準備
<七日昼、クロワト北西10キールオンデル森内 超20メールノ変異種マダラグモトオモワレル魔物ト遭遇 他敵数不明 ウリトン・ベッツァー・ラドニー負傷 クロワト退避 応援求ム>
おおう。
思ったより大変だこりゃ。
受け取ったくしゃくしゃの伝書を(ヒゲモジャが握りしめてやがった)、思わず何度も読む。なんで電報風なんだろう?
(20メールって・・・縦か?横か?)
いやそんなことはどうでもいい。20メール立方で考えよう。1メール=大人の歩幅位だから大人20歩分以上のクモか・・しかも変異種って。それも数不明。そんなクモ聞いた事ねえよ。大森林の方から流れてきたのか?
何よりやばいのが、村から北西10キールってほぼ森の外縁部じゃないか。村から歩いて2時間かからない。クロワト村、存亡の危機。
「バンダ。今、舎にいる班は?」
「ええっあぁへいっ!確か、ワッケスんトコとバウロ、ザイケンでさぁ」
とりあえず、バウロ確定。
「ザイケンとこは・・・昨日がアガリか?」
「へい。今日は中日ですが、昨日シコタマ呑んで部屋で潰れてまさぁ」
うん。まあ仕事明けじゃ仕方ないか。でも起こそう。
「ワッケスは・・・明日からか」
「へい。輸送警護でさぁ。ヘルマン商会だから外せませんぜ」
ヘルマン商会は大口顧客だ。穴は開けられない。傭兵は信用第一。
数が不明のクモ相手なら欲を言えば4班30人、最低3班20人以上で当たりたいが、オーダ班6人のうち3人が負傷。現状動かせる班はバウロ班6名、ザイケン班は・・・移動中に酔いも冷めるだろ。
「バウロに手の空いてるソロ組も混ぜて20人ほど編成させろ。予備隊も使っていい。ザイケンらを起こせ。あと、遠征準備を女将さんとナー姉に頼んどけ。ルミネルにギルドへ連絡を入れさせろ」
ナチュラルボーン粗忽者バンダだが、何故かこういう指示は、忘れず、順序良く、そつなく熟す。
ただ、絶望的に説明が下手なだけで。(正味の仕事はトントンか)
はよ行けと、バンダを放つ。
遭遇場所が村に近い以上、急がないと拙い可能性がある。無いと思いたいが、撤退するオーダ班をクモがつけてる場合も考えられる。怪我の程度は分からんが負傷した3人を担いで撤退するのはどうしたって時間が掛かるし、周辺警戒も甘くなる。そもそも魔物は臭いでつけてくる場合も多い。
最悪、援軍が着いた時には村壊滅だってありうるし、防衛戦・撤退戦の真っ最中ということもある。以前、魔物は違うが魔物群に対する似たケースが5回ほどあった。3つは被害はあるものの何とか防衛成功。1つは村半壊、残り1つは村全滅。
しかし、20人を超える人間などそう簡単には動かせない。備えてあるとはいえ、金も兵站も湧いてくるわけじゃない。往復4・5日の遠征だってそれなりの物資がいるし、傭兵3隊以上の団体行動にはお上への申請がいる。ご当地ルールというやつだ。
それに、数不明のデカグモ討伐など、辺境の村に代金を捻出出来るわけがない。おして行けば丸損することになる。
そこで【冒険者ギルド】に話を通すことになる。
ギルドで緊急討伐案件にしてもらうことで、公案件扱いになってお上からの討伐助成金が下りる。無論、脅威度C以上に認定されないとダメだが、今回のケースならば問題ないだろう。お上への申請も併せてやってくれるし。
人手がギリギリであるかも判断できないが、今回の件で冒険者ギルドで人集めすることは考えられない。どうせおっつけ騎士団も来るだろうし。我が傭兵団“紅の旗”のメンツの問題もある。獲物が何だろうと、自分のケツも拭けない傭兵団なんて誰が頼る?
手早く、オーダへの指示書を認め、クリュネの使い魔ムッカに届けさせる。
手紙があるので【引き戻し】といわれる主人の元への瞬間移動は出来ないが。
無事届けてくれよ。
―――
バウロ班6人、ザイケン班6人、ソロ組7人、後衛予備隊員3人の計22人。
後、冒険者ギルドから、監査管と治癒術士2名が派遣される運びとなった。
正直、ギルドは渋った。
敵勢不明の20メール超えのクモに対し、「1個小隊にも満たない、少数の討伐隊で挑むなんて」と。冒険者を連れていくべきだ、と。
でもまあ、そこはそれ、傭兵家業、舐められたら終わりだし、看板は怖くてなんぼだし、身内のことだし、「俺も出る」と言ったら、笑顔で納得してくれた。
そういうわけで、
【《紅の旗》傭兵団】予備隊員 兼 傭兵団経営旅籠【紅の旗亭】名誉支配人
アトル・ラインレッド
もうすぐ9歳。
出陣!
と相成ったわけだ。