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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第一章 或る転生者のお仕事
33/87

対応

―――クリュネ・サープ


「足手まとい」


とても胸が痛い言葉。


若が村を出発して一刻ほど。

敵の気を引く為にオンデルの森に向かうということだけど・・・


私も行きたかった。


みんなの仇を討ちたかった。


オーダ班のみんなは口には出さなかったけど、私に気を使って守ってくれているのは知ってた。偵察要員として一定の役に立っている自身はあったけど、傭兵の仲間として同じ舞台に立ちたかった。


でも肝心な時に役に立てなかった。


最初、村でクモの目撃報告があり森へ討伐に行くことになった時、私はムッカを偵察に飛ばした。森の中でクモを数匹見つけたが、近づきすぎたためクモの巣に捕まってしまった。その時、すぐにムッカを引き戻してしまった。


もちろん、ムッカを助けるために引き戻したのは間違いではないと思っている。ムッカではクモの巣を振り払うことは出来なかった。


でも、偵察をそこでやめてしまった。


巣のない高高度からでも、いざというときは引き戻しできるのだから潜入偵察でも、するべきだった。オーダさんに「数匹なら行って十分討伐できる」と言われて、納得してしまった。甘く見た。


結果、クモの大群に囲まれ、ウリ君が負傷することになる。


撤退するときも、後方の追撃ばかり気にして、前方の村にクモが来てることに気が付かなかった。


その結果が、私一人の生き残り。


最悪の結果だ。



「あんまり落ち込みなさんな」


ダナさんが声をかけてくれた。


「ダナさんだって行きたいのにすいません」


・・・私ってば、みんなに気を使わせて・・


ダナさんはオーダさんの事が好きだった。誰から見ても分るくらいにはっきりと。仇を取りたくないわけがない。


「ん。まあ、行って、黒幕ってやつぶっ殺したいけど。それは若に任すよ」


と言ってダナさんは私の髪をくしゃくしゃって撫でた。


『自分に出来ることを、自分に出来るだけ』


若の口癖。


「自分に出来る事。がんばります」


「それがいい」


ダナさんは、少し笑った。


私に任された仕事は騎士団が討伐や死骸処理している場所を含む周辺警戒。

私はムッカに意識を集中する。



――― ガデュエル・バックストン



我がアザレア騎士団に任された仕事は、クモの死骸掃除。


なんとも気の乗らない仕事ではあるが、これも仕事と割り切って従事せねばならない。これが意外に危険で重要な仕事であることはあまり知られてはいない。


魔物の死骸などは別の魔物を引き寄せる場合がある。大群の魔物が出現した際、それを狙って別の魔物が現れ、二次被害に繋がることはよくあることだ。


「これはなんとも・・・すごい数ですね、隊長」


副官のカーンが感心している。


森の中には夥しいクモの死骸があった。大きいのは・・・やはりあの20メールほどもあるクモ。小さいのは30セルほどのクモの死骸もあった。


「フン。この程度の討伐、我が隊でも出来る」


負け惜しみでは無い。断じて。


うちの隊に足りないのは実戦経験だ。隊としての練度なら傭兵などより騎士団の方が上のはずだ。

カーンが少し苦笑したのが気になる。


「一番大きい蜘蛛は【分解方陣】の準備中です。2~3メールのは一か所に集めて【焼却方陣】で処理の予定です。ここら一帯で・・・2・3時間ってとこでしょうかね」


妥当だな。


周辺に目をやると、騎士団の魔術兵が巨大なクモの周りを取り囲むように魔術杭を打っている。


一般兵はある程度小さいクモを開けた場所に纏めて、普通に火を放った。不用意に焼却して森林火災になっては目も当てられない。


(・・・なんとも甘ったるい匂いが充満しているな。気分が悪くなる匂いだ)


【分解方陣】と【焼却方陣】。

魔物の死骸処理のために考案された、いわば【処分魔術】に分類される魔法陣魔術だ。


分解は処理対象そのものを直に分解する。詳しいことは知らないが分解物の質量関係無く一定に分解するので、設置に手間と時間が掛かるが、発動した後の処理速度は速い。


【焼却方陣】は手早く発動できるが焼却そのものは普通の魔法の火を利用する。普通に焼くより火力がやや高く処理もやや早いが、まあ心持ち程度だ。


どちらも一回発動したら使い切り。罠などの攻撃方法として使えそうな気もするが、事故防止のために方陣内に生きてるモノがいると発動しないらしい。それでなくても諸所の事情により戦闘行為にはほぼ使えないそうだ。


