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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第一章 或る転生者のお仕事
46/87

ある世界の何処かで

―???―


「はいー、整理番号順に並んでくださいねー」

「ええ、はい、天国リゾートは1059階になります。中央エレベーターで上がって右に・・」

「地獄課は地下259階です。エレベーターより落下してもらった方が早いですよ?」

「あ、すごい。宿業率5%以下ですね。文句なしに天国入園ですよ。この札持って、場所は・・」


死せる魂は皆ここに集まり、新たなる【魂の海】の一滴として還り、また生まれる空間あるいは機関。そんな場所の日本支部になる。


正式名称で言うところの【輪廻推進管理局・日本支部】だ。


地域ごとの人口密度によって支部が置かれるのだが、なんともこの日本という島国は、いくつかの島だけで支部が一個置かれるという珍しい地域である。


今日も今日とて、たくさんの迷える魂も迷わない魂も、ここを訪れる。



地平線まで花畑、そんな不思議な光景のど真ん中に何とも奇妙な建造物が鎮座していた。

ビルである。

全面ガラス張りの近代的なビルディング。

ビルが捻じれて螺旋を描いて雲の上までそびえ建ってるのが近代的か?と言えば、意見が分かれるだろうか。

そんな奇怪なビルの地上出入り口、いわゆる玄関には大量の人が溢れかえっていた。

次々とビル内に入って行く人々、周りの花畑で談笑する者、疲れたように座り込むもの、なにやら叫んでいる者、手を繋いで輪になって踊っている者までいる。


一階ロビーでは、順番待ちの人間が溢れている。


死者の魂はすべからく【魂の海】に帰ることになるのだが、死ねばすぐに還るのかといえばそうでもない。何事にも手順はあるのだ。負った業によっても還元率や進度は違うし、思い、未練、もともとの素養や適性によっても十人十色。


そんな様々な魂を効率よく輪廻の輪に乗せるため、この【輪廻推進管理局】は存在している。

別に何かの利益があるわけではない。あるとすれば【ヨドミ】の防止くらいだろうか。それが大変重要なわけだが。

そして、輪廻を促す業務の他に、こんな業務もある。


「あ、あなた、適性率93%!すごい高いですね!このまま現世への転生許可も出ますが、すこし違う世界に転生してみませんか?ご興味がおありなら58階の・・・」


つまりは、そういう事である。



―58階・第288転生準備室―


現世にある一般的な学校施設の教室より一回り程広い室内には、安っぽいパイプ椅子が整然と置かれ、手持無沙汰な人々が思い思いに座っていた。

部屋の壁際にはお茶のポットとプラスチックの湯呑みが置かれ、なんともチープなドリンクバーに仕上がっている。

並べられたパイプ椅子の正面には、結構大きな教卓とホワイトボードが置いてあり、その表面には『説明会は18時から開始します。お茶でも飲んでお待ちください』と書かれていた。


壁にある時計はすでに17時58分。

そろそろ始まるかと、立ってうろうろしていた人々も席に座り始めた。


ガラッ


出入り口の引き戸が音を立てて開かれた。

現れたのは、プリントの束を抱えた紺色のスーツを着た女性だった。

よく見るとその左耳にはイヤホンマイクが付けられており、その腕には≪移民推進委員≫と書かれた腕章が付けられている。

女性は柔和な微笑みを浮かべながら「もうそろそろ始めますねー」と教卓にプリント束を置くと、ホワイトボードに書かれた文字をクリーナーで消した。


18時。


「はい、時間になりました。説明会を始めます。一階のカウンターでお渡しした、説明会の参加札を回収しますね」


・・48、49、50、51。今回の説明会参加者は51人の様だ。


「はい確かに。ではまず、このプリントを配りますね。あ、後ろの方、前の席に座って下さいね。後ろの方じゃ説明見えませんからね。後ろの方に回してもらえます?あ、余りました?ありがとうございます」


