ラインレッド家の人々
――― 数日前 ラインレッド子爵邸にて
「あ~~~と~~~る~~~ちゃ~~ん~~」
ぬ。
玄関ホールに入るなり、来た。
「お久しぶりです、子爵夫人。この度はムガムガ・・」
駆け寄ってき子爵夫人に、思いっきりギュウされる。
苦しいってば。
「お久しぶりじゃないわよ~。何かと理由を付けては来てくれないんだからぁ~」
「そんなことはありますけど、気のせいですよ」
皮肉を言ってみたが、
「いいのいいのよ。男の子ってそういうものだって、ちゃんとアリューに聞いてるんだから。でもウチの子になりたくなったらいつでも言ってね?マルセスなんかすぐにでも追い出してアトルを領主にしちゃうんだから♪」
聞いちゃいない。
マルセスさん、後ろでひきつった笑いしてるからやめたげて。
「まあ!この子がクーちゃんねっ!なんて可愛らしい!」
俺の足にしがみ付いていたクーに気付くと、子爵夫人はクーを抱き上げて頬ずりし始めた。
「でしょうでしょう」
クーはきょとんとした顔でされるがままになっている。
夫人のテンションに、流石のクーも肝をつぶしたのかもしれんな。
「ちょっと、メル。玄関でそんなことやってないで・・」
呆気にとられる周囲の中から、意を決して女将さんが助け船出してくれた。
「ああそうねそうね。ごめんなさいねアリュー。さあさあ、今日の為にごちそう用意したのよ。アトルは沢山食べて行ってね」
「ありがとうございます。食べ尽くして帰ります」
「さあさあ、案内しましょうね」
といって、子爵夫人は俺の手を引いて歩き出した。
玄関ホールに、自分の旦那である子爵本人と、娘のエディナ、その娘婿マルセス、二人の娘ディナーとその妹ブラン。
そして招待したはずの客である、おやっさんと女将さん。
それらの皆を残して、俺を引きずるようにドナドナしていった。
◆
先日クロワト村への緊急出動があった日は、本当は子爵家の晩餐に招待されていた。
そのため「出動するから行けなくなった」と手紙に認めて送ったのだが・・それならばと今日、おやっさんと女将さんと共にご招待を受けたわけだ。
招待さえなければカヴァン温泉に言ってた可能性大だな。
しかしまあ、この一族が集まれば、普通の楽しいお食事会・・とは、中々いかないもので。
「美味しい?アトル」
「うん。ウマウマです」
本当に美味い。なにこのジューシーなお肉。とっても柔らかいよ。
「そう良かったっ!」
子爵夫人・・メルリーナ子爵夫人は大変満足そうに肯いた。
しかし・・・
「スープの熱さは?」
「パンの固さは?」
「お水がいいかしら?それとも果汁?」
・・・なんとも・・クリュネも真っ青な感じで世話を焼いてくる。
(こういうのさえなければいい人なんだけどなぁ)
子爵家族もおやっさん夫婦も、夫人の注意が皆俺にいっているので、なんとも寛いで食事を楽しんでやがる。
マルセスさんなんか普段からイビられがちなので爽やかな顔してワインを飲んでいる。俺は贄か。
はてさて、なんとも奇妙な状況なのだ。この子爵家は。
先に述べた通り、当代子爵家には7人の家族がいる。おやっさんや先生は家を出てるので除外。
まず、そこでおやっさんと喋っている初老のおっさんが当代当主エルレイズ・ナハウ・ラインレッド子爵。たしか五十・・
「子爵。今いくつ?」
「んんむ?・・なんだいきなり。46だが何か?」
俺は子爵に一つ肯くと思索に戻る。
・・そう、まだ50手前だった。苦労してるせいか白髪が多くて歳喰ってみえる。今度、傭兵団特性マナエール500でも差し入れるかな。なんか子爵が情けない顔をしてこっちを見ているが気にしない。
そして、子爵の横・・に座らず、俺の横に座り一心にこっちを世話を焼こうとしているのが、子爵夫人メルリーナ・ラインレッド。
女将さんと同い年の幼馴染と聞いたことがあるのだが、娘を5人産んだとは思えないほど若く見える。少なくとも20代半ばには見える。(流石の俺でも実際は幾つなのか訊かないだけの分別はある)
俺は何故かこの子爵夫人にいたく気に入られている。
1年ほど前、先生に連れられてここアザレアに来た時、初めてこの子爵邸に訪れたその時から。
・・・なんでも男の子が欲しかったのに、生まれるのは娘ばっかりで落胆していたのだそうだ。正直そういう事を言うような親は俺はキライだったのだが、何分他人の家の事だし、見てる限りは家族全員仲がいい。
それに後で知ったことなのだが、貴族のお嫁さんは跡取り息子を産めないとなんやかんや周りがうるさいらしい。
それが原因で夫人も一時期ノイローゼ気味になったこともあるそうだ。貴族もなんだかんだ大変なんだね。
普通貴族は複数奥方がいるのが当然と聞き及んでいる。子爵も跡継ぎの事があったので実際周りから嫁を増やせと言われていたらしいが、子爵は頑として受け付けなかったらしい。そう言う貴族も極少数派ながらいるんだそうだ。
そういうことがあったからなのかどうかは知らないが、子爵夫人は俺を養子にしようとか、後を継がないかとか、末娘か孫娘の婿にとかいろいろ言ってくる。夫人にはマルセスはちょっと頼りなく見えて仕方ないようだ。
