旅の空の下で
「あぁ~♪
やんばるの~かぜに のって~ クイナに会いに 行きたいなぁ~♪」
ダンダン
「レッサーな~ パンダもいつかは二足歩行~ 庭の池には~ 触ると痺れるカモノ~ハシ~♪」
ズンズン
「わおー!ワオッ!ワオキツネザルが わんだほジャンプ!」
ずんちゃちゃ
「影から出てきたウォンバットにヘッドバット!ヘイ!」
ダンダンッ!
「夢にまでみた~ 毛玉の王国~ 俺は行くんだ~ 毛玉の国へ~♪」
ダンダン!
「クーも一緒に~ 行こうぜ~ モフモフだらけの~ 素敵な明日へ~♪」
「ぐぅ?」
「ひゃっほう!」
「ぐぁ!」
見渡す限りの平原を縦断する街道を、一台の馬車が征く。
そう、俺の愛車“タンバリン号”だ。
なぜタンバリンなのか?
それは今は亡き父さんに聞いてみないと分からない。
この世界は前の世界とは似ても似つかない独自の言語なのに、なぜかちょこちょこ前の世界の言葉が混じっていたりするのだ。
そう言う場合やっぱり転生者が関わっているのだろうか?
――それはともかく、周辺2キール以内に誰もいないと思うと妙に大声で歌ってしまうのは何故だろう。
実に声がのびのび出る感じがする。
暇・・なのもある。
人間と言うものは、社会の中で生きている以上、大なり小なり周囲からの抑圧を受けて暮らしているものだ。
『周囲の目と耳が無い』
それだけで開放できるものもある。
おーぷんざまいはーと。
俺はそう信じてる。
「2番!ピッピィ鳴くよ! ピグミーマーモセットッ!イエァ!ミィミィ叫ぶぜミーアキャッ!!ハッ!」
抜けるような青い空。
モクモクしてる白い雲。
はるか遠くに見えるオルバムの山々。
そこまで届けよ俺の歌声。
「三番!緑がかったタヌキよ集えっ!赤みがかったキツネよ叫べっ!屋根裏住み着くハクビシンっ!駆除しちゃやだよアライグマッ!!幻術使うよ!う○はのいたち!!」
あ、毛玉じゃないの言っちゃった。蝦蟇師匠ならギリギリ毛玉・・だろうか?
ただ今、俺はメルレース街道を馬車に乗って北へ進んでいる。
【メルレース街道】
ラインレッド子爵領アザレアから北に延び、領境の街オシロを経由し、アイルゼン伯爵領の交易都市ドーマまで続く交易路で、ドーマから北西へ行けば領都ヴィンガーデンドへ、北東のベルコッザ山脈の南を回ってさらに東へ東へとゆけば、いずれ王都ウルダートまで続く大幹線街道だ。
無論、国益を支える主要な街道の一つなので整備は行き届き人通りも多い。
たまたま、なのだ。
人通りが途切れ、たまたま周囲に人影が無くなった。
大声で歌いたくなった俺を、誰も責めれまい。
周囲2キール以内に、俺を止める者は誰もいないのだ。
「4番!ジャンガリ・・・」
◆
まだ陽も高く、遠くのオルバム山が未だくっきり見える時間に宿泊予定の街ロウベルに到着した。
流石に見渡す限りの平野を積み荷無しの一頭立て馬車で進むと早い早い。
この分だと、かなり足の速い旅になるな。
ロウベルの街は傭兵団の護衛仕事に付いて何回も来たことがある。
メルレース街道上にある宿場の一つで、ラインレッド領に一番近いアイルゼン領の街になる。
オシロからの道すがらでも、いくつか小さい集落は存在するが、しっかりした宿屋のある大きい町はそう多くない。
街に入ると傭兵団がいつも利用している馴染みの宿屋に馬車を向けた。
<バラドの宿屋 ロウベル支店>
見かけはただただ古ぼけて寂れていそうな宿屋だが、アイルゼン領の老舗の宿屋チェーンらしい。
宿屋の建物の裏に厩があり、元の世界であったドライブスルーのように建物をぐるっと回ると、結構大きな厩がある。
結構馬車が泊められている。まあ時期が時期だしな。
馬車を進めると馬番の少年が寄ってきた。俺と同い年ぐらいの顔なじみの奉公少年。
「・・・あれ、お前一人なの?」
馬番の少年が俺に気付くとそう言ってきた。
いつもは傭兵団に付いてきてるからな。
「今回は気ままに一人旅なのさ」
「いいなぁ・・オレも連れてってくれよ!」
ここにもいた。冒険に夢見る少年。
「足手まといは要らんわ。ギルドに登録出来るようになってから出直して来い!」
「ちぇっ」
「俺が来る度にそう言うけど、ここ労働条件そんなに悪いのか?そう宿屋の親父に言ってみよう!」
「やめてくださいお願いしますっ!!」
素直でよろしい。
毎度のやり取りの後、少年に馬車を預け裏口から宿屋に入ると玄関ロビーにでた。
