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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第一章 或る転生者のお仕事
38/87

結界

―――フェルニ・ノーノスノート


クモが一斉にこっちに向かってきた。


あまりの光景に、認めたくはないが・・・少し身が竦んだ。

しかし、あの少年についていく以上、予想はしていたことだ。

いくら強くとも、この場には少年もいる。

先ほど現れたエルフィム達の中にも、まだ年端もいってないだろう娘もいる。


私は騎士!


退けぬ!


退かぬ!


守らねばならん!


卑劣なる“クモの主”も許しては置けぬ!


(ここで退いては、もはや騎士などと名乗れぬのだっ!)


この程度の事で、我が魂は屈せぬのだっ!

万のクモが満ちようとも、すべてこの手で切り払ってくれるっ!


私は体中の【巡る力】を引き絞り、体の隅々にまで巡らせ、剣を引き抜いた。

クモに向かって駆けだそうとしたその時、


「ギオニスッ!!」

足取り軽く前に出た少年が叫んだ。


「はいよっ!」


(・・・なんだ?)


ギオニスが即座に、それはもう嬉しそうに返事をする。


腰に下げていた折り畳み式マジックワンドを手に取り、振って伸ばすと地面に突き刺した。易々と。


「【朽ちた軛を砕きて従え 万象支配の楔を我が手に 打ちて世界を分かたわん】」


ギオニスを中心に周囲の魔力が収束していく。それほど魔術に明るくない私でも解るほどに。それも・・・魔力光で淡く光る両手の人差し指で、空中に何かを書いている。詠唱しながら。


(・・・なんだこれは)


こんな魔術、聞いたことがない。


「以下省略っ!【罅割れた世界】ッ!」


なんという横着な【力ある言葉】。しかし、魔術は発動される。


【罅割れた世界】世界系上級結界。指示した特定の物理法則を歪ませる結界。単純防御結界ではなく、術士の発想と技量によって変化する変則結界の一種。


不思議な光景だった。


半径10メール程だろうか、私たちを取り囲むように網のような・・・違うな、その名の通り、周囲の空間に随分大まかな、不規則なヒビがはしった。

内側から見ると、割れたガラスを通してみたように、周囲がずれて見える。


ヒビが覆ったと同時に、クモが殺到してくる。クモが群がる様はなんとも気味の悪い光景だった。


・・・が、その後の光景はもっと気味の悪い光景だった。


「【罅割れろ】!」


ギオニスが叫ぶと同時に、ヒビからさらに外側へヒビが走る。


クモを巻き込んで。

クモの体にもヒビが入って・・・バラバラになった。

クモは原型が良く分からない、ぐずぐずのナニカ、になって地面に積もった。


「【罅割れろ】!」


「さらに【罅割れろ】!」


「もっと【罅割れろ】!」


「じゃんじゃん【罅割れろ】!」


「もひとつおまけに【罅割れろ】!」


もう何が何だか。


エルフィムの5人が、何とも言いようのない奇妙な顔をしながら固まっている。


今、私も似たような顔をしているのだろうか?


傭兵連中は・・・

「おおっすげぇ、ギオニス腕上げたなぁ!」

「前は2連までだったのになっ!やるなぁっ!!ガッハッハッ」

「母さん、あんたはやれる子だって信じてたよ・・・」

何故か少年が妙なことを言いながら目元を拭っていた。


時間にしては2・3分も経ってないのかもしれない。

唐突にギオニスが「尽きたっ!あとは維持だけっ!よろしくっ!」と叫ぶと、周囲を覆っていたヒビが、ヒビ割れた時とは逆に、巻き戻されるように周辺から消え去った。


「【省略】!【閉じた世界】!」 と叫ぶと、そのまま後ろに倒れ込んでしまった。


・・・。


つい、倒れるギオニスを支えてしまった。反射的に。背中のクマちゃんが下敷きになってしまう。


汗だくのギオニスが私を見上げると、ちょっと崩れた爽やかな笑顔と共に、右手の親指を立てて突き出してきた。


どういう意味かは分からないが・・・


(これが、王属特務に推薦される者の技量なのか・・・)


結界が解除され視界が開けた周辺を見ると、夥しい・・・本当に夥しい数の、なにかグズグズとしたものが一面に散らばっていた。見渡せる範囲すべてに。

しかも森の木々には一切影響が及んでいない。変な液体になったのはクモだけらしい。


(しかしこれは・・・この森、大丈夫なのか?)


生臭い紫のグズグズが森一面にぶちまけられている。

なんか非常に体に悪そうだ。

森にも悪いんじゃないだろうか。

今この状態でそんなことを考えている自分もどうかと思うが・・・


(なにか・・・)


この奮い立たせた騎士魂と抜いた剣は、何にぶつければいいのだろう。


(なにか釈然としない・・・)



―――



「随分減ったなぁ」


半分ぐらいいったんじゃないか?大したもんだ。


「ギオニス、ずいぶん成長したなぁ」


地面でぐったりしているギオニスを見る。


女騎士殿は倒れるギオニスからクーを救い出してくれている。

しかしクーが女騎士殿にじゃれつこうとじたばたする背嚢を、どうしていいのか分からずおろおろしている。可愛いとこもあるじゃないか。


「しかし、張り切りすぎて気絶してますよ・・・」

「若にイイトコ見せたかったんですよっ!ガッハッハッ」


細部は良く分からんが、随分高度な魔術を使ったんだろう。それでも結界張りなおしてから気絶するあたりなんとも律儀だな。今度なんか奢ってやるか。


「そこのメルリリちゃん」

メルリリちゃんに話しかけてみた。


俺の中で何故か彼女はちゃん付けになっているので、ついそう呼んでしまった。


「・・・・ちゃ・・・ちゃん?」

急に馴れ馴れしく話しかけられて驚かせてしまったかな。まあいいや。


「今、どこにどんなクモがいるか、精霊さんに聞いてもらえるかな?」

わくわく。


「え・・あ・・」


今一つ頭が働いていないのか、しばらく視線をさまよわせた後、ウィズを見る。

ウィズが肯くのを見ると、囁くように【精霊の声】を発した。よく聞こえない。


「・・・・え、そんな・・・。あ、あの、千二百・・三十八匹って・・・」


おお、半分以上いったな。


「他とは違う個体や強い個体とかは分かる?」


「・・・・。え・・っと、ここから50メール先・・ここを囲むように北西、南東、北東に一体づついる」


「アラヴァは?」


「・・・わからない」


「分からない?」


「精霊は『わからない』と言ってる」


「居ない、じゃなくて、わからない?」


「・・・。【神獣】は特別。精霊は【神獣】に不可侵・不干渉の態度を取る。姿を見かけても誰かに告げることをしない・・」


精霊さんの業界もいろいろあるんだなぁ。


「へぇ。そんなことがあるんだ。じゃあ、どうやってここまでクーを追ってきたの?」


「クー・・・。ウルスの所在を直に精霊には聞けないから、足跡などの痕跡を追ってきり、ウルスが食べたであろう食べ残しやフンなどを頼りに・・」


意外に地道に来たんだなぁ。


「じゃあ、今この近くにアラヴァがいても、わからないと?」


「ええ」


ふむ。

じゃあ、アレが。


(アラヴァなのかな?)


少し離れた木と木の間。


そこに、白い蜘蛛が一匹いた。



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