新人冒険者編⑩ アトル、溜息をつく
「・・・んで、どうすんだ?」
「どうにも仕様がないだろ。変になつかれちゃったし」
「連れてくのか?」
「・・・・」
「お前は苦労性だなぁ。子供なのになぁ」
「何も言うな。何も」
薄汚れた路地の奥にある非合法酒場・・・ え? 非合法じゃない?
じゃあ、合法酒場“よいさっさの蝙蝠亭”・・・なに?よいさっさってなんだ?
知らん。
そんな場末の酒場のカウンター席に俺は座っている。ふふ、なんかハードボイルドっぽいな。
マスター・・カミュだカミュをくれ。
カミュってなんだって?
・・・さ、さぁ・・・?
昔アニメで見ただけだからなぁ・・話の展開上、酒の一種だと思っていたけど、ほんとに酒の名称だったか自信ない。
そういえば、隣の病室のケンちゃんは「アクエリアスだよ。エクスキューションでピキンだよ」と言っていた。
ひょっとして、俺の勘違いだったのだろうか。
あ、じゃあアレだ。アレをくれ。
・・・ザーボン・・・だったかな?
いや、なんかトゲトゲしてそうだし違うか。
ガーボン?
・・・・
・・・・・・
・・バー・・・ボン?
そう、バーボン!
ロックで!
・・・・え、バーボンあるの?ほんとに?まじで!?
・・・いやいやいやいや、ナニコレ?
スープになんで目玉が浮いてんの?
は?
バーボンって魚の目玉料理?
エェー・・・
タッカー!!
これ食えっ!命令だっ!!
泣くな!これも試練だ!食べれば強い子になれる!
俺はもう強いのでいいのだっ!
・・ふう。
尊い犠牲を俺は忘れない。
あ?
誰に喋ってるんだって?
・・・。
・・・誰にだろう?
「アトル・・・お前なんか酔ってる?」
シシットがカウンターの中で頬杖付きながら訊いてきた。
「酒も飲んでないのに酔えるか」
「ミルクをそんなカッコつけて飲んでる子供はお前くらいだろうな」
「何を失敬な。ミルクは栄養が豊富なんだぞ」
ムームーに謝れ。
「・・・違う。言いたいのはソコじゃない・・」
なぜかカウンターに突っ伏すシシット。
俺は今、例の新人5人を連れてシシットの酒場まで来ていた。
薄暗い店内の中、俺はカウンターでシシットと駄弁り、5人は後ろの席で楽し気に食べ呑んでいる・・・と思ったら、周りが強面の客ばかりだからなのか、妙に表情が固い。明らかにカタギの店じゃなさそうな店内を、タッカーは楽し気にキョロキョロしてるが、ドンコウなどガクブルが止まらないようだ。
クーはライラの膝に座って元気にミルクを飲んでいる。
あれから、新人5人の処分はとりあえず軽減され・・・というか、例の“冒険者狩り”事件の波及がすごくて冒険者ギルドはテンテコマイ。これ以上、新人のポカに付き合っている余裕はないとばかりに訓戒と罰金で落ち着いた。
「・・・で、お前の監督下に置かれることになったって?」
シシットがニヤニヤしながら言う。
「・・・」
あの議事室で5人が俺を「先生っ!」とか呼び始めたのが拙かった。
ギルマスが「ギルドの新人教育がまだまだ未整備・不十分なのは認めよう。アトル殿、確か貴殿はその5人の保護者を自称していたらしいな。ならば、この5人の監督を貴殿にお願いしたい」
そんなことを言い出した。
「・・・子供に押し付ける気?」
いきなりな話にギルマスを睨むが、さも涼し気に受け流された。
「その5人も貴殿に懐いているようだし、処分後に指導もなしに放り出しては同じことの繰り返しだろう?
