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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第一章 或る転生者のお仕事
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理由

(罠の張り方が素人じゃないなぁ)


人間の動きを先読みするかのように蜘蛛の糸が張られている。それも空間的に。

村に張られた罠にせよ、どうにも素人臭い感じがあったが、今現在、この森の中に張られている罠は玄人はだしだ。


丈夫な足場。

枝の影。

木と木の間。

草葉の陰。


それぞれの表と裏に悉く太さの違う蜘蛛の糸が張られ、伏兵が配置されている。


(実に・・・めんどくさい)


森での空間戦闘。

昔はよく先生と森や山に籠ったが、ここ1年ほどはあまり立ち入ってはいない。糸を払い、罠を潰し、クモをあしらいながら勘を取り戻していく。


立ち止まることは出来ない。止まった途端、四方から蜘蛛網が来る。それ自体は問題なくとも、網を払う一瞬の隙にあの白蜘蛛が来る。とてもイヤなタイミングで。


ホラ出た。


上から降ってきたクモを斬り飛ばしたその影から出てきた白蜘蛛の一撃を、一歩引いた左足を軸に回転して紙一重で躱す。


距離が近いので、遠心力を剣の柄尻に乗せて蜘蛛の腹を打とうとするが、インパクトの瞬間、白蜘蛛は尻から出ていた糸を急激に巻き戻し、振りぬく剣の軌道に体を合わせると、器用なことに俺の聖剣の剣身に張り付いた。


一瞬、白蜘蛛と目が合う。


瞬間、聖剣を手放す。

即座に腰裏の暗剣を抜き、白蜘蛛に斬りつける。

白蜘蛛はまたも器用に空中で横に一回転すると、暗剣をやり過ごし、ゴムで引っ張られたかのように樹上に消えた。


まだ空中に浮いたままの聖剣を手に取り、暗剣を腰に戻す。


(ほんとに蜘蛛か?えらくアクロバティックだな)


時間にして3秒もない応酬だったが、俺もあちらもいまだ様子見。


(しかし・・何のために、どこへ行く気なんだ?)


最初の遭遇場所からすでに1キールは離れた。

どうも白蜘蛛は一撃離脱と波状攻撃を繰り返して、俺をどこかへ誘導している様だ。

無論、相手に付き合う必要はないのだが、周りに人がいない状況は俺の望むところでもある。


(ある程度は付き合ってやるが・・・)


伏兵のクモを切り払いつつ進むと、鬱蒼とした森が急に拓けて辿り着いた場所は・・・


随分広い、花畑だった。


もう冬も近いのに、一面に花が広がる平地に出た。


そして・・・

その中心に、人がいた。


「よう、はじめまして・・だな、ガキんちょ」



―――



息を整える。

息を吸う。

息を吐く。

巡らせる。

束ねる。

引き絞る。

先生から教わった呼吸法。

戦う力が巡る方法。


全速力で肉薄し、最速の突きを繰り出す。

途中にあった糸だなんだは全て剣で食い破る。


ギィィン!!


心臓を狙った剣先が、何やら結界のようなものに当たるが、構わず突きこんで破壊する。


バギャン!!


チッ、剣がヤツに到達する前に、白蜘蛛が奴に巻き付けてあったのだろう糸を引いて奴を中空に引き上げた。結界破壊に数瞬とられたのが痛かったか。


よくみると、この広大な花畑に覆いかぶさるように、極細の蜘蛛の巣が張られている。白蜘蛛はその巣に張り付いていて、奴を引き寄せたのだろう。下から見ると、蜘蛛と人が宙に浮いているように見えた。


「こえぇぇぇぇぇっ!!あっという間に目の前にいたよっ!!有無を言わさす無言で殺りにきたよっ!!!」


ふむ。位置が悪いな。

周囲50メール程はある平地の真ん中。

敵は15メール程上空の巣の上(正確に言えば、巣の下側に引っ付いている)

敵が糸を使って立体移動できる以上、体を浮かしたくはない。

剣を投げても多分躱される。

一番手堅いのは森まで戻って、巣を支える糸を斬って回ることだが・・。


(どうせまた張られるか)

