剣話 名も無き兵士の剣
「ちょいと少年、見て行かんかね?」
人混みをぬってぶらぶら歩いていると、露店を出してる白い髭のじいちゃんに声を掛けられた。
ここアザレアの二―フル通りには何日かごとに市が立つ。
蚤の市・・・というか、現代日本で言うならフリーマーケットみたいなものだ。200メールほどの通りにいろんな素人露店が広げられている。
ツボだの絵だの庭で採れた野菜だの、売られている物は実に節操がない。
人混みだって凄いものだ。「人がゴミのようだ~」とは誰のセリフだったか。
「ん?悪いけど、俺、買いたいものがあるんだよ」
昨日初めて【給金】と言う物を貰った。
あっちもこっちも含めて、生まれて初めての給料というやつだ。
貰った時の俺の興奮・・・理解してもらえるだろうか。
無論、今まで金銭を貰ったことが無いわけじゃない。
先生と旅してる時だって、ちょいちょい冒険者の仕事を手伝ったりして小遣い程度は貰ったことがある。
迷いネコを探して手間賃貰ったことも、指名手配犯捕まえて賞金を貰ったこともあるし、泣き虫殿下を助けて褒賞を貰ったこともある。
しかし、基本どれも単発の“ご褒美”だ。
この世界では、10歳以下でも働き始めている子供も珍しくはないが、俺の年齢では冒険者ギルドに登録は出来ないし、旅暮らしでは安定した仕事や収入など得られない。
だからこの【給金】は別なのだ。本質が。
『働いて対価を得る』それはどの仕事もそうだろう。しかしその手にしたお金の持つ価値は【ご褒美】と【給金】では、天と地ほどの差があるのだ。
(重みが違うのだよ重みが)
記念すべき初任給で、何か残る物を・・・と、さんざん悩んだ末、マイソードを買うことにしたのだ。
前の剣は山賊退治の時、山賊のアジトで拾った剣で、この前の仕事の時折れてしまった。今度はちょっと良いモノが欲しいけど、手持ちの額では新品は買えない。女将さんは「買ってやろうか?」なんて言ってくれたけど、こればっかりは自分の甲斐性でなんとかしたい。
で、丁度時期が合った蚤の市で出物を探すことにしたのだ。
「まあ、そういわず、見てくだけならタダじゃろう?」
そりゃまあ、そうだけど。別に急いでるわけでもないし。
じいちゃんが広げた茣蓙の上には、妙な形の花瓶に木彫りの工芸品、各種金物、年季の入った短剣、かぼちゃ等々、実に節操がない。
「家財道具ばっかりじゃないか、どこか引っ越すのかい?」
「おお、ようわかったのう。実はな、アルルベンで働いとる倅がのぅ、心配じゃし一緒に住まんかとよんでくれての。ばあさんと共に行くことにしたんじゃよ」
「へぇ、よかったじゃないか。孝行息子だね」
「ぐはは、若いときは向こう見ずで心配ばっかりかけられたがのう!」
じいちゃんは大分減った歯を見せつけるように大口を開けて笑った。
「孫に何か土産でも買っていこうと思ってのう。こうしてガラクタ売っとるんじゃよ」
またもケラケラと笑って、愛嬌のあるじいちゃんだ。
「でも悪いけど、俺の欲しいのは無いなぁ」
ガラクタだしなぁ。
「ふむ。じゃあこれはどうかの?」
そう言うとじいちゃんは、座っていた長持の蓋を開けると、中から一振りの長剣を取り出した。
「伝説の聖剣じゃぞ?」
なんでそんな自慢げなの。
「随分、古めかしい剣にしか見えないよ」
随分大きな直剣。素っ気ない柄や柄頭の造りといい、武骨で骨太な拵えといい、年季の入った・・というか、古い剣にしか見えない。頑丈そうではあるけれど。
「そりゃそうじゃろうのぅ。なんせ600年ほど前の剣じゃからのぅ」
んな馬鹿な。骨董じゃないか。
「600年!?魔法王国時代じゃないか。それはいくらなんでも・・」
「そういわれてものぅ。そういう言い伝えじゃからのう」
「言い伝え?」
そんな由緒があるの?この剣に?
