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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第二章 或る旅人達の協奏曲
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思惑はいろいろ

「どういうことだっ!!」


地下礼拝堂の中に怒声が響き渡った。


「六日経っても小娘一人探し出せないとはっ!貴様らの目は節穴なのかっ!?」


礼拝堂とは名ばかりの、灰色の石材で囲まれただけのだだっ広い礼拝堂内は、たくさんの魔導光で照らされている。

部屋の中央には大きなラージ材の円卓と、この礼拝堂内にいる人数分の椅子が3脚のみ置かれ、部屋の一番奥には『礼拝堂』の体裁を整えただけの申し訳程度の祭壇が置いてある以外には一切の装飾品の類は無かった。


「アディスタッ!わかっているのかっ!このままでは・・っ!」


一番祭壇に近い席に座っていた丸々と太った男が席を立ち、忙しなく部屋をウロウロしはじめた。


落ち着きのない男だ。


「・・ええ。よく存じておりますとも、マルー司教」

「あんな小娘に“聖者の血”を奪われ、未だ取り戻せぬとは・・っ!!

このままでは計画はご破算になってしまうっ!

・・・本殿の“真血石”を使った以上、もう同じ物は作れんのだ!

この責任、どうとるというのだアディスタッ!!」


は?何を言ってるんだこの人は?


「・・・そもそもアレを盗まれたのは司教でしょうに」

「お前があの女・・あの娼館を早く潰していればこんなことには・・!」


「それは責任転嫁というものですよ、司教。


あの娼館の件はあくまでメディア派への牽制とセレノ司教の名に傷を付けることが目的だと説明しましたでしょう?

偽装工作も終わり、最も効果的かつ犠牲が最小限ですむ時機を伺っていたのに、司教が勝手に手をまわしてしまったのでしょうに。


“血の盗難”と“私の責任”には、因果関係はありませんよ」


「な・・・っ!」


「その小娘が司教を恨んでるとしても、至極真っ当。私に無断で勝手に“異端審問官”を動かしたのは貴方です、司教」


「ぐっ」


「その娘が何を見たのかは知りませんが、容易に想像はつきます。突如押し寄せた異端審問官に母を殺され、住処に火を放たれては・・まあどんな聖者でも恨みましょうね。


・・そう、まだお聴きしていませんでしたね。

なぜ拙速にも異端審問官に娼館を襲わせたのですか?」


「・・・」


「言っていただかないと、我ら原典派からの信頼が揺らぎますよ?」


マルー司教は顔を真っ赤にしながらも、黙して語らない。


(・・・情けない男だ)


理由は解っている。確かに他人には言えないな。

要は横恋慕なのだ。


あの娼婦への。




このファールエン・ベルナス神聖王国は宗教国家である。

名目上全ての国民が創神オリアスを信仰している“オリアス教信者”であり、信仰深い地ではあるのだが、全ての人間が敬虔な信徒であるとは限らない。

教会も人で構成される組織である以上、人同士の軋轢は当然の如くあり派閥が出来き、明に暗に争いが起こる。まして権力というものは上へ行けば行くほど、より生々しくより血生臭くなるのが常だ。


ラネー大司教を筆頭とする、フィジー派。


セレノ司教を筆頭とする、メディア派。


そしてそこのマルー司教を筆頭とする、カドゥ派。


この3派閥が、聖職者とは思えない何とも俗物的な権力争いを繰り広げている。


現在、最大の派閥を誇っているのはメディア派。

しかし、我ら原典派とメディア派は全く主義も主張も相いれないため、敵対するしか道は無い。


現在の大司教を抱えるフィジー派は一時は一大権勢を誇ったものの、求心力のあるカンザ大司教を失った後は、今のラネー大司教では求心力を維持できず、その権勢は失墜の一途を辿っている。


カドゥ派はメディア派を追い落とすため、我ら原典派をも取り込み、メディア派を切り崩しにかかっているというわけだが・・。


(正直、この男ではダメだな)