<バラドの宿屋>は『ファンタジーの宿屋と言えばこうだろう?んん?』・・みたいなオーソドックスな宿屋で、一階は食堂兼酒場で二階と三階が宿泊部屋になる。
結構な人数が飯を食ったり酒を飲んだり、一階でたむろしていた。
カウンターで暇そうにしている口髭全開の宿屋のオヤジに声をかけた。
「店、流行ってんのになんで暇そうなんだ?」
「お、久しぶりじゃねぇか坊主」
親父がニヤリと笑って頭をガシガシ撫でてきた。別に撫でられるのがイヤな訳ではないのでいいんだけど。
大人ぶって嫌がるほど子供じゃないないのさ。
「ああ、四半季ぶりくらいかな?」
「・・・なんだ坊主、一人なのか?」
「クーもいるよ」
足にしがみ付いていたクーを持ちあげて宿屋のオヤジに見せる。
手足をパタパタさせて可愛いなぁ。
「あう」
「お、まさか・・使い魔見つけたのかっ!?やったな、坊主!」
そう言われるのは、まあしょうがないけど。
「クーは友達!」
一応言っとく。
「おう、そうかそうか」
宿屋のオヤジはニコニコと笑いながら、クーを撫でた。
「馬車か?」
「ああ、厩に入れた」
「うん?・・・今日は傭兵団についてきたわけじゃないのか。まさか、荷物積んだままじゃないだろうな?」
「さすがにそこまで世間知らずじゃないよ」
何処の街にも手癖の悪い奴はいる。
この宿に馬番はいるけど、そんなに信用できるものではい。荷物なんか置いておくと、あの手この手であっという間に盗まれる。
馬は街道馬屋からのレンタルだし、馬は処分・・つまり換金が大変難しいので、仮に馬泥棒に盗られたとしても簡単に足がつき、世にも恐ろしい<馬屋専属・馬泥棒ハンター>が来るので滅多に盗られることが無い。盗ったら売った方にも買った方にも簡単に重刑が下る。
馬車事体が盗まれる可能性もあるにはあるが、もし馬車が盗まれたら世にも恐ろしい<馬車泥棒ハンター>が盗人の元に訪れる。誰とは言わないが。とても恐ろしいこと受け合いだ。
まあ、まだこのあたりなら【紅旗】のついた馬車を盗む人間がいるとは思えないけど。
宿屋の親父といくらか世間話した後、
「部屋はどうする?1等室いっとくか?」
「子供相手にどんだけボル気だよ。ザコ部屋でいいよ」
ザコ部屋は数人で雑魚寝して泊まる相部屋の事である。タコ部屋とも言う。
「すまんな坊主。生憎、今日はザコも3等も一杯なんだよ。2等か1等しか空いてねぇんだ」
「え、なんで・・・ってシーズンの最後だからか・・」
「まあそうだな、この時期はいつもこうだな」
もう秋季も半ばを過ぎ、直に冬季が来る。
そうなると雪が降ったりして通行障害が出るので、一部の商人以外の運送などの商売は下火になるので冬に向けて物資を備蓄しておくためにも、今時が一番行き来が活発になるのだ。
「・・・じゃあ、二等でいいよ」
散財だよ。ザコ部屋と二等じゃ料金4倍違う。
「まいど。んじゃ、宿帳に書いてくれ。部屋は・・3階の一番手前だ」
「おっけー」
宿帳に名前を書く。ふふ、なかなか達筆じゃないか。
「・・・最近、倅にこの宿譲っちまったのよ。随分張り切っちまってよぉ。俺なんかもうこの受付しか仕事させてくんねぇのよ」
親父が溜息まじりに愚痴ってきた。
「いいじゃないか、孝行息子ってことだろ?」
「そうはいうけどよ・・厨房から帳簿まで・・なんか俺の居場所がとられてってる気がすんだよなぁ・・」
「贅沢贅沢。パッパラ息子で困ってる親父に聞かれたらぶん殴られるぞ」
「ちげぇねぇ!」
親父はブハハッと笑った。
料金は前渡しなので、懐から大銅貨1枚をカウンター置く。
「坊主、湯はどうすんだ?」
「あぁー・・、一応頼むよ。クーも洗ってやりたいし」
「よっしゃ任しとけ。しかし、坊主は運がいいな、今日のおすすめはヤックのステーキだぜ?シチューもある」
「まじで?」
ヤック・・結構なレアな食材だ。シカになぜか翼が生えたような生き物で、その肉は極上の旨味を内包し、滴る脂にさえ値段が付くと言われている。
高山などに生息しているらしいのだが、家畜には出来ないらしいので、狩猟でしか獲れない。
そしてヤックは警戒心が強く滅多に獲れないし、滅多に市場に出ない。
「知り合いの猟師からいい値で仕入れられたんだ。ちと高いが満足間違いなしだ」
「俺からどれだけ巻き上げる気だぁー!!」
「ブアッハハハハ!」
~
ごちそうさまでした。
旅グルメ満喫。
クーも満足。
流石、ヤック!
