出発
燃える燃える燃える。
家。木。森。畑。男。女。子供。
這い回る波。
呻き叫び祈る声。
充満する錆の匂い。
一面の赤と黒。
(あ・・・あ・・・)
兄と木登りを競った木が。
幼い妹と手を繋いで走り回った村の広場が。
父や母と共に過ごした家が。
焼ける。
黒く。
赤く。
輝いて。
登っていく。
(なんで・・・なんで・・・)
こんな世界に・・・。
白い蜘蛛が。
なんで。
(お前が・・お前は・・・・)
全て、お前が、あいつらが、
殺してやる。
消してやる。
滅ぼしてやる。
そのあと、
俺も・・
「ハーッ・・・ハーッ・・・」
あー・・・くそっ
頭がクラクラしやがる。
力を使いすぎたからか、くだらねぇ夢みちまったな。
あのガキの眼から逃げるために、森へ移動するだけでも結構な負担がかかっちまった。クモ共の数を揃えるのにも大分力を使った。
体が鉛を流したかのように重い。熱があるのかやけに耳が熱い。思考は鈍く自分の状態さえ頭が朦朧として定まらない。
(どれくらい、経った・・・?)
明けはじめなのか沈みはじめなのか、空はまだ濃紺を保ち判断がつかない。
くそっ、方向感覚も鈍ってやがる。
しばらくじっとして、感覚を整えることに集中する。
そう、東に太陽がある。夜明けか。
視覚を切り替え、監視用クモと同調する。
奴らは・・・
いつの間にか、増えてやがる!
なんだ、あの数の兵は!
あのガキの仲間か?・・・違う、これは・・騎士ってやつか?
森から出たことないから初めて見るが、話に聞いたことはある。
くそっ
流石にもう退き時だろ。
森を出てから誤算だらけだ。
まず人の戦士がこんなに強いとは思わなかった。最初に町を襲った時、あまりにも抵抗がなさすぎて「こんなものか」と侮った。アレはほんとにただただ運が良かっただけだった。
あのガキクラスがそう何人もいないとは思うが、それも希望的観測だ。他にも居たら本当にどうしようもねぇ。
アラヴァを使えば殺せるだろうが、俺も死んじまう可能性が高い。
【神使】は惜しいが、なにも【神使】はアレだけじゃない。
ここはいったん退いて。
体制を整えて。
再度、数を増やして。
「アハッ!アアアハハハハハハハハッ・・・!」
なんだそりゃ。
なんだよそりゃ。
生き残る事考えてんのかよ!
勝つこと考えてんのかよ!
違うだろっ!
俺は!
俺はっ!!
監視用クモの視界に、それが映った。
あのガキ。
その仲間。
・・・そして【神使】
(ああ・・もう、アラヴァを使うしかねぇじゃねぇか)
―――
「クー まてまてー」
今、俺はクーと追いかけっこしていた。
クーがよたよたと走っては、こっちを待つように振り返る。
俺とフォッサが追いかけると、またもたもたと走って、振り返る。
この繰り返し。
超楽しい。
俺達は、とりあえずオンデルの森に向かっている。
俺とクーとフォッサを先頭に、バウロ、ザイケン、ギオニス、フェルニがまるでハイキングの如く仲良く並んで歩いている。森までの2時間ほどの道のりは割合見通しが良く奇襲はほぼ出来ないだろう。
クーはお出かけが楽しいのか、メンバーに近寄っては臭いを嗅いだり足を登ろうとしたり愛想を振りまいている。
ザイケンなどは表向き邪険にするが、なぜかクーが近寄ると体が固くなっている。動物好きのくせに。無理すんなよ。俺が生暖かい眼で見ていると、その視線に気づいたのかザイケンが急に口笛を吹き始めて、クーを抱え上げ頭に載せた。
(どうもザイケンの反応は一般的ではないな。よくわからん)
「気づいているなら、そろそろ始まってる頃かなぁ?」
ギオニスが世間話みたいに言った。
「さあな。騎士団については放置か、足止め程度にするか、大群で各個撃破するかは分からんな」
これだけ堂々と行進してれば、いくらなんでも向こうも気づいているだろう。
足止めなら本命は俺らか村だが、クーがいる以上最大戦力はこっちだろう。
各個撃破なら・・・まあ、騎士団ならなんとかするだろう。バックストンも馬鹿じゃない。黒華のあのおっさんも並みじゃない。
村に戦力を割かれたら少し危ないが、クモというネタさえ割れてさえいれば、あいつらなら不意を打たれることは無い。避難所がある限り攻め落とされることはないし、襲撃の可能性としては騎士団より低い。俺に対しての人質か意趣返しくらいしか意味がないしな。クモの主が変質的に執念深いなら話は別だが。
くぁー?ふがー?