つまりは、我々は“消去法”でカドゥ派に付いているだけに過ぎない。


「メディア派は娼婦を容認してるからなんだろ?あんたらが相いれない理由は」

円卓に座る最後の一人が口を開いた。

「カドゥ派の神官は、娼館に行っちゃいけねぇんだってな?」


そう発言したのは、およそ礼拝堂というこの場にはふさわしくない煽情的な恰好をした、まだ二十歳にもなっていないだろう女性だった。

必要以上に女性的な恰好と、蓮っ葉で男性的な口調がどうにもミスマッチな彼女が、胡乱げに頬杖を突きながら問うてきた。


「そうですね」

その通り。


創生神オリアスは全てを容認し全てを内包する神ゆえに、信仰に一定の方向性がない。信仰するのに、こんなに張り合いのない神はいない。


だから人々はその周りにいる神に信仰を見出した。


農家なら、オリアス1人目の妻【豊穣の女神アユン】

戦士なら、オリアス3番目の妻の息子【戦神アルダイル】

そして娼婦は、オリアス7番目の妻の娘【営みの精霊ユール】


所謂、【オリアスの8人の妻とその子供達】である。

百二十八柱にも亘るその系譜に連なる神々と精霊は、それぞれ異なる恵みや災いを司り、世界中で信仰されている。


その中で、メディア派はオリアス7番目の妻【夜と月の神ミュール】を信仰している派閥なので、その娘である【営みの精霊ユール】をも信仰している。

それは神官の妻帯を推奨し、『やむを得ない理由で身を売ることになった娼婦たちの生活を保護する』といった名目でもって、神官の花街通いを容認しているという派閥だ。


つまりは2番目の妻ラウメリアを信仰し、その娘である【清廉の妖精テフネ】や【禁欲の女神ストゥーナ】を信仰するカドゥ派とは徹底的に相いれない。

教義の順守を一般信徒にまでは求めないが、かの教義は神官の姦通を一切許さない。男性神官には不能の印を、女性神官には貞操の印を施すほど。


「下の方で噂になってるぜ?マルマル司教殿が大礼拝に出た時に、セレノ司教が連れてきてた娼婦にご執心だったって」


・・・プ。マルマル。


「・・・なっ!?」息をのむマルー司教。


(さすが【闇神の耳(ネフィアム)】耳が早い)


マルー大司教は顔を青くしたり赤くしたりしながら黙り込んでしまった。

よくこんな分かりやすい人間が、教会権力の最高峰まで上り詰めたものだと、つくづく思わずにはいられない。


噂によれば、かの娼婦はセレノ司教の想い人なのだそうだ。


【オリアスの聖典】によれば、【営みの精霊 ユール】は性行の快楽に溺れ一時は娼婦に身を落したが、オリアスの使徒であり神官でもあったナザに諭され恋をし妻になったと伝えられている。

故にメディア派神官は、娼婦の中から妻を探すことが最善とされている。神官の中には、わざわざ恋人を一度娼館に売りそのまま身請けして結婚する者もいると聞く。


原典を真似た飯事遊びの如き欺瞞だとは思うが、そこは別に原典派も理解できないわけではない。原典派の中にも原典で描かれた神の所作を真似たがる人間は多い。


早い話が、マルー司教はセレノ司教の女に岡惚れして・・・振られた。

今回の件は・・ただの腹いせということだ。


実に下らない。


この男本当に聖職者か?と疑わざるを得ないのだが、原典派には原典派の事情が有るわけで・・。


・・・はぁ。


「あんたらが何をしてんのか興味はないけどさー。

なんかすんならこっちにもひと声かけてほしかったねぇ。


ユゼニ娼館のことだって、結局あたしらが火消しすることになったんだぜ?異端審問官だかなんだかしらねぇけど、やること雑すぎるぜ?


マルマル司教さんよ、この後始末代、ちゃーんと払ってくれるんだろうね?」


「わ・・わかっておるっ」

「・・なら、いいんだよ。話の腰折ってすまなかったね」


明らかに司教をからかっている彼女の名はアルテ。

この神聖王国にさえも蔓延る闇社会の住人、犯罪ギルド【闇神の耳(ネフィアム)】のギルドマスター名代だ。


(興味はないなどと、よく言ったものだ)


情報販売も行う【闇神の耳(ネフィアム)】がこんな密談に興味が無いはずがないだろうに。その証拠に端々の目が真剣じゃないか。


「と・・・とにかくっ!今は“聖者の血”を取り返すことが先だっ!