イタチごっこだな。仕方ない。


「当然だろう?お前は敵だ」


会話(じょうほうしゅうしゅう)に付き合ってやることにした。


「まあまあ、待て待て。敵としてであれ、こうして出会ったんだ。ちょっと会話でもしようぜ?」


そう言って男は気楽に笑いかけてきた。

男は、歳のころは十代後半くらいだろうか、病的にやせ細った浅黒い肌のエルフィムだった。


「必要ないな」

『獲物を前に舌なめずりは・・・』と言ったのは誰だったかな。

実際この世界に来てみて、結構その言葉の合理性を実感している。

先人は偉大だ。


「連れねぇなぁ」

男はどこか投げやりに笑った。


「お前は、その蜘蛛に滅ぼされたとかいう氏族か?」

とりあえず聞いてみた。

引いては押すのが俺の話術。


「結局話すのかよっ!?・・んん?なんで知ってんだ?あ、ああ、そういえば、あの場に黒マントがいたな!アレはエルフィム・・ウルストネリの奴らか!」


なんか妙にテンションが高い奴だな。


「あいつらに聞いたのか!ああうんそうそう!俺はその氏族の生き残りだよ!最後のな!」


お前の事までは知らなかったが。


「一応、こんなことした動機を訊いてやるよ」

恩着せがましく言ってみた。


「おおそうか!悪いなガキんちょ!村が無くなってからこっち、他人と喋ったことなかったからな!会話に飢えてんのかもしれねぇ!ハッハッハッ」


男は懐から水袋のようなものを出すと、勢いよく呷った。

完全に気を抜いている。


(投げたら当たるかな?)


ほんの毛先ほどの剣の変化に、白い蜘蛛が反応している。厄介。


「ぷはーっ」

美味そうに飲んでやがる。


服の袖で乱暴に口元を拭くと、少し考えるように静かに喋りだした。


「そうだなぁ・・・ある意味、復讐みたいなもんかなぁ・・。別に誰にって訳じゃねぇ。しいて言うなら、世界とか神様とかそんなもんにさ」


リストラされたサラリーマンみたいな事いう奴だな。


「お前が氏族を滅ぼした訳じゃないのか?」


「ん?ああ、そこまでは知らないのか。うんまあ、当然と言えば当然か。生き残りは俺しかいないんだからな」


急に男の顔から表情が抜け落ちた。


「・・突然の事だったよ。俺、こう見えて猟師なんだわ。でさ、狩りから帰ったら村がクモで覆われてんのさ。クモは一応ウチの氏族の【神獣】の眷属だぜ?目を疑ったさ。でもさ、村のあっちこっちから悲鳴があがっててさ、村のみんながクモに喰われてんのさ」


男の瞳は焦点を結んでいない。

自分の記憶の中に焦点が合っているんだろう。


「でもさ、なぜか俺はクモ共に襲われなかったんだ。不思議だろ?

でも、その時の俺はそんなことまで頭が回らなかった。

・・・必死で走ったよ、自分の家にさ」


「・・・」


「初めて聞いたよ。自分の家族が喰われてる音を。家の中は血とバラバラになったオヤジとオフクロとアニキとイモウトでいっぱいだったよ」


「・・・」


「でさ、ここからが笑えるんだぜ。悪い冗談ってやつさ。・・・気が付いたら俺は叫びながら神獣の森にいた。普段アラヴァが棲んでいる場所さ。殺しに行ったんだ。


いたよ森の奥の巣に、この白い蜘蛛がさ。


見た瞬間笑ったよ。

気づいたよ。

悟ったよ。

理解したよ。


なんせ、こいつが俺の【使い魔】だったんだからな」


男は、もう俺を見ていない。


「知ってるか?この世界では自分の使い魔になるべき存在に会うと、生き別れの家族に会ったみたいな気になるんだってよ。ああ、実際なったんだ、この俺が。


・・・あれだけ憎かったのに、あれだけ殺したかったのに、理解してしまえばコイツは俺の相棒になってた。そうとしか思えなくなってた」


男の声に仄暗い火が灯る。


「歪んだんだよ。この世界に、歪まされたんだ。この俺の怒りが憎しみが悲しみが、この世界に仕組みってやつに・・・

村が壊滅した理由は簡単だったよ。アラヴァが伝えてきた。


クッハ・・ハハハッ!


力が足りなかったんだとさ!

もうすぐ始まる【神喰いの儀】に生き残るためのさ!

栄養とって力をつけたかったんだとさっ!」


「・・・」


「なんだそりゃって思ったよっ!そんな理由でって怒りたかったよっ!

・・・でもな、なんでかな・・・怒りが湧いてこないんだ、湧いた端から消えていくんだ

優しかったオヤジやオフクロを思い出してもっ!