プリントが全員に行き渡ると、説明員は教卓の前に陣取った。


「この世界についての説明はすでに下の案内カウンターなどで説明を受けていることと思いますので、今は今回の“移民”・・違う言葉で言えば“異世界への転生”について、ご説明させていただきます。まずはプリント通りに説明していきますね」


プリントをご覧ください、と説明員は言った。


「まず最初に、今回の“移民”のお話ですが、これは強制ではありません。よく説明を聞いて勘案して戴いた上で「やっぱり今の世界での転生が良い」と断ってくださっても結構です。それで何らかのペナルティーが発生するわけではありません」


皆、プリントを読んでいる。


「この“移民”ですが、これは貴方たちが暮らしていた現世とは違う【新しい世界】への【魂の移民】です。

【新しい世界】はその名の通り、出来たばかりの世界の為、魂の循環量が少なく人口も現世の10分の1ほどしかありません。

つまり“移民”とは、【新しい世界】の人々の魂からなる【魂の海】の絶対量を確保し発展させるのが目的の募集です。つまりは世界を発展させていくための人材募集ということですね」


説明員の話を聞いているのか聞いていないのか、みんなプリントを凝視している。


「・・・。


皆さんの関心はやはり転生先のことですね。そっちの説明を先にしましょうか。ああ、いえ、いいんですよ、やはり皆さんには向こうの世界の情報が一番重要ですもの」


プリントの裏面をご覧くださいと説明員が言った。


【新しい世界の特徴】

・魔法が存在し、現世とは異なる進化・発展を辿っています。

・君主制8割、民主制1割、その他1割。

・現世の類似文明度としては中世が近いです。

・生息生物・物理法則などは現世とは若干異なります。

・魔物が存在します。


注意!

・ステータスもパラメータもスキルもありません。ゲームではありません。

・物理法則が違うので、現世の知識が役に立たない場合があります。

・法則の違う世界への転生の為、魂に慣熟期間が発生します。


移民特典

・希望の才能が付与されます。(適性によって複数付与されることもあります)

・転生初日より約3000日まで生存保障します。


説明員が上から順に読み上げていく。


「あのー」

小太りの男が手を挙げた。


「はい、なんでしょうか?」

「チートスキルとか無いんでしょうか?」

「はい。ありません」

「・・・」


「最近、よくそういったご質問があるのですが、この移民は皆さんに“楽しい異世界ライフ”を送って頂くものではありません。

あくまで【新しい世界】発展への人材派遣です。むしろ、そういった所謂“チートスキル”などはバランスブレイカー・・世界発展を阻害するモノと当局は判断しております」


「あの・・じゃあ、やめます・・」


説明員の柔和な笑顔は崩れない。


「そうですか。ここまでのお話で現世への転生を希望される方は退室して戴いて結構ですよ。2階ロビーの転生案内所へ行っていただければ、必要な転生ガイダンスがお聞きいただけます。あるいは、このまま説明を聞いていただいた上で判断なさっても構いませんよ」


小太りの男を含む5人程が立って部屋の外に出て行った。


「では、説明を続けますね。

【世界の特徴】に関してはこれ以上説明できることはございません。

注意の三行目をご覧いただけますでしょうか?


・法則の違う世界への転生の為、魂に慣熟期間が発生します。


この項をご説明したいと思います。

貴方たちが暮らしていた現世には、魔法が存在しませんでした。しかし、移民先の世界には魔法が存在します。


世界の住人の全てが酸素と同じレベルで魔力を魂と身体に循環させて生活しており、魂というのは世界の形や育った身体に沿って形作られていますので、魔法の無い世界から有る世界に行きますとどうしても齟齬が生じてしまいます。