アディスタ!<異端審問官>を動かしてくれるんだろうなっ!?」


「ふむ。是非もありますまい」


どの口で・・とは思うが、かの“聖者の血”は我々にとっても最重要案件なのだ。


「しかし・・恐らくはかの娘も、もうこの街にはいますまい。検問をどう抜けたのかは不明ですが」

「な・・ただの小娘がこの街から逃げ出したというのか!?」

「“聖者の血”への≪灰色犬の追跡(ガーボン・イッダー)≫は行ったのでしょう?ならばこの街にいることはもう考えられますまいよ」

「だねぇ」アルテ嬢も同じ意見のようだ。


私が所用で町の外へ行っている隙に無断で<異端審問官>は動かすわ、その上審問官3人を失うわ、無駄な検問を未だに続けるわ・・・

はぁ・・・。


「な・・ならば・・どこへ行ったというのだ?」


・・ちょっとは自分で考えてくれないだろうか。

苛立ちと怒りがチリチリと私の心を焦がすが、今はまだ我慢だ。


「六日もあれば国境へたどり着いているかもしれませんな。これから冬を迎える事を考えれば北のベルリアやマデユーム方面は考えられません。とても子供一人で凌げる季節ではないですからね。

ならばアルザントの方ですな。直ぐに教会騎士を国境の町に向かわせることをお勧めします」


「なるほど。すぐに手配しよう」


しかし恐らくそれだけでは足りない。


「こうなると人手がいりますな・・・。<異端審問官>も動かしますが、仮に国外まで逃げられると<審問官特権>が使えないので<猟犬>も動かしましょう」

「・・猟犬までもか?ただの小娘に・・」

「ただの小娘ならこのエイニスからも出られますまいよ」

頭を使え、マルマル。


「司教。<聖騎士>にも動いてもらいます」


「な・・・それは無理だ!なぜ聖騎士など!?」


「かの娘は<異端審問官>を三人退けています。生き残りから聴取した所、娘はなんらかの魔術・・いえ魔法を使ったようです。恐らく<異端審問官>では手に余るでしょう」


【魔術】と【魔法】では圧倒的に【魔法】の方が強い。同じ現象を起こすにしても【魔法】は予備動作や詠唱が必要ない。これは実戦に置いて覆しがたいアドバンテージだ。対策が立てられない以上、いくら子供でも決して油断はできない。


「聞いたことあるよ。ユゼニ娼館には魔法を使う娘がいるって」

アルテが口を挟んだ。


「何っ?」

「本当ですか?」

初耳だ。

魔法使いは稀有の存在だ。真実ならば様々な組織が放っておかないだろうに。


「ああ、レティカ・・・だったかな、例の娼婦」

アルテが楽しそうに言った。


「・・・」

司教の顔が歪む。横恋慕したうえに殺した女の名だ。


「その女の娘だよ。何年か前、その娘に手を出そうとした(へんたい)を魔法でぶっ殺しちまったて話だね。その時魔法が発現したんだってさ。

娘に目を付けた娼館の大元<ナデンファミリア>のボスがファミリアの暗殺者に育て上げるためってんで、あの“片腕盗り”に預けたらしい。

だからあんまり表には知られてないみたいだね」


さすが闇の情報通。

マルマル司教よりよほど役に立つ。


「・・・あの女の娘・・・」


そこに注目するのかよ。

というか知らなかったのかよ。


「しかし・・・“片腕盗り”ですか・・」

懐かしい呼び名だな。


「おや、知ってるのかい?

今や随分ロートルになっちまったが、昔は裏で恐れられてた奴だよ。殺された奴は必ず片腕を盗られるってね。

ははっ、実際片腕盗られた奴はそんないないんだけどね。それでも腕利きの暗殺者に仕込まれたんだってんなら、その娘結構“出来る”と思うぜ?」


魔法に暗殺技術か。

確かに侮れないな。やはり<聖騎士>を動かすのは正しい。


「・・だそうです、司教。審問官はもとより、猟犬でさえ手に余るかもしれません。“聖者の血”を確実に取り返すには聖騎士が必要です」


「しかし・・何の名目で動かすというのだ。“血”のことを隠して・・」


教会の最高戦力たる<聖騎士>を動かすには聖王か大司教の承認、或いは13人からなる司教・枢機卿の過半数の承認がいる。


「名目などなんでも構いません。それこそ『その娘が宝物庫から“真血石”を盗み出した』でもいいではありませんか。“真血石”の盗難を娘に被ってもらいましょう。娘が魔法使いなのであれば多少の不自然も通りましょうしね。

