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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第一章 或る転生者のお仕事
37/87

包囲

周囲をクモが取り囲んでいる。見渡せばそこかしこにクモの影が見えた。


音もなく、気配もなく、包囲の輪を縮めてきている。あきらかに村の中のクモとは精度が違うクモ達。


その数・・・・えーと、二千六百・・二十一だっけ?


(なんともまあ、冗談みたいな数だな)


その事実にエルフィムの4人はほぼ戦意を喪失してしまった。メルリリちゃんに至っては直に情報に触れたからなのか、座り込んで震えている。

残りの一人、ウィズと名乗った男は、流石に取り乱しはしない。


「そっちはもう使い物にはならんようだな」

バウロが溜息と共にそう言った。


「あなたたちは、随分落ち着いているようだが・・・何か手があるのか?」


「・・・」バウロ。

「・・・」ザイケン。

「・・・」ギオニス。

「・・・」女騎士殿。


一斉にこっち見るな。なんか怖い。

仕方ないから俺が答える。


「そりゃまぁ・・・真っ向勝負?」


ウィズの顔が悟りを開いたような顔になる。無我の境地というやつかもしれんな。


「通常なら、あんたたちを助けてやる義務は無いが、寝覚めが悪いから一応助けてやる。せいぜい恩にきてくれ」とウィズに言った。

一応、交渉カードとして用意しとこう。


「・・・・どうにかできる、というのか?」


「死ぬ気はないな。あんたらも死にたくないなら、そこの金髪から離れるな」


「・・・ちょっと人数多いような?」


ギオニスが自信なさげに手を挙げた。


「お前ならできるっ!」

「!?・・おうともさっ!!任せてよっ!!」


喜色満面で応じるギオニス。褒めて育てるのも上司の手腕。ホントにとても素直なヤツだ。とても将来が心配される。悪い人間に引っかからないよう祈っておこう。


ウィズは「私たちも戦士だ。戦う」みたいな事を言ったが、「むしろ邪魔だからやめて」と言ったら大人しくなった。明らかに後ろの4人怯えてるし。それじゃ、ウィズはともかく残りは死んでしまう。


「俺た・・・」


何か一つかっこいい事でも言わねばと口を開いたら、包囲していたクモが一斉に動き出した。こちらに向けて。


異様な光景だ。


夢に出そう。


「ひっ」


メルリリちゃんが、頭を抱えて泣いちゃった。

なんか可哀そう。

残りのエルフィムはかろうじて武器を構える・・・が、腰が引けている。逃げ出さないだけまだ戦士か。


(空気の読めないクモめ!)


俺は憮然と・・んー、怒ってる時の表現なんだったけな?

いつかテレビで見たんだけどな。


・・そう!


俺は「ゲキオコ!」しながらクモの群れへと一歩前に出た。

愛用の聖剣に「ゲキオコ!」が宿る。うん、なんか強そうだ。


ゲキオコ!


なんとも面白い語感だな。ぷぷ。



―――メルリリ



私がウルスを最初に見たのは、5年前。10歳の時だ。


森の中で、母ウルスと3頭の仔ウルスが仲睦まじげに遊んでいた。


ウルスは【熊の神獣】の家族の事を言う。


オルディディドの森には現在12頭のウルスが棲んでいる。不思議なことに、この12頭という数は遥か昔から変わっていないらしい。一頭が神の御許に行けば、一頭が生まれる。そういう繰り返しなのだそうだ。


6年前、3頭のウルスが立て続けに神に召された。死因は老衰。三頭とも数百年を生きる古老だった。ウルストネリの皆で看取った。

その次の年、もっとも年若いウルスが身籠り、3頭の仔ウルスを産んだとき、氏族はお祭り騒ぎだった。その時だ、私がウルスを初めて見たのは。


神々しかった。可愛かった。愛おしかった。

守ろうと決めた。そして、森とウルスを守る戦士になった。


(でも、私は今日ここで死ぬのかもしれない)



オンデルの森の中に、人間の集団を見つけその中の一人が背嚢にウルスを入れているのを見つけた。精霊が運んでくる会話からは誘拐犯などでないことは解ったが、はやくウルスを取り返さねばと、心は焦った。


生意気な子供がウルスの返還を拒否した時、思わず剣に手をかけてしまった。


「その剣抜けば、自動的に敵になるよ?」


子供がそう言った時、足が竦んで息が詰まった。


なんだ、何をした。怖い。

なんなんだ、この子供は。

初めてその子供が、ただの子供でないことに気付いた。


ウィズがとりなして勘気を収めた様だが、あのままだと泣いてしまったかもしれない。

そんな自分の情けなさに泣きそうだ。


そんな時、精霊が警告を告げに来た。


精霊は言葉を発しない。

人型精霊はともかく、象形精霊は幽かな稚気と意思だけを術士に伝えてくる。漠然とした意志の割には伝達は正確で、問えば人の言葉を運んだり、森の中に落ちた葉の枚数まで正確に数えてくれる。

より正確に精霊の意思を受け取ることが【精霊の導き手】としての実力といえる。自分で言うのもなんだが、私は優秀な【精霊の導き手】だった。


『ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ』


精霊が絶唱している。

かつてない精霊の意志に、困惑して問いかけてしまった。


(何?何が危険なのか教えて?)


『クモキタ!クモキタ!メルリリクワレル!』


背筋が、ぞわりとした。


(なに、何処から?数は?)


・・・聞かなきゃよかった。


『メルリリカコンダ!ウルスカコンダ!2612!2612!マダラノナミクル!ツヨイイロモクル!3ツ、クル!』


二千・・・?

先日、ウルスが戦った後に大量のクモの死骸があった。大半がバラバラだったが、およそ2~3メールのクモばかりだった。ここに来るまで、20匹ほどのクモの群れと戦った。ギリギリだった。死者が出なかったのが不思議なくらいの死闘だった。


(それが二千六百?)


ウィズが私の肩をつかんで何か言っているが、すぐに反応が出来なかった。


「精霊が教えて・・くれました。我らを・・クモが・・取り囲んで・・います。・・・数は、二千六百、二十一。強力な・・力を持った個体も・・・何匹かいます・・」


やっとそれだけ言えた。


オルトトもミッシもトゥリも、ウィズですら怯えが顔に走った。


(私たちはここで死ぬんだろうか)


ウルスも守れず。


クモに喰われて。


【神喰いの儀】が始まっているという、現在の状況は十分解っているつもりだった。戦士としての訓練も積み、精霊の導き手としての修練も積んだ。才能があるといわれて嬉しかった。同年代の中では常に一番だった。

森を守るために戦士となって、戦いの中で死んでゆく覚悟を固めていた。


つもりだった。


ほんとうにつもり、だった。


生意気な子供が何か言いかけた時、クモが一斉に動き出した。

それはさながら斑の波のように、全方向から押し寄せてきた。

そのあまりの悍ましさに、

心が折れて、蹲って、頭を抱えて、涙が出てきた。

怖くて情けなくて。


その時、微かな誰かの呟きが聞こえた。

私の疑問が精霊に伝わったのだろう、精霊がその呟きを運んできた。


『ゲキオコ!ダッテ』


・・・げき、おこ?

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