後衛
―――バウロ・バークマン
若が行ってしまった。
「さて、俺らも次の準備だな」
白いのと若が行ったってことは、残りはここに来るってことだ。
「おっしゃーーーっ!こいやぁーーーっ!!!」
「ザイケン、うるさい」
どんだけ声でかいんだ。
「兄貴っ!久しぶりに若の全力見れたんだぜっ!これで燃えなくてどうするよっ!」
そう。
ザイケンの中で、若は【英雄】なのだ。
歳は関係ない。
命を助けてくれた。尊厳をくれた。居場所をくれた。目標をくれた。
勇気があって。優しくて。強くて。ちょっと子供だけど、その背中に“力”がある。
その揮う剣に“輝き”がある。
ザイケンは未だ少年のようにその背中に憧れ、追いかけている。
それは・・・
それは・・まあ、俺も、きっとギー坊も同じなのだろう。
「ギー坊」
「起きてるよー」
ギオニスはむくりと上体を起こした。
「調子はどうだ?」まだすこし血の気がないな。
「まだちょっと大魔術は無理かな。・・・でもさ、なんかさ、こんな状況なのにさ、嬉しいんだ」
楽しいことを見つけたような子供の様に笑う。
「そうか」
そうだな。
「でもさ、僕たち、大分任されるようになったよね?」
「ああ、そうだな」
以前なら帯同させてはくれなかっただろうな。
「昔はほんと、足引っ張ってばっかだったからなっ!今、思い出しても情けねぇ!」
「ザイケン、ほとんどお前のせっかちとドジのせいだ」
「そうだそうだ!」
「ダーハッハッハッハッ、スマネェスマネェ!」
「ギー坊、何尻馬に乗ってんだ。ギー坊も結構ヘマしただろ?」
「うぅ!」
「漏らしたしなっ!!」
「してないよっ!?」
なぜかフェルニを見て主張するギオニス。
随分和んだ場になっているが、視界の端にはまたも迫ってくるクモ共が見える。
「さて、そろそろ俺らもお仕事の時間だ」
「おうよっ!」
あの背中に、近づいたか、まだはるか遠くか、試してやる。
―――ウィズ
「ウィズ・・・」
「ああ・・」
オルトトに名を呼ばれた。言いたいことは解る。
(今のは、なんなんだ)
アラヴァがすぐそこにいた。我々に気配も感じさせず。
それだけでも驚きだが、
あの少年は、なんなんだ・・・。
見えなかった。
反応できなかった。
あの少年だけが見て、動いて、戦っていた。
自分たちは・・・いわば、死んでいた。
何もせず。
何もできず。
惚けた間抜けの如く、口を開けて死んでいた。
あの少年がいなければ。
我らの常識を超えたヒトとクモの戦いは、もはやどちらが優勢なのか劣勢なのか自分では判断がつかなかった。これは、我らが外の世界を知らないからなのだろうか?あの少年が特別な存在なのではなく、一般的な外の人間なのだろうか?
そんな馬鹿な。
事実、少年と一緒に居た傭兵と騎士も我らと似たような反応ではないか。あんな子供がそこかしこにいるならば、エルフィムは外の世界には絶対に勝てない。争えば種が終わる。
(それに・・・あの少年はおそらく・・・)
「メルリリ」
「!?。は、はい」
この子も呆けていたようだ。
「あの少年の状況が解るか?」
「・・・・精霊も良く分からないそうです。少しづつ移動していっているらしいですが・・・」
「そうか」
精霊でも拾いきれないか。
「メルリリは精霊での情報収集に専念してくれ。変化があれば逐次報告を頼む」
「・・・はい」
「我らはなんだ?」4人に語り掛ける。
「・・・」オルトトは顔を歪ませ、
「・・・」ミッシは唇を噛み、
「・・・」トゥリは血が出るほど拳を握りしめ、
「・・・」メルリリは充血した目を見開き、
私を見た。
「我らは、ウルスと森を守るために剣と誇りを捧げた戦士だ」
半分、自分に言い聞かせる。
「外の人間に始末を擦り付けて、それで戦士か」
それは卑怯者だ。
「ウルス守ってもらって、礼を言って帰るのか」
それはもはや戦士ではない。
「足手まといと言われて、否定も戦いもせず、逃げるのかっ!」
それだけは出来ない。
森と【神獣】と氏族に生きる者として。
「我らは戦士だ」
ならば
「戦うぞ」
我らがウルスの敵と。
戦士の目に、光が戻った。
―――フェルニ・ノーノスノート
「くぅ」
手に持った背嚢から頭だけ出したクマちゃん・・クーが鳴いて、やっと我に返った。
「ギ・・・ギオニス・フィレーヴン」
「はいはい。なんですか?」
地面にへたり込んだままのギオニスが振り返った。
アレは・・・
「あの少年は・・・」
「え?ああ、アトルがすごく強いのは聞いてたと思ったけど?」
「いや、それはそうなんだが・・」
なんか、想像していたのと違う・・・
なんというか、
そう、
もうちょっと、
人間じみた、というか・・・
「もっと、子供の範疇で、考えていたというか・・・」
「ああうん。解るよその感覚。僕もそんな感じだったよ、最初の頃はね」
ギオニスの魔術も十分予想外の驚愕だったが、
身なりとのギャップだろうか、あの少年の戦う姿は・・・
「言葉にならんな・・」
とりあえず落ち着くためにクーちゃんの頭を撫で続ける。手をなめられるとくすぐったいが、可愛いのでついついかまってしまう。
「よし」
とりあえず、考えるのをやめよう。考えても仕方ない。
敵はまだいる。考えるより先に片づけねば。
・・・エルフィム達もやる気になっているようだ。私も負けられん。
正義の騎士は負けられんのだ。
弱いものを守るのだ。
今はこのクマちゃんを守るのだ。
幼い時にいつも抱いていたマリーに似ているこのクマちゃんを。
決意を新たにしていると、
「あの・・・騎士の人・・・」
エルフィムの少女が話しかけてきた。珍しい。
「なんだろうか?」
「あの・・さっきの子・・供からの伝言を・・精霊が運んできた・・・」
あの状況で、そんな余裕が・・・?
「なんと?」
「戻るまで、クー・・ウルスをかわいがって、ね、だそうだ」
うーん。
これは・・・
戦力として期待されてないのか?
しかし一番の重要警護対象を任されている。
「くわぁー」
ぺろぺろ。くすぐったい。よしよし。
「承知した。マリーはこの私が守ろう!」
必ず!
「・・・マ、マリー?」
そう、マリー!
そして、第二陣が押し寄せてくる。