うーん。コグマの鳴き声をどう表現していいかわからん。
クーは今は女騎士殿にだっこされながらウトウトしている。やっぱ疲れてんだな。満身創痍だったもんな。
「若、森ってたって広いですけど?」
「着けば勝手に案内してくれるさ。きっと」
『あの村にいた程度のクモを1万匹用意しようが俺を出し抜くことは出来ない』と、クモの主がそう判断するかどうかは解らないが、ザコグモとの力の差を見せつけた以上、向こうの最高戦力で来る可能性は高い。
つまりは【神獣】を出してくる可能性。
大分あやふやだが、覚えている範囲の伝承を信じるなら【神獣】の主にはいろいろ制約がかかるはず。
「若、シンジュウってどんな程度の強さなんですかね?」とザイケン。
「ん?ああ、先生が【成りたての狼の神獣】と戦ったことがあったそうだけど、氏族の介入があって引き分けだったらしい。先生は中の上って言ってたな」
「あのセンセーの基準じゃ参考になりませんやね」
「確かに」深く頷くバウロ。
「さてさて、当時の俺が上と中の間らしいから、まあトントンじゃないか?」
「いまいちよく分からないランク付けですね・・・」
「あのセンセーの適当さは筋金入りでさぁね」
「先生の感触だけの話だからなぁ」
「そういえばあの先生は?もう一緒に旅して無いのかい?」
ギオニスが今思いついたように問うてきた。
「ああ、1年ほど前に俺を傭兵団に預けてどっかいっちまったよ。『次に会うときゃ、頂上決戦だ殺戮舞踏だ』とか言ってたなぁ」
なんだ殺戮舞踏って。殺すのか踊るのかどっちだ?
「あー・・・、うん、なんか分かる。そんな感じな人だったね」
俺達が世間話をしつつ朗らかにハイキングをしている中、女騎士殿だけはどうにも困惑顔だった。
「なにか?」と聞くと。
「私は十分状況を理解しているつもりだが・・・そなたらは何故そんなに落ち着いていられる?敵は巨大なクモの大群や・・その【神獣】なのだろう?」
「気にしたって仕方ないだろう?」
「負ける可能性を、考えていないのか?」
女騎士殿以外の4人が顔を見合わせる。
「考えたって、仕方ない」
「そうそう」
「戦ってから考えりゃいい」
「なんとかなるよ」
女騎士殿がポカーンとしてしまった。二の句が継げない状態というやつか。
「無論、クモの神獣の方が強い可能性はある。でも斬ると決めた以上、後退は無い。決めたことを曲げれば、次に死ぬのは自分だ」
「仇討ち、か」
「半分はそうだな。仲間をやられたケジメは取らないといけない。でも別に恨みつらみでやるんじゃないぞ?」
「違うのか?」
「これは傭兵の処世術だ」
「処世術?」
「傭兵は舐められたら死ぬんだよ」
「メンツが・・ということか?」
「違う。物理的にだよ。ケジメも取れない弱い傭兵団を誰が恐れる?盗賊にしちゃ『あの傭兵団は弱いから襲っとけ』ってなもんだ。
傭兵団は看板の怖さが安全に直結する。『あの傭兵団に手を出したらマズイ』そう敵に世間に刻み付けなきゃならない」
「そのおかげで、俺らが護衛した商隊なんかの襲撃率は低い!退屈だが!」ザイケンは自慢げだ。
「全部が全部恐れてくれる訳じゃない。こんな仕事なんだ、ウチの名が通ってない他領なんかじゃ怪我する奴も死んじまう奴もいるさ。そういう時、若はいの一番に飛び出していっちまうんだよなぁ」とバウロ。
「んで盗賊団でも組織でも、みんな潰して帰ってくる、と?」ギオニスが楽しそうに言う。
「「そのとーり」」バウロとザイケンが楽しそうにハモった。
お前ら楽しそうだな。
女騎士殿はなんとも微妙な顔をしている。このノリに着いていきにくいのだろう。
「まあ、気楽なことは認めるよ。これが傭兵団での進軍なら万全を期すところではあるんだけど、どうにも気楽なパーティメンバーすぎてさ」
「気楽?」
「2年前で王都でバカやってた馴染みってことさ」とバウロ。
「へへっ、懐かしいなぁ」
「おう、こんなかではギー坊が一番出世しちまったなっ!」ザイケンがギオニスの頭をわしわしとする。
期間としては半年ほどだったが、それまで俺はずっと旅暮らしだったし、一所に長くいることはあの時期以外なかったから、バカもたくさんやったが楽しかった。本当に楽しかった。
そんなことを話している間に、オンデルの森についた。