新人冒険者編⑦ アトル、説明する
「そちらの話は理解した」
そう厳かに言ったのは、この冒険者ギルドのギルドマスター。
『冒険者ギルド・ドーマ支部のギルドマスター セリネ・アイルゼン』
現在30歳そこそこという話は聞いたことはある。アイルゼン辺境伯の五女であり、ドーマの代官の妻であり、さらにはドーマの冒険者ギルドのギルドマスターをも務める才女らしい。
俺は一年ぐらい前に一度しか会ったことは無い。一介の傭兵にはそんなに接点のない人だし。
3階議事室に通された俺たちは、ギルドマスターとギルド幹部の2人、ドーマ役所のお役人、ドーマ騎士団の副隊長さんとそのお付き二人、それとさっきのバーコードと俺ら6人。
俺と新人5人は武装解除されてると、まるで学校の教室にいる学生のようだ。
みんな集まるまで結構待ったよ。
本当にお茶とお茶請けが出たのでモリモリ食べた。
全員集まると、ラベルが代表してたどたどしくも事情説明し、いくつか質問がされたあと、ギルドマスターがそう発言した。
「まずは事実確認だ。そのバイトとかいう冒険者の話も聞きたい。呼んでくれ」
「それが・・・」
傍らの幹部に促されて答えたのはバーコードだった。
「在籍リストを調べたのですが、バイトという冒険者はこのギルドに登録されておりませんはい」
「他の支部ということか?」
角刈りのギルド幹部が訊いた。
「一応、問い合わせてみましたが、少なくともアイルゼンの冒険者ではないようですはい」
汗を掻き掻きバーコードが揺れる。
「・・・本当に実在したかどうか、解りませんな」
長髪のギルド幹部が首を振った。
「本当にいたんです!ここの一階で声を掛けられて・・!」
「お前達が責任逃れするために作り話をしているのかもしれん」
ラベルが慌てて主張するが、長髪さんが通さない。
「冒険者の中にバイトを知ってるものはいないのか?」
ギルドマスターがバーコードに確認するが、
「階下にいる冒険者に聴取しましたが、誰も覚えがある者はいませんでした」
「・・ハッ」
長髪のギルド幹部が鼻で笑った。なんともスカした感じに肩を竦めたのが気に入らなかったので、茶々を入れてみる。
「偽名使ってるかもしれないしね」
しかしこの菓子美味い。サクサク。パイ・・なのかな。源○パイみたい。
「・・・なんのために偽名を使う必要が?」
おや、長髪さんのご機嫌を損ねたらしい。眉がピコピコしてる。
「偽名使う理由なんてそうないでしょ、自分で考えなよ。それらしいものなんかいくつでも思いつくでしょ」
あえて取り合わない。
「・・ッ!」
「・・・アトル殿、それは議論を混ぜっ返すだけの発言です」
角刈りさんに怒られた。
「根拠があるのなら話していただけませんか」
おお、鋭いね。角刈りさん。
ちなみに俺に殿が付けられているのはおそらくラインレッドだからだろう。
貴族ってのは世間では肩身が狭い分、格式ばったところでは肩身が広い。貴族じゃないものにとっては子供の貴族だろうと大人の貴族だろうと貴族に籍があれば関係ないのだ。まあ俺は貴族もどきなんだけど。
「ギルドマスターさんは、もうある程度見当ついてるんでしょ?」
「・・・」
机に肘をついて人型決戦兵器運用所の司令みたいなポーズをしているギルドマスター・・・(ああもう面倒だギルマスでいいや)ギルマスの鉄面皮はピクリともしない。
「まさか、ギルドマスターなのに解らないなんてことないよね?」
挑発してみて、お茶を飲む。
「いくらアトル殿とて、口が過ぎますぞっ!」長髪さんが怒った。
「・・・アトル殿には何か考えが?」角刈りさんが眉根を寄せる。
ポットからお茶のお代わりを注ぐ。
「さっきのこいつらの話、ちゃんと聞いてた?よく聞けば、誰でもおおよその見当はつくだろうに」
