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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第二章 或る旅人達の協奏曲
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国境の町にて

「ハァハァ・・」


(ここまで来ればそう簡単には追って来れない・・・よね)


エイニスを出奔して一週間。

最初は追手に見つからないように街道を避けて南に行こうとしたけど、なぜ街道が街道たるか、という所以を見せつけられた。


まず、街道を外れると途端に道が分からなくなる。


(町から出たことのないあたしには荷が重い・・)


森を迂回する街道を避け、最短距離を行くべく森を突っ切ろうとしたら、魔物の群れに追いかけられた。

でっかいハチの群れ。

一匹や二匹ならどうとでもなるけど、あの数はムリムリ。

魔法が無ければ逃げることも出来なかったね。


それでもなんとか、ここまで来た。

時には道行く荷馬車の中に隠れて。

時には南下する商隊に頼み込んで。

休憩もそこそこに歩いてきたのだ。

すでにエイニスは遠く、アルザント国境も目の前。


(ディー・・・)


ディーはあたしを逃がすために残ってくれた。

あの時、「一緒に戦えば」とは言ったものの、自分でも無理であろう事くらいは解っている。

あたしはかなり強くなったし、ディーだって強いだろうけど、流石に教会を敵に回して無事でいられるとは思えない。

そもそもディーはあたしを追う教会側の人間なのだ、懐にいる方が安全ということもあるだろうし。


(むぅ)


ディーがあたしのことを教会に言うとはこれっぽっちも思わない。

でも、人が生きていくうちに他人との間に結んだ絆や居場所は一人に一つだけな訳じゃない。

ディーにはディーの事情がある。

誰にだって、裏切れない人やモノの一つや二つあるよね。


(うぅー・・)


考えれば考えるほど焦燥が募るけど、あたしが居残る方がディーが困ることは容易に想像できる。


それでも・・・

それでも、ディーを置いて来た事は正しかったのだろうか・・。


ディーも言っていた「やることがある」って。

やることやったら、きっと来くる。

無事を祈る事しかできない自分が悔しい。


(・・・無事でいて)


私は足早に街道を進んだ。




◆ ファールエン・ベルナス神聖王国 国境の街タロン



日暮れ前、人目に付かない様に人ごみに紛れながらタロンの街に入った。


タロンは西を不毛な山岳地帯、東をもまた山と森に囲まれれた谷間にある町で、神聖王国とアルザントの国境線に接していて両国の玄関口のひとつとなっているらしい。

師匠から話には聞いていた通り交通量は多く、関所では積み荷などの検査に時間が掛かるのでこの街で一泊する旅人も多いと聞いた。


あたしと同じく街に入って来た、それなりの身なりの旅人の後をつけて、うまく安宿にあたりを付ける。

あまりにも怪しそうなところだと、身の安全の為にも他を探すことになるけど・・・今回は当たりのようだ。


表通りから少し離れたところにある宿屋<タロンの鹿角亭>。

玄関ロビーも綺麗に手入れされている。

商売宿屋というよりも兼業宿屋のようで、もともと大きめだった家屋を宿屋に改築したような感じだ。


「嬢ちゃん・・・一人なのか?」

「うん」


玄関カウンターに座ってるおじさんに「一泊お願い」と言ったら怪訝な顔をされた。


「そりゃ参ったな・・いくらこんな安宿でも、子供一人で泊まらせちゃいけないって決まりがあるんだよ・・」

大分後退している頭をガリガリ掻きながらおじさんは言った。

そんなに乱暴に髪を掻いたら、さらに進行してしまわないだろうか。

生え際。


「そうなの?」

そんな決まりあったんだ・・。

今まで野宿とか農家の納屋とか入り込んで寝てたから知らなかった。


「誰か大人はいないのかい?」

「父さんも母さんも病気で死んじゃったから・・・。アルザントに住んでる叔父さんの所へいくことになったんだよ」

全部は嘘じゃない。

アトルの先生はアルザントの人だもんね。

叔父さんはあの先生のイメージ。


「・・・そうかー」

「だめ?」

泊めてくれないとまた野宿だよ。


「うーん。追い出すのも可哀そうだけど・・。あ、嬢ちゃん、教会なら・・」

「教会はイヤ」


教会なら貧者への福祉名目で格安で旅人を泊めることもある。無論いくらかの労働力の提供が前提にあるけど。宿泊施設ではないので宿帳も取らないから、犯罪者が逗留している場合もあると師匠が言ってた。


それとは別に、個人的に教会はキライだからイヤ。


「・・うーん」

「じゃあ、他のトコさがすよ・・ありがと」


そのまま出て行こうとすると、奥の部屋から女の人が出てきた。


「ちょっとアンタっ!こんな女の子一人で放り出すなんてどんな神経してんだいっ!?そんな慈悲も無い人間だなんて思わなかったよっ!」

立派な体格をした女の人が声を荒げながら宿屋のおじさんに詰め寄った。


「んなこといったって・・」

「身寄りのない女の子一人泊めることが何だってんだいっ!?決まりが何だいっ!お上が許してくれなくたって、神様は許してくださるよっ!むしろ神様に怒られちまうよっ!」


この宿の女将さんだろうか。あたしの肩を持ってくれた。

(なんかベレーズおばさんを思い出すなぁ)