流石、高価いだけはある!(泣)
~
親父に言って、洗い場に湯を張ってもらう。
一般的には桶に湯を張って部屋まで持って来てくれる宿屋もあるし、水の入った桶は結構重いので、宿泊客用の浴場・・というか洗い場があり、そこに湯と石鹸を持って来てもらう宿屋もある。
しかしそこは曲がりにも宿屋チェーン店<バラドの宿屋>
ここには湯沸かし魔道具が設置されていて、親父に頼めば簡易浴場が使用できるようになるのだ。(予約制)
つまり風呂に入れるのだ!
ヴィンガーデンドあたりなら普通に大衆浴場もあるし、水道も湯沸かし魔道具も普及してるんだけど、まだまだ高価な物なのでこんな田舎までは出回っていない。元潔癖民族も流石に慣れる。
簡易浴場は2ヘクトほどの小さな部屋で、部屋の隅に達磨ストーブから蛇口が生えたような湯沸かし魔道具があり、蛇口みたいなのを捻ると風呂桶に湯が張られるという仕組みだ。湯沸かし魔道具事体が発熱するので、浴室暖房も兼ねている。
しかし、風呂は普及して無いのに何故か石鹸は普及しているという不思議。石鹸の合成は魔術的に簡単なことが理由らしい。正確には錬金術の分野らしいが。
石鹸を泡立てた荒めの布とヘチマのスポンジと柔らかいブラシで体をゴシゴシ洗いつつ、クーも洗ってやろう。ごしごし。
「ふぅーーー」
極楽。
俺とクーはちょうど良い温度に冷ました湯舟の中に浸かった。
クーは風呂がとても好きらしくアザレアでもよく入っていたし、犬や猫のように身体を洗うのを嫌がるような事はなかった。
風呂桶の縁に顎をのっけてめっちゃ寛いでるクー。
なでなで。
きゃっきゃと遊んでいたら、ちと長湯になってしまった。
風呂から上がり、ベットの上にゴロンする。
いつもよりフカフカだ。
さすが2等ともなるといい部屋だな。
今日はいい夢見れそうだ。
◆
エイニス滞在の最後の日をウィカとディー、二人と町を散歩しながら過ごしていると・・・
うん。迷った。
「ここはどこだーっ!!」
「叫ばなくても聞こえるよぅ!」ウィカが抗議の声をあげた。
「・・・」ディーは俺よりも無口だ。滅多に喋らない。
小さくとも一国の首都、敵の侵入を阻むため街路は入り組んでいる。しかも小高い丘の上に築かれた都市なので建物や路側の壁が高く見通しが悪い。
まだ入ったことない路地をうろうろしていると、四方を壁に囲まれた“町の隙間”みたいな場所に出た。デッドスペースってやつだな。秘密基地みたいだ。
「・・・・ここ、登れそう」
ディーが路地の片隅にある木箱を指さして呟いた。
「おお、ディーが喋った!クララが立った!」
「・・・誰?クララって・・」
「?」
二人の視線がとても冷たい。
いや、主にウィカの視線か。
「ほう。うまい具合に階段状になってるな。登ってみよう」
よっ
よっ
端に置かれた木箱から一段高い外壁、窓の雨どい、また外壁、屋根、外壁上手い事登っていけるようになってる。なんか心躍るな。
「二人ともこないのかー?」
ディーは登ってきてるが、ウィカは登ってこない。
「だからクララってだれー!?」
ウィカが叫んでるが、多分説明しても分からんだろう。
「だーれー?」
「なかなかのしつこさだな」
そんな目で見られても。
「・・・えーっと、昔の彼女?」
無論冗談なんだけど・・・
「・・・(ぐすっ)」
おお、なんかストレートだなぁ・・・ウィカは。
妬いてくれてるのは嬉しいけど・・・泣くのは反則。
壁の上から地面まで3メールほどを飛び降りると、さっとウィカをお姫様抱っこして、どこまで続いているか分からない階段もどきを一気に駆け上がった。
「ひゃあっ・・はやいはやい!」
アトルタクシー今日も絶好調!
