狂獣
「お前たちの会話は聞こえたぞっ!今すぐウルスを返せっ!」
5人の中でも一番小さな影が突っかかってきた。声からして女かな。
「なんで?」と俺が問う。
「な・・・なんでっ!?」
「このコグマは俺達が拾ったわけだが、なぜあんたたちに渡さないといけない?あんた達のコグマである証拠は?」
さすがバウロ。俺の意図を上手く酌む。
「今、『返さないといけない』とか話してたじゃないか!?」
「さあ。空耳じゃないか?」
トボケさせたらバウロの右に出る者はいないな。
「なっ・・貴様!」
小さな影は短絡的にも、剣を抜こうと柄に手をかける。
「よせ、メルリリ」
「何故だウィズ!?こいつらはウルスを拐かそうとしているんだぞっ!」
「ダメだ。この場は話し合いだ。その剣は絶対に抜いてはならない」
話が分かる奴がいるのは僥倖だ。
ウィズの方が上役なのだろう、メルリリ・・・ちゃんはこっちを睨みながらも剣から手を放した。
それが正解。
「まず私たちの紹介をしたい。よろしいか?」
「ああ」
「私たちは、オルディディドの森のウルストネリ。アラヴァに追われて森を出奔したウルスを探してここオンデルにまで来た。私の名はウィズ。この捜索班の頭をしている。あなたたちの事を聞いてもよろしいか?」
ふむ。バウロに話しつつも俺を見ていることから、結構な実力者である事が伺える。
「俺たちはラインレッド傭兵団と黒華騎士団の者だ。この先のクロワト村に雇われている」
「傭兵と騎士団?」
そりゃ、わからんわなぁ。
ここ2・3日の出来事と事情を、バウロがなんとも簡潔にわかりやすく説明してのけた。需要な情報は伏せつつ。こういうとこはバウロすげぇ有能だ。有能だバウロ。説明マスターバウロ。
「なるほど・・人の村まで襲ったというのか・・・アラヴァは・・」
「そのアラヴァというのは?」
「アラダの森に棲む【神獣】だ」
「ウィズ!?部外者に【神獣】の情報を教えるなどっ!!」
さっきのメルリリちゃんが、またも気色ばむ。
「彼らは部外者ではない、メルリリ。森の中ならばまだしも、森の外にまで被害が及んだのだ。話によっては森と外との戦争になる」
どういう話し合いでも、解る奴がいるのといないのでは雲泥の差がある。エルフィムという種族は閉鎖的で種族本位なものの見方をするという評判だったが、この男は大分世間を知ってる。それなりに高い地位にいる感じだな。
「んで、あんたらはアラヴァってのをどうするつもりなんだ?」
ウィズの後ろに控えていた男が答えた。
「・・・どうにもできない。我らの目的はウルスを保護し、森に連れ帰ることだけだ」
「あぁッ!?ケジメも取らずに逃げ帰るってかよッ!?」
ザイケンが沸騰する。この世界にカップ麺は存在しない。残念だ。食べたことないのに。
「【神獣】の力は凄まじい。我らでは打倒できない。一度ウルスを安全な結界で保護し、近隣の戦士を集めてアラヴァと対決することになる」
「これは【神喰い】なんだろ?近隣氏族が協力するのか?」
「あなたたちは【神喰いの儀】を知っているのか?我らの【神災】の事まで・・」
「風の噂程度だが」
人の口に戸は立てられない、とはよく言ったものだ。
「・・・あのアラヴァは【狂い神】の疑いがある。自分の氏族を滅ぼしているらしい。【狂い神】であれば、近隣の戦士たちも神払いに参加するだろう」
狂い神?初めて聞いたな。
「自分の氏族を滅ぼした?」
「そうだ、かのアラヴァは自分の森の氏族を滅ぼしている。もはやアラダの森に花は咲かない」
「氏族がいない・・?じゃあ、あのアラヴァの主は誰なんだ?あんたらは知らないのか?」
「主?なんのことだ?」
「俺たちを襲ってきたクモ共は使い魔の眷属だ。裏でクモの主が操っている」
「ま、まさかッ!?」
影の5人の顔に戦慄と動揺が走った。
「それは、本当なのかッ!?」
ウィズが動揺を無理に抑え込んで問うてきた。
「クモを通して喋ったらしいし、実際この森に俺たちが居るのはその主を狩るためだからな」
エルフィム5人衆は顔を青くしたり白くしたりしながらワタワタしはじめた。
「な・・なんてことだ・・・まさか【神獣使い】が出現していたとは・・」
「ウィズ!事は一刻を争うぞ!直ちにウルスを連れ帰らねば!」
「そうだ、幼獣とはいえウルスが食われれば、森が滅ぶ!」
「まてまて、一体どういうことなんだ?」
バウロが問いかけるが、モブのエルフィム達は聞いちゃいない。
かろうじてウィズが説明してくれた。
「・・・何百年かに一人現れるという【神獣使い】は【森の王】であり【災い】だ。不羈の存在である【神獣】と心を通わせ、力を高め操ることが出来るといわれている。
良い【神獣使い】が現れると森は栄え、悪い【神獣使い】が現れると森は滅ぶと言い伝えられている」
なるほど、かなり特殊な存在らしいな。
「お前達っ!今すぐウルスを返すんだッ!すぐに結界へ保護しないといけないっ!」
メルリリが詰め寄ってきた。
バウロがちらっと俺を見た。
え?俺がやんの?