“聖者の血”は取り返してから、見つからなかったことにすればいい」


「そ・・そうか・・なるほど・・」


アルテ嬢が含み笑っている。

先が思いやられる。


「聖騎士は・・マディウス、ロッキア、ジャンガーを動かしましょう。奴らなら口封じに娘を始末しても漏らすことはないでしょう」

神官の中にも俗物がいるように、<聖騎士>の中にも権力や金に阿る者はいる。


「・・・娘を始末するのか・・?」


・・・。


「・・・司教。これ以上、計画を遅延させるような事を言わないで下さいよ」


本当に下種だな。

母が無理なら娘か。


「しかし・・“血”を取り返せたのなら、別に殺す必要は・・・」


・・・。


「・・・分かりました。善処するようには、しましょう」


頭が痛い。

なんとも下種な男ではあるが、その持っている権力は紛れもない本物なのだ。

我が原典派の計画の為にも、今この男の機嫌を損ねるのは得策ではい。


(・・・そうか、ふむ)


「しかし一つ条件を飲んでいただきたい。我が“聖者の徒弟(カルカロン)”も追跡に投入させてください」


「・・聖者の・・?なぜだ?<審問官><猟犬><聖騎士>まで出して、なぜその上・・?」


「いえいえ、単なる実験・・ですよ」

そうただの実験。

よく考えればいい機会じゃないか。


「・・・なんの実験をするというのだ?」


「どうせ聖騎士を投入するなら、我が“聖者の徒弟(カルカロン)”が、どの程度まで聖騎士と戦えるか検証したいと思いまして」

「まさか・・<聖騎士>を暗殺するつもりか!?」

司教のマルマルとした顔が驚愕に歪む。


「派遣する聖騎士をマディアスとメディア派の聖騎士2名に誘導しましょう。かの娘を捕らえた後、我が“聖者の徒弟(カルカロン)”がメディア派の聖騎士を始末します。


万が一、メディア派の聖騎士を討ち漏らしたとしても“聖者の徒弟(カルカロン)”ならば、証拠など残りません。<聖騎士>が手負いならマディアスに始末させてもいいでしょう。


私の実験も出来て、メディア派も削れる。

とてもいい作戦だと思いますが、いかがです?」


聖者の徒弟(カルカロン)”は私の最大の研究成果であり切り札だが、実戦による検証が足りない。基礎値だけとって見るならば<聖騎士>よりも優れているはず。あとは実戦経験だけなのだ。


「・・・いいだろう。それはお前に一任しよう・・」


司教が言い淀む、その先・・。


(はぁ・・それしか考えられないのか)

「・・・分かっております。娘は必ず」


司教の顔には隠そうとしても隠しきれていない期待が滲み出ている。

気色悪いな。


「なんか難しい話してるねぇ~」

(どこが)

アルテ嬢が、にやにやと私を見るその瞳には如実に、

「あんたも苦労してるね。ご苦労さん」と書いてある。

もはや私の顔には苦笑さえも浮かばない。


アルテ嬢(ネフィアム)からも、サポート人員を出していただけますか?」

「・・・たしかに、この国から出たことも無い教会の人間だけじゃ、アルザントで人探しなんて出来ないねぇ」

司教にもこのくらい察しが良くなって貰いたい。


「いいよ、向こうを良く知ってる“見えない足跡(レイラー)”を付けよう」

「感謝します」

「いいよいいよ。料金は貰うんだし」

でしょうね。


(はぁ・・・)


不能なのに好色な無能に、

闇から来た拝金主義者、

“血”を盗んだ少女に、

追いかける<異端審問官><猟犬>、

教会最大戦力<聖騎士>までもが。

そして、我が<聖者の徒弟(カルカロン)


何とも面妖だが、

何とも興味深く、面白い見世物が始まる。


私は・・・滲み出そうな笑みを、そのまま飲み込んで耐えた。

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