仲が悪いということは無いらしいのだけど。
ちなみに子爵家の末娘はもうすぐ二十歳。いくらなんでも離れすぎ。
孫娘のディナーとブランは・・・どうも友達、頑張っても従妹感覚しかしない。多分向こうもそうだろう。
次、爽やかな顔でワインを空けている眼鏡の優男が娘婿のマルセス・ラインレッド、とその妻のエディナ・ラインレッド。
見た目だけなら美男美女の夫婦だ。
エディナはラインレッド家の長女で、後の4人の妹の内2人はすでに他家に嫁いでいる。
残りの二人の内一人(というか残りとか言ったら怒られるな)次女のナフィカ・ラインレッドは当傭兵団で副団長を勤め、かなりの武闘派になってしまっている。真相の令嬢なのに。何があった、ナフィカ。
最後の一人、末娘のアミエ・ラインレッドは市井に下り冒険者ギルドの経理係として働いている。自立したいんだそうだ。
「あなたあなた、ワインばっかり飲んでないで、ここは次期子爵として威厳を・・」
そう言ってエディナがマルセスの肩を揺する。
「いいんだいいんだ、どうせ俺なんて息子が生まれるまでの中継ぎなんだ。おろろ~ん・・」
ありゃ、泣き出しちゃったよ。泣き上戸変わってないな。
それで大丈夫か次期子爵。
さて、最後に一応義理の従妹殿、ディナーとブランだが・・
「ちょっとアトル!我が子爵家を乗っ取ったら許さないからねっ!」
「ゆゆちゃないかやねっ!」
実に威勢がいい、7つと2つの姉妹だ。
ラインレッドは系譜的に男系だったらしいのだが、当代以降は全て女子に塗り替えられてしまったらしい。
紹介だけで結構な長さになってしまったな。
以上、面白一族ラインレッド家でした。
「ねぇねぇ・・アトルは結局なんなの?」
コースが終わりデザートが配られると、ディナーが向かいの席から身を乗り出して訊いてきた。
「・・・なんなのって・・・何が?」
俺はリントン・ヌーヴェル・エーヴェに夢中なのだ。手早くしてくれ。
現在、俺の前のテーブルの上には、元の世界では形容しようのない、奇怪な甘味が置かれている。
似たモノを知らないので、この世界で呼ばれている通りに呼ぶしかない。
それが【リントン・ヌーヴェル・エーヴェ】
しかしなんだ、この奇怪なのにほんのり甘くさわやかなで冷たい甘味は。
アイスかシャーベットぽいのにサクサクする。
不思議だ。
恐るべし。
「なんでアトルはラインレッドなの?バロウズ大叔父様の子供なの?」
不思議デザートをガッガッと掻きこみやがった。
味わえよ。
「いや、違うよ。・・ん?子爵から聞いてないのか?」
「聞いてない!」
「きいちぇない!くーたんも!」
姉の真似をして、ブランが膝に乗せたクーの手・・前脚を上げ元気よく答えた。
クーは大人しくされるがままになっている・・・と思ったらブランの顔を舐め始めた。
ああ、口の周りにつけたソースを取ってやってるのか、優しいなぁクーは。
「なんというか・・戸籍上というか、先生の・・バロウズ・ラインレッドの養子ということになっている?みたいな?」
この世界にはというか、アルザント王国には一般的な戸籍制度は存在しないが、大まかに何処にどんな人間が何人くらい住んでいるか・・ぐらいの記録はある。
そうじゃないと開拓事業なんか出来やしない。
しかし貴族はそれとは違い、血筋や系譜が徹底的に管理されている。理由はいろいろ。貴族でも系譜から3代外れると貴族姓を名乗ることは許されない。
以前、先生と赴いた仕事で、俺が貴族でないと入国さえできないことがあった。仕方ないので俺もラインレッドを名乗ることにしたのだが、その話を最初にココを訪れた日に、先生が子爵に笑い話として話した際、「丁度いいじゃないか」と、本当に俺を貴族籍に入れてしまった。理由も経緯も不明。
俺としては【アトル】の名を変えろと言われたら断固拒否するが、両親に姓は無かったし、世話になってる親代わりの先生の姓が一個加わるくらいなら別にいいかとラインレッドを名乗ることにした。
それに・・領主親族と言う肩書は結構役に立つのだ・・。グフフ。お菓子買う時もおまけ貰えたり。外食に行くとVIPルーム使えたり。
何よりもカヴァンの領主別邸に逗留し放題なのだ!
温泉三昧なのだ!
どおりで皆貴族になりたがる訳だね!
まあ、要らん偏見も多いけどね!
俺がニマニマしているのを勘違いしたのか、
「むー!アトルにはカトクはあげないんだからねっ!」
「やからねっ!」
何を言い出すやら・・
「そ」
それは残念・・と軽口を叩こうと思ったが、そんな事を口走ろうものなら夫人が何を言い出すか分かったもんじゃないので言い直した。
普段の夫人の言動を、冗談だと信じたいが信じきれない自分がここにいる。
「・・将来はディナーの子供が継ぐことになるのかね」
冗談めかして言うと、ディナーがふと真顔になると、
「・・・今、王都のフィスター王子様・・8歳なんだって」
遠い目をして言った。
(・・はわわ!狙ってるよこの子っ!!次期王妃!!王子様ニゲテー!!)
・・って、うん、別に逃げなくてもいいか。
貴族子女が考える事としては至って普通だしな。
「ニゲテー!!」
ブランが叫んだ。
!?
・・・読んだッ!?