新人冒険者編① アトル、懐かしむ
「気をつけてな」
宿屋の親父が手を振ってくれた。
「おう!」
「くぁ!」
俺とクーも御者席から手を振り返し、早朝にロウベルを出立した。
日程には余裕があるし、別に早く行かないといけない必要はないのだが、少人数での旅の足が意外に早いことに気付いた。
普通はロウベルからドーマまでの約三日の行程が、俺一人とクーの旅なら二日ほどで行けるかもしれない。
一日浮けばその分観光が出来る。道行は早く、町でのんびり。
うん、これで行こう。
・・・
・・・
・・・
ふぁ~~~~
ねむ・・
さすがにアザレアを出たころのテンションは続かない。
歌も歌いすぎて疲れた。もう動物の名前出てこない。
延々と続く街道。
道の脇に点々と置いてある、腰かけるのに丁度いいくらいの石。
大街道であるメルレース街道には【厭魔石】が一定距離ごとに置いてある。
【厭魔石】
魔獣や魔物がいやがって近づかないと信じられている石だ。
つまるところ、火山岩。
なぜか火山地帯には魔物の類が少ないので、最初は魔除け程度の意味で置かれたのだが・・・なんともまあ、本当に近づかなくなった。魔物被害が劇的に減ったらしい。
しかしそう上手い話だけではない。興奮状態にある魔物には効かないんだとさ。
魔物に追いかけられてるからって、逃げ込んでも無意味ってことだ。
それ以来、アルザント全土の街道に設置されるようになった、南に火山地帯があるラインレッドの主要輸出品目でもある。
(・・・空、高いなぁ)
クーは早々に荷台に移り、荷台に置いてある毛布やら俺の枕やらを引っ張り出しガジガジしたりグルグルしたりしながら、結局包まって寝てしまった。
(喋る相手がいないのは・・退屈だなぁ・・)
傭兵団の仕事に付いて行ってた時は、団員相手に喋っていたからまだ良かったけどなぁ。
クーは最初は念話で名前を呼んでくれたけど、あれ以降、念話を使ったことは無い。なんとなくで意思疎通できるので、必要ないと言えば必要ないんだけど。
(御者さえいれば、俺も荷台で一緒に昼寝できるのになぁ・・・)
当初、傭兵団から俺のお守り役を誰か出そうという話もあったのだが、今の傭兵団には余った人員などいないし、往復に半季以上もかかる仕事などそうそう入れられない。「いいよいいよ。一人旅の方が気楽だから」と言って断ってしまった。
先生と旅してた時は、結構先生おしゃべりだったからなぁ・・話も上手かったし、自身のいろんな経験談や各地の言い伝え、神話、風習を面白可笑しく話してくれて飽きなかった。一家に一台の先生だな。
前を行く馬車、すれ違う商人、追い越す旅人を見るともなしに眺める。
やはり気になるのは、護衛の数だな。
(みんな、あんまり護衛つけてないなぁ)
寒くなってくると、獣も魔物も活動が控えめになる・・なんてイメージがこの世界にもあるんだが、それはちょっと間違いで、ある程度の魔物は活動が縮小されるんだが、逆に活発になるのもいる。例えば冬眠するために食溜めしたい魔物とか盗賊とか。
そう言う意味では、冬季に出る魔物の方が厄介なものが多いのだ。死に物狂いで襲ってくる。
・・んだけど、一般的なイメージのせいで、寒くなってくると極端に護衛を減らす人間が出てくる。
今、この街道を行き来している連中も、大体は護衛の数が1班にも満たない。そりゃコストはかかるけど、命と財産の秤に掛かるほどではないと思うんだがなぁ。
正午頃、道脇に設けられた停車場で昼飯にすることにした。
火を熾そうとしたら、同じ停車場に馬車を停めていた行商人家族が「坊主だけで旅とは感心だね。大丈夫かい?困ったことはないかい?どうだ一緒に昼食食べようじゃないか」と一食奢ってくれた。
いやぁ、旅は情けだね。
なかなか美味しい雑穀雑炊をご馳走になったので、女将さん特製飴玉をお返しにした。基本、甘味は結構贅沢品の部類なので喜ばれた。
「ん?坊主の馬車についてるのは・・旗じゃないのかい?」
俺の馬車に掲げてある小さな赤い旗を見つけた行商人のおっちゃんが不思議そうに訊いてきた。
「うん。そうだよ」
「護衛が・・傭兵団が・・・ついてるのかい?」
「いやいや、俺がその傭兵」
「はぁ?坊主が傭兵なのかい?」
行商人のおっちゃんが気の抜けた声を出した。
馬車に付ける<旗>或いは<寄り旗>ってのは、所有者の身分や所属を示したりするための旗で、貴族なら紋章入りのまあ普通の旗、私兵や傭兵が護衛についているならちょっと横に長い鯉のぼりのような旗が掲げられる。
いわば「手を出したら後が怖いぞ」って示威行為の一つだ。
<紅の旗>傭兵団の団旗は白の地に横にぶっとい赤線が入っている・・っていうか赤の地の上下に白線の縁取りと言った方がいいかな。
「そうそう。結構腕利き」
力持ちポーズをする。フンス!
