王都に行こう
「実はな・・アトルに話があるんだ」
デザートも食べ終わり、皆で食後のコーヒーを飲んでいると、おもむろに子爵が口を開いた。
あ、ちなみにこの世界にはコーヒーがある。数十年前、一人の冒険者が必死になって世界中を探し回ってコーヒー豆を探し回り、栽培技術を確立し、コーヒーの淹れ方を世界中に広めたそうだ。どんだけカフェイン中毒なんだ。自由すぎるだろ転生者。
「実はな、アルヴィンが王都から帰ってくるそうだ」
「へぇ、アル兄が」
アルヴィン・ラインレッド。おやっさんの息子。長男だ。
現在、ウルダード魔術学院生として王都に留学している。
・・・それをなんで子爵から聞くのかが問題なんだけど。
「・・今?帰ってくるの?来春卒業なんだろ?」
アル兄とサリ姉には、俺が王都に居た半年世話になった。
俺がいた時には既にアル兄の学院卒業の目途が立っていて、「これでサリアと結婚できる!」と俺がアザレアに来る直前に結婚式を開いて俺も出席したのだ。
サリ姉はアル兄の幼馴染みで、アザレアに店を構える小さな商家の娘らしいのだが、王都留学するアル兄の世話をするのだと単身追いかけて行ったという、中々の行動派だ。
寮暮らしのアルヴィンの世話をどうやってするのかは知らないが。
いろいろ紆余曲折があった・・と本人たちから聞いたが、妙な胸やけがしたので話半分に聞いていた。
しかしなんだ、ラインレッドの周りは世話好きばかりなのか?
「ふむ。卒業資格は取得しているのだがな。魔術学院全単位取得卒業者・・それも年5人も出ない【魔術を修めた者】ともなると、何処からか勧誘が来るのだと言っておった」
「あぁーなるほど」
魔術学院は就学年数が長い。
最も基本なことを学ぶだけなら3年で卒業できる。スムーズに行けばだけど。
で、魔術学院の<教育課程修了>と<範士資格取得>、そして<独自研究評価>を受けると魔術学院最高の栄誉【魔術を修めた者】の称号が与えられる。
これはちょっとすごい称号・・というか資格で、年に5人も出ないどころか、0人と言う年もある。称号所持者の平均取得期間15年。それをアル兄は12年足らずで取得した傑物と言われている。
ならば・・
「いろんなとこがヒモをつけようと寄ってくるわけだ?」
「うむ。そういうことだな」
アル兄はラインレッドの奨学金を利用して学院に通っていたらしい。
(・・ああ、だから子爵の方に先に連絡が来たのか)
奨学生は通常パトロンとなった組織で働くことが求められる。
アル兄の場合はラインレッドで働くことが求められるし、アル兄もそれを望んでいるらしいのだが・・・どこにでも横から紙を破りたい奴はいるのだろう。
「奨学金の返済を肩代わりするからと、引き抜こうとする輩が後を絶たんらしい。最近はちょっと過激になってきたようでな、サリアにまで擦り寄ってきたそうだ」
子爵がため息交じりに零した。
「ああ、それで俺にそいつら斬って来いって?お安い御用だっ!」
「「「「違う違うっ!!」」」」
子爵夫妻もおやっさん夫婦も次期領主夫妻も、全員一斉に声を合わせて叫んだ。
・・・冗談だよ冗談。
・・・俺って、そんな常識無いように見える?
「・・・オホン。お前はたまに過激なことをするからな・・。勿論冗談とは思っていたさ」
慌ててとりつくろわれてもなぁ。
「・・でだ!アルヴィンは早めにこっちに帰ってくることにしたらしい」
「はぁ」
未だ話が見えない。
「それでな、アルヴィンがこう手紙に書いてきた」
そう言って子爵は懐から手紙を出した。
わざわざそこまでせんでも。
「えー・・
『アトルももうすぐ学院来るんだよな?俺らが住んでる部屋空くけど、来るかい?』
・・・と」
「・・・」
お
おお
おおお
「いーーーーくーーーーーーーーーーっ!!!!!」
思わず叫んでしまった。
イヤッホウッ!!