それに、先ほどまでの貴殿の所業を見て、ただの子供と判断するには些か無理がある」
「そういうのがギルドの仕事と言ったつもりなんだけど?」
「申し訳ないが、例の件の調査を含めるとアイルゼンの冒険者ギルド始まって以来の大事件になる可能性も高い。
いずれ大きな粛清も考えうる状況では、彼らに・・いや、新人に対する研修の見直しも大幅に遅れる可能性はある。それでも、その間の彼らの生きる道は冒険者しかないのだ」
俺の性格見越して言ってやがるな。言外に「あんたが面倒見なきゃ死んじゃうよ?」と言われてる。脅迫じゃねーか。
「確かアトル殿は王都へ行くのだったな。
・・ふむ。ならば王都までの旅すがらだけでも良いよ。彼らの指導を<傭兵>である貴殿への仕事ととして、私から依頼しよう」
そんなことまで言い出した。
「・・・ギルマスさんに何の得が有るのさ?」
「礼だよ」
「礼?」
「この一件によって、悍ましい犯罪が露見することになった。例の手紙も・・少し重すぎるが、証拠が手に入ったのも貴殿のお蔭だしな」
「礼の気がしないなぁ」
溜息が出ちゃう。
「彼らにとっても、アトル殿について学ぶ事は、冒険者として生きていくうえできっと有意義なものになる」
「俺、冒険者じゃないけど・・」
「冒険者以上に冒険者の事を案じているように思えたが?」
「・・・覚悟さえ出来てない人間が、無意味に死んでいくのがイヤなだけだよ」
「だからこそ、貴殿に預けたい。
彼らがまた一人前になった時、貴殿の思想を継いだ者が5人増えれば、ギルドもまた変わっていくかもしれない」
「他人任せすぎない?」
「組織は“上だけ”でも“下だけ”でも、変わらないし変えられない。私はそう思う」
そういうギルマスはちょっと寂しげだ。
「・・・そんなもんかね。子供には難しすぎるよ」
そう言うと、ギルマスは初めて少し笑った。
「そうだな。でもなぜかな?君が断るとは微塵も思ってない私がいる」
「性質が悪いね。ギルマスさん」
俺が呆れ半ばに半眼で睨むと、ギルマスは肩を竦め言った。
「・・・ふむ、何故か、よく言われる」
本当に、不思議そうに首を傾げる。・・・自覚無いのか。
「・・・はぁ」
相手が一枚上とは思わない。
ただ、なんというか巡り合わせが悪かったのだろうさ。
◆
「あ、アトル、王都行くんだよな?ヴィンガー周り?」
世間話のついでにシシットが話題を変えてきた。
ちょっと強い酒を注いだグラスを、ちびちび呑み始める。
「いや、馬車あるし海は行かない。メルダム街道から行く」
「そっか」
シシットは肯きながら顎を掻いた。
「・・・なに?なんかあんの?」
「ん、いや、この間、内海の方で海竜が出たって話があってな」
「海竜?・・・別に珍しい話じゃないだろ?」
内海には海竜が良く出る・・・とまではいかないが、年に何回かは被害が出る。それほど強い種ではないが、何分相手は海の中なので対応はそれなりに難しい。
強力な投擲攻撃か魔術攻撃しか届かない。
ヴィンガーデンドを経由する北回りの街道は、船を使っても日にちがかかる。馬車で旅をしたい俺では選ばないルートだ。
「ああ、海竜自体は珍しくないんだけどな。この前海竜を退治したのが・・なんでも子供って話でさ」
「子供?」
そりゃ珍しい。
「ああ、最初はアトルかなって思ったんだけどさ。アトルが王都からヴィンガー経由で帰って来たなら、海竜やったのはアトルだってさ。でも、今から王都に行くっていうしなぁ・・」
「はー、世の中は広いもんだなぁ」
自画自賛になるが、確かに俺なら海竜を仕留められる。ついぞ俺以外にそんなことが出来る子供の話など聞いたことがない。
