繋がってしまったらしい。


「えっと・・その・・」

ど・・どうしよう・・。


「ラインレッドだよ。貴族名だ」

冒険者風のおじさんが口を利いてくれた。

「アルザント王国の子爵家だよ。貴族なら別に子供が迎えに来ててもおかしくは無いだろ?」

「・・・子爵!?」

衛士のお兄さんもビックリしていた。

あたしもビックリした。

アトルって貴族なの!?


「お前さん・・いや、お嬢さんの叔父さん貴族だったのかい?」

「え・・えっと・・よくわかんない・・?」

そのシシャクと言う人と知り合いだとは言ってたけど・・。


「そうか・・複雑なんだな・・」

衛士のお兄さんが同情するような生暖かい目になった。


「無理もないさ。この聖王国では爵位は独特だもんな。アルザントの爵位に馴染みが無いのも仕方ないさ」


数百年前に時の王様がオリアス教を国教とし、国民全員がオリアス教教徒となった聖王国では、貴族という言い方はしなくなったと師匠から聞いたことがある。

他国にとっての“貴族”は、聖王国にとっては“官家”或いは“神官家”と呼ばれる。旧貴族籍の人間はすべからく神官という事になり、元々あった爵位は改称されたとか。

今では上から浄家・明家・正家・権家・直家となっている。


「じゃあ、あんたはその貴族さんのお抱えかい?」

衛兵のお兄さんがおじさんに訊いた。

「ん、いや、俺はその子爵家が代々営んでる家業の従業員だったんだよ」


アトルの家がやってる家業?


「そっか・・アトルがアウベに来てるのか・・ちょっと会って行こうかな」

おじさんがそう言った。


「えぇっ・・それは・・ちょっと、まだ、来てないかもしれないしっ」

はうっ、嘘がバレるっ!

おじさんはあたしをチラッと見ると、

「じゃあ、お嬢さんも一緒にアトルのトコ行くかい?」と言った。


・・・。

「いいのっ!?」

「特に問題なかったよな?」

「あんた冒険者証は?・・・ふむ、ならあんたが後見人になって役所で通行券を買ってきてくれれば通れるよ」


通行券は通行許可証と違って、何日も掛かる審査はいらないらしい。

元々通行許可証は通行料金を取るための名目上のもので、冒険者ギルドに所属している冒険者などの身元が照会できる人間は、通行できるだけのチケットが普通に買えるんだそうだ。

まだ冒険者資格を持っていない成人未満の冒険者の弟子や、護衛などで依頼主を帯同することもあるため、同行者への通行券販売も認められているんだって。

冒険者ギルドと国との取り決めでそうなっているらしい。難しいね。


「本当はあまり褒められたことではないけど・・まあ今回は大目に見よう」

衛士のお兄さんが苦笑しながらそう言ってくれた。

頭が固いって言ってごめんね。


「ん、分かった。じゃあ、ちょっと役所で買ってくるから、お嬢ちゃんここで待っててくれ」

「あ、お金っ・・」

「後でいいよ。建て替えとくよ」

「う、うん、ありがと。あっ、その、お世話になった宿屋のおばさんにお礼言ってきてもいい?」

とってもお世話になったし。

ちゃんとお礼を言っとかないと、母さんに怒られる。


「ははは。わかった、それくらいの時間はあるよ」

「ありがとう!」

おじさんはそう言って、町の中へ歩き出した。


「兵士のお兄さんも、ありがとうね」

「ああ、いいんだ。仕事だからね。用があるなら早く行っておいで」


「うんっ!」



宿に戻って女将さんに『知り合いに会って向こうに行けるようになった』と言ったら、「やっぱり、神様は見てくださってるんだね。ちゃんと良いようにしてくださる」としきりに喜んでくれた。

おじさんも「ほんとになぁ。気を付けて行くんだぜ?」と紙に包んだサンドイッチまで持たせて送り出してくれた。


「おじさん、女将さん、ありがとうございました」とお礼を言ったら、女将さん目をうるうるさせてギュってしてくれた。

一晩だったけど、いい人たちで良かった。


関所前に行くと冒険者のおじさんが待ってくれていた。

「待たせてごめんね」

「いや、いいよいいよ」


関所前の広場にあるベンチに座ってるおじさんの足元には、大きい鞄と・・女物らしい旅行カバンが置いてあった。

「あの、これ通行券のお金」

銀貨一枚を差し出した。


「あ、ああ、悪いな。ほんとはこれくらい出してやりたいんだけど、ちょっと財布を握られててな・・」

恥ずかしそうに頭を掻くおじさん。


「ううん。連れてってくれるだけで、すごい助かる」

「そうか。・・さっきは言ってなかったけど、もう一人同行者がいるんだ」

「奥さん?」

「ああ、いや、まだ・・じゃなくてっいやそういう関係じゃ・・ないというかなんというか」

おじさんがしどろもどろになっていると、

「先生~おまたせしましくわっ!?ふぎゃ!!」


くわ?ふぎゃ?