つまり、魔法の無い現世で生きた人間には、魔法を扱うための魂的構造が足りない、謂わばリソースが無いというわけです。


そのため、この“移民”はそういった適性のある方・・要は魔法を使えるだけのリソースを持っている方にしかご提案できない内容となっています」


「すまんが、よくわからん」

ジャージ姿の中年男性が手を挙げた。


「すいません。難しく言いすぎましたね。要は、ここにいる皆さんは“移民”できる条件がそろっているので、ご提案しているということなんです」


中年男性、解ったのか解らなかったのか、しきりに肯いている。


「そして、この“魂のお引越し”をすると、向こうの世界に自分の魂が馴染むための期間が発生します。その間、今この世界の現世での記憶が思い出されることがあるのです」


「強くてニューゲームってことっ!?」

10歳くらいの少年が、嬉しそうに声をあげた。


「強いかどうかはわかりませんが。新しい人生の中で有利に働くことはあるようです。

この“記憶”や“慣れ”にも個人差があり、生まれた瞬間から全て覚えている方、全く思い出さないまま一生を過ごす方もいれば、3回人生を歩んでもまだ覚えている方もいらっしゃるようです。


統計によりますと、言語能力が発達して語彙が増えるとともに漠然とした前世の記憶が理解できるようになり、思い出すようですね。また、何かの強いショックを受けることにより思い出す方もいらっしゃるようです。


えー・・報告された統計によりますと、移民された方の約95%が、何らかの形で前世を思い出されているようです。


でも、魂が世界に馴染んで行けば、自然思い出さなくなります」


「覚えてる方がイイに決まってるじゃんっ!」

少年が言う。


「そういう意見もありますね」


説明員の柔和なえ・・・・なんか怖いな。


「以上のお話までで、なにかご質問はございますでしょうか?」


「あのー」

セーラー服を着た少女が手を挙げた。


「魔物がいるって書いてあるんですけど・・危険な世界じゃないんですか?」


「そうですね。危険と言えば危険ですね。でも現世だって、交通事故に殺人事件、戦争。人口比率は違えど、危険は常にあり、人は死にます」


「それは・・そうかもしれないけど・・」


「実際、貴女はその若さでココに来てしまっています。

ええ、貴方がたは日本で育ったからあまり実感は無いのかもしれませんが、現世にしたって世界中で飢餓や貧困による死者は沢山いるのです。

仮に、【新しい世界】が危険だからと、現世への転生を望んだとしても、次も安全な日本に生まれるという保証はありません。世界のどこかの紛争地帯である可能性も無くはないのです」


「そんな・・」


「残酷・・・ではないのですよ。生まれてからの幸不幸の差はあれど、生まれる以前に不平等はないのです。無作為の結果を“運という名の無慈悲”というなら、それはそうかもしれないですが。これは神様でも手を加えてはいけないこの世界のルールなのです」


安全な国に生まれ幸福に暮らしたものが延々とそのループを辿るのなら、

危険な国に生まれ早々に亡くなってしまった者がまたもそのループを辿る。


そんな、都合のいい話あるわけがない。

公平や平等といった問題ではない。

神の意向でも無い。

そういう、ルールなのだ。

ルールを定めた神の意志と言ってしまえば、まあそうなんだろうが。


「物理法則が違うというのは?」

大学生くらいの青年。


「はい。現世で火薬を作れるからと言って、向こうでも作れるわけではありません。向こうで卵と油と酢を混ぜたとしてもマヨネーズになるとは限らないということです。

それに、こちらの知識があるとしても、今現在も向こうで生活なさっている転生者の方はすでに何人も何百人も存在します。すでに既存の技術になっている可能性もあります」


「そんなにいっぱい行っているんですか?」


「募集が始まったここ100年の間で、8031人の方が移民されていますね。年平均8人くらいでしょうか。今回の適性者の方はかなり多いですね。いつもなら30人集まれば多い方です。

今この部屋に51人・・いえ46人いらっしゃいますが、毎度大体3分の2くらいの方は辞退なされます」


そういわれると。

本当に異世界へ転生するメリットって少ないなぁ。


「異世界での転生なら、生まれる場所や環境を選べたりしないんですか?」


「うーん・・。基本はしてはいけないし、出来ないんですが・・この“移民”に関しては可能性があります」


「可能性・・ですか?」


「はい。進んでご提案することではありませんが、“移民特典”の一つに才能の付与というものがあります」


「才能?」


「はい。解りやすく説明しますと、皆さんの魂には今まで使われていないデッドスペースのような空間があります。それが適性の要因の一つでもあるんですが。


今回“移民”際して、その空間に【新しい世界】に適応できる基本的な因子を追加します。その際、スペースにまだ余裕がある場合、ご希望される“才”を付け加えて追加することができるのです。


