新人冒険者編⑤ アトル、訪ねる
「坊主には、いろいろ借り作っちまったなぁ」
行商人のおっちゃんが困った顔をして、俺の髪をくしゃくしゃしてきた。
「俺も楽しかったし、お互い様だよ」
眠たい道中の良い刺激になったよ。
おっちゃんたちはドーマで荷をいくらか卸してから、領都の方へ向かうらしい。
「なんか礼をしたいが、芋ばっかり持たせるのもなぁ」
「いいよいいよ。流石に芋はもういっぱいだっ」
おっちゃんは「追加報酬だ」といって、手桶一杯ほどの干芋を分けてくれた。
「すまねぇなぁ・・。・・・名残惜しいが・・・」
「ああ、ありがとう、おっちゃん。またどこかで」
感激屋なのか、おっちゃん目に涙溜めて、
「おおう。またどこかでな。坊主・・アトル、おめぇカッコよかっったぜ!」
おばさんも、おっちゃんの息子も、ぎゅっとハグしてくれた。
おっちゃんの娘は・・クーと離れると知るとかなりグズったが、最後には「ばいばい」と言って手を振ってくれた。
赤ちゃんは「あー」って言ってくれた。
そして、おっちゃん家族は町の喧騒の中に消えていった。
まあそれも旅これも旅あれも旅。
生きてればまた会うこともあるさ。
「さて、ギルドいくか」
後ろで並んでる5人に声をかける。
「・・・はい」
先日のサル頭の件の報告に行かないといけない。
まあ、俺はほとんど関係ないんだけど、乗り掛かった船・・・なんだろうなぁ。
俺には直接関係ないとしても、後ろで固い顔をしている5人には生きるか死ぬかの問題になる。
重刑がつかなくても冒険者資格はく奪なんかになったら、首を括れと言われるのと同義だ。なんせ他に仕事が無いから冒険者になったのだから。
それは5人が逃げても同じこと。
目撃者が多すぎるし、5人はパーティーとして正式に依頼を受けている。魔物の街道誘導の噂は早々にギルドの耳に入るし、ギルドが調べれば容易に事実に行きつき、簡単に5人が割り出される。捜査から逃げようものなら、即指名手配、賞金首だ。資格はく奪どころじゃない。
迅速にギルドに事情説明に行かないといけない。
ふむ。
「お前達5人はギルドに行って待っとけ。俺は少し用事がある。後で行く」
「え・・あの・・いいんですか?」
自分達が逃げるかもしれないことを言っているのだろうか。
「逃げても逃げられんことに、挑戦してみるのか?」
「逃げません」
ラベルがはっきり言う。5人共真剣だ。
「なら、行け。いいか、職員に何か聞かれても、事実は言っていいが言い訳や推測は一切話すな。脅迫気味に尋問されたら『紅の旗のアトル』が説明に来るって言っとけ。わかったな?
そうだな・・1時間くらいかかるかな。それ位したら追いつく」
「はい」
そう言って、5人は冒険者ギルドの方へ歩いて行った。
さて、
・・・あの店、どの辺だっけ?
◆
交易都市ドーマ。
辺境伯アイルゼン伯爵領の中でも領都ヴィンガーデンドを除けば、最も大きく発展している町である。都会だ都会。
メルレース街道は、アザレアとヴィンガーデンドを繋ぐ街道の名で、王都方面へ向かう東へ伸びた街道はメルダム街道と呼ばれている。
メルダム街道はマルディアル子爵領領都ジャハンまでの短い街道で、ジャハンから東はラムメール街道、リスシラ王都街道を通って、やっとこ王都ウルダートにたどり着く。
ややこしいよね。
国道1号とか2号でいいのに、なんで初代領主やら道の施工主の名前つけたがるかなぁ。
今はドーマの話か。
発展している町には、光と影が必ず存在する。表社会と裏社会というやつだ。アザレアにだってある。過激なところはもう潰してしまったけど。
<“紅の旗”傭兵団>と懇意にしている宿屋に馬車を預けると、そのまま歩いて中央通りに出る。
クーはおねむしてるのでお留守番だ。
(この辺・・だったかな?)