声がした後ろを振り向くと、女の人が派手に石畳の段差に躓き、コケていた。


「ひぃ~ん・・・いたい・・・」

「なに?大丈夫、おねぇさん?」


あたしは慌てて駆け寄るとその女の人を助け起こした。

年の頃は20をいくらか越えた位だろうか、綺麗な赤髪をポニーテールに結っていた。


「あ、ありがとう。ちょっとコケてしまっ・・あぁっ~・・お昼のラバンが・・」

コケたお姉さんのお腹の下には、平べったくなった犠牲者の姿があった。


「せっかく買ってきたのに・・・」

お姉さんは自分のお腹で潰した紙袋を拾い上げ中身を覗く。

「・・・ぐちゃぐちゃ・・・」

今にも泣きそうな声だ。


ラバン。堅めに焼いた丸パンに上下の切れ目をいれて、野菜や肉を挟んで食べる聖王国でも一般的なふぁすとふーどっていうやつだ。

昔アトルと一緒に食べた時、アトルはラバン見て“はんばーがーキター!”って叫んでた。

アルザントでは“はんばーがー”って言うのかな?


「あっ、ごめんなさい、あなたが先生の言ってた女の子ね?」

うん、多分そうなんだろうけど・・

「・・・先生?って・・」後ろを振り向く。

「おじさんのこと?」


「・・・・そういう、ことになるかな?」

おじさんがなんとも困ったような顔をして肯いた。



「そういえば、まだ自己紹介もしてなかったな。オレの名前はナミビア・バグス。彼女はベルル・スコッティ。なんというか俺のお付き・・」

「先生の弟子をさせてもらっている、ベルルよ。よろしくね」

お姉さんは満面の笑顔でそう言うと、握手を求めてきた。


弟子?

「あたしはウィカ。氏はないよ」

にぎにぎ。

意外に柔軟な手だけど、とても武器を振るう手には思えない。

でも中指の一部に不自然なタコがある。何かの武器?なんだろう?


「ナミビア・・さんは先生なの?」

「ウィカね。いいよいいよ、そんなサンなんて付けなくても。通称はナビーで通ってるんだ。ナビーって呼んでくれたらいいよ。

それに別に学校の先生って訳じゃない。ちょっと物書きをしていてね。神聖王国にはちょっと調べ物をしに来ていたんだ」

「先生はね、ウルダートでも有名な小説家なのよ。アルマイア新人賞を獲ったんだから!」


物書き?

うるだと?

しょうせつか?

あるまいあ?


「・・・それって、どういう先生なの?」

ウチの師匠のようなモノなのだろうか?


「・・・えっと、そう、ウィカちゃん本を読んだことはある?」

「・・・ない」

字がいっぱい書いてある紙束のことね。

ショウカンにも聖典の写本が置いてあったけど、よく分からないので読んだことはない。


「でも自分の名前は書けるし、店先の看板ぐらいなら読めるよ?」

お姉さんが『すごいねっ』って誉めてくれた。フンス。


「先生はね、その本を書く人なんだよ」

「えっ・・聖典ってナビーが書いたの?」

ナビーは教会の人間・・?追手?

「ああ、そうじゃなくて・・」


お姉さんは、旅行カバンをごそごそ探ると、一冊の本を取り出した。

「これ、先生が書いた本格ミステリーの傑作『アムリダ邸の亡霊』!1万冊も刷られたベストセラーなんだからっ!」


本を手渡されたので、パラパラと捲ってみた。

「・・・字がいっぱい」

細かい字がいっぱいで、何が書いてあるのか良く分からない。

とかく良く寝れそうではある、枕として。


「本だからね。この本はね、実際にウルダートのアルマイム邸で起こった悲劇的な事件を、先生の大胆な考察と細緻な推理の上に推測されたその顛末が語られているの!10年前の事件に端を発する壮大な復讐劇!怪しげな女主人!不気味な三つ子の少女!そして・・」

すごい早口で捲し立てられた。宿屋の女将さん以上だ。


「あーあー・・ベルル?ベルルさーん?」

ナビーがお姉さんの顔の前でひらひらと手を振った。


「はっ・・ごごめんなさいっ、つい語ってしまいました・・」

ベルルさんは恥ずかしそうに頭を掻いた。

うん。ちょっと変わったお姉さんだね。

でも悪い人ではなさそう。


「ウィカちゃんも、いつか是非読んでみて欲しいな」

「う、うん。機会があれば・・ね」

字が解れば読んでみたくもないわけではないけど、果たしてそんな日は来るのかなぁ。


「おいおい、いつまでもここでジッとしててもしかたないだろう?そろそろ関所越えないと混んできたぜ?」

確かに、人用の門にも列が出来てきている。

「す、すいません、先生。いきましょう、ウィカちゃん」

二人は各々荷物を抱えて、歩き始めた。


「うん」

二人の後ろをついていく。


・・・。


・・・結局、何を教えている先生なんだろう?

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