のらりくらりとしてみるが、
「・・・君は、何を待っているのかね?」とギルマスに訊かれた。
おお、ズバリ来たな。
ふむ。
「証拠の確保だよ」
「出来るのかね?」
「蛇の道は蛇」
「・・・・了解した。証拠については待とう。だが説明は今してほしい」
ふむ。
「まず、バイトは偽名だろうし、本名は知らないからバイト(仮)としようか」
「そこは単にバイトでいい」
ギルマスの迅速な突っ込み頂きました。
「バイトはいわば“冒険者狩り”だね」
「な・・・」
「それは・・本当ですか?」
ギルド幹部の二人は驚いている。
お役所と騎士団の人たちも驚いている。
・・・ふむ。
やっぱりか。
「アトルさん・・“冒険者狩り”ってなんですか?」ラベルが訊いてきた。
む。
「ギルドでそんなことも教えてないのか?死亡率が上がるわけだ。怠慢だな」
「冒険者はあくまで自己責任なのだ!自分の命にかかわることを他人任せで調べもしない方が悪い!」と長髪君が反応した。
「それはそうだね。言い分は解るけど、冒険者ギルドが悪くない証明にはならないよね?」
「我々が悪いですと!?」立ち上がる長髪さん。
「まず、冒険者の死亡率が上がってる。あんたらがなんの対策もしてない証拠だな。今頃になってランク制だ対策だと奔走してるが、いつまでも冒険者互助組織の意識が抜けてないんじゃないか?」
「なにを・・」
「時代や規模が変われば組織も変わる。
もはや冒険者ギルドは困った冒険者達が互いを助け合うために開いたギルドじゃないんだよ。
冒険者・ギルド・その土地土地の住民の三者が相互に助け合う、社会生活の一端を担うもっと大局的な組織になってんだ。
しかしギルドは冒険者の人員を維持するために数を増やすのに躍起で、簡単な講習と年齢だけの素通りの資格取得、おざなりな新人教育、冒険者の気分に任せた無実の規則、只の消費人材量産機構と化してる。
高額討伐目標やダンジョン踏破賞金だの、目の前にエサをぶら下げて、死んだら自己責任を盾に『関係ありません』
最低限の人を死なせないための事をしていない。それが死亡率の増加で、それが今のギルドだ。
・・・俺にはいたずらに冒険者を煽ってるようにしか見えない」
長髪さん。なんか口をパクパクしている。
「おっしゃることは理解できますが、実際、冒険者には規則に縛られたくないものも多い。ギルドに所属しなくても冒険に向かう者はいる。
なんらかの篩を掛けて資格取得を制限するだけでも冒険者が減るでしょう。冒険者が減れば困るのは結局人民だと思いますが?」
角刈りが言ってきた。
「最低限の資格試験にも引っかかるくらいの奴が多いから死亡率が上がってるんだよ。
それなら冒険者になってもならなくてもギルドの登録者数は変わりゃしない。最初からいないか、すぐに死ぬかのどちらかだ。
ギルドはギルド、利用して無い奴の事までは考える必要はない」
「アトル殿。貴方の見解は了解しました。ですが今は説明を」
さすがギルマス。まったく揺れてねぇ。
ケムケム(煙に巻く)出来るかなぁ。
「ふむ。ちょっと脱線したね、悪い悪い。・・・・・何の話だっけ?」
この部屋にいる全員が『アァー』って嘆息した。・・ギルマスはしてないな。
「アトルさん・・冒険者狩りの事です・・」ラベルがこっそり教えてくれた。
「あ、そうそうそれの話だった。歳をとると忘れっぽくてねぇ・・。
うん。ウケないね。
通常、お宝を持った冒険者を狙って横取りする奴を指すんだが、この場合は違うな」
さっき長回しで喋ったので喉が渇いた。
グビグビ。
「俺らお宝なんて持ってないぜ?アニキ」
もうすぐ9歳の子供に兄貴という15歳タッカー。
なぜかそう呼ぶのだ。でっかい弟だな。