アルザントでは・・・だけど。
国外なら何人か心当たりがある。
子供・・・
子供のような・・
(・・まさか、ラランじゃないよな・・・)
「まさか、その子供、歌ってたとか言われてなかった?」
「は?歌?・・いや、そんな話はなかった。何で歌?」
「・・・いや、無いならいいんだ」
「歌は知らんが、なんでも、海竜の首をスパッと一閃しちまったそうだ。首を。船上で」
シシットが手で首を斬る真似をする。
「船の上で?」
「船の上で」
「どうやって?」
「さぁ?」
なんとまぁ、ざっくりとした情報だな。
しかし斬撃なら、ラランではないか。
「まぁ、アトルがメルダムから行くなら、関係ない話なんだけどな」
「海竜の話が?」
なんか大げさだな。
「ああ、いや、それもだけど、今ヴィンガーからの北回りの街道は結構物騒なんだよ。いくつか報告が上がってきてるんだが、街道で妙な戦闘跡がいくつも見つかってるらしい」
「妙?人の?魔物の?」
「不明。実際の戦闘の目撃者もいるらしいんだが、どうもあやふやな証言が多いそうだ。一般領民の犠牲者は出てないらしいんだが・・当事者と思われる人間の怪我人や死人さえも出ていないらしい」
言い方が妙だ。
「一般領民以外はいるのか?」
シシットは、舐める様に呑んでた手を止めると、チラリと俺を見た。
「バシュケとボーグーノが壊滅したらしい」
「壊滅?」
バシュケ盗賊団とボーグーノ猟兵団。
どちらも北西アルザントを徘徊して猛威を振るっていた盗賊団だ。
バシュケの方は規模は大きいがまあ普通の盗賊団だが、ボーグーノの方は北のアシュレン連邦から流れてきたと思われる軍人崩れの盗賊団で、少数ながら戦闘能力はそこらの騎士団より高いとの噂だった。
特に猟兵団の団長は剣聖クラスだとか。
共に北西アルザント中を中心に放浪していた盗賊団だが、ラインレッドに来たことは無い。
「バシュケはほぼ皆殺しだとさ。ボーグーノは団長らしいのが、全身切り刻まれながらも生き残ってたらしいが、もうまともに話も出来なくなってるそうだ。どの道縛り首だけどな。
他の生き残りの話だと、全然別の組織の争いに巻き込まれて潰されたらしい」
「んー・・。ややこしいな・・」
縄張り争いだろうか。
確かに、妙な気配はあるな。
「ああ。だからさ、新人連れて北回り行くなら止めとけって言おうと思ってさ」
シシットがにへらと笑った。
確かに。
そんな物騒な街道を新人連れてはあるけんな。
「そっか。わかった。ありがとなシシット」
「へへ。よせやい」
シシットが照れくさそうに笑った。
◆
翌日早朝、宿屋の前での出発の儀式。
馬車の前に5人と一頭を並ばせ、アトル軍曹が薫陶を垂れる。
「野郎どもー!準備はいいかー!」
「はいっ!」
「おっけーですっ!」
「準備万端だぜっアニキ!」
「うん。忘れもの、ないよ」
「えっと、はいっ大丈夫ですっ」
「くあぁ・・」
「ニューヨー・・・ウルダートへ行きたいかー!」右手を突き上げる。
「「「「「 ? 」」」」」「ぐぅ?」
「お王都へ行きたいかー!」右手を突き上げる。
「「「「「 はいっ 」」」」」「ぐぁ!」
昨日、ギルマスから“色んな意味”のある“依頼料”を貰った。
そして既に依頼料で“バンバン焼き”を20個買ってしまった。
美味しかった。
正直、最低限の面倒を見るだけだ。
5人の護衛依頼を受けたと思えば、なんてことはない。
冒険者として生きていく術と知識を仕込むくらいなら、王都までの四半期もあれば出来るだろう。
たぶん。
きっと。
がんばる。
「いいかっ!理由と経緯はどうあれ、お前達5人の指導をギルマスに“依頼”されてしまった!