おっちゃんは愉快そうに笑った。
「こりゃぁまた剛毅だな!それじゃ村まで一緒に行ってくんねぇか」
まあ信じてないんだろうけど、子供の一人旅に気を使って言ってくれてるんだろう。
「んん。まあ道すがらだし、飯奢ってもらったし、いいよ」
「そりゃ頼もしいな」
「おっちゃんは、いつもは護衛を雇わないのかい?」
「そんなもん雇ってたら、あっと言う間に干上がっちまうよ」
それもそうなんだけど。
「春先や夏場なんか危ないだろ?」
季節の変わり目に魔物が一番多く出現するといわれている。それも雪解けする春先と気温が高くなる夏。
「その時期は、安い冒険者の護衛を付けることはあるな」
不安はあるが、みんながみんな護衛を雇えない事情もわかる。
とかく護衛は金がかかる。
メルレース街道は、何分交通量が多いし平原のど真ん中なので見通しはいい、年間魔物被害数も低いから、護衛を付けないという不精もまかり通る余地があると言えばあるんだけど・・・。
「どんなコトでも、可能性は0ではないんだよ。被害は。あまり大したことは言えないけど、これからも十分気を付けてね」
「お・・おう」
突然、俺の雰囲気が変わったから、おっちゃんをビックリさせちゃったな。
安心させるように笑いかけたけど、
ちゃんと笑えたか自信ない。
◆
話を聞くと、この行商人のおっちゃんはメルレース街道を行き来し日用品を売る、夫婦と子供3人の5人の行商人家族で、今はこの先の開墾村まで商売をしに行くらしい。
歳のいった馬2頭とこれまた年季の入った馬車で、おっちゃんと12になる息子が交代で御者をして、幌付きの荷台にはおっちゃんの嫁さんと3か4つくらいの娘、それと生まれたばかりの乳飲み子の三人が乗って行商先を回っているんだとか。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
飯も食べ終わり、おっちゃんが出発の準備をし始めた。
おっちゃんの息子は、馬の水やらエサやらを片付け馬を馬車に繋ぐ、なんと俺の馬車の方までやってくれた。気の利く息子だ。出世頭だな。
幼い娘の方はクーとくんずほぐれつ地面を転げまわっている。クーは誰とでもすぐ仲良くなれるな。さすがだ。
「ごめんんさいね、ちょっと預かっててくれる?」とおっちゃんの嫁さんは俺に赤ちゃんを預けると、食事の後片付けを始めた。
恐々抱っこしている赤ちゃんを覗き込むと、笑って手を振ってくれた。
とりあえず握手してみる。
小さいなぁ。
家族で力を合わせて生きている。
(俺も、こうやって・・・父さんと母さんと旅をしていたんだろうか・・・?)
