異様
「どうした、ウィズ?」
「ん・・いや、なんでもない」
広大な面積を誇る西部大森林。
大森林周辺に住む国々のほとんどの人々は、【大森林】とだけ呼んでいるが、実際はいくつかの樹海の複合体であり、地域ごとに名前がある。その中の大森林南東部地域【バファレスの樹海】のさらに南東の端、地元民たちが【オンデルの森】と呼ぶ森の中に、その人影達はいた。
黒色の全身を包むような外套で身を固め、フードを目深にかぶっている。
そんな影が5つほど。
「・・・だめだ、痕跡が・・・切れてる」
「こっちもだ」
「・・・酷いもんだ、木々が・・・」
手分けして周辺を確認していた3人が戻ってきた。
先ほどまで、移動の痕跡を追ってここまで来たが、唐突に途切れている。というか、激しく争ったような跡によって判断不能になってしまった。ウィズと呼ばれた男は、改めてあたりを見回してみる。
5人の周辺は、惨憺たるものだった。
ここまで大きくなるために何十年もかかっただろう木々は悉く薙ぎ倒され、ところどころ焼け焦げたのか炭化している。地面は大きく張り出していた木々の根ごと抉られ、湿った土が顔を見せている。それがおよそ半径30メールほどにわたっており、森を上から見たならば、実に円形脱毛症のように見えただろう。
そして、夥しい死骸。
「こちらもダメだ。力場が歪んで見通せない。」
ウィズの傍で地に手を当て、魔力探査していた影が戻ってきた3人に向け言った。
「メルリリの精霊魔法でもダメか・・」
「ああ。瘴気が濃すぎる。このあたりの精霊はみんな逃げ出しているようだ」
「破壊の痕から見るに2・3日前といった所か。それだけあれば結構遠くまで行けるな」
その指摘に、沈黙が下りる。
「・・・たとえ、見つけたところで、我々に何ができるだろうか・・・」と影の一人が呟いた。
「だからってっ・・・!」
メルリリは反射的に声をあげたが、先が続かない。
仲間の否定的な意見に、他の影たちも何か言い返したくなるが、この場を見渡せば、自分たちが割って入れる状況ではないと容易にわかる。この戦いに割って入れば確実に死ぬ。
4人の目が自然、ウィズに集まった。
「・・・戦いに関しては出来ることは・・・無い、だろうな。しかしウルスはまだ幼い。今のままアラヴァと戦っていれば、先に力尽きることは明白だ。それを捨ておくことはできない」
4人は肯く。
「ウルスと共には戦えないが、ウルスを保護して結界に籠ることはできる。この近くなら、アシャの森の結界ならアラヴァも入って来れないはずだ」
「アシャ?アユルネリの奴らが匿ってくれるのか?」
「事が事だ、あの森も協力してくれるさ」
「アラヴァが追ってきててもか?」
「・・・・」
「神使はどこの森でも尊い。我らとてアユルが頼ってきては無下には出来ぬ」
「それは・・・そうかもしれんが・・・だが、危険を押し付けることになる。借りになる」
「無論、借りは作らないに越したことはないが、我らの矜持とウルスの命は等価じゃない」
「・・・」
「・・・おそらく、近辺の森の戦士すべてを集めた総力戦になる。それくらい・・・」
ウィズはを傷ついた森を見渡した。
続けたウィズの一言に、4人の顔がこれ以上ないくらい強張った。
「このアラヴァは普通じゃない」
アトルが領都アザレアを発つ、数日前の出来事である。
―――バウロ・バークマン
現実とは往々にして想像斜め上を行く。とかく悪い方へなら、尚更に。
よく使われる言い回しだ。
それだけに、なんとも、真実だ。
実際、そんな場面を幾度とみてきた。10年以上も傭兵家業をやってると、いろんなものを見ることになる。
今回もまぁ・・・その一つだ。
「なんかマズい」
村へ続く最後の丘陵を登り切ったあたりで、なんとも不可解な報告が届いた。届けたのは、騎馬で先行して進路を確認する斥候の二人。
標高50キール程のさして高くもない丘陵中腹を南回りで進むと、左手にリダ平野と遠くにオンデルの森が望める場所にでる。クロワト村は丘陵の麓にあるので見下ろす感じで確認できるのだが・・・
報告は尋常ではなかった。
一帯を眺望できるポイントはそんなに遠くない、ハッジに後列の先導を任せると、急かされる様に、馬を走らせた。
「・・・なんだ、こりゃ?」
見るなり、つい、そう零してしまった。
・・・なんか、白い。
以前に見たクロワト村は、周囲を2・3メールほどの高さの柵と土塀に囲まれた200人足らずの集落だったのだが。
今見えるそこにあったのは・・・
「白い・・・幕・・・?」
白くて薄い幕・・・膜のようなものが、村を取り囲んでいる。
形容が難しいな。長大な極薄の白衣を村を取り囲む外壁という筒に巻き付けたような感じと言った所だろうか。膜の後ろにうっすら外壁が透けて見えるが、壁と比べてみるに高さは5メールはあるだろうか。
俺が見入ってしまってるうちに、後列が追いついてきていた。
「バウロ・・・これは・・・」
追いついたハッジも言葉が出てこないらしい。
いや、ハッジだけじゃない、光景を目にした団員全員がその光景に言葉を失ってしまっていた。
俺は一時隊列全体を止めるよう指示を出す。
「なんだよ、あれ?」
「・・・俺が知るかよ」
「なんかの魔法・・か?」
団員たちが口々に言い始めた。
俺も知りたいが、ここで止まっていても仕方ない。
異常事態は目にした。後は調査して始末して解決するだけだ。
「ダナ、ザイケン、来てくれ!」
後列にいる隊長格の二人を呼ぶ。
「バウロ、あれは・・?」
ソロ組の女傭兵ダナ。冒険者との兼業なのでソロ組だが、実戦経験も豊富でチームの戦闘指揮もできる腕利きだ。今回、ソロ組の指揮を任せている。
「わからん。だが異常事態だ。隊はここに止め、俺の班だけで偵察して来ようと思う」
「オイオイ、村で何が起こってるか解らんのだぜっ!?すぐに助けに行ってやらんと!」
ザイケンが怒鳴る。いや怒鳴ってはいないか。こいつは普段から声がでかい。俺の不肖の弟ザイケン。図体はデカいし喧嘩っぱやいが頭はひよこ。しかし何故か仕事は堅実で本人も腕は立つ。ザイケン班のリーダーだ。
「わかってる。だがこのまま進むのは敵の巣に飛び込むような・・・」
巣。そこでふと気づいた。まさか、アレは・・・
「クモの巣、だな」
すぐ傍に、若が居た。