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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第一章 或る転生者のお仕事
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喪失

隙。


剣を一瞬、止めてしまった。

一番やっちゃいけない“隙”だ。


時が止まった刹那。


男が笑う。


俺と男の間の、何もない空間に、唐突に白蜘蛛が現れた。


(引き戻しっ!?)


自分のミスに舌を打つ暇もなく、全力で後方に跳び退る。

しかし、間に合わない。

白蜘蛛は目の前。

クモの沢山の眼一つ一つに、何かの魔法陣が浮かんでいる。


(・・・ッ!)

即座に左腕に全ての力を集めて白蜘蛛の顔を弾く。


とたん


莫大な


白い


光が


弾けた


とてつもない轟音。

冗談じゃない灼熱。

叩きつける衝撃。


俺は吹き飛んだ・・・のだろう。

爆発で一瞬意識がとんだらしく、今の状況が掴めないが、即座に警戒モードに移行する。


(追撃は・・・ない)


周りは木の枝葉だらけで周囲が良く見えない。

身体は・・・

(でっかい木に・・・めり込んでら)

よく見ると、前方の木々が微塵に砕けて道が出来てる。


(漫画みたいな吹っ飛ばされ方だな・・)


めり込んだ木から身体を引きはがす。


(・・・・痛い)


左腕が動かない。

視線系魔法かとあたりを付け、視線を逸らすため咄嗟に左腕に【力】を全部集めて殴った。白蜘蛛の視界の端に引っかかったのかもしれない、左手はたいそうこんがり焼けている。・・誇張しすぎた。そこそこのヤケド。全力防御じゃなかったら吹き飛んでいただろうけど。


ヤケド痛い(泣)


身を起こし全身チェック。

痛い。

全身打撲だ。

明日は筋肉痛に違いない。


「おーーぅい!だぁいじょうぶかぁーーー?」

気に障る声が聞こえた。


視線を上げると、男が白蜘蛛の背に座って、中空の巣からこっちを見ていた。

男は先ほど見た時より随分やつれている。

白蜘蛛も眼の半分ほどが潰れている。


「すっげぇ!お前、ほんと、なんでアレで生きてんのっ!?」


「お前の方が今にも死にそうだな」


「はっはっはっはっ、違いねぇ違いねぇ!」

男は実に楽しそうに笑う。


「実はな、お前がわざわざ殺しに来なくても、俺はもうすぐ死ぬんだよ」


「だろうな」


「おっ?知ってたのか?知ってて俺を殺しに来たのなら、なんともご苦労なことだな!」


伝承によれば神獣を使い魔にした主は短命。ほとんどの主は神獣と自分の力のつり合いが取れず、巨大な力に引っ張られて衰弱して死ぬらしい。しかも晩年は力に振り回されての発狂死だとかなんとか。中には力が足りず己の神獣に喰われた主もいるらしい。

エルフィムの歴史でも、まともに主従関係を築けたのは片手ほどだと昔読んだ本に書いてあった。

目の前の男からも、ほどんど生気を感じない。


「自分の手で始末をつけないと意味がないだろう」


「そうっ!それもそうだなっ!・・でもまあ、どっちみちお前のせいで力使って、死にかけてんだけどなっ!」


男はひとしきり笑うと、急に真顔になって言った。


「やっぱりお前、転生者だったんだな」


「お前もだろ」


そのせいで、らしくもない隙を作っちまった。


「ああ・・ああそうだ、俺も死んで、ここへ来た。

なあ、お前・・・ここに来るとき、説明員に聞いたか?

例の転生の条件ってさ、生前どんだけ不幸だったかなんだとさ」


「違う、どれだけ幸福を感じられなかったか、だ」


「ああ?どう違うんだ?・・・まあ、いいさ、どっらにしろ俺の人生はクソみたいな人生だったんだからなっ!親も無く兄弟も無く施設と親族のたらい回し!必死に働いても足元見られ搾取され、最終的には使い捨てでポイさ!」


そういう人生を歩んできたのか。


「向こうでさ・・やっと幸せになれると思ったこともあったんだ。惚れた女がいてさ、やっと幸せになれると思ったさ」


男の目がここではないどこか見る。


「なれなかったのか」


「ああ、心底俺がキライなんだろう性根の曲がった神様ってヤツに連れていかれちまった。

・・・生まれることさえ出来なかった子供と一緒にな」


神様は、そんなことしないよ。

良いことも悪いことも、出来ないんだよ。


「お前もここに来てんだから、解るだろっ!?

