VS 黄蜘蛛
「なんだ・・・あれは・・・」
ギオニスが見ている先。
後方の、我らが森に入ってきた道の先から、なんというか・・・山が来た。
「で・・・でっかい・・・」
ギオニスが気の抜けた声を漏らす。
しかしさすがにこれは・・・仕方ないか・・・。
それは、何とも巨大な、黄色い蜘蛛だった。
横幅20メール以上もありそうな、全身ピチカの実のような真っ黄色な巨大クモが、木々の間を縦になったり横になったり、なんとも器用に進んで来た。
(いやはや、なんとも奇妙な光景だな)
巨体が移動しているのに音がそれほどしないのを考えると、自重自体はそれほどないのかもしれない。重さを感じさせない速さでグングン距離を詰めてきた。
とりあえず、あの太い脚を斬って動きを止めねばな。
私は巨大蜘蛛の進行を止めるため、蜘蛛に向けて走り出そうとした矢先。
(おおっ!?)
跳んだっ!?
20メール以上あるクモが空中を舞った。奇妙を通り越してもはや奇怪。
そのまま巨大蜘蛛は結界面にのしかかるように取り付いた。
ギギギギギッ!
火花を散らしながら結界が悲鳴を上げている。なんか砕けそうな音だ。
「うぉわ!何、何なのこいつっ!」
ギオニスが慌てた声を出す。
何なのも何も、蜘蛛ではないか。多少大きいだけの。
と思ったら、この巨大クモ、奇怪なことに結界を食べていた。人の背丈ほどもある大きな咢が結界面を毟る様に食べていく。部分的に結界に穴が開くがすぐに修復され、また巨大蜘蛛が毟り喰う。
(どういう理屈なんだろうか?さっぱりわからん)
「フェ・・・フェルニ殿っ!こいつ【魔法喰い】だっ!結界が食べられちゃうよっ!」
なんと【魔法喰い】。魔法に疎い私でも、珍しい魔物の特性として聞いたことがある。なんでも魔力で構成された魔法現象を食べるのだそうだ。およそ魔力で出来たモノ、魔法も魔道具もみな食われるのだそうだ。結界も意味をなさないらしい。
ふむ。栄養はあるのだろうか。魔法に。
なんとも魔法とは未知の謎で満ち満ちているな。
私は、寄ってきていた小さめのクモの5匹を切り伏せると、すぐさま巨大蜘蛛のやたら太い脚を斬りつけた。
キィィン!
ぬ。
刃が通らない。
黄色い外殻にはじき返された。
二度三度斬りつける。
ダメだ。通じない。
これは・・・
「魔法耐性のある外殻か・・?」
魔剣をも弾くとは・・・なんとも厄介な。
これでは私の攻撃が通じぬ。
剣を弾かれたのが隙になったのだろう、巨大蜘蛛の脚の一つが器用にも私に向かって真横に振られた。
「グッ!」
なんという力か。
咄嗟に魔剣で防いだものの、4、5メール程吹き飛ばされてしまった。
受け身が間に合わず背中から落ちてしまい、呼吸が詰まってしまう。
「ハッ・・・ッ・・・」
左肩に激痛が走るが、構わずすぐさま身を起こした。
肺から空気が押し出されて胸も痛く頭もクラクラするが、暢気に寝ていて殺されては目も当てられない。
案の定、巨大蜘蛛の脚の一本が振り下ろされてきた。
まともに受けては潰される。
振り下ろされる脚に剣を当てやや軌道を逸らし、反動で後ろに転がって距離を取るが、ややタイミングが遅れてしまったのだろう、左大腿部に掠ってしまって裂傷になってしまった。
「ハッ・・ハッ・・ハッ・・」
・・・改めて相対すると、巨大蜘蛛は結界を食べるのをやめていた。
そんなにたくさんあって、私たち人間とどう違うのか良く分からない瞳でこっちを見ていた。
いや、
(・・・私の魔剣を見ているのか)
魔力を食べるこの蜘蛛には、美味しそうに見えるのかもしれない。
(やらんよ、蜘蛛如きにはもったいない)
私は右腕だけで魔剣を構えた。左手は痛いので使わない。左足も多少痛いが・・もう知らん。
しばし巨大蜘蛛とのにらみ合いが続く中、私は呼吸を整え、【巡る力】を引き絞り、【魔力】を練る。
「フェルニ殿っ!一時、結界の中に避難してくださいっ!」
私がよほど酷いサマなのだろう、ギオニスが叫ぶが、
「ならぬ。コヤツはそなたの結界を食うのだろう。結界はこの戦場の生命線だ失うことは出来ない」
そう。多勢に無勢のこの戦場で、なぜ少数の自分たちが戦えているのかと言えば、そこに結界があるからである。疲れれば休み、気息を整えられる安全地帯。それなくば、あっという間に押しつぶされてしまうだろう。
戦いが始まってすでに一時間ほど経つ。クモは他にも数多いる。中々の腕のギオニスとて魔力は無尽蔵ではない。必要以上に負荷をかけるわけにはいかない。
「僕ならまだ持つ!満身創痍の君じゃ無理ですっ!」
ギオニスの声から普段の気の抜けた雰囲気が消えている。随分真剣な顔だ。
(真面目になれば、なかなか見られんこともない)
うむ。騎士とは常に凛々しくあらねばな。
だが、
「ならぬッ!私はクーを任されたのだッ!!」
昨夜、発見されたクーは満身創痍だったそうだ。
今は元気で愛嬌をいっぱい振りまいているが、あのように幼いコグマが大勢の敵に追い回され、傷つけられ、一人ぼっちで痛くて寂しかったに違いない。
黒幕の事があるとはいえ、【神喰いの儀】なるモノは自然の営みの事。
甘いといわれればそうなのだろう。
自分でもそう思わないこともない。
(・・・しかしッ!)