あっというまに一番高いところにたどり着いた。
「うわぁ・・」
ウィカが歓声を上げる。
「おお、外周壁まで続いてたのか・・」
「・・・きれい」
いつの間にかディーも追いついてきていた。
辿り着いた場所はエイニスの街を取り囲む外周壁、その上だった。
外周側を見下ろす20メール程の高さがあるだろうか、小高い丘の町の外周壁から見下ろす光景は、とても美しかった。
遥か向こう、空と森と大地がどこまでも続いてるように見える。
「ここからなら、容易にこの街から脱出できるな」
「なんで脱出するの?」
「・・・」
「・・・」
「・・・・たまに・・そういうこともあるのさ」
・・・今日はやけに冷えやがる。
「アルザントってどっち?」
外周壁の縁に三人で腰かけながら、無言で景色を見続けていると、ウィカが口を開いた。
「こっちが北だから、あっちかな」
ここは北国だから南西はあっち。
南西を指さす。あの山の向こう。
「いっぱい歩くの?どれくらいでつく?」
「そうだなぁ・・ずっと徒歩なら半季(48日)強ほどはかかるかな。内海で船に乗るなら四半季くらいかな」
「・・・遠い」
ディーが呟いた。
「・・・アトル・・・またここに来る?」
「うーん・・・この後“ようせいきょう”ってとこに行ってから、アルザントの王都に向かってその後は・・・」
「ブー!」ウィカが叫ぶ。
「ブゥ」ディーまで控えめに言った。なんとも珍しい。
どれくらい座っていただろうか。
なんかあの世を思い出すな・・。
「この二週間、楽しかったな」
「うん」
「・・・うん」
「ありがとな」
「・・・(ぐすっ)」
「・・・」
「大丈夫。きっとまた会えるさ。俺だってもう来れないわけじゃないし」
「・・・(じわじわっ)」
「・・・」
「どうしても会いたくなったら、アルザントに来たらいいよ。ラインレッドの領主の子爵には世話になってるから、とりあえず行けば連絡がつくし。今度は俺がラインレッドを案内しよう!」
「・・・」
「・・・」
「困ったことがあったらでもいいよ?」
「・・・うぅ・・」
「・・・わかった」
(こういうのガラじゃないんだけど・・)
懐から事前に用意しておいたブツを取り出し、二人の首にかけた。
「・・・これ」
「・・・」
「俺が初めて倒した結晶魔獣の魔石をネックレスにしてもらった」
魔法を操る魔物や魔獣の中に、数百体に一体くらいの確率で魔法が結晶化した魔石を体内に宿すものがいる。
俺が倒した魔獣は凶暴で肉食の六本脚のユニコーンのような魔獣で、角が七色に輝く魔石に変化していた。
先生にけしかけられるまま、結構な死闘の末に倒したのだが、角は倒した時に運悪く砕けてしまった。七色に輝いていた角は、砕けた途端に明るい蒼と深い藍が混ざったような感じに固着してしまった。
でももったいないので記念に持っていた魔石の欠片の中でも同じ大きさのものを3つ加工して鎖を付けてもらったのだ。
二人に渡すために。
「わぁ・・」
「きれい」
二人とも、魔石の不思議な輝きに見入っている。
(二週間本当に楽しかった)
旅から旅の生活の中で、初めて同年代の友達が出来た。
出来るなら、ずっと友達でいたい。でも今はまだ出来ない。
だから、なにか形になるモノを残しておきたかった。
ここから俺が居なくなっても、覚えていてほしかった。
「ウィカもディーも、初めての友達だからな。記念にだよ、記念」
「・・・」
「・・・」
「きっといつか・・・また三人で会おう」
「・・・うん」
「うん」
「約束だぞ」
「うん!!」
「うん」
ウィカも、
ディーも、
やっと笑った。
―――
それから、三人で外壁に座って日が暮れるまで話し続けた。
惜しむように。
踏ん切りをつけるように。
でも結局最後はウィカが泣きだして、ディーと二人宥める羽目になったんだけど。
明日なんて来なければいいと思ったのは、あの時が初めてだったな。
そんなに遠くない記憶。
俺の子供らしい思い出。
(・・・二人とも、元気かな?)