私は、魔術は便利だと思う反面、あまり好きではない。

なんというか・・・魔術はあまりにも“手軽”すぎる。


「隊長っ!!南より魔物が接近してきますっ!フタクチオオカミです、数は・・・7・・8!」


歩哨の声によって、益体もない物思いから覚めた。


「来たか。作業中止!魔術隊は下がれ!弓用意!前衛は迎撃態勢を取れっ!」


騎士たちはやや慌てた感はあったが、スムーズに陣形を整える。


「慌てるな!訓練通り一匹に付き1班づつに纏まって囲め!ハウト、バルン貴様らは一騎で仕留めろ!獲物に連携を取らせるな各個撃破するんだっ!」

カーンが指示を飛ばす。


現れたフタクチオオカミは8体。


接近してきたフタクチオオカミを弓兵が先制する。何本か刺さったが動きに怯えがない。前衛が襲い掛かってきたオオカミの鼻面を前衛が盾で弾き、剣で切り付ける。前脚に決して浅くない傷を残すが・・・


(・・・怯まない)


フタクチオオカミは目を血走らせ、二つの口から涎を垂らしながら威嚇と無謀な突撃を繰り返している。


フタクチオオカミは大森林では割とポピュラーな魔獣で、全長2~3メールほどの、その名の通り、口が二つある狼である。個体自体の危険度はそう高くはない。しかし群れで生活する魔獣に共通する通り、群れで連携を取って襲ってくる。決して油断できる相手ではない。


傭兵達ほどではないが騎士団とて対魔物訓練は積んでいる。毎日遊んでいるわけではない。訓練通りにすれば苦戦などしない相手ではある。しかし・・・


(ふむ。おかしいな)


フタクチオオカミ共はある意味に於いてはとても頭がいい。狡猾だ。

勝てないと判断したなら、逃げていく種なのだ。無理をして狩りをすることはない。

現状、騎士団はフタクチオオカミを追い詰めつつある。逃げ出しても不思議ではない。


(いや、そもそも、なぜここに来た?)


我らを襲いにか?

それともクモの死骸の横取りにか?


魔物は魔物を食う。

しかし武装した二個小隊のいる場所へ、たった8匹で?

フタクチオオカミの群れは、元来20頭以下になることはない。正直、これで狩りとは言いづらい。我らを狩れる可能性がほぼ無い。処分作業の邪魔をしているだけだ。


(邪魔・・・か)


クモどもには、クモを操る黒幕がいるそうだ。これがオオカミではなくクモなら黒幕とやらの指示、村を本命に置いた陽動ということも考えられるのだが。


たった8頭のフタクチオオカミ。


取引を持ち掛けてきたという、クモの主。


何のための陽動。


作業の邪魔。


・・・時間稼ぎ?


ふとそこで、あの子供の顔が浮かんできた。あの生意気な子供。弛まぬ錬磨を続ける我々の上を軽々と飛び越えていく“小さな闘神”。


あの少年が、家族と嘯く仲間を失って、じっとしているだろうか。


(しているわけない)


ならば・・・


(動いたということか)


それが妥当だ。


そうなればこれは、本当に“時間稼ぎ”だということだな。


(舐められたものだ)


我が騎士団が傭兵団いやあの子供の援護に行けないように、クモの主が手を打っていると考えられる。それも大分おざなりな対応だ。


ならば・・・

「総員!防疫布を装備!周辺にクモがいないか注視せよ!」


騎士たちが口元を特殊加工された布で覆う。


忌々しい。憮然とせざるを得ない。


先日の事情聴取の際、あの子供が注意を促していた。


『クモの魔物は特殊な能力を持っているものが多いです。以前私が倒したクモの魔物は特殊な匂いで他種の魔物の暴走状態を誘発させました。文献では魔物に取り付いて意識や行動を乗っ取るクモも居たそうです。十分にご注意を』


言われていれば、気づかざるを得ないだろう。

クモの処分を中止しても、未だ晴れぬこの不快な匂いの正体に。


「隊長!樹上に1メールほどのクモ発見!」


(ほんとに、あの子供はどこまで・・・)