村一番の戦士で自慢だったアニキ思い出してもっ!

小さくて可愛かったイモウト思い出してもっ!

全部、

全部何かに塗りつぶされていくっ!!」


凶を孕んだ瞳がこちらを向いた。


「お前は・・・俺を殺したいようだが、殺されてやるつもりはない」


「無理だよ」


「ははっ随分自信家だな。うんまあそうか、そんだけ強いならな」


先ほどまでとは違う、落ち着いた喋り方だ。


「いや、正確には違うな。俺はお前に殺されても良いと思ってる。しかし、無抵抗で殺されるのは・・・」


奴の目には・・光が無い。


今まで何人も、何度も、見てきた。


鏡の中でも見た。


「・・・なんか、悔しいじゃないか?」

(“闇に向かう者の目”だ)


「だからさ、死ぬ気で俺を殺しに来てくれ。俺も、死ぬ気でお前を殺しに行くから」


男の瞳と傍らの白い蜘蛛から莫大な殺気が放たれた。


次の瞬間、轟音と共に周辺50メールの花畑が捲くれ上がり、土の下から蜘蛛の巣が現れた。上と下を巣に挟まれた。


(範囲広すぎるだろっ!?)


靴の裏に巣が引っ付いて離れない。そのまま中空3メールほど持ち上げられてしまった。

とりあえず、下のクモの巣を斬ってみるが斬った端から復元していく。


(【魔法の糸】か)


やっぱり隠してやがった。ということは・・・


「イックゼェェエーーーーっ!!!」


男は、なんともヒャッハーな声をあげて唱えた。


「≪希う 希う 蜘蛛神の巣に捕われし 哀れな獣に 慈悲の一滴 ルルネの毒を 賜らん 無慈悲な牙で 我が糧にして 尊きアラヴァに 全てを捧げん≫」


男の【力ある言葉】と共に、禍々しい魔力が上と下の巣糸に満ちて、巨大で意味不明な魔法陣が浮かび上がる。


「≪蜘蛛神の毒滴(アラネア・ベルダム)≫」


【鍵語】の詠唱と共に、二枚の蜘蛛の巣に挟まれた内側の空間に【毒】が満ちた。なんか薄紫の濃い霧が蜘蛛の巣の結界内に充満する。


(毒怖い毒)


吸ったら死ぬ。

あまり使いたくはないが、【巡る力】を体外に薄く纏い外界を遮断する。これをすると呼吸も出来ないので、後は無呼吸運動だ。


力任せに巣から脚を引きはがしたら靴の底が抜けそうなので、剣で巣の【結界】を破壊しながら、円周上に巣を切り裂いた後3メール下の地面に落ちる。


(地面にくっつかない。魔法構造を破壊したら粘着力も無くなったか)

魔法。そうでなくては土の中に巣を隠すなど出来ないだろう。


すぐさま真上に跳躍する。巣の中を突き抜けて、上の巣を斬り開けて上部に出ると、案の定白蜘蛛が死角から魔法を放ってきた。


至近距離で白い火球が迫ってくる。


当たったら熱そうなので、我が聖剣で斬り飛ばしてみた。通常ただの剣で魔法を斬り飛ばすなんてことは出来ない。まあ、俺の裏ワザと言えば裏ワザか。


(・・・・聖剣・・・ちょっと融けてる・・・)

今回、この聖剣踏んだり蹴ったりだな。


魔法使用後の一瞬の膠着を、俺が見逃すわけないだろう。

火の玉を斬り飛ばした遠心力で踏み切ると白蜘蛛の懐に入り込んで、斬りあげる。白蜘蛛も大したものですかさず回避するが、わずかに俺の方が速い。


右側の脚を二本斬り飛ばした。


右手で斬りつけたので、左手が開いてるよ。

剣を振り切っている反動と一緒に、左拳で浮いた白蜘蛛の胸部下を打ち抜く。

吹っ飛ばされると困る白蜘蛛は、糸を出して姿勢を正そうとするが、

(それは隙だ)

俺は白蜘蛛を無視して、蜘蛛の主との間合いを一瞬で詰めた。


心臓を、一突きで。


男と目が合う。

楽しそうに笑っている。


聖剣が男の心臓を貫くその瞬間。


男の唇が動いた。



「お前、転生者、だろ?」



そう、嬉しそうに笑った。


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