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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第一章 或る転生者のお仕事
30/87

保護

夜半、目が覚めた。


別に、何かの気配を感じたとか、視線を感じたとか、そういうことではない。


そっと起きる。


村の女性と子供が集まっている部屋で寝ていたのだが、実に違和感がない。

夜番をザイケンに任せ、避難所の廊下で寝ようとしたら、クリュネとポーレさんにここに連れてこられた。今まで他の子供に混じって寝ていた。まあ、浮いてはいるが。


子供という物は実に逞しいもので、こんな状況でも大人たちより元気は良かった。

ただ、親や家族を失ってしまった者もいる。

掛ける言葉を、俺は持ち合わせていない。

「それでも生きてくしかない」それくらいしか言えないなら言わない方がいいだろう。


何故か俺の隣で熟睡しているクリュネとポーレさんを起こさないように、雑魚寝している子供たちを踏まないように、廊下で雑魚寝してる傭兵だの騎士だのを一部踏みながら玄関を出た。


「どうしたんですかい?若」


焚火の前には、ザイケンがいた。


「ん・・しょうべん」


「ああ・・・そうですかい。あまり遠くへ行かんで下さいよ」


「んーんん、ああふ」


俺の寝起きはこんなもんだ。

馬車に立てかけてあった愛用の聖剣を取ると場所を求めて歩き出す。


避難所内にも便所はある。あるにはある。あるにはあった・・・。


考えてみてほしい。

下水のない村で、100人以上を抱えている避難所の便所がいかなるものか。

魔窟である。きっと、かのベルゼブブ様も真っ青だ。いや真っ赤か。あるいは真っ茶か・・・。


いかんいかん。これは下品だ。俺は下ネタには頼らない男アトル。それが俺の誇り。


(・・・大丈夫か、俺?)


近場はあっちこっちに騎士がいる。


子供とはいえ流石に人前で放尿する趣味はない。人気のないところを探し村の外門とは反対の方向へ歩き出す。


探してみるとなかなかないなぁ。村内で立小便できる所など普通ないだろ。ひとんちの玄関前どころか裏庭でも普通出来るか?みんなどこでしてんの?


結局、外壁の柵のところまで来てしまった。

ここでいいか。


(ほふー・・・)


お耳汚し、失礼。


手を洗いたいが、近くに水場は無・・・あった。


柵向こうに川が見える。


(外か・・・)


こういうのは油断、なんだよなぁ。


俺は右手を見る。

俺もこう見えて世界一の潔癖民族国家日本で生きていた身。


俺はこの右手で、クリュネのほっぺをつねれるか?


ザイケンならできる。


バウロも可能だ。


ヒュージンなら危険を察知して逃げるだろう。


フォッサはなんか可哀そうだ。


自分のほっぺは言わずもがな。


・・・。


ひょいっ、と2メール以上ある柵を飛び越えた。


(これは油断ではない。自分への信頼だ)


ソウダ!オレツヨイ!ダレニモマケナイ!

無駄な自己欺瞞を繰り返しつつ、俺は川べりに近づき手を洗った。

秋節も半ばを過ぎ、風がだいぶん冷たくなってきた。


(熱い茶が飲みたいけど、また小便したくなるかもしれんしなぁ)


おねしょなんかしてしまったら、目も当てられない。

本当に、目も当てられないのだ。


・・・イヤなこと思い出してしまった。考えるのはやめよう。



月が雲に隠れているせいか、少々闇が濃い。このぐらいなら俺にとっては何の問題もないけど・・・



何かいる。


こっちを意識してる。


でも敵意はない。


どこだ?


暗いから周囲を見回すようなことはしない。感覚を鋭敏にし受け取る情報から違和感を探す。


視線。

呼吸。

血の匂い。


川向うに、いる。3メールそこそこの川幅の向こうに目を向けた時、雲が晴れ、月が顔を出した。


なんだ?毛玉?犬?


そこにいたのは・・・


あ・・・あぁ・・・


こ・・・・



こぐま・・・?


―――


昔、ある絵本が大好きだった。向こうでの話だ。


それは、コグマちゃんがお母さんと仲良くクッキーを焼く話で、お母さんと一緒に卵の黄身を生地に塗るシーンが好きだった。


なんどもなんども読んだ。


病院の近くに熊を祀った神社があると知って、抜け出してお参りに行った。御利益があったのかなかったのかは分からなかったが、その日は気分が良かった。


幼い俺は動物の中でもなぜかクマが好きで、飽きもせず何度も動物DVDを見ていた。


・・・・で、目の前に、コグマが。


まじでかっ!?

うおっ!

なに!?ちょっと!?どうしましょうっ奥さんっねぇっ!?


俺が動揺しながら架空の奥さんにご意見を窺っている間も、コグマを熱い眼差しで見ていると、ちょっと様子がおかしいことに気付いた。


うずくまってこっちを見ている。


俺は反射的に川を飛び越えると、コグマを抱き上げた。

コグマは無抵抗だった。

身じろぎもしない。

いや、出来ない。


全身、


傷だらけで、


今にも、


死んでしまいそうなぐらい、


弱弱しかった。


(おぉ・・おお・・・)


良く分からない感情がこみ上げてくる。

心臓がぎゅってなる。

なんでか泣きそうになる。


俺はコグマをしっかり抱きかかえると、真っ直ぐ且つ慎重に最速で避難所に走った。


「ポーレさんっ!ポーレさんっ!」


助けて、


助けて。



―――



「もう、大丈夫ですよ」


ポーレさんが言った。

俺はコグマをずっと撫でている。

優しいフォッサも気づかわしげにコグマを舐めてくれている。


「良かった・・」


俺は、安堵の息を吐いた。


俺がザイケンを吹き飛ばしながらも、避難所に駆け込む。

ポーレさんを揺さぶって起こすと、ポーレさんはイヤな顔一つせず、コグマに治癒魔術を使ってくれた。コグマはかなり衰弱しているようで、まだ安静にしないといけないそうだ。


俺が随分慌てて取り乱していたようで、ポーレさんは驚いていた。


クリュネも起きてコグマを撫でていたが、他にも寝ていた子供が起きてしまって、みんなでコグマを撫でようとしたので、ポーレさんにシャットアウトされてしまった。

「コグマちゃんは疲れて寝てるの。寝かせてあげてね」と。


子供たちは残念そうにしていたが、毛布に戻るとすぐ睡魔に攫われてしまったようだ。

コグマの毛並みはフォッサほどサラサラではないが、硬くもどこかふわふわとしている感じがした。

寝ながらも鼻をヒクヒクさせて俺の指の臭いを嗅いでいる。


根拠はない。

でも確信はあった。


このコグマだ。


クモ共が追っているのは。

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