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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第一章 或る転生者のお仕事
6/87

野営

「若、忘れもん無いですね?・・・んじゃ、出発するぞーっ」


幌付き馬車の中から顔だけ出してた俺は肯いた。


早朝にも関わらずバウロが声を張り上げる。


着替え(パンツは3枚)、持った。

女将さん特製弁当(鳥の照り焼きサンド)、持った。

愛用の剣、持った。

愛用の枕(やや硬め。そば殻のような何か)、持った。

昨夜書いた手紙も、女将さんに渡しといた。


よし、準備万端だ。


翌日早朝、まだ陽も登っていない薄暗さの中、団舎前には人だかりが出来ていた。

団からは一人増えて22人が、騎馬3頭と1頭立ての馬車1台、2頭立ての馬車3台での道行となる。

通常なら徒歩を混じるのだが、緊急性が高いとギルドが判断してくれたのでギルドのレンタル馬車も2台動員している。ちなみに俺が乗っている一頭立ての馬車は俺個人の持ち物だ。


隊の先頭は騎馬に乗ったバウロ達。

2頭立ての3台と続き、俺の乗っている馬車は、最後尾、殿だ。

ギルドの監査官殿は中列の一台の手綱を取ってくれ、二人の治癒士もそれに乗っている。俺の馬車の御者は、予備隊所属の訓練生のオットー君に任せている。最後尾だから出発も遅い。


「アトル」


声が聞こえた。幌の外から。幌の後背部から顔を出すと、女将さんがいた。


「あんた、そんなポァーッとした顔して大丈夫なのかい?」

「なんだよ、ポァーって?・・・昨日ちょっと寝れなかっただけさ。着くまでに馬車で一寝入でも二寝入り出来るよ」


馬車の中で寝る。そのために枕も持った。枕なんかなくても寝られる、そう思った時期もあった。若かった。

片道の予定は二日ほどだし、かのスキルを鍛えるには丁度いい。


女将さんは手に持っていた袋をこっちに寄越した。中を見ると飴玉がいっぱい入ってた。

シューロという甘酸っぱい果物を砂糖で煮て作った飴玉を、くっつかないように粉を振ってある。幼い口のお供にぴったり。とても美味しい。


「あんまり無茶すんじゃないよ。あんたはまだ子供なんだから・・・」


女将さんが心配そうに眉を寄せる。


「大丈夫だよ。むしろ他の連中の方が心配だ」


女将さんの心配顔は変わらなかったが、

「それも・・そうだね」と納得してしまった。納得しちゃったよ。


先頭から順に出立していき、自分の馬車も動き出す。


「くれぐれもケガするんじゃないよ」


と、手を振ってくれたので、俺も「クモ足お土産に持ってくるよ」と手を振ったら、


「カニにしとくれ」って言われた。


・・・カニかぁ。あるかな?サワガニ?