とうとう・・
とうとうっ
この時が来たっ!!
ありがとうっアル兄っ!!
大好きムチューッ!!!
投げキッスよ王都のアル兄に届けっ!!
俺が椅子の上でクルクル回っている姿を、食堂にいる全員がポカンと見てた。
いや、おやっさんと女将さんは通常運転だ。
あ、メイドさんまでポカンとして、・・・あぁ、ポット落としちゃった。
ポットが落ちた音で皆我に返った。
「すいませんすいません」とメイドさんが下がって行った。
「まさか・・あのアトルがそんなに喜ぶとは・・・」子爵。
「すごい喜びようだね・・」眼鏡。
「貴重なものを見た思いだわ・・」眼鏡の妻。
「アトルが・・アトルが・・へんになっちゃった・・」7歳児。
「なっちゃー!」2歳児。
「ぐあー!」コグマ。
「あ・・・アトルにはちょっとはやいんじゃ・・ないかしら?」裏声の子爵夫人。
「いつ?いつ行けるのっ?」
とりあえず皆の内緒話には耳を塞ぐ。
「・・え、あ、いや、アルヴィンは冬になる前にはこっちに戻ってくると言っている」
「冬前か・・・じゃあ、今から行って丁度くらいかな?」
「アトルはまだ8歳なんだし・・」
夫人がぼそぼそと言う。
「だいたいその位から始めるらしいですよ。勉強。そっかーとうとう俺も王都デビューかー!」
「お前、もう行った事あるじゃないか」
おやっさんが突っ込みを入れてきた。
「おやっさん。魔術だよ。魔法だよ。魔術学院デビューだよ。新番組【魔術士アトルくんの冒険】だよ。新番組じゃないか!」
「またアトルのアレがはじまったね・・」と女将さんがため息をついた。
「おい、ワズ、アトルは一体何を・・」困惑子爵。
「気にするな兄貴。持病だ」失敬だなおやっさん。
「意味不明だね・・・」眼鏡。
「ナフィカからたまに聞いてはいたけど・・」眼鏡の妻。
「アトルが・・アトルが・・変に・・あーーん・・」泣き始めた7歳児。
「あーん!」つられた2歳児。
「(ぺろぺろ)」2歳児をあやすコグマ。
「アトルが・・わたしのアトルが・・・」いやいやそれはちょっと子爵夫人。
その時、食堂の扉が開いた。
◆ 子爵家次女 25歳独身 ナフィカさんは見た
「なに・・・コレ?」
今日は団長夫妻やアトルを呼んでの晩餐をしているらしい。
仕事の都合上、遅れて帰ってきた私は食堂に足を踏み入れた途端、開いた口が塞がらなかった。(いや、実際は開いていない。私の鉄面皮スキルには定評がある)
食堂の中は、母が号泣し、それを父が妙な顔をしながら宥め、何故か姉と義兄が手を取り合って見つめ合っていると思ったら、叔父と叔母が黙々と酒を呷り、姪姉妹が泣いてコグマが慰めている。
極めつけは笑いながら椅子の上でクルクルと回っているアトル。
(これがカオス)
とりあえず、
アトルの頭をはたいて全員を黙らせてみた。
◆
それからもなかなかひと悶着あったが、善は急げとばかりに数日後には無事ウルダートに向け出発することになった。
ウルダートまでは普通馬車で約半季ほどかかる。
日数で言うと40~50日と言ったところか。
俺一人の行程ならもう少し早くつくだろう。
アル兄は冬季に入るギリギリに飛行艇で帰ってくるらしい。
予定通りいけば、アル兄が帰るギリギリあたりに俺が着くはずだ。
俺も飛行艇で行けば?と言われたが、魔術学院入学に王都の生活にと、これから入用になるばかりなんだからそんなところに金は使いたくない。
旅はもともと好きだし、この馬車を置いていくことはしたくない。
この馬車でいろんなところに行くのも俺の夢なのだ。
出発前日、<赤旗亭>にて俺の壮行会が行われた。
「とうとう、行くんですか・・王都でまた捕まらないように気を付けて下さいよ」とバウロ。いくらなんでも、もう捕まんねーよ。
「さすが若!決めたら早えぇな!土産はアレあのフニフニとかいう所のまんじゅうで!」フニフニ・・本当にそれでいいのかザイケン?