あの日の誓いがそれを許さぬッ!
あの日の想いがそれを見過ごさぬッ!
「私の中のマリーが、それを許さんのだッ!!!」
私は、怒っているのだ。あの時のように。
魔力が満ちた。
魔剣をその場に突き刺す。
私に使えるたった一つの魔術であり魔法。
「≪あの日の 未だ誓いは変わらず胸に ならば全てを賜らん≫」
信仰系最上級魔法言語【神の言の葉】
「≪ 全ての小さく弱きモノの為に ≫」
神託によって、その個人にのみ与えられる奇跡と約束の言葉。
詠唱・発音・意味・発現は全て個人固有で、その力は神への誓いによって異なる。
持続時間にして28秒。
私の全てが『守護ること』に反応する。
巨大蜘蛛を無視し、結界に群がりつつある18匹のクモを素手で引き裂く。叩き割る。殴り飛ばす。蹴り砕く。
あと23秒。
反応が遅い巨大蜘蛛の、無駄に多い脚を引きちぎりながら投げ飛ばす。
同時に知覚する。
周辺のクモ共から、クモ糸の網と毒液のようなものが多数飛んできた。
息を少し吸い込むと、吹く。
吹いた息吹は烈風となり飛来してきた諸々を吹き飛ばす。
あと16秒。
そろそろ危ないな。
仰向けになってる巨大蜘蛛に最速で近づくと、持ってた蜘蛛足を顔面に叩きつける。蜘蛛の顔がひしゃげて吹き飛ぶ。
蜘蛛足なかなかの強度だな。魔剣では恐らく砕けてしまうから使えないのだ。この状態の時は。
あと14秒。
傭兵達は・・終わった様だ。口を開けてこちらを見ている。前を見ろ。
エルフィム達も・・・怪我人が出た様だが、大丈夫なようだな。
ならば、結界を『守護』するために、クモを減らすか。
「・・・あの・・・フェルニ殿・・・・」
「なんだ、もう動けんぞ?」
流石に疲れた。あの魔法は疲れるのだ。
残り時間、とりあえず周辺のクモを一掃した。14秒足らずだったが100以上は駆除出来ただろう。まあ悪くはない数字だ。
今は、結界内で寝転んでいる。指先も動かない。他に方法が無かったとはいえ情けないことだ。
「さっきの・・アレって・・・・」
アレとはなんだアレとは。
「私の魔法だ。我が誓いに反応し、身体機能に神が宿る。もっとも私の実力では効果にムラがあるし30秒も持たん、効果が切れれば俎板の鯉だが」
それに発動条件も厄介なのだ。おいそれとは使えない。
「それって・・・その・・・まさか、神の言の葉?」
「うむ」
「・・・・」
ギオニスが何とも形容しがたい顔をしている。
ふむ。これを聞いた人間、大体皆同じ反応をするな。それほど珍しいものだろうか。
あ、叔父上・・じゃなかった、副団長閣下には秘密にするよう言われているのだった。
「これは秘密なのだ。よいなギオニス?」
ギオニスは目を真ん丸くすると、何故か嬉しそうに、
「了解ですっ!フェルニ殿っ!」と言った。
ふう。
ちょっと疲れた。
すこし眠たいよ、
マリー。