―――


中々速いペースで行軍するが、馬にだって人間にだって休憩は必要。


適度に休憩しつつ進む。

俺は馬車内でよく寝れた。


行程一日目の夜は道沿いの町アルルベンの宿屋をほぼ貸し切り状態で泊まる。

通常行程ならもうちょい手前の町ジッターで一泊なのだが、薄闇の中やや無理してアルルベンに入った。

一日目は恙なく終わった。


行程二日目に逗留できる町や村は無い。

完全に日が暮れる前に、街道脇に拓けられた停車地で野営に入る。


探査魔法が使えるバウロが周辺確認したあと、空地中心部に馬車を並列に止め、三方を囲むように焚火を置く。警戒は3交代で。


俺も適当に薪を拾ってきて焚火を熾してから、ごろんと横になる。皆も思い思いに焚火のそばに座った後、今日の晩飯タイムだ。


「若。すいませんが、今日はこんだけでお願いします」とバウロが飯を持ってきた。


メニューは二枚の干し肉と干し果物、と水。いや、沸かした水、白湯だ。白湯。白くないのに。

残念さが顔に出たんだろう。バウロが、

「ほんとすんません。御馳走はクモ片づけてからってことで、ねっ?」

そう言って、干し肉もう一枚くれた。


・・・まあ、仕方ないな。


育ち盛りにはちょっと物足りない。

俺も贅沢になったもんだと、硬い干し肉をもちゃもちゃと噛んで噛んで噛み尽くす。あ、結構美味くなってきた。「安い舌だなぁ」と心の中で笑う。せめて炙ってナナス(ソース。アザレアの家庭の味。各家庭で風味が違う)をかけて食べたいが我慢我慢。ぐう。


この近辺での魔獣被害は滅多にないが、全くないわけじゃない。

煮炊きしても問題ないとは思うが、今日はしないとバウロが判断した。きっと討伐期間のことも頭にあるんだろう。

予定通りに終わる保証なんてないからな。念には念をだ。念を入れられない傭兵はすぐ消える。


ん?


向こうの焚火の傍から、悲しそうな顔でザイケンがこっち見てる。


なんだ?


不毛にも、ザイケンと見つめ合いながら、次の干し肉を噛もうとすると、奴の顔が悲しそうに歪んだ。

干し肉を噛むのをやめて、干し肉をザイケンに向けて掲げて、首をかしげてみる。

するとザイケンは自分の干し肉を掲げて1枚しかないアピールを始めた。そして俺の干し肉を指さし、次に自分を指さす。


それ俺のアピール?

知らんよ。そんなん。


手元の干し肉をこれ見よがしに噛み千切ってやったら、なんか地団駄踏んでたけど・・・・どうでもいいや。

どうせバウロになんかの罰として巻き上げられたんだろうさ。奴は兄貴に頭が上がらんからな。

思うままに3枚の干し肉を蹂躙し、口の中で干し果物を果敢に攻め立てていると、隣に座っていたオットーが不思議そうに聞いてきた、


「なぁなぁ、若。いっぱい食料持って来てるのに、なんでメシ作らなくていいんすか、ですか?」


「・・・妙な喋り方すんな」


「すんません」オットーは申し訳なさそうに頭を掻く。


予備隊は通常雑用任務だ。つまり宿舎や野営では焚火熾しや煮炊き配膳と、隊員の世話をしないといけない。今回の野営では何故しないでいいのかということだろう。作っていいならもっと食べられるのに・・という心もあるのかもしれない。


「オットーは、まだ外回りしたことなかったか?」


「はい。訓練じゃない野営も初めてっす、です」


「無理に敬語使わなくていいよ」


「すんませんっす」


確かオットーは入団してまだ半年位だったか。

馬屋の三男坊が15での独り立ちを機にを機に、剣での立身を志して団の訓練生として入ってきたらしい。ならまだあんまり外回り教育して無いのかもしれない。

剣や槍の腕はまあそこそこらしいし、馬屋の倅のせいか、馬の扱いが上手いらしい。一人乗りも御者も出来るので、今回ついてくることになった人材だ。仕事としては、ほぼ俺と食料の輸送なわけだが。