もちろん人間である範囲の才能になりますけどね。追加できる才能は大体1つから2つ。追加できなかったという方は現在確認されておりません。


その特典を流用しますと、例えば才能を指定する際に“画家の才”と“幸運”を指定すれば、裕福な家庭で画家として恵まれた環境に生まれることが出来るかもしれません」


「そんなことが出来るんですか!?」

「幸運も才能なんですか?」


興奮したような声が上がる。


「現世におられた時『何かと運が良い』という人、周りにいませんでした?


“才は天よりの贈り物”という考え方がありますよね。容姿でも裕福な生まれでも絵の才能でも、より高い視点に立ってみれば、この世に生まれた者に送られる“ギフト”なんですよ。私が送るわけじゃないんですけどね」


しかしです。と説明員は続けた。


「才能というのは、新芽と一緒で水を得ないと枯れます。そして幸運を選んだからといって、人生の全てが幸運に彩られることなどありません。過信しすぎてはいけません。

過去、幸運を過信しすぎて人生を持ち崩してしまった転生者が多数報告されています」


しーん。

なんとも脅してるかのような話の展開に、みんな黙り込んでしまった。


「才能の付与は、あくまで異世界でより良い人生を送ってもらうためのツールの一つです。才能だけが幸せの形ではありません。


よく勘違いされる方がいらっしゃるのですが、“移民”は提案であって、当局がお願いしているわけではないのです。才能の付与も3000日の生存保障というのも、これから新天地に向かわれる決意をした方への、我々からの(はなむけ)なのです。それ以上のものではありません」


説明員は居住まいを正した。


「いろいろ、脅すような事を言って申し訳ありませんが、“移民”とはそういうものなのです。一度移民してしまえば、この世界に帰って来れませんし、我々が介入できることは何一つとして無くなります。


勿論、すぐに答えを出す必要はありません。


時間にして三日、猶予時間が与えられます。よくよくお考えの上、ご決断ください」


一礼した。


「あ、そうそう」

説明員は懐からカードケースのようなものを取り出した。中にはトランプほどの大きさの真っ白いカードが束で入っている。


「こちらのカードは、お持ちいただくと自分の魂がいくつ才能を追加できるか表示されるカードです。享けられる才能の数も決断の一助になるかもしれません。御必要な方はどうぞ」と配り始めた。


配り終わると、

「このカードの表面に掌を当ててみてください。表面に数字が出ましたか?ああはい、それですそれです。その数字が付与することが出来る才の数です。移民を希望される方はそのカードに享けたい才能を書いて提出してください。ああ、筆記用具は必要ありませんよ。そのカードに念じていただけますと、表面に文字が浮き出てきます。ええ、何度でも書いたり消したり出来ますので。よく考えてくださいね」


他にもいくつか質問があったが、説明会は終了した。


「はい、皆さんご苦労様でした。皆さんは三日の猶予期間がありますが、移民希望はいつでも言っていただいて構いません。

一階ロビーの受付カウンターにそのカードを渡していただければ、すぐに移民準備が開始されます。後は受付の案内に従って下さい。

よく考えて決めたい方は60階の待機室で寝泊まりしていただいて構いません。局舎付近を散歩するもよし、100階の娯楽室で遊ぶもよし、リラックスして考えて決断してくださいね」


一旦言葉を切って、一拍置くと、

「そしてこれが最後の注意事項になります。

猶予期間の三日が過ぎると、強制的に現世への転生に決定されます。三日以降も転生準備にこの局舎に滞在なされることになると思いますが、再度移民を希望されましてもお受けできかねますのでご了承くださいませ」


そう言って、部屋を出て行った。


説明を受けていた者たちも、一人、また一人と退出していった。


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