表通りから薄暗い脇道に入る。
明らかにカタギじゃない人間がたむろっている。
熱い目で俺を睨んでくる。
見るな。俺はノーマルだ。
俺が殺気を込めて睨むと、慌てて目を逸らした。
こういう場所ではまず威嚇。これ大事。
むぅ、まだ昼なのにすでに酔っ払いが道にゴロンゴロンしている。
くさっ
寝ゲロしてやがる・・。
幾分フラストレーションを溜めながらも5分ぐらい歩いたら目的地に着いた。
昼なのになんとも暗い店構え。
<宵闇の蝙蝠亭>
ここはそんな昼と夜をふらふらと飛び回る蝙蝠の店である。
別に蝙蝠を売ってるわけではない。
只の酒場と言えば、只の酒場だ。
店内に入ろうとしたのだが、ドアの取っ手になんか変なものがべっとり付いている。
(・・・・)
触りたくない。
蹴り開けてみた。
バギンッ
ドアが蝶番と一緒に店内に吹っ飛んで行ってしまった。
(あーあ、壊れちゃった)
困りながらも店の中に踏み入ると、昼間っから酒だのなんだのをかっくらっている有象無象がこっちを見ていた。
店内の奥・・カウンターの向こうからも見ている人間がいる。ひょろっとした感じで煤けた灰色の髪をした20そこそこの男、この店の店主だ。
口をポカーンと開けて、なんとも間抜け面して俺を見ている。
誰も何も言わないので、とりあえず声をかけてみた。
「おい、シシット!ドア壊れてるぞ!?」
「「「「 お前が壊したんだろっ!!?? 」」」」
店内の全員が声を揃えて言った。
王都の合唱団でもこうは揃わんよ。皆、練習してるのか?
ふと今そこにある現実に気付いたかのように、顔に傷のある強面の兄ちゃんが俺に近づいてきた。
「オラガキッ! ここはオメーみた・・「ちょっと待ったッ!!いいっ!いいんだっ!その子はっ!!一切逆らうなっオールイエス!オールイエスだっ!!」」
店主が大声で強面の兄ちゃんの言葉を遮った。
その剣幕に、店の客も強面も俺でさえもキョトンとしてしまう。
(・・・俺って・・そんな危険人物か・・?)
なんかちょっとヘコムナー。
ちょっとだけ傷ついたけど、大丈夫、俺強い子アトル。負けない!
納得がいっていない顔をした強面を残して「久しぶりーシシット。元気?」とカウンター席に座ってみた。
店内はなんとも不可解な空気が充満しているが、裏酒場なんてどこもこんなもんだ。と思う。
少しすれば皆忘れるさ。・・・ドアの事も。
「おいおいアトルよ・・、いきなりアレはねぇだろうよ?」
シシットが情けない声を出して言った。
「・・・ドアにな・・毒が塗られてたんだ。拭いとかない店が悪いんじゃないかな?ホラ、毒、アブナイシ?」
潔癖民族の理不尽クレーム攻撃を舐めるなよ。
「・・・それは、うーん、俺が、悪いのか?」
しきりに首をかしげるシシット。
おお、悩む余地があったのか・・・。
「ほら、前も先生と来た時も毒塗られてただろ?」
「!!そうだっ!アレでオレ、親父にぶっ殺されるところだったんだっ!」
ここを知ったのは1年ほど前になる。先生と王都からアザレアへ行く最中、ここに立ち寄ったことがあったのだ。その時先生が意味も無くドアを蹴り開けると、ドアは砕けて外れて飛んで行った。
その時の先生の第一声が・・
「ドアに毒ぬるたぁ・・どういう店だゴルァッ!!」
全く持って言いがかりである。
先生の額に一筋の汗が流れ落ちたのを俺は見逃してはいない。
しかし、当時のこの店のマスターは先生を恩人と崇める人で、すぐに先生に謝罪、掃除をしなかった下働きをしていた息子シシットを折檻して片が付いた。
なまじ本当に、あの手この手で先生を狙う人間が多かったのをマスターが知っていたからそうなったわけだが・・。
流石の先生も拳骨食らったシシットを見てすまないと思ったのか、ちょっと多めの小遣いを渡してシシットに感謝されていたという、妙な経緯がある。
(まさか俺もすることになろうとは・・)
師弟とは似るモノなのだろうか。
怖ろしい。
「なんか悪かったなアトル。ほら、ピピルジュースやるからカンベンな」とジュースを出してくれた。
一気に飲む。
(・・・これが罪悪感というものか)
先生もこれを味わったのだな。師弟揃って罪深いな。
「いやいや、毒も俺の見間違いだった可能性もある。ドアの弁償するよ・・」
ごめんよ。
「プ・・ハハハッ」
突然、シシットが笑い始めた。
「アトルは解りやすいなぁ・・先生はもっと面の皮厚かったぜ?」
ムフー。
「根が正直な子供なんだ。褒めるべきだ」
「そうだな。お前は正直者だ。でもそれじゃ長生きできねぇぜ?」
「抜かせ。・・・ドア弁償しようか?」
ぬー。強く出れない。これが後ろめたさというやつか。
ドア一枚、されど一枚。
「しおらしいアトルモエー!ってそんな睨むな睨むな。いいっていいって別に。前先生に壊された時、三軒先の潰れた酒場から盗ってきたものだからさ!あそこに扉まだあったし」
盗難物件かよ。
一頻り笑い終わると、シシットが俺のグラスにお代わりを注いで言った。
「んで、何?・・あ、あれか、街道のサル頭の件。幸運だったなぁ、あの新人冒険者ども」
さすが耳が早い。
やっぱりなんか知ってんのか。
「そのことで、ちょっと頼みがあるんだ」