まあ、後輩に教訓の一つでも垂れるのが、先輩の務めと言えば務めか。


「そうだなぁ。・・・最初に、俺らが運んできてる食料がこの隊の何日分の食料か知ってるか?」


「えっと、女将さんは十日分って言ってました」


「そう。まずこれは、十日分しかないって考えないといけない。」


俺を含めて26人の十日分。結構な量だ。


「仕事中に腹いっぱい食う傭兵なんていない。冒険者も同じだ。しかし食わないわけじゃない。人数がいればそれなりの量が必要になる」


いったん言葉を切って、オットーの顔を見る。


「・・・へえ」


気の抜けた声出しやがる。


「今回は脅威度と緊急性が高い仕事だ。内容は聞いてるだろ?」


「あっはい。家ほどもあるでっかいクモが出たんですよねっ?」


「数は?」


「いっぱいって、聞きました」


「いっぱいか。そうだな。何日で全部狩れると思う?」


「えっ?・・・え~・・・。すんません、わかんないです」


「そうだな。俺もわからん。全滅させるのに十日かかったら飯が食えなくなるな?」


「えっでっでも、村に行くんだから、そこで調達できるじゃ・・」


「・・・村が無事な保証がどこにある?」


言われて初めて気づいたんだろう。


「あっ、あ~・・・そういうことも、あるんですか・・・」


「ある」


俺の断定的な言い方に、オットーの顔が強張る。

辺境領でも領都育ち、さらに辺境の常識は知らんか。


「・・・じゃあ、食料がなくなったら、昨日の町から補給してもらえば・・」


ふむ。考えようとはしてるな。いい傾向だ。傭兵は脳筋が多いからな・・・。


「魔物討伐ではな、撤退戦や人を使った補給などの応援要請は悪手なんだ。現場では仕方のないことも多いんだけどな」


「なんで、ですか?」


「・・・魔物はな、人間をつけてくるんだよ」


「・・・獲物を追ってくるってことですか?」


「ふん。ちょっと違う。追っては来る。でも目的が違う」


「はぁ」


「魔物はな、人間が巣に帰るのを知ってるんだ。だから人についていって巣の場所を確認する」


「ええっ!」


「厄介なのは、確認した後すぐ襲うタイプだけじゃない。群れの魔物なんかだと、一旦帰ったあと、一族総出でやってくる場合がある」


「・・・」


おやおや、オットー君、想像して声も出なくなったようだ。そりゃそうだ。


「そうだな、今回のクモが“それ”である可能性がないわけじゃない」


「・・・」


オットー、焚火に当たっているのに顔に血の気がないのが分かる。


「今回、クモの討伐以外にも補給の目途も全く立っていない。だから・・」


「食料を節約する必要がある、すか」


「そう。とりあえず一つ目の理由だな」


「まだなんかあるんすかっ」


「あたりまえだのくらっかー」


「??マエダ?」


「・・・気にするな。二つ目の理由はな、ココ、どの辺かわかるか?」


「は?ここって、街道脇、ですよね」


「クロワト村からどんだけ離れてる?」


「えーっと、明日の夜明けに出て昼前に着くんすよね。30~40キールってとこっすか」


「そうだな。そんなもんだ。クモが確認されて早二日以上、もしクモが村を襲撃していた場合、道に沿ってこっちに向かっている可能性もある」


「え」


オットー君、分かりやすいほどビクッてした。ちょっと頭に浸透するまで待っててやるか。まあ、何年も魔物と戦ってりゃ、常識レベルの話なんだけどな。


周りを見やると、焚火の周りにいる他の団員もこっちの話に聞き入っていた。焚火を挟んで向かいに座っていたカルディオ(23、独身)と目が合うと、器用に肩をすくめて苦笑して見せた。気障なやつめ。


「今はアルルベンで封鎖してるから街道に人はいないが。この街道はいつもそれなりに人通りがある。人の気配のある道だ。人の道でも獣の道でも魔物はそういう生き物の気配や臭いをだどって来る。街道に魔物が出る理由の一つだな」


オットー君しきりに、街道の方を見てる。


「煮炊きをしない理由はそれだ。ここから村まで半日もない。パンが焼ける匂い、肉が焼ける匂い、芋が煮える匂い、もし奴らが近くに、風が匂いを運ぶ範囲にいるなら、奴らは喜んで飛んでくる」


・・・オットー君、なんか泣きそう。


大げさに言いすぎたと笑えたら、いいんだけどねー。

大げさじゃないから、どうしようもない。


俺はコップの冷えた白湯を・・水を飲み干すと。

オットー君の肩を励ますように、叩いた。


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