VS 黒蜘蛛
―――バウロ・バークマン
基本戦術は変わらない。ギオニスの結界を利用しつつ、クモを狩る。
今回は短期決戦だ。
先日の森や平地でのクモ狩りの様に終わりの見えないマラソン狩りではなく、エルフィムの女の子がクモの分布や残りの数を教えてくれる上、おそらく・・・
「クモ共の動きが、なんかタルいなぁ?兄貴」
相変わらずの鉄塊棒と剛腕で、並み居るクモを殴って弾くザイケンも感じているのだろう。クモの動きが大分雑になってきている。
「若と戦っているからだろうな。もはやこっちにまで注意を向けられないんだ」
「そりゃそうだっ!若相手によそ見なんてしようもんなら、あっというまに首が飛ぶからなっ!」
それでも若相手に互角・・まだ戦っている【神獣】という存在も大したものだ。
ん?普通は反対か。【神獣】相手に互角に戦っている若に感心しないといけないのか。
笑い話にもならんな。
「さすが【神獣】ってとこか!ガッガッハッハッ」
笑い話になったな。流石はザイケンだ。笑い話にゃことかかぬ。
「よっと!」
ザイケンがクモを弾き飛ばして、別のクモにぶつけて動きを止めたところを、俺が剣と槍で止めを刺していく。大振りなザイケンの隙を俺が補う。俺の刃が通らない敵をザイケンが押しつぶす。それだけで俺たちの連携は隙がほとんど無くなる。
百のクモを斬り。
二百のクモを潰し。
ギオニスがちょっと回復したと思えば、4百のクモをなにかグズグズしたモノに変えた。ホラ飲めギー坊、マナエールだ。零すなよ。立て続けに3本飲ませた。
「う、おえっぷ・・・。お腹がタポンタポンするよ・・」
【傭兵団謹製マナエール500】通常容量200ミリルのマナエールを2.5倍に増量した特製のマナエールだ。しかし効き目が2・5倍になるわけではないらしい。何のための増量だとよく聞かれるが、腹ペコ傭兵は多い方が飲んだ気がするんだそうだ。
ギオニスが【身体賦活】【治癒強化】【感覚強化】【筋力強化】を使えるのには驚いた。さすがは殿下、これも血のなせる業か。
・・・いやこういうのは良くないな。これは本人の努力だ。
先ほどまでクーを持って、うろうろしていた騎士殿も強制的に立たせたギー坊にクーを背負わせると、積極的に攻撃に加わった。なにか妙に張り切っているのが気になるが、ギー坊中心につかず離れず位置を取っているので頭に血が上っているわけではないのだろう。
エルフィム達は・・・そこそこ戦えている。自分らの森を離れてこんなところまで来るくらいだ、能力の高い者で構成された班なのだろう。先ほど見せた怯えは今は一切感じられない。
唯一、結界内で神経を研ぎ澄ませているのは、あのメルリリと呼ばれたエルフィムの少女だ。
「・・・残り495匹・・・クモの・・クモの一部が離れて行っている!」
上の制御が甘くなって離脱するクモが出たか。
「今は余裕がない!周辺のクモだけに注意を払ってくれ!」
「わかっ・・・・来るっ!」
メルリリの声に切迫感が混じった。
「どうしたメルリリ!」エルフィムのリーダーであろうウィズという男が問いかけた。
「マダラじゃない、赤と黄と黒のクモが・・・」
そこまで言ったところで、
俺の索敵に引っかかった。
「ザイケンッ!上だッ!!」
即座に叫ぶ。
それを聞いてザイケンは上を見上げるようなことはしない。
真上から、恐ろしい速さで迫ってきた影と入れ違いに、ザイケンは弾かれたように前に跳び前転して体勢を立て直す。
ザイケンと入れ違いにその場に現れたのは、
真っ黒いクモだった。
―――
今まで斬ってきたクモ達は、赤黄黒のマダラ模様をしたクモだった。
その中に、今目の前にいるような一色だけのクモはいなかった。
それほど大きくはない・・が、墨を流したかのような真っ黒で艶のある蜘蛛。
(明らかに、他のクモとは違う)
黒蜘蛛が地に足を付けた次の瞬間には、もうその場にはいなかった。
(ど・・)こに行った・・・と、最後まで言えなかった。
すでに懐に入り込まれていた。
蜘蛛の咢がすぐそこにある。
「うおっ!」
反射的に右手の剣を間に滑り込ませることに成功した。しかし次の瞬間かみ砕かれた。剣が。
「チィッ!!」
即座に剣の柄を離すと、左の短槍で黒蜘蛛の顔面を突くが余裕で躱されてしまった。
(なんて速さだ)
さっき現れた白い蜘蛛ほどではない。若なら余裕で対処できるだろう。しかし俺達で対処できるかは分からない。
(・・・じゃ、ねぇよな。対処するんだよ!)
情けなさで落ち込むのは、日に何度もなくていい。
魔力を練る。【探査魔術:静寂の銀目】の出力を上げる。
半径10メールほどの探査範囲から30メールほどに切り替える。
広範囲なら高速で動く黒蜘蛛の軌道を何とか捉えることが出来るようになるはずだ。
む。
エルフィム達の所と、ギー坊の結界にも一匹づつ妙な個体がいやがる。
エルフィム達が結界内に一時避難しようとしているようだが、クモ共に邪魔されて出来ない様だ。
ザイケンは相性不利とみて、防御姿勢で黒蜘蛛の攻撃を捌くことに専念しているが、浅いがかなりの数の傷を負っている。
(悪いがこっちも余裕ない!)
高速機動でザイケンを翻弄していた黒蜘蛛の後方から、低い体勢で短槍を突き出す。
流石にクモ。視界が広いのか、またも余裕で躱された。
(でもなっ!)
探査魔法で黒蜘蛛の軌道を読んでいれば、回避運動のクセぐらいは先読みできる。コイツの回避は常に反射的跳躍。
回避のタイミングさえ誘導できれば・・・
俺とザイケンの目が合う。
「ウォラァッ!!!」
ザイケンのフルスイング!
黒蜘蛛の跳躍のでっぱな、体が地面から浮いたその瞬間に、ザイケンの鉄塊棒が怖ろしい風切り音を纏いながら振り抜かれた。
黒蜘蛛を巻き込んで。
黒蜘蛛は、二つに折れ別れ、折れ千切れた自分の脚も何もかもを巻き込んで吹き飛んでいった。
「オッシャアッ!ホーーーームランッ!!」
昔、ザイケンが同じように魔物をぶっ飛ばしたとき、若が飛んでいく魔物を見ながら叫んだ妙な掛け声を、何故か我が弟は好んで叫んでいる。どういう意味か若に聞いたら「よく飛んだ。やっほう。って意味だ」と言っていた。・・・本当だろうか?
(しかしまあ、ほんとによく飛んだな)
黒蜘蛛の残骸は森の木々の梢を越えて、もう見えなくなった。
(本当に、どんな馬鹿力だよ)
ザイケンは右手を高々と上げて、高笑いしている。
まだ他のクモ残ってるんだが・・。
でもまあ、
(よく飛んだ。ホームラン)