「持ってるだろ。年頃の女の子二人に働き盛りの男三人」
「え」
「あ」
「それって・・」
「・・・」
「そう・・なんですか?」ラベル。
「この国では一部、奴隷制度が廃止されてるし、ここアイルゼンでは犯罪奴隷制度もない。知ってても奴隷など遠い国の事だと思ってる。
だからそっちの発想がない。
だから隙がある。
他国の<奴隷商人>が目を付けていてもおかしくはない」
無論、この国にも人買いみたいなことはある。口減らしに娘を娼館に売るようなモノだ。でもそれは違法とはされていない。残念なことだが。
しかし人の奴隷化というのはアルザント王国が主権国家として定めた“違法”で、違反があれば貴族であっても処罰される。一部の領地では所有が認められている犯罪奴隷であっても、死刑の判決が下りている犯罪者に限られている。
「じゃああの人・・バイトは・・」
ライラが隣に座ったテプラの手をぎゅっと握りながら言った。
「まず新人5人をつれて狩りに出かける冒険者などありえない。それも町から1日以上はなれた場所にだ。
理由は明快、まず人気のないところに連れ出すためだ。曲がりなりにも成人が5人いるなら戦闘になる可能性もあるから、10人以上が待機できる場所がいい。近隣の森ではダメだな目立つ」
「ま・・待っていただきたい!なぜ冒険者なのです?一般人を狙わず、多少なりとも訓練を積んでいる冒険者を狙うとは・・」長髪さん。
「簡単なことだ。一般人より新米冒険者の方が“行方不明”にしやすい。いなくなったらどこかで死んだと思われるだけだ。そういうこともギルドは管理しないからな。
でも一般人はそうはいかない。住民不安の解消の為にも騎士団が動くし、動けば町の出入りも難しくなる。
攫うという意味では、右も左も分からない新人冒険者ほど、都合のいい存在はいないな」
「な・・るほど」
「失礼。質問なのですが、連れ去りが目的ならもっと簡単な方法があったのでは?」
おお、お役人さんが初めて口を開いた。
「眠らせるとか? ライラ、食べ物に睡眠薬がはいってたら解るか?」
「えっ?あ、はい、薬草から抽出したものなら・・」
「その話、バイトにしたか?」
「え、あっ!はい、最初会ってミーティングした時に」
「ライラは薬草士の娘だ。察知されると思ったんだろうな」
「なるほど」
納得してくれた。
「私からも一ついいでしょうか。拉致目的なら、街中で個別にでも出来たのでは?わざわざ離れた森に連れ出すものでしょうか?」
おお、今度は騎士団副長どのか。
「町では大なり小なり見つかる危険がある。
こいつらの知り合いが魔術を使って捜索するかもしれない。パーティーに魔術を使うライラがいるんだからな。ありえない話じゃない。
それに森ならとりあえず人目は無いし、仮に争いになって殺してしまっても魔物が片づけてくれる。
或いはライラとテプラ二人だけ攫って、男は殺して放置するつもりだったのかもしれないな」
男子三人、落ち込んでいる。
反対に女子二人は結構気丈に話を聞いている。
「ならばなぜこの5人は攫われなかったのですか?」
おいおい、長髪さん!自分で考えようよ!
「・・それが今回の議題なんでしょうが。町よりは危険が少ないと思って森に行ったら、予定外のサル頭の群れがいた。それも50匹近い群れ」
「あ、じゃあ・・」気づいたのかドンコウが声をあげた。
「先の話の中で、その森でサル頭共に喰われていたという冒険者は・・」
騎士団副長さんもわかった様だ。
「多分、拉致グループだろうね」
「・・・」
「・・・推測の面が強すぎないでしょうか?」角刈りさん。
「サル頭討伐は正式な討伐依頼で、冒険者の獲り合い防止と討伐数の予定を組むために冒険者は事前に申請してからでないといけないだろ?