「あたしのこと・・・忘れないでねっ!」ギリギリ<巡回>から帰ってきたダナ。思いっきり抱擁された。潰されるかと思った。
二時間も立つと、俺を送り出すための壮行会はもはやただの飲み会になってしまった。
「若が我ら紅旗ここにありと王都で錦の旗を・・!!」
「なんのなんの、若なら王宮近衛・・いやあのバナナとかいう新造部隊も・・」
「いやいや、あのテンなんとか大ブカイを制覇なさるはずと思われ・・」
なんの話だなんの。
極めつけは、
「やぁだぁ~~っ!!わか、いっちゃやぁ~~っ!!!」
俺の後ろから駄々っ子の声が聞こえた。
温泉から帰って来たばかりのクリュネが酒瓶を片手に号泣しながら、俺の背中からしがみ付いてきている。
気分よく温泉旅行から帰ってきたら、俺の壮行会なんかしてるから、怒りながら酒飲んでこうなった。
「あらしもいぐぅ~~~!!」
「いかんっ!いかんよっ!?マイラブリードーターッ!?」
ドドのおっさんも酔ってんのか?下戸のクセに。
「お前は来週から仕事入ってるだろ?」
「うぅ~~でも~でもぅ~~」
「別に来たいなら来てもいいけど、まず仕事を全うしろ。プロの傭兵なら」
ちょっと強めに言う。
「・・・。はぃ」
しゅんとしながらも肯くクリュネ。
「えぇ?なんでそういう話になるんだっ!? あれ、クリュちゃん?」
ドドのオヤジが壊れ始めた。俺では直せんな。
「ホラッ、ポーレ!」
「あ、えっと・・あの・・アトルくん」
クリュネの横でちびりちびりとお酒を飲んでいたポーレさんがなにやらシュナに促されるように話しかけてきた。
ポーレさん達も温泉旅行の帰りで、これから帰って自炊するのも面倒だと、クリュネに連れられ仲良し5人連れ立って<赤旗亭>で夕飯を食べようと思って来たんだそうだ。
「あの、王都に行っても頑張って、下さいね」
キリリとした顔を赤くして、ポーレさんが応援してくれた。まともに壮行してくれてるのこの人だけだ。
「ありがとう、ポーレさん」
「あ、あの、じ・・実はね・・・私もギルドから推薦留学の話が来てるんだ」
「推薦留学?」
ギルドで?聞いたことないな。
「うん。私、ヴィンガーデンドの魔術学院出てるんだけど、ちょっとギルドの推薦留学の枠に通っちゃって・・なんていうかその、ウルダートの魔術学院にキャリアアップ留学してみないかって」
「ええっ!それって・・」
「・・・うん。来春からウルダートに留学することに、なるかもしれないんだ・・」
恥ずかしそうにポーレさんが微笑んだ。
「おお、それじゃポーレさんと同級生になるかもしれないと!?」
なんという偶然。
「え、あの・・それはちょっとわかんないかな?私、もう2級持ってるし・・」
「あ、そっか、でも同期の桜は桜!」
「・・・アトル君、入学は再来年だよね?」
・・・そうだった。
「あ、あぁそっか・・そうでした。でもでも一緒に勉強したり観光した出来ますね!」
「うんうん。あっちでも仲良くしてね」
ポーレさんがとても嬉しそうにほほ笑んだ。
おお、知り合いまで向うに行くことになるとは、なんとも世間は狭いものだ。
田舎の同郷同士、協力して都会砂漠を乗り切らないとな!都会は怖いんだぞ!
何故かシュナやルミネル、トーカがニヤニヤ笑っている。
「ぽぅれぇ~~ ずるいぃ~~~」
「あっうっ、クリュネ、ゆらさ ないでぇ~~」
クリュネがポーレさんの肩を揺らし始めた。
また泣いた子に火がついてしまった。
どうすんだこれ。