「魔術士隊!火以外の魔術で落とせ!複数いるかもしれん監視を怠るな!」


「了解!」


はぁ。

騎士たちに気取られぬよう、溜息を一つ付いた。



――― オディム・ロウウェル



「あの少年が動きだしたようですな、閣下」


「ふむ。もう手掛かりを見つけたのか。実に有能だな、オディム」


「そうですな」


マスキム副団長が楽しそうに笑う。


我が黒華騎士団はクモ掃討のため、夜明けとともにクロワト村から出陣した。1個小隊をクモが布陣していたといわれる二つの森と岩山に振り分け走査していく。


副団長と私と他数人の騎士はこの村に陣取り、各隊からの情報を集め指示を出す。

副団長は自ら討伐に行きたがったが、なんとか本陣に留めることに成功した。頭はそうそう出すモノではない。


「第一隊、フタクチオオカミの群れと交戦中とのことです。第二の方は人食い蜂、第三は岩食いトカゲの群れだそうです」


上がってきた状況を副団長に報告する。


「はっはっはっ!なんとも片手間な時間稼ぎだなっ!」


ほんとに。なんともあからさまな対応だ。我ら騎士団よりもあの少年の方に注力しているのが透けて見える。


「報告では【誘引魔法】と【発狂臭】を放出するクモが発見されました。あの少年の警告通りですな」


「そうか」


「どうも、かのクモの主というのは戦術には疎いようです」


生粋の戦士とは思えない。

しようと思えばこちらの小隊を包囲し各個撃破できる“数”という大戦力を保持しているのに、常に小出しでこちらの戦力自体を読めていない。どうにも戦いにおいて素人という印象が抜けない。


「強力な使い魔を持っているからと言って戦士とは限らんだろうよ」


「それはそうですが」


「むしろ、強力な力に振り回されているのかもしれんな。この黒幕は」


確かに。

話に聞いた黒幕の今までの行動を勘案すると、その場しのぎの策が多い思う。状況に合わせたといえば聞こえはいいが、実に目算の甘さが目立つ。自分で自分の持っている力が良く分かっていないと考えると、対症療法にならざるを得ないのかもしれない。


それがこの状況か。


「失礼します、閣下」


「おう。入れ」


天幕の中の空気が微かに動く。入幕してきた軽装の騎士が敬礼する。


「ハロウか。どうした?」


【赤華騎士団】上級騎士のハロウ・ラーヴァラル。


「先ほど、あの傭兵どもが少数で村から出ていったようですが、後を追わなくてよろしいのですか?」


「フェルニとギオニスに任せてある。必要なかろう」


「お言葉ですが閣下、女の騎士と余所者をそこまで信頼しても良いものでしょうか」


「口が過ぎるぞ、ハロウ・ラーヴァラル!」


私が窘めるも、ハロウは聞いていない。上級貴族出のボンボン騎士は気位だけは高い。


「そもそも、なぜあんな傭兵どもに好きかってさせるのですか」


「ふむ、不服か?」


「あんな者共に任せずとも、我が精鋭班であればもっと迅速に事態を収拾できると考えております」


傲慢なまでの自信。

通常騎士団内では宮廷序列など意味はなさない。しかし何事にも建前というものはある。騎士団が貴族の社会で纏まった組織である以上、貴族の序列は非常に微妙な問題として存在する。でなければ、他の騎士団の副団長に意見するなど、出来る事ではない。


ちなみにハロウはまだ20歳にもならぬが、公爵家の次男坊だ。本人の実力自体は高いものの実家の地位を笠に着た跳ねっかえりが過ぎて、赤華内でも持て余し気味との噂もある。


目的不明の交換出向という名目で、今回の演習に帯同することになったのだが、こちらからすれば問題児を押し付けられた感じしかしない。いたずらっ子のような赤華の副団長の顔がチラリと脳裏に浮かぶ。


「ふむ。ならばやってみるか?」


「よいのですかっ!?」


ただの愚痴が通ってしまったことに喜びを隠しきれないハロウ。


「お前には上級騎士の資格もある。独立指揮権もある。赤華の責任上であるならば構わんよ」


「無論、赤の名において黒の名を汚すような事はありません!」


暗に「死んでも知らんよ」と言っているのだが、解っているのだろうか?

目の前にぶら下げられたエサの危険性が。


「準備出来次第出立します!では失礼!」と、颯爽と出て行った。


「・・・よいのですか?」


「どんな優れた騎士でも死ぬときは死ぬ。逆もまた然り。手柄をあげるとも限らんが、死ぬとも限らん。やる気があるだけ結構じゃないか」


つまり、生きても死んでもどっちでもいいということか・・。


なんか、すごい楽しそうですな、閣下。


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