普通に考えるなら、このじいちゃんのセールストークだけど。
「なんじゃ聞きたいのか?」
じいちゃんがニヤリと笑う。
「結構そういう話好きなんだよ。聞かせてよ」
興味はある。知的好奇心というやつだ。
「ほっほっ、じゃあ、ちと話してやろうかのう」
じいちゃんは真っ白い髭を撫でた。
――
「この剣はの。名もなき兵士の剣なんじゃよ」
「名もなき兵士?」
「そうじゃ。戦に出て手柄を上げたとか、そういうんじゃない。己の大切なモノの為に必死に戦った者達を支えてきた剣・・なんじゃよ」
「・・・それって聖剣っていうの?」
「儂の前の持ち主がそういっとっただけじゃの」
「エェー」
まだ話が続くようなので、近くの露店で果物ジュースを二杯買って、じいちゃんの隣に座った。
ジュースを一つじいちゃんに渡すと「ありがたい。すまんの」と言って美味そうに飲んでいた。
「まあ聞きなされ。昔々の事じゃ。英雄になるという大きな夢を見て、辺境の村から兵士になるため旅立つ男に、親友の刀鍛冶が打った剣が、この剣じゃったらしい」
「へぇ」
随分、具体的な言い伝えだなぁ。600年も前の事なのに。
「その男も苦労の末に国軍の兵士になったんじゃがな、あんまり武芸の才能はなかったんじゃそうじゃ。戦があったんじゃが、死にはしなかったものの、さして手柄も上げられず、結局は故郷の村の衛士になったんじゃそうじゃ」
「ほう」
「しかしの、夢破れ失意の中戻ってきたそんな男を、故郷は優しく迎えてくれた。親も親友も男の無事を喜んでくれたそうじゃ。その時、男は故郷を守って生きて行こうと決めたらしい」
「うんうん」
情感たっぷりに話すじいいちゃんに相槌を打つ。
「しかしそんな時じゃったっ!」
じいちゃんが叫ぶ。
おお。
「その村を緑石竜の大群が襲った。【魔物の狂騒】というやつじゃな」
緑石竜は亜竜の一種。個体としてはそんなに強くはないが、奴らは群れでやって来る。それも【魔物の狂騒】じゃ、村の一つや二つ壊滅してもおかしくない。
「・・・男は命がけで戦ったそうじゃ。じゃが、男の力では到底守りきれなんだ。男は村人と共に村から逃げ出した」
「ほう」
「親友は村人たちを避難させていたんじゃがの、村人を守るために囮になったんだそうじゃ。男が止めるのも聞かずにの。
男が恐怖に振るえる身体をおして、命からがら駆けつけた時には、親友はすでに瀕死の重傷を負っておったそうじゃ。
・・・男は後悔したそうじゃ。
恐怖で怯んで、すぐに助けに行けんかったことを。
じゃが、親友が今際の際に男に言ったそうじゃ、
「お前が強い人間であることは俺が誰よりも知ってる。俺にとってはずっとお前が英雄だった。みんなを頼む」と」
ふむ。
「男は親友の亡骸に誓ったそうじゃよ。・・何を誓ったかは教えてくれなんだがな」
「教えてくれなんだ?」
じいちゃんは、俺をチラリとみると肩を竦めた。
「それからじゃよ、この剣に不思議な力が宿ったのは」
無視したよ。
「この剣は、その男の息子、息子の息子、時にはその弟子だの兄弟だの通りすがりの者だのの手を渡り、世界中を旅したそうじゃ」
なんとも気の長い話だな。
「それを一体誰に聞いたの?不思議な力って?」
訊いてみた。
「ほっほっほっ」
笑われた。
「・・・そうさなぁ。その時が来れば、解る」
「えぇー」
「儂が言っても信じられんじゃろう?・・それに少年、結構強いじゃろ?」
「まあそうだね。それはじいちゃんもだろ?」
それが話を聞くことにした理由の一つ。このじいちゃん、結構なツワモノの匂いがする。
「この剣はの、どうもピンチにならんと力を貸してくれんのじゃよ。それも背中に守るものがある時にだけにの。持ち主が強いとあんまり世話にはならんかものう」
「じいちゃんは世話になったの?」
「そうさの・・・けっこう長い事生きとるが、世話になったのは二回だけじゃな。割合平和な人生だったっちゅうことじゃな。ヒャッハッハッ」
「へー」
ウソかホントかは分からないが、なかなか楽しそうな剣だ。
「どうじゃ、欲しくなったか?」
「うーん・・・」
悩んでるフリ。実はけっこう欲しくなった。
「値段次第かなぁ」
「ほっほっ、そうじゃのう・・・孫娘がもうすぐ嫁に行くんでのう・・花嫁道具の一つでも欲しいんでのぅ・・・2万でどうじゃ?」
チラリチラリとこちらを見ながら、じいちゃんが言ってきた。
アルザント銀貨2枚。食費だけなら3~4週くらいは食べていける額。
しかし新造の鉄剣一本で2万5千ゼルはする。ふむ、安いことは安い。
「・・10000」
張ってみた。
「19000」
やる気か。
「11000」
・・・
「少年には負けたわい・・・14850でどうじゃ」
「にしし。まいどありー」
どっちが商売人なんだかわからんな。
じいちゃんに銀貨一枚と半銀貨1枚を渡す。
「釣りは取っといて」と言うと、
「・・・それならなんで十の位まで値切ったんじゃ?」と言われた。
なんでだろうね?