ベレーズおばさんも、なんだかんだ言いながらも、いつもこんな感じであたしの味方になってくれた。

お腹のあたりがよく似てる。


「おいでな、お嬢ちゃん。今しがた夕飯の支度が終わったばかりさ、お食べよ。なに、あんたくらいの子供からお金なんてとりゃしないさ。アルザントの叔父さんのところへ行くんだってね。今まで大変だっただろうけど、生きてさえいればきっといいことあるさね、きっと叔父さんが良くしてくれるさね」


女将さんがすごい速さでまくしたてるから・・

「女将さん、ありがとう」って言うのが、やっとだった。



「独り立ちした息子の部屋だけど、ここならお上も文句言わないだろうし、宿賃もいらないよ。

国境の検問も昼前から混むからね、出発するなら早朝がいい。今日は早く寝な」そう言って女将さんは部屋の扉を閉めた。

晩御飯から入浴まで、女将さんが面倒みてくれた。

久しぶりに温かい夕食を食べる事が出来たよ。とっても美味しかった。


(いい人に当たってよかった・・)


あたしも伊達に苦界で育って来てない。目を見れば大体どんな人間なのか見当はつけられる自信はある。

あの女将さんのほとんどは善意だろう。残りの少しは自己満足・・と考える自分は・・ちょっとひねくれ過ぎているのかもしれない。


女将さんの息子のベッドの上で旅道具の点検をする。寝る前の習慣。『いつ襲撃を受けても逃げられるようしておけ』と、師匠が口を酸っぱくして言っていた。


母さんの形見のヘアピンとブローチ。

(とても大事な物。お父さんに貰ったらしい)


衣類は下着と靴下だけ。

(ほとんどショウカンと一緒に焼けちゃった)


大ぶりのダガーとソードブレイカー一振りづつ、それとスローダガー8本。

(師匠の愛用の武器。ある意味、師匠の形見になるのかな)


ピック、ワイヤー、ロープなどの各種潜入グッズ。

各種補修キット。



そして・・・

リュックの一番奥底から布で包まれた、こぶし大の物を取り出す。


(これ、どうしよう・・)


そっと布を捲ると赤い石が出てきた。

一見宝石のようにもみえるけど、まじまじみると違うとわかる。

それは血のように赤く、いや・・血がそのまま変色せず固まった物・・みたいだ。

生々しい不吉を孕んでいるように輝いている。

・・・正直、あんまり持っていたくない。


(なんのために・・こんな悍ましい物を・・・?)


この石のために何人も死んでいたようだった。

こんなモノの為に。

このままではディーもああいう風に殺されてしまうと思って、後先考えず持ち出してしまったけど・・・


(結局、この石はなんなんだろう?)


こんなものさっさと壊した方が良い気がするけど、師匠は『よく分からない祭具や呪具みたいな物は安易に壊すな』と言っていた。モノによっては爆発したり破壊した者に呪いがかかったりするらしい。

それ以上に、もしこれが無くなったことを知ったら、奴らはまたこれと同じものを作るんじゃないだろうか?頑張って作ったみたいなこと言っていたし。


(・・・十分考えられるよね )


海だか川だかに捨てるか、どこかに隠してしまうことも考えたけど・・

(失せ物探しの魔術とかもあるらしいしなぁ・・・)

それに、いざという時これが取引材料になる・・・ことは考えられないだろうか?

前にアトルが言ってた。

「とりあえず確保してから食べるかとっとくか考える。特に甘いものは」


・・・うーん

・・・なんか違ったかな?

・・・何の取引で使えるのかは・・・思いつかないなぁ。


(もし追手がディーなら、上手く二人で逃げることも出来るんだけどな)


ベッドの上に広げた道具と赤い石を鞄にしまってベッドに横になる。

思い描くのはこれまでの事。

これからの事。


ふたりでアトルの所に行って一緒に暮らすのもいいなぁー。


(そうだ!三人で冒険者になるのはどうだろう?)


アトルに会ったら一緒にディーを迎えに行って、昔みたいに三人で町中・・じゃなくて、世界中を冒険するとか。

アトルは男の子だし、2年前はあたしより強そうだったけど、今はあたしの方が強いはず!

今度はあたしがアトルを助けてあげたりなんかしてっ!

「・・大丈夫?アトル。あたしの後ろに居れば平気だからね!」とか。

アハハッ

アトル、あたしが魔法使えることを知ったらビックリするだろうなー。

「すごいなウィカは、俺のお嫁さんにぴったりだな!」とか言ったりなんかして・・・


それで・・


それで・・


ZZZZZ・・・。

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