あの森に討伐申請出していて、かつ帰ってきていないヤツを探して帳尻があえば、予定にない者があの森にいたという蓋然性が高まる」
「・・なるほど」
なるほど人形、多いなぁ。
「そうか、仲間が死んでいるのを目の当たりにして、それでバイトという男は逃げ出した訳か」
騎士団副長さんが纏めてくれた。
俺としては純粋に怖くなっただけだと思うんだけど。頼みの仲間がいなくなって。
「このドーマにそんな組織的な人さらいがいるとは聞いたことが・・・」
「これだけじゃ、ただの人さらいなのか他国の奴隷狩りなのかは分からないけど、今はいいや。
ここからは推理じゃなくて、推測でモノを言うからそのつもりで聞いてほしい」
皆に念押ししてから口にする。
証拠がないから口には出さないなんて、どこかの名探偵みたいなことは言わない。合ってても間違っててもみんなで考えようが俺のスタンス。
「ドーマかアイルゼン全土で人買い市場の話を聞いたことは?」
お歴々を見渡して訊いてみた。
「あ、あるわけないだろう!?」どもる安定の長髪さん。
「我々の目が黒いうちはそんな事はさせんよ」
騎士団副長さんが自信満々で言うけど・・もう起こってると思うんだけど。
「ふむ。ここはアルザントの西端アイルゼンだ。
ドーマに人買い市場があるなら話は別だけど、他の土地へ眠らせて運んだんじゃあっという間に他人に見つかるか、攫った人間が衰弱して死んでしまう。
どうやって捕まえた人間を運べばいい?」
「・・・空港か」
さすがギルマス。
「ご名答」
「待ってください!セリネ様っ!それはいくら何でも・・・」
「しかしそれが最も効率よく迅速に運ぶ方法だ」
「先に言っとくけど、人が運ぶのは当然として、馬車での輸送は考えられないよ」
「それは町には検問があるから・・」
「それもある。でも一番の理由は、人間は生きてるってことなんだよ」
長髪さんを見ながら言う。
「掛かるんだよ。お金が。生きていてもらうのに。運んでる最中に死なれたら元も子もないだろ。んで人買いは計算する。
金貨1枚はらって10人を荷物として飛行船で速やかに輸送するか。
同じ金貨1枚で、長期間世話をしつつ検問を躱しながら陸路で20人運ぶか。
皆ならどっちを選ぶ?」
「なんでアトルさんはそんなに詳しいんですか・・?」とライラが訊いてきた。
「ふむ。他国の話だけど、以前先生と奴隷商人を潰したことがある。その時に知った」
「え」息をのむライラ。
「人の命が金貨に見える奴は、世の中には結構いるんだ。お前達、気を付けろよ」
ライラに、他の4人に言って含める。
コクコク肯く5人。
「さて、仮に空路で人間を運ぶとしたら何が必要になる?」
「・・・“特権”か」
さすが統治者一族。察しが早い。
「その通り。一般人が一般荷物で人間を何人も運ぶことなどできないよ。そもそも飛空艇の利用にも結構な手続きがいる。それらを簡単に解決するのが、
“貴族特権”
それがないとコレは成り立たない」
特権を持っているなら、検問はほぼフリーだし積み荷検査も無い。自分の商売の荷物に紛れさせて“人”を運ぶことも可能だ。
「君は“いる”というんだね。貴族の中に人買いに手を染めているものがいると」
「貴女がアイルゼンを信じるなら、そうなんだろうね」
「無論、アイルゼンは私の誇りだ。自領の民を売るなど考えられぬ!」
怖ろしく強い目力してるなぁ。
「しかし・・なぜドーマだけににそのような・・」
何抜けたこと言ってんだ、お役所の人。
「ドーマだけな訳が無いでしょうに。空港のあるヴィンガーデンドに近くて、ギルドのあるヴィーナやダナハスで同じような“新人冒険者狩り”が行われていないと、なんで考えられるんです?」
全員が絶句した。
「ま・・・まさか・・」
「そんな・・・」
「さっきも言ったように、アイルゼンはアルザントの中でも比較的平和すぎるんだよ。大森林は除くとして他国に接していないからね。魔物への警戒はするけど人への警戒は大分疎かだ」
「コルロ・・至急、関係各所に問い合わせみてくれないか。同じような事件が起きてないか」
ギルマスさんの指示に、長髪さんがやや困った顔で答えた。
「・・・それは構いませんが・・先ほどアトル殿も言われた通り推測の話です。各所へ警告を発するにも、何分なんの証拠も無い事ですので・・・裏付けが必要です」
「確かに」角刈りさん。
「・・・」
黙り込むギルマスさん。
「一応、係りの者に指示は出しておきましょう」そう言って長髪さんは職員を呼んでなにやら指示をした。
・・・しっかし遅いなぁ。
何やってんだシシット。