漏話 森の中で
―――【赤華騎士団】上級騎士ハロウ・ラーヴァラル
「ラ・・・ラーヴァラル様・・これは・・・」
数えるのも嫌になるくらいの、夥しい数のクモの遺骸を前にして、部下が呟いた。
(・・・・なんなんだ、これは・・・)
森の中はむっとする異臭で満たされていて、その様はまるで地獄の様相を呈している。
(これを・・・あの少人数でやったというのか・・・?)
馬鹿な。
これが人間の所業か。
我らラーヴァラル隊は真っ直ぐ傭兵達の後を追ってきたはずだ。そもそも道なり来ているから、逸れてはいない。
それも奴らと私の班の時間的差は一時間・・二時間は開いていないはず。
ほんの一・二時間でこれを成したというのか?
(やはり、あの特務に推挙されている小僧か)
あの若さで今度結成される王属特務【十の王剣】に内定していると聞く。
(あの小僧は無名だが、【十の王剣】の他のメンバーは化け物揃いだ。ならばこの光景も納得できる)
しかし・・・
これでは我が力の証明が出来ない。
私は上級騎士で終わるような器ではない。
いずれ、最上級、旗騎士、副団長、【四色王華】の団長も王宮近衛さえも我が器に収まるとは思えない。
(【十の王剣】ならば・・・)
【十の王剣】とは始祖王が帯びたといわれる十本の剣の事。
先代の王の放蕩により、今王族は評判が悪い。
立て続けにあった魔獣災害への対応の鈍さも国民の不安や不満を招いている一因だ。
そんな評判を覆すために結成されるのが、国内外の英雄を集めて結成する武力組織【十の王剣】。
秘蔵の王剣を貸し与えられ、王直轄の強大な権限を持つ十人の英雄。
(英雄。それなら、私にふさわしい呼び名かもしれん・・)
しかし、
私とて今の自分の力くらい把握している。
(本当に、人外どもなのだな・・)
これが【十の王剣】に選ばれる者の条件だとするなら・・・
今はまだ、届かない。
しかし、全く届かないわけではない。
(胡散臭い話だが・・・あの話に乗るしかないのか・・)
あの男が話していた、なんとも荒唐無稽の話・・。
名誉を手に入れるためには・・或いは・・。
「ラーヴァラル様・・・!人が・・・・」
付近を斥候していた騎士が声をあげた。
「傭兵どもか?」
「い、いえ、子供・・・です」
子供?
「たしか傭兵どもの中に子供がいたはずだが・・」
あの、妙な気配をした子供。
見ていると妙な焦燥に駆られる妙な子供。
「いえ、違います。傭兵団の・・ではありません」
ええい!
自分の目で見た方が早い!
私は愚鈍な部下に駆け寄ると、指さす方向を見た。
一瞬、理解できなかった。
あたり一面のクモの死骸の真ん中で、
真っ白い子供が、踊って、歌っている。
なんなんだ、この光景は。
夢か。幻覚か。
思わず、眼をこすってしまう。
あ、いない。
子供が
「こーんにぃーちーわーー おーにいーさぁーんーー」
耳元で声がした。
「ひっ!」
思わず飛びのいて・・・尻もちをついてしまった。
後ろには、白い服を着た、白い子供がいた。
少年か
少女か
わからない
子供
「こーんーにーちーわー こーんーにちーわぁーー?」
なんだ。
なんだ。
なんだなんだ。
「な、んだ、お前、は?」
「わぁーたーしー?わーたぁーしーはー・・だぁーれぇだぁー?」
白い笑顔が私の顔を覗き込む。
満面の笑顔で。
心が凍る。
怖い。
怖い。
逃げたい。
でも、目が離せない。
怖いモノから目が離せない。
白い眼、白い髪、白い肌、白い歯、白い舌。
白い爪、白い声、白い笑顔、白い白い・・
視界の端に移る部下は・・・全員白目をむいて倒れている。
気絶しているのか。
死んでいるのか。
役立たず共が。
「おーにぃーいーさぁーんんー?」
「ひっ」
白い子供が私の頬に触れた。
冷たい。
生きてはいないのか。
死霊の類か。
白い顔が
近くに
「あぁーー のーー ねぇーーーー」
あ
「だぁーーめぇーーなぁんだっーーてぇーーー」
な
にが
「だぁーーかぁーーーらぁーーー」
あ
「しぃーー んーー でぇーーーー?」
あ
わた
しは
し
その時、鋭い風切り音と共に、私と白い子供の間に剣が突き刺さった。
刺さった衝撃で地が響くほど強烈に。
「そこまでだ、ネルヴァ」
倒れた部下たちの向こう、木々の隙間に男が一人立っていた。
(い・・・つのまに・・・)
私と同じくらいの歳だろうか、白い子供とは対照的に黒い装備で身を固めている。
「えーーー えーーーー なぁーんでぇーーー」
まるで駄々っ子の様に体を揺らす子供。
顔にはまだ満面の笑顔が張り付いている。
「誰も彼も殺すものではない」
「えぇーーでぇもーー」
白い子供は納得しない。
そんなに私を殺したいのか。
「仕方のない奴だ」
近づいてきた男はそう言うと、おもむろに白い子供の唇を奪った。
まるで貪るように。
愛おしむように。
「んっんっーー
わーかーーったーよぉーーもーうーーはぁーずーいーなぁーーー」
白い子供は嬉しそうに身をくねらせた。
異様だ。
悪夢だ。
俺は何を見ている?
「赤の騎士よ」黒い男が言った。
「あ、な、なん、だ・・」舌が張り付いて声が上手く出ない。
「今、見たことは誰にも話さないことだ。それが貴様の命を繋ぐ唯一の方法だ」
「わ・・かっ・・た」
言わない。
言えない。
言いたくない。
「いいだろう。ネルヴァ、行くぞ」
「もーーーうぅーー?じぃっーーけーーんーーはぁーー?」
「すでに終わったようだ」
「じゃーあーかーえぇーーるーーー」
助、かった・・・のか・・?
「おぉーーにぃーーーいーさーーんーー」
ひっ
「よぉーーかぁーーぁたーーねぇーーー?」
ひぃ
「まぁーーーたぁーーねぇーーーーー♪」
白い子供が
満面の笑顔で
手を振っていた。
周囲には、気絶した部下5人と。
下穿きを濡らした私。
「騎士・・・やめよっかな・・・」