もう俺には手の届かない光景が、そこにあった。
◆
停車場から連れ立って馬車を出すと、なぜかおっちゃんの娘がこっちの馬車に乗り込みクーと遊び始めた。「わりぃな」とおっちゃんがこれまた小憎らしい顔で言いやがった。
まあ、静かだと眠たくなるんでいいかな・・とか思っていたら、しかしまあなんとも4歳児の無限の体力は半端ないな。遊ぶわ歌うわ喋るわ。数日前の俺もこんな感じだったんだろうか・・。ぬはー。
(なるほど、だからこっちに移してきたのか)
これじゃあ、赤ちゃんもおちおち寝られんしな。
・・・仕方ないか。
道行は順調に過ぎた。
もともとそんなに問題の発生しない街道だしな。
このメルレース街道には、アイルゼン・ラインレッド合同で、一定の距離ごとに待避所が設置されている。
50ヘクトほどの小さな範囲だが、石・土壁で囲まれており通常の獣やある程度の魔物は侵入できない造りになっている。街道を行く旅や行商には必要不可欠な施設なのだ。
で、たまにその待避所に定期的に市が立つことがあり、どこからか何故か人が住み着き、村になってしまうこともある。
この行商先の開墾村もその一つだった。
昼過ぎ、時刻にしたら2時過ぎくらいだろうか、開墾村に到着した。
もともとあった四角形の待避所の横に更に四角の外壁が築かれ、上から見たらデジタル数字の8みたいな形になっていることだろう。
ドーマも近くなってきてるせいか、開墾村の割には結構な人出があり賑わっていた。
もともと単なる市から発展した開墾村には、品を卸すような常設商店は無いので、売るためには道端で露店を開くことになる。
待避所の外周壁に背を預ける様に、すでに幾人かの商人が露店を開いていた。
「すでに露店あるけど・・・売れるの?」
他の行商人と同じように、地面に茣蓙を広げ商品を並べはじめたおっちゃんに聞いてみた。
みんな似たような日用品売ってる気がするけど・・。
「ん?・・ああ、俺ら行商人にはな、なんつーか暗黙のルールみたいなもんがあってな。売るモノがちょっとづつ違うんだ。
ほら、あっちの露店は小麦を売ってるが俺らは売ってない。でもこの干芋や乾物なんかは俺らしか売ってない。
そう言う風に棲み分けてんだ」
「へぇ」
なるほど。そういうことね。
「そういうのって商業ギルド連が管理してんの?」
「いや違う。こういうのはな・・・昔っから・・そう俺らの商人の師匠から代々継いで来てるようなもんだな」
「へぇ・・じゃあ、うちは代々魔石を扱う行商人だったってことか」
「魔石?」
「ん、ああ、俺の両親も行商人だったんだ。なんかキラキラした石を扱ってたんだよ。魔石みたいな」
言葉尻から察したんだろう。おっちゃんが神妙な顔になった。
「・・・・そうか。魔石の取り扱いは領主様の許可証がいるし、大店しか扱えん。坊主の親父さんは結構裕福な行商人だったんだな」
「・・・裕福なって・・あの俺の乗ってる馬車で行商してたよ?」
自分で言うのもなんだが、結構古くて馬車としては小さい方だ。
「・・それ、ほんとに魔石かぁ?」
おっちゃんが片繭上げてジト目で見てきた。
「・・・・・さ・・・さぁ?」
そういや父さんも露店で品物を売ってたけど、あのキラキラした石を売ってるのは見たことないな。ただの綺麗な石か宝石かなんかだったんだろうか。
「坊主も、将来は行商人になるのかい?」
「うーん・・将来はまだ思案中だよ。傭兵になるか魔術士になるか商人になるか・・何になろうかねぇ・・」
夢は広がる。
「坊主はすげぇなぁ、そんなに道がたくさんあるなんてな」
「そうかい?」
そう返しつつも、おっちゃんの言いたいことは・・・解る。
「そうさ、俺は生まれてから死ぬまで行商人だ。これ以外の人生を知らねぇ。いつかは町で店を・・とは思うが目途も立ちゃしねぇ。
ウチの倅も・・後を継ぐことになるだろうな。
出来るなら学を持たせてやりてぇが・・まあムリだ」
「そっか・・」
貧富の差はそのまま就学率の差にも置き換わる。
俺は恵まれている。
そうは思うけど・・。
なんだろうね、この寂しさは。
「しっかし、坊主になんでこんなこと話してんだろうな。一人前の大人と話してる気分になっちまう。坊主ホントに子供か?」
そう言っておっちゃんはゲハゲハ笑った。