そしてお前たちにとってこれは罰でもあるが、基本的な生きていく術を学ぶチャンスでもある!」
肯く5人の目は真剣だ。
「これから王都に着くまでの間、お前達は我が誇りあるアトル帝国の先兵として、その名に恥じない戦闘技術だけではない様々な能力を身に着けてもらうっ!アトル先生は厳しいぞっ!」
5人の眉がハの字になる。
「そうっ!上官の命令には全てイエスだ!・・えーっと、あと何だったかな?」
5人はそっと目を閉じた。
「命令違反はケツバットするからなっ痛いぞっ!ウリトンなんか泣いてたからなっ」
「・・・先生、ケツバットって?」テプラが手を上げた。
「・・・オイタをしたウリトンを木に逆さに吊って、剣の腹で尻を30回ブッ叩いたら、泣き始めた」
「ひぃぃ」怯えるドンコウ。
「哀れ。ウリトン哀れ」涙ぐむタッカー。
「一体何をしたんだろう?ウリトン氏」とラベル。
「我が傭兵団の食堂でルミネルの尻を触ったという報告を受け、処罰した!」
「「「 それは仕方ないな(ね) 」」」
「先生・・お・・女の子もケツバットですか?」とテプラ。
「当たり前だっ!魔物がレディファーストしてくれるわけではないっ!」
「それは用法が違うような・・」と呟くライラ。
「先生!お尻に痕が付いたら、お嫁に行けません!」
「む、ラベル!貰ってやれっ!」
「それは命令でしょうかっ!?」
「要請だ!」
「撤回を希望します!」
「了承。タッカー!」
「撤回を希望します!」
「了承。ドンコウ!」
「あ、う、」
「了承。テプラ二等兵は現状維持で待機!」
「先生!目が曇って前が見えません!」
「衛生兵~衛生兵~」
目でライラを促す。
「え?あ、はい、衛生兵です。・・・ハイ、ハンカチ」
「うぅ、これが新人イビリ・・」
「・・・・」複雑な苦笑をするライラ。
「・・・・はいっ!」
再度元気よく手を上げるテプラ。
「先生が貰ってくれればいいと思いますっ!」
「予約がいっぱいで6年待ちだっ!」
「まじですかっ!」
「それまでにイイ女になってれば、第十八夫人の称号をやろうっ!」
「十八!?先生、泣けてくるであります!」
「人は泣いて強くなるのだっ!泣け!」
「ふぃ~ん・・・」
自分で言うのもなんだが、いつまで続くんだろう、この小芝居。
◆
なんとも散々な小芝居を往来で披露した後、俺と新人冒険者の5人・・・
前髪が長い系主人公顔の新米剣士・ラベル、
3人寄らずとも姦しい新米弓士・テプラ、
双剣無双を夢見る新米・・なんだコイツの職種・・双剣士?・タッカー、
魔物を斬るのは気が引けるのに食材としては切れる新米戦士・ドンコウ、
眼鏡なしの学級委員長の新米魔術士・ライラ。
なんとも妙な縁だが、面倒見ることになってしまった。
しかし引き受けた以上半端はしない。
一端の戦士に叩きあげてくれるわ。
なぜか昇り始めた朝日に向かって、微笑んでいる5人。
その時、ふとイヤな予感が頭をよぎった。
なにか不吉なものが迫っているような・・・。
(・・・まさか)
なぜかキラキラした顔をしている5人の顔を見る。
(不穏な事を言いださないうちに・・)
「んじゃ、そろそろ行
「 よ し っ! 俺 た ち の 戦 い は こ れ か ら だっ! 」
くか・・」
(・・・。)
目指すはアルザント王国王都ウルダート。
(ああ、神様、まさか・・打ちきりじゃないですよね・・・?)
何とも妙な気持になりながら、俺と新米5人はドーマを後にした。