ここに来てんだからっ!

死んだってあいつとは会えなかったけどっ!

違う世界に行って!才能を貰って良い人生を生きられるって!

望んださっ!新しい人生をっ!今度こそ幸せになるんだってっ!!」


随分、躁鬱が激しい。

フラウバンが言っていた事がある。


【使い魔契約】は【魂の契約】


不釣り合いな使い魔を持つと、精神が不安定になることがあるそうだ。

主と使い魔の精神が魂を介して触れ合うためであるらしい。

アラヴァの影響を受けて理性の境界が曖昧になっているのかもしれない。


「でもな、この世界でも・・ダメだった」


「・・・いい家族だったよ。親父もお袋も兄貴もアーラも。たまに喧嘩なんかしてもさ、晩には食卓囲んでさ。親父には狩りの仕方教えてもらってさ、初めて大鹿狩った時うれしかったなぁ。お袋が料理してくれて、兄貴もアーラも喜んでてさ」


さっきまでの、狂気を孕んだ笑顔じゃない。

とてもとても、大切なものを愛でる笑顔。


「アーラが生まれた時さ、俺、嬉しくて嬉しくてさ、柄にもなく『ずっと俺が守るんだ』ってさ・・・中身は中々のおっさんがだぜ?」


「笑っちまうだろ?」


「笑わないよ」


「そうか」


「そうだ」


「・・お前、ここに来る時、何を願った?何の力を手に入れた?」


「何も。俺は自分の力で生きていくと、神様と約束した。それだけだ」


「・・マジでか」


「嘘をつく意味がない」


男は何かを思案した後、

「ああ、なるほど。それが、俺とお前の違いなんだな」


「なんのだ?」

何を納得した?


男は答えない。

応えないまま、涙していた。


「・・・俺の幸せは、あそこにあった。もう、いらない」


「いらない?」

なんのことだ?


「お前に殺されたいが、殺されたくはない」


「・・・?」


「だから、死ぬまで、この世界に復讐したかった。俺が幸せになれない世界に。俺から初めての家族を奪った神様ってやつに」


男は白蜘蛛の背から降りると、糸を伝って地に下りてきた。

もうフラフラで、躓かないのが不思議なほどだ。


俺の前まで来ると、懐から短剣を抜いて俺に向けた。


「悪いな。イヤな役押し付けちまってさ」


「・・・」


いいのか、それで?


「予感はあったよ。お前を初めて見た時にさ」


それで満足なのか?


「アラヴァはお前を食いたがってる。押さえとくのもそろそろキツイ」


殺されたいのか?



「俺はアトル。お前は?」


「俺は・・レーヤ。前にも後にも名はこの一つだけだ」


男は笑った。


同感だ。


「すまんな、アトル」

そう言って、レーヤは短剣を振り下ろした。


「さよなら、レーヤ」

そう言って、俺は心臓を貫いた。


その刃が死に届く瞬間。


「ア ラ ヴァーーーーーーーーーーッッッ!!!」


レーヤが絶叫した。


レーヤと目が合う。


『お前なら出来る』と聞こえた気がした。


そして俺は知覚する。

急速にレーヤの命が無くなった。


(アラヴァに・・・吸われた?)


レーヤの身体から生気が抜け、皮膚が一気に干からびたようになる。


同時にアラヴァが跳んだ。


警戒していた俺は即座に距離を取るが・・目的は俺ではなかった。


アラヴァが、レーヤを頭から喰った。


1メール程の蜘蛛なのに、口が異常に広がって、レーヤを頭から丸呑みした。


(主を喰った)


伝承にはあったが・・・


なぜ今?


アラヴァの身体が急速に回復していく。

失った脚が生え、潰れた目が再生した。


そして、

蜘蛛が、

アラヴァが、


ニタリと笑った。


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