ノリ?
「・・・まあ、お前さんなら、あんまり世話になることは無いと思うが大事に使っとくれ」
「うん」
受け取った古ぼけた剣は、武骨な外見通り結構な重さがあるが、妙に手に馴染んでいい感じだ。
はじめましてマイソード。ないすとぅーみーとぅー。
「おおそうじゃ、これもやろう」
そう言って革の帯をくれた。
「持ち手はもうボロボロじゃからな。鞘もボロボロじゃがまあ自分で新調しとくれ。手入れも持ち主の務めじゃて。ほっほっほっ」
ボロボロのまま放置してたの、じいちゃんじゃないか。
でもまあ、
「ありがとう、じいちゃん」
俺は、初めての給金で買った自称“聖剣”をまじまじ見入った。
―――
「んで、この剣を買ったんですか?」
バウロがしげしげと我が聖剣を見ている。
「ああ。ただの剣買うより、曰くつきの剣の方が面白いじゃないか」
ボロボロの鞘と剣帯は流石にもう使えないので、買った帰りに武器屋に寄って新調することにした。鋳造規格外の剣なのでオーダーメイドなんだそうだ。本身より高い鞘ってどうよ?仕上がりは3日かかるらしい。
倉庫から整備キットを出してきて剣を綺麗にする。
武器屋で整備も勧められたんだが、自分の剣の手入れぐらい自分で出来るようになりたい。正直、剣は今まで使い潰しばかりで、まともに剣の手入れをしたことが無いので、物知りバウロに手入れの仕方を教えてもらっている最中だ。
「随分、古い剣ですね。すっげぇ重いし肉厚、形もあんまり見たことないな」
「600年前のらしい」
「・・・それ、いくらなんでも・・・」
「ロマン・・だな」
遠い目で夜空を見上げたいが、ここは部屋の中だ。
仕方ないので天井の隅を見た。
「・・・若がいいなら、いいんですけどね・・・」
剣を解体し柄と鍔を綺麗に洗って拭いて乾かす。不思議なことに錆は無いな。ボロボロの柄の革巻きも綺麗にこそぎ落とす。
乾かしている間に、刃を綺麗に砥ごう。
と思ったら、バウロに「砥ぐのは年季がいります。素人はやらない方がいい」と言われてしまった。むはん。しかしこれもまた先人の忠告。今度武器屋でやってもらうか。
乾いたら組み立て。
剣身に鍔を通して柄を装着すると、刃固定用の鉄の釘みたいなものを3本を柄に打ち込む。鍔も叩いて固定する。そして新しい革を巻く。革巻きはビードって接着剤みたいなもので固定するらしい(なんとかアルデヒドとか発生しないだろうな?)。
柄と鍔と剣身の接触部にはマジュルとかいうなんかジュルジュルしたモノを塗るんだそうだ。錆止めと固定の効果があるらしい。乾くと固まるけど、ある程度の熱で溶けるんだそうだ、なんか樹脂みたいだな。
この世界ではこういう手入れが普通みたいだけど、元の世界ではどうだったんだろう?俺では似てるのか似てないのかも分からんな。
バウロに「なんかこう、刃に粉みたいなものつけないのか?ポンポンって」と訊いたら、何言ってんのこの子?みたいな顔をされた。
あれ、やりたかったのになぁ。
「・・・っよし!新生マイソード爆誕!!」(爆発してないけど)
掲げてみた。
なんか輝いてる気がする。
ちょっと綺麗にしただけで新品になった様だ。
「よしお前を・・・、・・・、【聖剣】と名付けようっ!!」
「まんまじゃないですか」バウロが突っ込みを入れてきた。
咄嗟に思いつかなかったんだ。しかたあるまい。名前はおいおい考えよう。
「よしっ!バウロ!班の連中とザイケンの班も呼んで来い!!試し切りだっ!!」
「え」
「久しぶりにいっちょ本気で揉んでやる!!我が聖剣の錆にしてくれるわっ!!」
「えぇーーー!!」
ぬははっ!
まるで伝説の勇者にでもなった気分っ!
今なら大魔王でも三枚に下ろせそうだっ!!
かかってこい魔界傭兵四天王どもっ!!!
「アァー」って顔をして皆を呼びに行くバウロを、俺は上々の気分で見送った。
果たして、あの話はじいさんの法螺なのか事実なのか、
この先が楽しみだ。