面倒だけど。
仕方ないか。
「断る」
まさしく、ドーン!と書き文字が現れそうな感じで俺が断言してみた。
いきなり俺が拒否したので、メルリリちゃん驚いたのだろう。
「貴様ッ!【神獣使い】の手の者かッ!?」と言ってきた。
(この子、あほの子なんだろうか?)
向こうのネットのなんかのブログで『あほの子は可愛い』って書いてあったけど・・・
うん、顔は可愛いというより美人な部類だ。が、何分、いろいろ残念すぎる。
特に、剣を抜こうとしているところが。
「その剣抜けば、自動的に敵になるよ?」
エルフィムの5人が瞬時に硬直する。
ネコだと思っていたらネコ型ドラゴンだった、みたいな感じだろうか。
・・・ネコ型ドラゴン・・・どんなだ・・。
「我らにそのつもりはない。申し訳ない」とウィズが即座に謝ってくれた。
「敵対しないならいいよ」
俺が僅かながら発していた威圧を散らすと、あからさまにホッとした顔になるエルフィム5人衆。
・・・いや、メルリリちゃんがまだ固まってるな。そんなに強くしてないのに。
「まず、俺らからすると、あんたたちがクモの主の仲間でないという証拠がない」
初対面だし。
エルフィムの事なんてそんなに知らんし。
「次に、あんたらじゃクーは守れない」
「クー?」
「名前」
「【神獣】に名を?」
「クーが、あんたらの言う【神獣】かどうかは俺は知らんよ」
我ながら苦しい欺瞞だなぁ。
「若、どうしても渡したくないみたいだなぁ」
「もはや屁理屈だな」
「屁理屈も理屈だよ」
「言いがかり・・じゃない・・か、子供の駄々にしか見えん・・」
そこっ!うるさいっ!
「氏族では【神獣】に個別に名をつけてはいけないことになっているんだが・・・」
「ウルスやアラヴァってのは?」
「神獣としての名だ。古代エルフィム語でウルスは熊の神獣、アラヴァは蜘蛛の神獣という意味だ」
「ふーん・・。クーはクーがいいよな?」
「くぁぁ!」
両手を高々と突き上げてクーは賛成した。
「ほら、クーがいいってさ」
「おおすげえ、アレを堂々と言ってのけたぜっ!」
「アトルのそんなところに痺れる憧れるぅー!」
「若、頑固だからなぁ」
「子供だから許される手だといえば手だな・・・」
やかましいわっ!
「もしや君は・・・」
ウィズが目を真ん丸にして、何か言いかけた時、
「若、そろそろです」バウロが言った。
「どんだけほど?」
「100より後は・・・面倒です」
「そりゃそうだ」
「包囲されてるの?」
「・・・何の気配も感じないぞ?」
「兄貴が言うんだ、間違いねぇ!」
こっちがいきなり臨戦態勢に入ったのを見て、エルフィム達が泡を食う。
「どういうことだ?」
「我々にはなにも・・」
「メルリリ?」
元々白いメルリリちゃんの顔が真っ青になっている。
「あ・・・あ・・・・こんな・・・こんなに・・・・」
「メルリリ!しっかりしろ!何が見えた!?」ウィズが叱咤する。
メルリリの目に意識が戻る。ゆっくりとウィズを見ると、
「精霊が教えて・・くれました。我らを・・クモが・・取り囲んで・・います。・・・数は、二千六百二十一。強力な・・力を持った個体も・・・何匹かいます・・」
そういってメルリリちゃん、座り込んでしまった。
精霊魔法使いなのか。メルリリちゃんすごい。羨ましい。精霊さん、クモの数まで数えてくれるのか。精霊さんすげー。すげー精霊さん。
この辺に精霊さんいるのかな?
(精霊さん精霊さん・・)こっそり呼びかけてみた。
ふと視線を感じると、4人と2匹の生暖かい眼差しがこっちを見てた。
俺はみんなに一つ肯くと。
フォッサを撫でつつ「キコエタヨー!アトルクン!」と裏声で言ってみた。
生暖かい視線が5つ増えた。
「・・・クモッ!クモはドコダッ!!」
これはきっと、なんらかのクモの攻撃に違いない!
きっとそうだ!うわーん。




